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モブでいいよ  作者: ふにねこ
第三章 封印巡り
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祝賀パーティー 2

 予定通りに王様と王太子組が先に会場に入る。

 中では大々的に聖女の活躍と王太子の活躍と、クリス王子のがんばりと、ついでに聖女の影武者の話が宰相から話される。

 それが終わるといよいよ聖女御一行の入場だ。


「……そういえばジャックは?」


 今初めてその存在を思い出し、きょろきょろと辺りを見回す。

 内心では、あの野郎、逃げやがった!と思いつつフェルの腕をとった。


「彼は最初から中にいるよ。護衛も兼ねているから、王座のそばが彼の居場所」

「パーティーには参加しないのかしら?」

「……仕事ではなく、自主的に王の警備をしているだけだから」


 警備として参加していますよ~だから話しかけて邪魔すんな、といかにも仕事で参加しています風を装い、煩わしいことから逃げるという作戦なのだ。

 貴族連中とくだらない話をするよりも、若く美しい女性たちと踊るよりも、王の動向を見守りながら魔法の術式を考えている方が有意義だと思っているジャックらしい言い訳だ。


「……聖女か君がジャックを誘えば、否とは言えないよ」

「面倒ごとには巻き込まれたくないわ。フェルと踊ったあとは大人しく食べているから」

「貴女のお気に召すままに」


 閉ざされていた扉が左右に開き、クリス王子とホノカが歩き出す。

 その後に続いてアリスはフェルとともに歩き出した。

 これが仕事に関係するパーティーならば緊張感もはだしで逃げ出すくらいに張り切っていただろう。

 久しぶりに人前に出て緊張するという感覚を味わっていた。


 フェルのエスコートがなければロボットの様にぎこちなくなっていたかもしれない。

 フェルの腕に手を添える、ただそれだけで緊張感が溶けていく。

 見るのはホノカの後頭部。

 手に感じるのはフェルの温もり。

 好奇心に満ちた眼差しは完全にスルーだ。


 王による感謝の祝辞に耳を傾け、足元に広がる高級絨毯の毛並みに目を凝らしながら時間をつぶす。

 パーティーを楽しんで欲しいという言葉で締めくくり、拍手に包まれながら王様に一礼。

 そして王族によるファーストダンス。

 ホノカはクリス王子と、そしてアリスはフェルと。

 中央で王と王妃が踊り、その周りを囲むように踊るのだ。


「緊張しているね」

「さすがに緊張するわよ」


 ビシバシと突き刺さる視線にさすがのアリスも体がこわばる。

 クリス王子とホノカに向けられる視線は温かなものが多いのに。

 しかも冷静な視線はともかく殺意が混じるのには解せない。

 これがジャックならば変わっていたのだろうかと目の前の美形を見上げる。

 目が合うと、フェルはふわりと柔らかな笑みを浮かべた。

 夢見心地なその笑みに、周囲から黄色い悲鳴が上がる。

 心なしかさっきよりも殺意を感じる。

 王様たちと一緒のフロアで踊り、エスコートするのは国一番の伊達男。

 なんだか他人事のような気になってきた。


「ダメだよ、アリス。余計な事は考えないで、今は私の目を見て私の事を考えて」


 歌の調べの様にフェルの声が耳に流れてくる。

 あくまでも現実につなぎ止めてくる熱のこもった茶色い瞳に既視感を覚えた。


 金色に近い茶色い瞳。


 気づいてしまえば彼の熱に触発されたように体の奥からかあっと熱が溢れてきた。

 熱いのは踊っているから。

 そんな言い訳ができる今の状況にアリスはあふれ出す熱を無視することにした。

 シャンパンゴールドのドレスの裾が足をかすめるたびに否が応でも感じてしまう。

 アリスの心の内を見透かすように、フェルの瞳がアリスを映す。

 無視しようとしても無視できない。

 己の色をパートナーに使わせる意味を。


 精神力が試されたダンスの時間が終わり、アリスは心底ほっとしていた。

 残念だと思うよりも早くこの場を逃げ出してドレスを脱いで自室のベッドに潜り込みたい。

 脳内を侵食してくる感情に抗えない。

 あふれてくる欲望に従いたくなる。


(私はクールな美人経営者よっ!)


 すでに思考はダメになっていることにも気が付かず、踊り終えたアリス達は人々に囲まれた。

 聖女とともに世界を救った英雄に対する賛辞と感謝、そこから始まる王家の覚えもめでたい商人といかに縁をつなぐかの攻防。

 階級的にも無下にできないので適当に話は聞くが、次男三男の話はどうでもいい。


「申し訳ありませんが、このあと聖女様と歓談の約束がありますので失礼いたします」


 頃合いを見てフェルが話を切り上げる。

 取り巻いていた者達は文句を言おうとしたが、フェルが次期侯爵だということを思い出して苦々しい笑顔で未練たらたらに道を開けた。

 少なからず声はかけられたという満足感があるのか、もっとしつこく食い下がってくるかと身構えていたアリスは拍子抜けだ。

 そして打ち合わせもしていないのに、肉料理があるテーブルの前でホノカと合流したアリスはなんだか脱力した。


「アリス姉さん、これが料理長のおススメだそうですよ」


 いつの間にウエイターに聞いたのだろうか。

 それとも隣でご満悦な顔をしているクリス王子に聞いたのだろうか。

 アリスは王子に貴族のご令嬢のようにお辞儀をして見せる。


「そこで変なものを見たという顔をするのはどうかと思います」

「あ、ああ、すまぬ。私的な場で会う事が多かったせいか、公的な態度をされると違和感が……」


 失礼なとは思うが、やらかしているという自覚があるので黙る。


「そ、そうだ。踊りつかれたであろう。今のうちに外の空気に当たってきたらどうだ?今なら護衛が付いているから、余計な輩も近づいてこないだろう」

「なんで今?」

「こういった祝宴では、時間が進むにつれて不埒な者が増えていくからな」


 ようは時間がたつほど酔っ払いが増えて庭園をふらついて色々としでかす輩が出てくるから、落ち着いて夜の庭園を見るなら早い時間の方がいいという親切な忠告だ。

 なるほど、とアリスは頷いた。

 人々の視線が集まる中、平気で食事ができる図太い神経の聖女様の横で一緒に食事という気分ではない。

 料理は残されることを前提に作られているのでがっつく必要もない。

 それならば二度と御呼ばれすることのない舞踏会の夜の庭園とやらを堪能しておくのもいいだろう。


「それでは夜の庭園を散歩してこよう。王子、聖女様、御前を失礼いたします」


 フェルと一緒に二人に会釈し、庭園へと足を伸ばす。

 ちょうど日も暮れ、オレンジ色の空はすっかり漆黒に染まり、星に彩られていた。


「今日は色々と目まぐるしかったわ」


 通り抜ける風に木々の葉が微かに揺れる音に耳を傾ける。


「まだ今日という日は終わっていないよ?」

「ええ、そうね。今日は城に泊まって朝食をクローディアとホノカと取る約束をしているの」


 それが最後だ。

 二人と別れて城を出れば、もうアリスは気安く訪れることはできない。

 クローディアからのお呼びがかからない限り、会う事もないだろう。


「ホノカちゃんはどうするのかしら……」

「創造神の教会預かりだと聞いたけれど、どうだろうね」

「うちに働きに来るって息巻いていたけれど」


 クリス王子と結婚、神殿に囲われて慰問三昧、アリスの商会に就職。

 大まかに三つの選択になる。


「城の思惑だと、神殿は言語道断。アリスの商会に就職させてその間にクリス王子に聖女を陥落させるというのが苦渋の選択といったところか」

「苦渋なんだ……」

「強制的に二人を結婚させてしまえと言う過激派もいるからね。聖女様の人気と権威と力は国で管理したいのが本音。一番いいのはクリス王子との結婚だけど」


 アリスの下で働きたいのだから、城で働き場所を提供しても無意味だ。

 強制的に結婚となったら聖女は間違いなく脱走する。(前科あり)

 聖女が教会に囲われたら絶対に教会が調子に乗って政治に口をはさんでくる。

 かといって城で飼い殺しとなったら聖女を取り込もうとする貴族が後を絶たない。

 結局、消去法で聖女をドット家預かりにして影から聖女の護衛をしつつ貴族連中を追い払いながらクリス王子を後押しするという、第二小隊はがんばれ、という結果になる。


「グレイ小隊長殿とは付き合いが長くなりそうね……」


 ぼそりと呟いた声をフェルは拾っていた。

 不穏な色を含ませてすっと細められた目は、アリスが気づく前にいつもの穏やかな色に戻る。


「妬けてしまうね」

「えっ」


 思わず足を止めてしまったアリスにかまわずフェルはゆっくりと歩く。

 アリスは慌ててフェルの隣に並んだ。


「こっちに、女性が好きそうな景色がある」


 そう言って連れてこられた場所は、バラのアーチを潜り抜けた先にある噴水だった。

 風に乗って鼻孔をくすぐる花の香。

 水面に揺らめく月の形。

 空に広がり降り注ぐ水の粒が月明かりに柔らかな煌めき放ちながら落ちていく。


「綺麗……」

「今代の王が王妃に結婚を申し込まれた場所だそうだ」


 ロマンチックな場所だ。

 今も仲睦まじい二人にあやかってここで告白する者も多い。


 敏いアリスはこの場所にフェルと二人きりという状況が何を意味するのか気が付いてしまった。

 告白されたい気持ちと告白されたくないという気持ちが同時にあふれる。

 なぜならアリスには、侯爵夫人という選択肢がないからだ。


 告白されなければ、今の関係のままでいられる。

 そばにいられる。

 この美しい人を目の前で見つめられる。

 今だけは、しばらくは、時折触れる肩や手のぬくもりに気持ちが縋り付くことができる。

 卑怯だけれど、彼の気持ちが変わるまでの間だけ、彼を独占できる。


 それと同時に思う。

 この恋には未来がない。

 終わりがある恋で未練がきっと残るだろう。

 二人の足が噴水の前で止まった。

 水の音が嫌に大きく聞こえる。

 水面に映る自分の顔は、小さく揺れてよくわからない。

 どの未来を掴めばいいのか、アリスにはわからなかった。



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