招待状
店の隅っこでアリスはテーブルの上に置いた一通のカードを前に深いため息をついていた。
「どうかしたのか?」
休憩時間に入り、ジョンとルークがそばにやってきた。
アリスは無言でカードを見せる。
「パーティーのお誘いか。王様主催じゃ断れないな。これくらい予想はついていただろうに、何を悩んでいるんだ?」
「嫌な予感しかしないところよ」
「まぁ、がんばれ」
ルークが他人事の様に軽い口調で言い放ったのがカチンときたアリスは、立ち上がるとルークの肩を掴んだ。
「勇者サマ、一蓮托生って言葉、知ってる?」
「げっ、まさか俺も?」
聖女の影武者をしていたアリスと違い、ルークの存在はいかようにもごまかしがきくはずだ。
「正式なパーティーだから、パートナーが必要なのよ」
綺麗な笑みを浮かべた。
「えっ、マジで?」
アリスをエスコートして王様主催のパーティーに出席。
「何それ、どんな罰ゲームだよ」
「その罰ゲームに出席しなきゃいけない私は何なのよ」
「いいじゃないか。パーティーには王族クラスが軒並み出席する。君のスイーツを世界に広めるチャンスだと思うよ?」
後ろから声がかかり、アリスが振り返るとキラッキラの笑顔を浮かべたフェルが立っていた。
笑顔の圧が強く、三人は思わずたじろぐ。
「今ならスイーツコーナーにねじ込めると思うけど」
「ぜひお願いします」
間髪入れずに頭を下げるアリス。
「それから、君のエスコートは私がさせてもらうから」
「え?でも……」
「王太子に愛人はいないことも発表しないといけないから、ホノカはクリス王子がエスコートする。君のエスコートは私が立候補しておいたけれど、他に誰かいるのかな?」
「よよよよかったなぁアリス!」
笑顔の圧がすごいフェルに慄いたルークはわざとらしく声を上げてアリスから離れた。
「あ、俺は用事を思い出した。ジョン、行くぞ!」
もちろん断る理由もないのでそそくさとジョンはルークと退場する。
「どうかしたのか?」
あまりにも不自然すぎてジョンが疑問に思うと、ルークはぶるりと体を震わせた。
「なんつーか、アイツ、おじさんと重なる……」
おじさんとは、アリスの父親である。
母親にしつこく付きまとい、つきまとい、つきまとい、付きまとったあげくに母親をおとすことに成功した父親に。
「そうか?いかにも貴族のご子息って感じだけど」
「あの人だってそうだっただろ」
「……ドット家の女は男運がないのか?」
「ないわけじゃないだろ。おじさんだっておばさんとアリスがからまなきゃすっげぇ優秀な人じゃん」
優秀だが性格に難アリ。
「ジャックさんに比べりゃ大人しい感じがしたけど」
「……あの人、おじさん並にえげつねぇと思うけどな」
「ふぅん。お前がそういうのなら、そうなんだろうな」
ルークの野生のカンは外れない。
厄介なのに好かれたなぁと思いながらも、長い付き合いになりそうだとルークはジョンと一緒にその場を後にした。
「フェルはどうしてここへ?」
「今回のパーティーの主役の一人のご機嫌伺い?」
こてりと首をかしげながらアリスの方を見るフェルから無駄な色気があふれ出す。
それに当てられながら、顔が赤くなる前にアリスはカードに視線を落とした。
「え、エスコート、お願いできるのかしら?」
「もちろん。君の隣は私の居場所だからね」
「……ええっと、フェル?」
「なにかな?」
「性格、変わった?」
今までのフェルは言葉だけで、熱量を含めることはなかった。
だからアリスも受け流すことができたのだが、今のフェルはあからさまに好意を隠そうとしない。
むしろ前面に押し出してくるのでアリスは戸惑いを隠せない。
「環境が変わったからね」
フェルは戸惑うアリスに愛おしさを感じながら説明をした。
「祝賀パーティーをもって私はお役御免になる。ジャックも本来の仕事に戻る。クリス王子と一緒に仕事をすることはもうないだろう」
「そういえば、フェルはもともと宰相の部下だったのよね」
「だから、今度は宰相の下で事後処理にあたる」
そこで小さくため息をついた。
「今回のパーティーで、聖女の正体が明らかにされる」
それが何を意味するのかわからないほどアリスは馬鹿ではない。
王太子の愛人は、実は聖女を守るために自ら泥をかぶったのだと知らしめ、不名誉を払拭するのだ。
「各国の王族が列席する中のお披露目だから……」
「ちょっと待って!さっきも言っていたけど、なんで王族?」
「ああ、そこからか……」
フェルは世界各国の諸事情を話した。
この国は魔王を封じることで不可侵条約が成り立っている。
裏を返せば、魔王が復活すればこの国は戦場になるのだ。
魔王が復活すれば各国が手を取り合ってこの国を戦場にして魔王と戦う。
封印が成功するまでの間、この国を取り囲む国境沿いには何かあればすぐに攻め込めるように各国の軍隊が控えていたのだ。
魔王が復活すれば世界は滅ぼされる。
世界の命運をかけた戦いなのだから、当然、各国の王族も国境にて戦々恐々としながら成り行きを見守っていたのだ。
「封印の成功をもって軍勢はそれぞれの国に戻って、出陣に加わっていた王族はそのまま我が国のパーティーに出席という流れだ。一番大変なのは、国境沿いの貴族たちかな」
各国と戦争の打ち合わせに奔走し、魔王が封印されれば今度は各国の王族の接待だ。
「聖女を守るためにもホノカのエスコートはクリス王子が担当する。君は聖女の影武者として貢献したことを評価されて褒美をもらえる。何がいい?今なら爵位もクリス王子との結婚も思いのままだよ?」
「……王子様との結婚は、夢をみている時が一番幸せなのよ」
白馬に乗った王子様とのロマンスは妄想だからいいのだ。
「褒章の件はパーティーの前日までに考えておいて」
「なんで前日?」
「パーティーの打ち合わせがあるし、褒章の事もある。ドレスはクローディア様がご用意してくださるそうだから、君は体一つで来ればいい」
「それは……」
「そこは諦めて、としか言えないかな」
未来の王妃様からのプレゼントを断るわけにはいかない。
「彼女はずっと君たちに負い目を感じていたから、受け取ってあげてほしい」
「負い目?」
「聖女の召喚なんて、向こうからすれば拉致だって君が騒いだだろう?そんな聖女の代わりに何の関係もない君が矢面に立った」
「ああ……うん、はい」
ホノカの精神状態にキレて騒いだ覚えがある。
「今更ながらだけど、上層部の人たちに感謝だわ」
不敬罪の山を築き上げた自信はある。
日本ならば許されていてもこの世界では許されないことだ。
それを許してくれた人たちに改めて感謝だ。
「褒章の事だけど、爵位とかはいらないけど、甘味の販路を広げたいから、まずはお城のスイーツ事情にウチの甘味を紛れ込ませたい」
「ドット商会の出入りを許す許可なら大丈夫。期限をつければ優遇措置もとれると思うけど?」
「他の商会との兼ね合いもあるから、奪うのはちょっと」
料理を提供する機会があった時に参加できればいいとアリスは考えている。
ついでにお城でお客様に出す茶菓子に、時々甘味シリーズを使ってくれれば。
他者を排除して独占するつもりはなく、浅く広く、多くの人に甘味を食する機会があればいい。
それぐらいならば大丈夫とフェルに太鼓判を押され、会話が途切れた。
奇妙な沈黙にアリスは落ち着かない。
好きだと言われたわけではないが、好意を持たれているのはさすがにわかる。
彼の眼差しが何よりも雄弁にそれを語る。
他者とアリスを見る眼差しが違うのだ。
居心地が悪く、アリスは視線をそらした。
負けた気がしてちょっと悔しいが、そうせずにはいられない。
顔を上げれば自分を見つめるフェルと視線が合うだろう。
どんな眼差しで自分を見ているのかと思うと、期待と不安が入り混じる。
「祝賀パーティ、楽しみね」
告白されたわけではない。
告白したわけではない。
だからそう言うのが今のアリスにとっては精一杯だった。
「ああ、そうだね」
柔らかな声に、アリスは身動きができなくなった。
自惚れでなければ、フェルの気持ちがどこに向かっているのかはわかっている。
悔しいが、ホノカの願い通りだ。
けれど動くことはできない。
まだ何も始まっていないからだ。
(よくある話よね)
身分違いの恋に突っ込んで溺れてしまえるほどアリスは子供ではない。
そして玉砕覚悟で告白する勇気も、告白されて受け入れる勇気もない。
フラれるのは嫌だけど、うまくいって侯爵夫人になるのも嫌だ。
かつてホノカが評したように、アリスは面倒くさい女だった。
違う話を間違ってアップしちゃいました。
やらかしちまった……。
ご指摘、ありがとうございます。




