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モブでいいよ  作者: ふにねこ
第三章 封印巡り
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そこまでやるのは家訓だから

 攻撃を仕掛けようとして違和感に気が付いたジャックがランスロットを止めた。


「様子がおかしい。偵察隊を入れろ」


 言われた通りにランスは部下に指示する。

 ジャックが危惧した通りの結果がすぐに出た。

 敷地の中に入れないのだ。

 おまけに魔法もかき消されてしまう。


「これは、まさか……」


 殺意ある者を通さない。

 魔法が消される。

 この特徴的な結界には覚えがある。


「謁見の間に使われているやつと同じ?」


 だとすれば同僚に裏切り者がいるという事だ。

 ジャックの眉間にしわが寄る。

 罠を確認したジギルはがっかりした様子を隠すこともなく深いため息をついた。


「どうかしましたか?」


 ランスロットがおそるおそる尋ねる。


「どうもこうも……がっかりしたよ」

「なにか不手際が?」

「ああ、すまない。君達じゃなくて、敵のほう」


 ジギルはジャックに目をやった。


「森にあった罠はどれもこれも汎用されている既存の魔法陣だ」

「それが?」

「期待した僕がバカだった……。僕の大事な愛の巣を放火するくらいだから、もっと気概があると思ったのに」


 ジギルの目が冷ややかなものへとかわる。


「魔法陣を使う魔術師の秘密結社を名乗るのだから、オリジナルの作品が見られるかと少し期待をしていたのに……本当に残念だ」

「ドット殿。それよりもどうやって中に入るかが問題です」


 ランスロットの言葉にジギルはつまらなそうに頷いた。


「もうさ、面倒だから中から壊してもらおう」

「中から、ですか?」

「うん。オリジナルの作品を生み出せないなら、価値はない」


 貴族らしい残酷で冷静な物言いにその場にいた者達は震え上がった。


「珍しい本を見てはしゃいで終わり。生産性が全くない。新しいものを生み出そうという気概がないくせに、地位向上だなんて……むしろあいつらのせいで地位下落だよ」


 どうやら彼は怒っていたらしい。

 静かに、深く、長く


「どんなに珍しい価値あるものでも、価値のない者達の手元にあったら無価値だよね」


 何が、と誰も問いかけることができなかった。


「そう思わないかい、ジャック」


 にこやかにほほ笑むジギルに誰も何も言えない。

 ジギルは紙を取り出すと、なにやら書き込む。

 誰もその場から動くことなくジギルのやることを見守っていた。

 書き終わると地面に落ちていた石を拾い、持っていた紙でくるむ。


「遠投の得意な人に、一番上の空いている窓に投げ込むように頼んでくれるかい?黄色い布が垂れている窓だよ」


 お願いという名の命令に誰も断ることはできない。

 ランスロットは言われるままにそれをもってこの場を離れた。


「あれは?」

「アリスへの、ただの手紙だよ」

「ただの?」

「そうだよ。君にはとっておきの秘密を教えよう。王様も知らないよ。あの魔法陣はね、プロフェッショナルな暗殺者には無効なんだ」

「えっ……」

「近衛が剣を帯刀して王のそばにいられるのはなぜか考えたことがあるかい?」

「……」


 ジャックの目には、穏やかにほほ笑むジギルが悪魔に見えた。


「殺すことを仕事だと割り切っている殺意なき暗殺者は通すんだ。殺すつもりで天井にナイフをぶら下げても、ひもを切るための弓矢は通るんだ。毒の入った杯を何も知らない給仕は王にささげられるんだ」


 仕事だと割り切るプロフェッショナルな暗殺者。

 殺すためではなく、殺すための仕掛けを作動させるための弓矢。

 何も知らない給仕。 

 殺意がなければ魔法陣の結界を突破する。


「なぜそれを僕に?」

「さぁ。なぜだろうねぇ」


 王様も知らない、謁見室に使われている魔法陣の秘密。

 ジャックは悟った。

 これは愛の巣を水浸しにしたあげく幽霊屋敷にしたことに対する意趣返しなのだ。

 生まれて初めてジャックは胃が痛くなるという経験をした。








 カチャンと音がして鍵が外れると、目深にフードをかぶった男が半分だけドア越しに姿を見せた。


「お嬢、これ」


 アリスに向かって何かを投げると男はすぐにいなくなった。

 接触してきた男だとすぐにフェルは気が付き、男が投げてよこした物に興味を覚える。


「ふぅん」


 アリスの楽しげな声になぜか嫌な予感を覚えるフェル。


「それは?」

「手紙とマッチ」

「……マッチ?」

「火をつける道具よ」

「いや、それは知っているけれど、なぜそれを?手紙にはなんと?」


 男の意図がわからない。


「外から手を出せないから、中から破壊しろって」


 楽し気に応えるアリスの手にはマッチ。

 もうそれだけでフェルは全てを察してしまった。


「……あいつ、逃げたな」


 アリスに手紙とマッチをよこした男。

 巻き添えになりたくないから、アリスに何か言われる前に逃げたのだ。

 付き合いが長い分、アリスに無茶ぶりされることがわかっていたのだろう。

 そして付き合いの浅いフェルは逃げ遅れた。


「フェルはこの屋敷を案内してもらったのよね。どこが一番、よく燃えそうだった?」


 物騒な言葉にやっぱり、と肩を落とす。


「執務室が一番かな」


 あきらめ、そして達観したフェルの返事にアリスは満足げに頷いた。






 人目を忍んで執務室にやってきた二人だが、部屋の中にはそれなりに偉そうな男が三人ほど本を囲んで話し合っていた。

 フェルが何か言う前にアリスは部屋に突入し、まずは入ってすぐに山積みになっていた本を二冊手に取り右手と左手に持つと同時に投げる。

 それから床を蹴って男たちとの距離を縮め、本が頭に当たって床に崩れ落ちる二人をよそに最後の一人に華麗なる回し蹴りをこめかみにいれた。

 フェルにできるのは黙ってドアを閉め、外の様子を窺うだけだ。

 アリスの手際の良さに感心すると同時にやっぱり脳筋だと思わずにはいられない。

 本の山を器用によけてうずくまり、うなっている男たちには目もくれずにアリスはマッチを取り出す。


「……やっぱりやるんだ」

「当然。ドット家の家訓でもあるし」


 迷うことなくマッチを擦るアリス。

 シュッ、とこすれる音とともに香る硫黄の匂いに男たちは痛みを忘れてアリスの手元を見た。

 オレンジ色の光がゆっくりと本の上に落ちていく。


「家訓?」

「売られた喧嘩は高く買え、お釣りを渡すのを忘れるな」


 続いてもう一本、マッチをする。


「や、やめろーっ!」

「やめてくれぇ……」

「うわぁぁぁ」


 容赦なくアリスはマッチを本の山に放り投げる。

 そしてもう一本すると、これ見よがしに手近にあった本を手にして火を近づけた。


「乾いているから古紙ってよく燃えるのよ」


 火が緩やかに本に移っていく。


「それじゃあ消火活動、がんばってね。次、行きましょう」


 アリスの言葉にはっと我に返る三人。

 慌てて火を消すために着ていたローブを脱いで消そうと奮闘を始めた。

 部屋を出る直前、アリスはもう一本すって三人のいる場所とは対角の方に投げた。


「本当によかったのかい?」

「ええ。父ならこう言うわ。希少本?新しく自分で書くから問題ないってね。それに本当に大事な本は真の魔術師だけが知っている図書館にちゃんと保管されているって」

「……話には聞いたことがあるけれど、本当にあるんだ」

「あるも何も、魔法陣を教える学校にはちゃんと保管されているそうよ。あと、創造神をまつる総本山にもあるって。場所はともかく存在していることは王族とか各組織のトップなら知っているし」


 ついでに付けたすならドット商会の図書室にもある。


「それを知っている君を、私はどう思ったらいいんだろうね」

「そこはほら、身内だから。……へんね、さっきから人にあわないんだけど」


 堂々と廊下を歩いているのに、人に見とがめられない不思議。


「引きこもりの集団だからね」

「人の気配もしないけど」

「遮断の魔法具でも使っているんじゃないかな。邪魔されるのを嫌う研究職だと当たり前のようにみんな使っているから、ここの人たちもそうなんだろう」


 ものすごく納得できる理由にアリスは何とも言えない顔をした。


「それに今は君の宿題を解くために部屋に引きこもっているんだろう」

「ああ……あの意味のない模様ね。楽しんでもらえて何よりだわ。それで、私たちはどこへ向かっているの?」

「実験施設」


 聖女から魔力を吸い取って利用しようと試行錯誤している部屋。

 ホノカが見たら、きっと見覚えがあっただろう。

 バッドエンドのスチルそのものの部屋。

 アリスのやる気がさらに満ちた気がしたが、好奇心に駆られたフェルは質問する。


「家訓だけど、買うのになんでお釣りを渡すの?」

「家訓だもの、意味不明なのはしょうがないわ」


 なぜか遠い目をするアリス。


「たまにあるでしょ、わけのわからない規則。それと同じなんじゃないかな」


 これ以上は突っ込んでくれるなと言わんばかりにアリスは足を速めた。


「ドット家は本当に面白いね」


 貴族だった父、町の寂れた食堂の看板娘だった母、ガキ大将だった娘。

 フェルの興味を引いてやまない。

 アリスの背を追いながら、高揚する自分に呆れながらひっそりと口角を上げた。


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