帰ってきた日常
城に一泊し、朝に馬車で家に帰ると半泣きの父親とワクテカ状態の母親が玄関の前で待ち構えていた。
「暇なの?」
仕事はどうした、と暗に問いかけてみたのだがそんなことで怯む二人ではない。
「おかえり、アリス!」
機嫌がよく溌溂とした母親とは対照的ににどんよりとした父親。
そんな二人の態度には心当たりがある。
フェルは両親の許可は取ってあると言っていた。
根回しが完璧なところはさすが官僚。
「ただいま……」
嬉恥ずかし朝帰りを親に見つかってしまったような気分を味わいながらアリスは二人のわきを通り抜けようとしたが、それは敵わなかった。
ティナががしっとアリスを羽交い絞めにしたのだ。
「……ええっと、お母様?何をなさっているのかしら?」
「あらやだ、とぼけちゃって。わかっているでしょう?」
「アリスぅ~」
「わかっているって、なにがですか?ああ、朝食は城でいただいたので、着替えたらすぐに仕事に戻ろうと思います。憂う事もなくなりましたので、今日からはばりばり働きますね」
「あらあらぁ~、ホウレンソウの大切さを説いたのは貴女よね?」
「アリスぅ~」
「報告といえば祝賀パーティーはつつがなく終わり、連絡事項といえば聖女様はやっぱりウチ預かりになりそうだということですし、相談はどこに配属しましょうか、ということで」
「つつがなく、を詳しく知りたいのだけれど?」
「アリスぅ~」
ティナとアリスの目がちらっとジギルに向けられ、そして逸らされた。
「お茶を飲みながら詳しく話してもらうわよ。いいわね?」
「……はい」
「アリスぅ~」
ティナはアリスの返事を聞くとジギルの襟首をつかみ、文字通り引きずってリビングに向かって歩き出した。
「はあぁぁぁ」
異様に疲れたアリスは深いため息をつき、部屋に戻って服を着替えた。
パーティードレスも素晴らしいけれど、貴族のご令嬢が着るドレスもいいけれど、やっぱりいつもの服装が落ち着く。
「……久しぶりに素顔を見た気がするわ」
鏡に映る商人の娘らしい化粧をした自分に満足するが、脳裏に横切る美しい男の顔を思い出して眉を寄せる。
しかしすぐに口元が緩んだ。
「こっちだって聞きたいことがあるんだから、気を引き締めないとね」
鏡に映るへにゃりとした笑顔の女に向かって言うと、これからティナの質問攻めにあうのだとうんざりする。
それなのに、鏡に映る女は笑っている。
「脳内がお花畑って、怖いわぁ~」
悪くないと思いながらもぼそりと呟くと、気合を入れてリビングへと向かった。
「それで、アストゥル様とはどうだったの?」
笑顔の圧がすごいと思いながらアリスはしぶしぶ報告する。
「うちに婿入りするって」
とたんに眉を顰めるティナ。
「アリス?お母さん、きゃ~ってジタバタしたくなるようなお話を聞きたいんだけれど?」
ワクワクした母親とジメジメした父親を見ながら勘弁してくれよと思うアリスだった。
報告会という名の尋問を受けたアリスは憔悴を隠しきれないまま店に顔を出した。
「あねさん、お疲れ様っス!」
休憩室にいた、遅めの昼ご飯を食べていた、裏方専門の従業員達が口をそろえてアリスを迎え入れる。
ここは反社会的集団のたまり場か、と突っ込みを入れたくなると同時に何とも言えない気分になった。
「おう、帰ったのか。武闘会はどうだった?」
「ルーク、私が出席したのは優雅な舞踏会なんだけど」
「陰謀と策略と計略が跋扈する伏魔殿でのパーティーなんて腹の探り合いだろ。精神的な戦いの場じゃん」
「……否定できないところが怖いんだけど、ジョンは?」
「表の仕事」
まるで裏の仕事があるような言い方にアリスの頬がひきつる。
裏は裏でもまっとうな、裏方仕事ならばあるが。
この時間はランチ後の食後のデザートを目的に来店する客が多く、夕食の支度が始まるまでは混む時間帯だ。
「話があるから、私の部屋の方に連れてきて」
「了解」
執務室に行き、溜まっている書類に目を通しているとすぐに二人がやってきた。
アリスは椅子に座ったまま机を挟んで立っている二人を見上げる。
「ええっと………………」
珍しく、アリスは言いよどんだ。
「んだよ、用事があるから呼んだんだろ。早く言えよ」
ジョンが突っ込むと、アリスは観念したように口を開いた。
「フェルがうちに婿入りすることになった」
「そうか」
「それだけ?」
ジョンとルークの薄い反応にアリスの方が驚いた。
「驚かないの?」
ジョンとルークは視線を交わす。
「そう言われてもなぁ……」
「おば……ティナさんトコにあいつがあいさつに来た時、俺、ちょうどいたから」
ルークの発言にアリスは目をむく。
「えっ、なに、どういうこと?」
「だからさ、俺が書類をティナさんに届けに行ったときに、結婚の打診に来たあいつと鉢合わせして、なし崩し的に……」
そしてルークは遠い目をした。
「ああ……そうだったのね……」
何があったのかは想像がついた。
おそらくジギルを捕獲してティナの前に連れて行き、フェルの話を聞いている最中に逃げ出さないように見張りをしていたのだろう。
そしてティナによるアイアンクローで結婚を承諾という場面を見てしまったのだ。
「ご苦労だったわね」
「おう」
「なんだそれ、俺も見たかったな」
ジョンはニヤニヤしながらアリスの方を見る。
「それから、ホノカちゃんはウチの預かりになりそうよ」
途端にジョンの笑顔がひきつった。
何も知らないルークは笑顔を浮かべる。
「おお。今までの中で一番いい話だな」
アリスの笑みがひきつることに気が付かないルークは、眼福な美少女とまた一緒に働けることに単純に喜んでいる。
「結婚式はいつだ?」
空気が読める男、ジョンが慌てて口をはさむ。
「その辺はまだ。封印関係の後始末が終わったら辞職して平民になって、そこからウチの見習いになって、仕事を覚えてからようやく目途が立つんじゃないかしら」
「なんですぐ結婚しないんだ?」
「いきなり私の夫だから経営に携わるってのは色々と言われるからよ。あなた達はともかく、何も知らない従業員からすれば他所から来た元貴族がなんか偉そうに経営に口出ししてきたとしか思えないでしょ」
なるほど、と二人が頷いた。
「それに、何ができるのかはわからないし」
「元お貴族様が接客って考えらんねーしな」
「……それはそれで面倒な事になりそうだから、ウエイターだけはやらせない」
「嫉妬か?」
「違うわよ。あの人、貴族のご令嬢から結婚したい男ナンバーワンだったのよ。そんな人が平民になってウエイターをやっていると知ったらどんな騒ぎになることやら……」
ジョンとルークは想像してみた。
フェルを目当てに馬車で乗り付けてくるご令嬢達。
道路は馬車で埋め尽くされ、着飾ったご令嬢が店にわんさか集まり、黄色い声を上げて何とか男の気を引こうと……。
一方、貴族だから手が届かないと諦めていた平民の女性たちが色めき立ち、店に押し寄せ黄色い声を上げて何とか男の気を引こうとして貴族のご令嬢達と一触即発どころか試合のゴングが……。
「……女たちによる暴動が起こる未来しか見えない」
「収拾がつかなくなって兵士の手に負えなくて瑪瑙の騎士が招集、近隣住民に謝罪行脚」
女の恐ろしさは小さなころから見てきた二人だ。
色々と怖い想像をしたのか、ぶるりと体を震わせた。
どんな想像をしたのか怖くて聞けないアリスは話を戻す。
「彼には富裕層と他国への販路関係を手伝ってもらおうと思うの」
「オジさんの補佐?」
「それが妥当でしょ」
元伯爵家と元侯爵家。
「……ドット家の女って、男運があるのかないのかわかんねーな」
ぼそりとルークが呟いた。




