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モブでいいよ  作者: ふにねこ
第三章 封印巡り
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舞踏会 1


「フェルナン・アストゥル様とお連れの方はどうぞこちらへ」


 ホノカはフェルにエスコートされて大きな扉の前に案内された。

 扉の向こうで名が呼ばれ、左右に大きく扉が開く。

 煌びやかな夜会はまるで映画の世界のようでホノカのテンションは一気にしぼんだ。


「マジ、無理」


 できればトレーを片手に動き回りたいと切に願うが、現実は無慈悲だ。


「フェル~、なんでこんなに注目されているの?」

「君も、聖女に劣らぬ噂の主ってやつだからね。王太子とその婚約者に可愛がられている愛妾候補……」

「ぎゃぁぁぁぁ、それ以上は言わないで……」


 小声でそんなやり取りが交わされ、腰に回されたフェルの腕に押される形で歩き出す。


「いつも美しいけれど、今日の君は比べようもなく美しい」

「ドーモアリガトウ。フェルも地獄のフルコースを受けてみればいいんだ……」


 美しくなるために体の隅々まで磨かれ、もまれ、塗られ、磨かれ、もまれ、塗られ……幾度となく繰り返される羞恥との戦い。

 目の輝きが消え失せ、うつろに笑うホノカ。


「まぁ、なんて儚げな……」

「まるで妖精のようだ……」


 耳に届く賛辞は他人事なホノカはフェルを見上げた。

 女性のハートをがっちりつかむチャラい貴公子ぶりに苦笑する。


「なんでフェル?オルベルトとこっそり裏口から紛れ込みたかったよ」

「ずいぶんだねぇ。数多の女性の中から君の手を取った私を拒絶するなんてひどいな」

「ちっとも心がこもっていないし」

「未来の王様の愛妾候補のエスコートをクリス王子にさせるわけにもいかないし、ジャックもオルも爵位が低い」

「そうなの?」

「ジャックは辺境伯の三男だし、オルは男爵家次男」

「フェルは?」

「侯爵家長男」

「なるほど~。階級社会は面倒だね。あれ、でも聖女のエスコートは?」

「クリス王子とオルの二人だって説明がクローディア様からあったよね?」


 フェルに連れられて壁際によるとホノカはようやく一息ついた。


「習った事が全部ふっとんだ」


 小さくフェルはため息をついた。


「すぐに王家が入場する。そうすれば視線はそちらへ向くから、それまでがんばって」

「はぁい」


 可愛らしく返事をしながら微笑むホノカを少し離れた位置で見ていた男たちは一瞬で虜になる。

 実態を知らないという事は幸せに夢を見られて羨ましいとフェルは思った。








「女性というものは、凄まじいな」

「そのセリフ、王妃様の前で言えたら許してあげましょう」


 アリスを見たクリスの最初の感想にアリスがひきつった笑みで返す。


「王子、女性にたいしての暴言はどうかと思いますよ」


 オルにたしなめられ、気まずそうにクリスは視線をそらした。


「すまない。その、お前は普段からあまり飾らないから……その変わりように驚いたのだ」

「クリス王子は女性慣れしていないのですか?」


 ストレートな質問にクリスとオルは苦笑いだ。


「お前といるとどうも気が抜けていかんな。ご令嬢の扱いが望みというのなら、そうしよう」


 しようではなくしろ、と言いたいアリスは口をつぐむ。

 今日はご令嬢が裸足で逃げ出すくらいの淑女っぷりを見せなければならない。

 静まり返った会場からは陛下の声が朗々と聞こえていた。


「今宵の貴女はとても美しい。エスコートができて光栄です」


 優雅にお辞儀をしたクリスはアリスの手を取った。

 一分の隙も無い王子様にアリスは見惚れた。

 礼服効果も相まって、王子様オーラが半端ない。


「そろそろだ。心の準備は?」

「もちろんできておりますわ。今宵は仲睦まじくまいりましょう」

「そ、そうだな」


 アリスの気合の入った様子に押されている王子を見てオルが後ろでこっそりと笑っていた。

 男と女、というよりは気心しれた友情のやり取りといった様子で見ていて微笑ましい。

 女を意識させないのか、させられないのか。

 そんな事を考えていたらゆっくりと重々しく扉が開かれ、熱気が押し寄せてきた。

 オルは大人しく聖女の斜め後ろに控える。

 名を呼ばれたクリス王子と聖女は音もなく歩き出した。






「本物の舞踏会だよ……」

「なにそれ?偽物の舞踏会ってどういうものなの?」


 ホノカのつぶやきにフェルが思わず聞き返す。


「ええっと、こういった舞踏会は庶民には縁がないので。それにしてもアリス姉さんはさすがですね」


 フロアの中心で王太子とクローディア、クリス王子とアリスが踊っている。

 ステップを踏むだけならホノカもできるが、密着して踊るという気恥ずかしさに勝てずホノカのダンスは散々なものだった。

 クローディアに至っては、なぜ一人で踊れるのか不思議がっていた。


「体を動かすのは好きだと聞いていたが、あとで一曲踊ってもらおうかな」


 フェルが楽しそうに踊っている二人の様子を見ている。


「……フェルはさ、二人が躍っていても何も思わないの?」

「特に思うようなことはないかな」


 あからさまにがっかりした顔をするホノカを見てフェルはくすりと笑う。


「君が焼きもちを焼くのはどっち?」

「クリス王子、邪魔。でも踊っている二人はとてもお似合いに見える」

「そうだね」


 笑みを浮かべながらフェルは同意した。

 二人が踊ることを何とも思っていないからこそ、悠長に踊る二人の姿に見とれることができる。

 どんなに息が合うダンスをしようとも、二人の間には特別な感情はない。

 フェルはそれをわかっている。

 王子の気持ちが隣にいる珍妙な聖女に向けられている事も知っている。


「君は、誰か気になる人はできたのかい?」


 途端に秀麗な顔をしかめた。


「私たちを嫌っているのは知っているよ。でもアリス嬢と知り合って、出会いも増えたのでは?ああ、そんな顔をしないで。私は邪魔をしたりしないよ」

「…………今は、そんな嫌いじゃない」

「そう、ありがとう」


 穏やかにフェルがほほ笑むと、周りで小さく悲鳴が上がった。


「好きな人は、アリス姉さんを越える男はまだいない」


 爽やかに言い放つホノカを見ながら、アリスつながりで知り合ったルークとジョンを思い出した。

 アリスを理由に振られる友人の話だ。


「なるほど」

「なにが、なるほど、なの?」

「言い訳に使うにはもってこいの人材だと思ってね」


 そこら辺の男より頭がよくて気風がよく肝が据わった男前。


「そんなことはないよ!アリス姉さんは確かにそこいらの男なんかより頼りになるけど、女性として……女性、としてだって……ええっと、うん、素敵だなぁと」


 女性としてのすばらしさを力説しようとして失敗したホノカだった。


「終わったようだな……。ではホノカお嬢様、一曲お相手を」

「へ?」

「練習の成果を披露するのにもってこいの場。それに、踊らないと大変な事になるよ?」


 ちらりと周りに目をやったフェルの視線をたどったホノカは、自分に向けられた視線にようやく気が付いた。

 虎視眈々とダンスに誘おうと狙っている男女に囲まれている。

 女性はフェルを、そして男性はホノカを。


「こ、怖すぎる……」


 慌ててフェルの差し出された手に自分の手を重ねる。


「それでは一曲、お相手を」


 聖女を連れて外に向かう王子を視界の端にとらえつつ、フェルはホノカをフロアの真ん中に連れ出した。


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