目的
「何があった?」
歩き出してからクリスが問いかけた。
知るのが怖いが、聞かなくては始まらない。
「侍女を呼んでも来ないので不思議に思って廊下に出てみれば護衛の兵士たちの姿がなく、部屋に立てこもろうと身を返した瞬間に柱の影からゾディアという男が襲い掛かってきてきました」
「それから?」
「端的に申せば、乱暴していう事を聞かせようという計画です。男を倒した後、仲間の三人があとから合流してきたので撃退を」
「撃退?」
アリスはにっこりと笑った。
「女一人に貴族の男が三人。それはもう必死に抵抗させていただきましたわ。それにしても聖女を手籠めにして言う事を聞かせようだなんて、あの方たちは本当に貴族ですの?下町の無頼者のようにあまりにも短絡的な犯行で戸惑っておりますの」
丁寧な物言いにクリス王子は逆に怖く思えた。
「そもそも聖女の条件に純潔の縛りがあったらどうするつもりだったのかしら……いえ、それも含めて?だとすれば……」
「聖女様、それ以上は」
この場で声にしてはならないとクリス王子はストップをかけた。
「……そういう事なのね」
聖女を利用してやろうだけではなく、真の目的が聖女の抹殺だとすれば。
襲撃者たちは欲をかいて聖女という肩書を利用しようとしていた小悪党。
執務室に戻ったクリスはすぐに人払いをし、アリスと二人きりになる。
アリスは部屋の隅にある小さな応接セットのソファーに腰を下ろした。
クリス王子はその向かい側に腰をおろすと、冷静にこちらを観察しているアリスと目を合わせる。
「今回の件に関してはこちらの不手際だ。どうも多数の貴族が関わっているらしく、少々面倒な状態になっている」
「どういう事ですか?」
「誰と誰がどうつながっているのか、という部分が明確ではない。バラバラに動いているのか、一つの組織なのか、どうも全貌がつかめず後手後手に回っている状態だ」
「あの者達から何かわかるといいですね」
「まったくだ。人の手に御せぬものだからこその魔王だというのに、何を勘違いしているのやら……」
聖女が封印するから大丈夫となぜ無条件に信じられるのだろうか。
「人の手で封印できるからこその勘違いでは?そもそも魔王に言葉が通じるかもわからないのによくやりますよね」
「人は自分の信じたものを信じる。魔王にとりいって生き残れると信じているのだろう」
「聖女が封印を失敗した例はないのに?」
「現状に不満があるのだろうよ。魔王の配下として栄華を極めようという野心だ」
「滅ぼされた世界でどうやって栄華を極めるんでしょうかね?」
心底不思議でしょうがない。
教会や世界各地に残る文献では、魔王とはすべてを滅ぼし世界の破滅をもたらすモノとして記されている。
全てを滅ぼす存在なのに、どうして自分だけが助かるのだと思えるのだろうか。
そして権力とは自分よりも弱い者達がいなければふるえないモノなのに、なぜ弱い者達が生き残れると、元の生活が送れると思えるのだろうか。
「さぁな。私には理解できないが」
そういって遠くを見つめるクリス王子を見ながら、彼も色々と大変なのだなぁと他人事のように思っていた。
「……ところであの部屋の惨状なのだが」
「無我夢中でして」
「……あの部屋の調度品は最高級の物なのだが?」
「正当防衛です。しかも多勢に無勢。賠償請求はあちらに。私は被害者です」
堂々と被害者だと言い放つアリス。
間違ってはいないが、なぜかもやっとするクリス王子だった。
「それより警備体制の見直しをお願いしますね」
「わかっている。今回の件もあるし、オルベルトの護衛復帰も文句を言わせない」
たびたびオルの姿が消えると思ってはいたが、どうやら教会関係者にさらわれた件で対立派閥から横やりが入っていたらしい。
新しい部屋が用意され、アリスはそこに移った。
朝はまだ遠い。
深夜というよりは未明、というあやふやな時間帯にアリスは目を覚ました。
すぐにベッドから抜け出して様子を伺う。
昼間の事もあって警戒心はマックスだ。
「初めての夜這いがこれってどうよ」
二階のテラスから物音が聞こえてくる。
梯子でもかけたのだろうか。
ぎこちなく近づいてくる音に苦笑する。
「いや、夜襲なのかしら。まぁいいわ。おいでませ、金のなる木」
アリスの服装はネグリジェではなく、ホノカと一緒に受けた特訓の時に来ていた運動服だ。
足音は二つ。
カーテンに移る影も二つ。
そして惨劇の幕が上がる。
財務大臣の嘆きをよそに、アリスは破壊神のごとく敵を返り討ちにすべくベッドに襲撃する二人の背後に立ち、思い切りイスをぶん回した。
部屋から聞こえた物音に、オルは迷うことなく扉を開けて中に飛び込んだ。
「うおらぁっ!」
およそ淑女とは思えない掛け声とともにアリスは細かな細工が入った美しいテーブルをベッドに投げつけ、襲撃者の一人が天蓋付きのベッドとともに無残な事になった。
月明かりが白刃に反射するのを見てオルは自分の剣を抜いてアリスと襲撃者の間に体を割り込ませる。
覆面をしているので顔はわからないが、訓練を受けた者の動きだ。
「アリス、ここからは僕の仕事です。下がって」
オルの背中を見ながらとりあえず持っていたお皿を隠すように背中に手を回して壁際に下がる。
続いて入ってきた護衛の兵士たちは状況を把握すると、襲撃者はオルに任せてアリスの護衛にまわった。
襲撃者はそれなりに腕が立つのだろうが、アリスによる奇襲の動揺がおさまらないのか動きが鈍く、オルの敵ではなかった。
三度ほど刃を重ねた後、オルの剣が腕に突き刺さり、剣を落として倒れたところを兵士によって抑え込まれた。
「大丈夫でしたか?」
「ええ。来てくれてありがとう」
「それが僕の役割ですからね」
オルはテラスにでると下の様子を伺った。
アリスは使わなかった皿を戻してからオルの隣に並んだ。
「梯子なんて、誰が用意したのかしらね」
手引きした者が用意したのだろうが、どこに隠していたのだろうか。
庭師を買収したのか、庭師に変装した襲撃者が下見のついでに置いて行ったのだろうか。
「それにしても、よく襲撃に気が付いたね」
「舞踏会の日から油断はしていないわ」
どや顔のアリスにオルは苦笑する。
「……アリスは女性なのだから、もう少し僕たちに頼っていいんだよ?」
「それだと囮にならないじゃない」
「君ばかりに負担がかかっているようで、僕は面白くないけど」
「心配してくれてありがとう。……ここだけの話だけど、破壊神の教会に行ってから絶好調なのよね」
「……破壊の神と相性がいいのかもしれないよ。案外、ご加護を受けたのかもしれないね」
クリス王子や財務大臣が聞いたら卒倒しそうなセリフに、アリスはさもありなんと頷いた。
真夜中の騒動に紛れて、一人の少女が城から攫われていた。
気が付いたのは、侍女が朝を告げに部屋を訪れたその時。
乱れたベッド、開け放たれた窓、床に落ちている枕。
そして、髪に編み込んでいた赤いリボンがベッドの上に残されていた。




