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モブでいいよ  作者: ふにねこ
第三章 封印巡り
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舞踏会 2


 王子に誘われてアリスは中庭に出た。


(聖女は王子と恋仲か?て噂を流すのよね。某スポーツ新聞のように)


「三曲続けて踊らなくてもよかったのですか?」


 アリスがそう尋ねると、クリス王子はなぜか嫌そうな顔をした。


「かまわないが……人のいないところでは敬語は不要だ。気持ち悪い」

「まぁ」


 わざとらしく目を丸くさせて驚くアリスに忌々しげな顔をするクリス王子。


「そうですわね。人のいないところでは、そうさせていただきます」

「そうしてくれ」


 アリスとクリス王子の目が油断なく辺りに向けられた。


「もう少し奥へ行ってみないか?」

「ええ、そうですわね。ここでは皆様に注目されておりますもの、恥ずかしいですわ」


 二人はさらに人気のない方へと足を運んだ。

 多少の騒ぎが起きても夜会の会場には聞こえないだろうという位置までくると、クリス王子は足を止めた。

 アリスも足を止め、それはそれは輝くばかりの笑みを浮かべた。


「取りこぼしは私が仕留めますので、王子はご存分に暴れてくださいまし」

「そうさせてもらおう」


 腰に下がっているのは儀礼用の刃先をつぶした剣ではなく真剣だ。

 木の影、廊下の柱の影から姿を見せた暴漢がクリス王子に襲い掛かる。

 アリスはこの日のために特注で作った鉄扇を握り締めながらはらはらしつつクリス王子の背中を見守った。


「ああ、そこ、左っ、下から右へ、いけっ、うん、よし次、そこだっ、いけっ!」


 ぶつぶつと呟くアリスはもはやセコンドだった。

 もちろん背後に忍び寄ってきた男の気配もちゃんと気づいている。

 男の手がアリスの口をふさごうと伸びた瞬間、アリスは振り向きざまに回し蹴りを決めた。

 体重を乗せた蹴りにはさしもの男も倒れこむ。

 すかさずアリスは男の腹をめがけてよろめいて倒れるふりをしながらひじを入れた。


「今は淑女ですからね、急所は避けてあげましたのよ。感謝なさい」


 そう囁きながら立ち上がる。


「きゃぁぁぁ、なんてことでしょう。男の人を下敷きに倒れてしまったわ~」


 ひどい棒読みにクリス王子は脱力しかけた。

 しらじらしいにもほどがある。


「聖女様、ご無事ですかっ!」


 オルが剣を抜いてどこからともなく参戦した。

 もちろんすべてが打ち合わせ済みだ。


「兵士たちもすぐに駆け付けますっ」


 オルの言葉を裏付けるように多くの足音がこちらに近づいてくる。


「失敗だ、引け!」


 撤退していく賊はグレイ小隊長の隊員があとをつけ、アジトと裏でのつながりを洗い出す手はずになっている。


「これで何かわかるといいですわね」


 賊を追いかけていく兵士たちの後姿を見送りながらアリスが呟く。


「手引きした輩の尻尾ぐらいつかめていればいいが」

「間違いなく、獅子身中の虫がいますね」


 クリス王子のつぶやきにオルが答える。

 何者かの手引きがなければ賊がここまで侵入できるはずがないのだ。

 一人や二人でなく、複数人ともなればそれなりに関わった人間も多いはず。


「宰相が頭を抱えそうな案件ですね」


 オルの言葉にクリス王子は深いため息をついた。


「どうかな。あのタヌキはこれを機に城内一斉清掃だと嬉々として悪巧みをしていそうだ」

「はは、頼もしい限りですね」

「巻き込まれなければ、私もそう思うよ……」


 すでに宰相の策略に巻き込まれている王子としてはため息しか出てこない。


「それじゃあ会場に戻りましょう。王子とのダンスのノルマ、あと三曲も残っているのよ」


 いい準備運動ができたとアリスが独り言ちる。


「記念に僕も一曲踊ってもらってもいいかな?」

「もちろんよ。王子と踊り終わったらオルに代わって、そのまま一曲踊って退場で大丈夫よね?」

「ああ、ちょうどいいだろう。貴族どもに囲まれる前にさっさと帰れ」


 王子と聖女が恋仲疑惑のネタをばらまいて、ボロが出る前に退場。


「ついでにホノカも連れていけ」

「了解しました」


 中庭に出てくる前に、フェルにエスコートされて連れ出されたホノカの姿を思い出したのか、どこか悔しそうな顔をしている王子の横顔にアリスは笑うのをこらえた。


「若いって、いいわぁ~」

「アリスはどこかのおばさんのような事を言うんだね」


 オルの突っ込みにアリスは慌てて表情を引き締める。


「ゴホン。それでは王子、行きましょうか」


 アリスが手を出すと、クリス王子はため息を一つついてしぶしぶその手をとった。






 中に戻ったアリスは王子と立て続けに三曲踊った後、オルの手をとった。


「あいつの体力は化け物か?」


 オルと踊り始めたアリスの姿を見て思わずクリス王子が呟く。


「何を馬鹿な事をおっしゃっておりますの?」

「クローディアか。ホノカはどうした?」

「フェルナン様と常に一緒ですわ」

「そうか……」

「聖女が踊っている間なら、フェルナン様とお話ししていても不自然ではありませんわよ」


 フェルと一緒にいるホノカがその会話に混じってもおかしくない。


「そ、そうだな。では行ってくる」


 どこか弾むような足取りでフェルナンとホノカの元へ向かうクリス王子の背中を見送りながら、クローディアはやれやれと扇を広げてため息をついた。



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