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モブでいいよ  作者: ふにねこ
第三章 封印巡り
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破壊神再び

 アリスはイライラしながら紅茶に手を伸ばした。

 ジャックとオルと一緒に行く気満々だったのに、止められてしまった反動は大きい。

 出入りするメイドがビクビクしているがアリスはいら立ちを隠すつもりは毛頭なかった。

 つまり、拗ねているのである。

 そうなるともう周りは触らぬ神にたたりなしとアリスを視界に入れずに無言で報せを待つというなんともいたたまれない空間が出来上がった。


 部屋にはクリス王子、聖女アリス、フェル、そして黒曜の騎士であるグレイとランスが詰めている。

 ホノカ救出の知らせをじっと待つという苦行に耐えていたアリスだったが、とうとうしびれを切らせてじろりとクリス王子を睨みつけた。

 びくっと肩を震わせるクリス王子だが、すぐに怯んだ自分を恥じるように睨み返してきた。


「まだなの?」

「ジャックとオルベルトが参加している。そう心配するな」

「心配は尽きないわよ。ホノカちゃんの精神状態とか、ジャックの破壊活動とか、オルの胃がやられないのかしらとか」

「その三人の中ではオルベルトが一番図太いと私は思うが?」


 クリスの反論にアリスはふむ、と考える。


「でも一番、常識的じゃない」

「それはそうだが……ジャックや私と普通に話せる時点で並の神経ではないだろう」


 最高権力者に属する者と最強伝説を持つ男の間に挟まれたら、たいていは恐縮したりビビったり遠慮したり一歩下がった付き合いとか、身分差に慄くといった反応が普通だ。


「君は勘違いしているようだけれど、オルベルトは最初からああだったよ」


 アリスがチーム聖女と合流したのは結成して時間がたってからだ。

 その間に仲良くなって身分も遠慮もなくなったのかと思いきや、違っていたらしい。


「やっぱり教会側から派遣されるだけあって、胆力も違うのかしらね」

「どうかな。そういうのとも、ちょっと違う気がするけれどね」


 フェルはそう言いながら微笑んだ。


「権力者の余裕、強者の余裕みたいなものとは違う……無関心ゆえの余裕といったところかな」

「無関心?」

「それを達観と言うのか、無我の境地というのか、ただ単に興味がないというのかはわからないけれどね」


 教会という枠に組み込まれているはずなのに、彼は新兵の様にその集団に染まっていない。

 聖騎士でありながら、冒険者と言われても信じてしまいそうなほどに彼からは所属している世界の特徴がないのだ。


 グレイやランスが私服でいても、行動や仕草で軍関係だとわかる。

 クリスだっていくらボロをまとっていたとしても、育ちを隠すことは不可能だ。

 ジャックも話せば魔法関連の人間だとわかるし、アリスに至っては商売人だとわかる。

 オルベルトにはそういった特徴がないのだ。


「でもあの笑顔って教会関係者っぽくない?」

「それ、どうとったらいいのかな?」


 どうとってもいい話にはなりそうもない。

 アリスとフェルの空々しい会話に耳だけ傾けていた一同だが、廊下を走る慌ただしい音に意識を向けた。

 アリスはカップを置いて椅子を少し後ろに下げた。

 ドアの向こうには見張りの警備の兵士が四人いる。


 ドアの前で足音が止まり、しばらくすると兵士たちの悲鳴が上がった。

 グレイとランスは剣を抜いて王子達とドアの間にすばやく移動する。


「こんな時にクーデター?」

「織り込み済みだ」


 軽い口調でアリスが尋ねると、クリスがぶっきらぼうに答えた。

 魔王復活を願う者達の中に反勢力の貴族たちもいる。


「宰相の予想通りで喜ぶべきか嘆くべきか……」


 クリスは大げさにため息をついて見せた。


「今回の作戦、色々と詰め込みすぎじゃないの?宰相様、働きすぎて死ぬんじゃない?」

「策謀は趣味みたいなものだからな。喜んでやっている」


 いったい宰相はどこまで手を広げているのだろうか。

 聞いてみたいような気もしたが、聞かないほうが幸せだろうという事は予想できる。

 これを機に反勢力を一掃し、後顧の憂いをすべて払しょくするつもりなのだろう。

 聖女の封印が成功すれば王太子とクローディアの結婚式が待っている。

 次世代に現世代の膿を残すつもりはないらしい。

 よくよく耳を澄ませてみれば、あちこちで小競り合いが起きているらしく、いつになく騒々しい気配が城のそこかしこから感じられた。


「瑪瑙の腰抜けどもか……。私がいるとわかっていてこれだけか?」


 つまらなそうにグレイ小隊長が挑発的に言い放った。


「王子を渡してもらおう」


 挑発に乗ることなく決められた手続きの様に瑪瑙の騎士が言い放つ。

 残念ながら彼の後ろにいる六人の騎士達はグレイとランスを見て剣先が震えている。


「な、なぜ黒曜の狂犬がっ!」


 ぴくりとグレイの眉が動く。


「だからいるのだろう」


 もともと黒曜のグレイ小隊長が所属する部隊は各騎士団の監査役でもある。

 その中でもグレイ率いる小隊は隠密行動や汚れ仕事が多い。

 飼い犬、番犬と敵からそしりを受けるのは誉とするくらいには国に忠実であり、戦闘狂でもあるグレイは狂犬と呼ばれている。

 騎士団同士の戦いが始まり、剣を切り結ぶその様子を眺めながらアリスが呟いた。


「……私の出番はないの?」

「頼むから大人しくしていてくれないか?」


 クリス王子の切実なお願いだった。








「城内の制圧はこちらの優勢ですね」

「最初から分かっている襲撃だ。そうでなければ困る」


 ランスとグレイの足元には瑪瑙の騎士達がぴくりとも動かずに倒れていた。


「王様や第一王子はご無事なんでしょうか?」

「狙いはあっちよりこっちだからね」

「聖女?」

「いや、クリス王子」


 王と王太子を廃して第二王子を傀儡の王に、というありきたりな権力闘争にクリス王子はうんざり顔だ。


「どうして私が大人しく言う事を聞くと思っているのだろうか」

「それはまぁ、人質を取ったりあれやこれやとやりようはあるでしょう」


 フェルの言葉にクリス王子は深いため息をついた。


「各々方、第二回戦が始まります。お気を付けください」


 ランスの忠告が終わると同時に再び慌ただしい複数の足音が近づいてくる。

 そして全員の意識が廊下の方へ向けられた。


 チリッ、と首筋に嫌な気配を感じたアリスが後ろを振り返ると同時に、窓ガラスを割りながら何人かが部屋の中へ飛び込んできた。

 アリスはとっさに椅子を蹴飛ばす。


「挟み撃ち!」


 窓から侵入したのは四人でうち一人は椅子が直撃したらしく床に倒れた。


「クリスッ!」


 向かってくる襲撃犯に気を取られていたクリスに、最後に侵入してきた男がナイフを投げつけていた。

 ちょうどクリスの位置からでは死角になっていたのか、クリスが反応できずにいる。

 アリスが反応するより早くフェルが体を投げ出した。


「フェル!」


 胸にナイフが突き刺さるのをアリスは呆然と見ていた。

 クリスは片手で倒れるフェルを受け止め、剣で次の一手を受け止める。


「うそ、でしょ……」


 呆然とするアリスにも手にナイフを持った男が襲いかかってきた。

 動けずにいるアリスを人質に取ろうとしたのだろう。

 ただのお嬢様ならば突然の出来事に恐怖で動けないだろうから男の判断は間違っていない。

 だがここにいるのはアリス・ドットだ。

 呆然としつつも体は殺気に反応して動く。


 ナイフを突き出してさらに恐怖を煽って女の背中を捕ろうと考えていた男だったが、ナイフを持った腕をそのままとられて宙を舞った。

 ホノカがいればこの背負投げに一本とか叫んでくれただろうが、あいにくこの場にはいない。

 なのでアリスは遠慮なくフェルにナイフを投げた男に向かって投げつけた。

 それにぎょっとしたのはクリス王子だ。

 王子の様子に訝しげな顔をした襲撃犯だが、背中に衝撃を受けてそのまま床に倒れる。

 アリスは近くにあったワゴンに乗っていたポットを男の頭上に投げると、今度はそれにかかと落としを決めた。

 勢いが付いたポットは下敷きになった男の頭にぶつかると、そのはずみで熱湯をばらまく。

 二人のくぐもった悲鳴にクリスと剣を交えていた男がぎょっとしたように動きを止めた。

 すかさずクリスは袈裟切りにして決着をつける。


「フェル!」


 クリスの声にフェルは少し眉をひそめながら笑った。


「君が、無事で、何よりだ」


 声に雑音が混じっているとアリスが気が付いた次の瞬間、フェルは血を吐き出した。


「くっ……」

「しゃべるなっ。くそ、肺をやられたか……」


 早く医者に見せなければ、と呟くクリスの向こう側ではまだ剣戟の音がしている。

 ガシャガシャと割れる音に視線を向けたクリスは思わず声を上げた。


「アリス?おい、何をやっている?」


 高価な茶器を迷うことなくワゴンの上から一掃したアリスはワゴンに手をかけると勢いよくドアの方に押し始め、その上に飛び乗った。

 クリス王子の声でアリスの動きに気が付いたグレイとランスはとっさに避ける。

 突然の出来事に敵ですら道をあけた。

 への字の口でアリスは敵中を通り抜けきると、ワゴンから飛び降り、着地した足を支点にワゴンを振り回した。

 敵兵に飛んでいくワゴンを見ながらアリスは仏頂面のまま廊下に飾ってあった花瓶に手を伸ばす。


「時間がないから、本気で行くよ」


 手段を選ばない破壊神が再び降臨した瞬間だった。




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