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モブでいいよ  作者: ふにねこ
第一章 出会い
17/202

まだ二日目なのに 5


 早めに家に着いたので、まずは家の中を案内した。

 特にオルベルトは熱心に見て回った。

 間取りから死角になる部分や侵入ルート、逃走ルートなどの確認をしているのだ。

 そこはジャックと同じ行動だと思いながらアリスは最後に庭を案内してから休むための部屋へと向かった。


「クローディア様はこちらの部屋をお使いください。カルティオ様は申し訳ありませんが、こちらの部屋で。簡易ベッドを運ばせますのでそちらでお休みください」


 ジャックが泊まった部屋にクローディアが泊まり、二つの部屋をつなぐ部屋にオルベルトが泊まることになった。

 これならばどちらに何かあってもすぐにわかるので、警護しやすい。

 クローディアは不満そうだが、警備の事を口にされると文句は言えない。


「幸いにして我が家はお金があります。広さは大なり小なりあるでしょうが、夫婦で一部屋、子供たちで一部屋、台所兼リビング兼客間が一部屋というのが一般的です」

「夫婦で一部屋ですの?」

「庶民は晴れ着と普段着と普段着と普段着と寝間着の五着があれば十分に生活できますので衣裳部屋は存在しません」


 そんなバカな、と愕然とした顔でショックを受けるクローディア。


「普段着が三着……十分イケますね!」


 ホノカも同意すると、未知のモノを見るような目でクローディアはショックを受けている。


「……カルティオ様はあまり驚かれないのですね」

「ええ。聖騎士団に入団した時に一通り驚きましたからね」


 教会の所属する団体なので質素と節約はモットーだ。

 騎士団の寮も見習いは個人専用の部屋はなく四人部屋で、騎士になると一人部屋になるがトイレと風呂は共有だ。


「あら、でもトイレやお風呂はどうなのです?」


 公衆浴場で一週間に一度入り、あとは桶に水を汲んでタオルで拭く。

 トイレは各家庭にあったり、その地域で共同で使う場合がある。


「綺麗好きな人だと、近くの川で水浴び」

「川で水浴び……」


 クローディアの目が虚ろになった。


「そのついでに魚とか獲ったりして一石二鳥」

「君の話を聞いていると、みんな逞しく聞こえるよ」


 カルチャーショックを受けているクローディアを見ながらオルベルトが感想を口にした。


「ええ、庶民は逞しいんですよ。そうでなければ生きていけませんからね」


 どこか冷ややかな響きをさせた声音にクローディアがはっとする。

 与えられることを甘受しているお前とは違うと言われたような気がした。

 ホノカの方を見れば、その通りと言わんばかりに頷いている。


「その通りです、アリス姉さん!庶民は働かざる者食うべからずです!裸一貫、己の知恵と体を使ってお金を稼いで生きるのが精いっぱいだから、自然と逞しくなるんですよ」


 世界観の違いにクローディアは眩暈がしそうだ。


「お風呂の用意は致しますが、メイドはつけませんので一人で全部やってくださいね」

「なっ……!」


 怒りが頂点に達すると言葉が出てこなくなるということをクローディアは初めて知った。

 わなわなと手が震え、顔が真っ赤になっていく。


「自分の事は自分で面倒を見るのが庶民です」

「で、ですが……」

「カルティオ様だってお一人で着替えくらいできますよね?」


 突然話を振られたオルベルトはその通りだったのでついうっかり頷いてしまった。

 騎士という職業柄、一人で着替えができなくては話にもならない。

 貴族とはいえ、騎士になるのならば一人で着替えの練習もするのだ。


「えっ、そうなんですの!?」


 クローディアはショックを受けたようにオルティスを見た。


「ええ。何かあった時に困りますからね。命が危ない時に侍女なんて待っていられませんから」


 わかっていないオルティスは照れくさそうに笑っている。


「そう、そうですわね……」


 そんな二人の様子を見ていると、ホノカがアリスのところヘススっと移動してきた。


「オルベルトは天然さんなんです」

「ああ……そうなんだ……」


 赤銅の髪はスポーツマンのように短く、金色の目はちょっとたれ目な感じも相まって優しく見える。

 礼儀正しいのんびりとした細マッチョ、というのが第一印象だが、ここに天然という新たな称号が加わった。


「では、まだ時間があるので資料室で時間をつぶしましょう」


 アリスが案内すると、昨日のジャックのようにオルベルトとクローディアは感嘆の声を上げた。


「ホノカちゃんにはこの本をお勧めするよ。絶対に面白いから読んでごらん」


 さっそく本を見て回っている二人をよそにアリスはホノカに一冊の本を手渡した。


「あら、なんですのその本」


 教育係のクローディアは興味を持ったのか、こちらへ戻ってきた。


「よくある男の友情物語です」

「あら、そうですの。……読んだことはありませんが、タイトルに聞き覚えがありますわ」

「それなりに有名な本ですから、読んでおいて損はないですよ」


 本から顔を上げたホノカを見てクローディアはぎょっとしたように後退った。

 何かと思って視線を追うと、よだれをたらさんばかりに本を見つめるホノカの姿がそこにある。

 その姿はおあずけを食らって待て状態の犬を連想させた。

 腐女子であるホノカは男子の愛情物語に飢えていたのだ。

 ビジュアルは美女なので、もはや視界の暴力といってもいいくらい顔が崩れている。


「子供向けなのでクローディア様にはちょっとつまらないかもしれません」


 実はこの本、いわゆるBL本を専門に書いている小説家の出した本なのだ。

 本棚には置いておけないという可哀そうな腐女子のために書いた本だが、ボーイズラブへの登竜門とも囁かれている。

 じゃれたり喧嘩した後に押し倒したり押し倒されたり、ちょっとしたいさかいで詰め寄るあまり壁ドン、しかもけんかの後の描写がなぜかちょっと艶めかしかったり。

 友情を脳内変換して愛情に置き換えるとあら不思議、立派なBL本の出来上がりだ。

 妄想した人は腐女子の仲間入り、妄想しなかった人は普通の道を進む。


「年齢的には12歳くらいの子が読むものですね」

「あら、そうですの」


 子供向けと聞いて一気にクローディアの興味が薄れる。


「わからない単語があれば聞いてね。あとメモ帳」

「アリス姉さんっ!私は今、猛烈に感動していますっ!」

「うんうん、そうだろうね。見たらわかるよ」


 本を大事そうに抱えて鼻息も荒く感動しているホノカにアリスは若干引き気味だ。


「好きこそものの上手なれっていうから、すぐに読み書きできるようになるよ」


 この三か月で基本的な文字は教わっているはずなので、単語を拾い読んでいくうちに文法もおぼえていくだろう。


「ホノカが本好きだとは知りませんでしたわ……」


 あまりの喜びように面食らっていたクローディアは驚きを隠せない。

 ただの本ならホノカだってここまで喜ばないだろうということは秘密だ。

 読書傾向については徐々に理解を深めていけばいいとアリスは考えていた。

 さっそく読み始めるホノカを感心したと言わんばかりにクローディアが見ていた。


「……ホノカがあんなに熱心に読み書きをしている姿を見たことがありません。好きこそものの上手なれ、ですか……こういう指導方法もあるのですね」

「教えるというのなら、相手の興味をまずひかないと」


 クローディアが話の続きを目で催促してきた。


「目立つ事が好きな子だったら、ダンスがうまくなれば注目されますよって言えば意欲的に練習するようになりますよ。控えめな子だったら、きちんと踊れるようになれば悪目立ちしませんよって言えばいいんです」

「……私、間違っていましたわ。やる気を出させるには応援するのが一番だと思っていました」

「ホノカちゃんの場合、歴史だったら裏話を交えつつ物語風に語った方が覚えてくれると思います」


 妄想を掻き立てるような話だったら間違いなく食いつくはずだ。


「少しずつステップを踏んで、段階ごとにご褒美を用意するのもいいですね」

「ご褒美、ですか」

「甘党なら手に入りにくいお菓子とか、お茶好きならめったに手に入らない貴重なお茶とか、そういった物で釣るのもありですよ」


 ふむふむとクローディアは熱心に聞いている。


「もちろんちゃんと相手が望むものでないとだめですからね」

「そうなのですね……いわれてみれば私も幼いころにご褒美をもらった記憶がありますわ」


 懐かしそうに目を細めている。

 幼いころのクローディアはさぞかし美少女だっただろう。


「クローディア様は、ホノカちゃんに何かを教えるときにちゃんとその必要性とクローディア様ご自身の考えを話していますか?」

「えっ?」

「社交界にはダンスがつきものだからダンスを覚えなければならないとか、人前に出るための礼儀作法はこうやるんだって教えてませんか?」

「……」

「ダンスができて礼儀作法がちゃんとしていれば嘗められないから覚えておいて損はないって説明しましたか?」


 アリスの問いかけにクローディアは首をかしげる。


「どうして私の考えを伝えることが必要なんですの?」

「犬や馬じゃないんですから、他人にああしろこうしろと言われて素直に言うこと聞けますか?調教と教育は違うんですよ」


 さりげなく聞き耳を立てていたホノカは調教という単語に思わずブフォと吹き出してしまった。

 彼女がその単語で何を想像したのかは言うまい。

 美少女の口元が恐ろしくいやらしい笑みを浮かべて歪んでいたなんて、アリスは見ていない。

 そう決めたのだ。

 

「ボールを遠くに投げてただ取ってこいと言われたらいやですけど、運動のためだと言われればやるでしょう?それと同じです」

「……ドットさんは……いえ、アリスさんはホノカのことを色々と考えていらっしゃるのですね」


 今までの自分の教え方を反省したのか、クローディアは素直に感心した。


「確かに私のやり方は押し付けでしたわ。これからはアリスさんも一緒に授業を受けてくださるのですよね?教え方を指導していただけたら嬉しいですわ」


 これにはアリスのほうがびっくりだ。

 下の者の意見を聞き、良いと思えば取り入れるその姿勢にはこちらの方が頭が下がる思いだ。

 さすがは未来の王妃、柔軟な考え方を持っている。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 アリスは深々と、初めて彼女に対して敬意をもって頭を下げた。

 そういう態度は相手にも伝わるのか、クローディアの表情が柔らかいものへ変わった。

 そこへメイドが夕食の準備ができたことを伝えに来た。






 本日のメニューはナスと豚の生姜焼き、唐揚げ、コーンポタージュと白飯、白菜の浅漬け、サラダである。


「初めて見る食べ物ですね」


 オルベルトが興味深そうに目の前の皿と、おかわり用にでんとおかれた大皿を見る。


「おかわりが欲しければ皿の横にあるフォークを使って自分の皿に移してください。白米とスープはメイドに言えばよそってくれます」


 アリスが説明し、いよいよ実食となった。


「なんですの、これ。一口ほおばると肉汁が口の中に広がっていきますわ。しかもこれでもかというばかりに味が口の中で暴れまわって次の一口をねだるのですっ」


 初めての味に感動したクローディアが食レポを始めた。


「生姜焼きっ、サイコー!なんかナスも美味しい!」


 ホノカもご機嫌である。


「なんという味だろう。白米が進みます……」


 そんな事をいいつつもいつの間にか全部平らげていたオルベルトが唐揚げを自分の皿に山盛りにし、生姜焼きもてんこ盛りにすべくせっせとフォークを動かしていた。

 夢中になって夕食をむさぼる彼らをドット家の者達は生暖かい目で見守っていた。


「生姜焼きも意外といけそうだね、お母さん」

「そうね。それに唐揚げは舌の肥えた貴族の女性にも有効のようね」


 アリスとティナは悪徳商人のような笑みを浮かべあった。


「しまった……僕としたことが、よそのお宅でがっついてしまった……」

「おなかがいっぱいで苦しいですわ……」

「んふふふ~明日は何をリクエストしようかなぁ~」


 それぞれ食後のお茶を堪能し、解散となった。

 父、空気。




誤字脱字の訂正をしました。

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