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モブでいいよ  作者: ふにねこ
第一章 出会い
13/202

まだ二日目なのに 1

ようやく二日目


 アリスは高等学校に行ったことはなかったが、前世では大学を出ている。

 なのでこの世界の高等学校で勉強をすることにあまり魅力を感じなかったこともあって、ドット商会を立ち上げたのだ。


「聖女教育って、何をしているの?」


 迎えに来た馬車に乗ったアリスはホノカに尋ねた。


「この国の歴史と、魔法と魔獣についてとか、お嬢様教育?とか」

「他の勉強は?」


 ホノカはちょっと言いづらそうにジャックをちらっと見てから視線をそらせた。


「日本よりも遅れているので……そっちは免除されました」


 ホノカも16歳の高校一年生で、冬休み前の期末テストが終わって家に帰った直後に召喚された。

 この世界の数学のレベルは小学生程度、教師や建築関係などの専門職だと中学生レベル、学者なら高校生レベルといったかんじだ。

 ホノカは数学だけならこの世界で教鞭もとれる。

 科学に至っては魔法という存在のおかげであまり発展せず、電気という概念がない。

 錬金という分野が代わりにあって、化学のような事をやっていた。


 医術にいたっては、もちろん医者や看護師、薬師という存在のほかに魔法で治癒という分野が存在している。

 魔法で治療というのは極めれば毒でも風邪でもなんでもござれだが、そこまでできる人数は国でも片手しかいないし、そもそも治療魔法を使える人自体が稀有な存在なので、医者のほうが一般的だ。


「まぁ、女子高生ならこっちの人より知識は豊富よね」

「はい。だから聖女に必要なものだけに絞ったと言われてほっとしたんですけど……お嬢様教育がなんとも……」

「貴族クラスの教育だとマナーとダンスと、社交界かぁ……。社交界はねぇ……聞くと見るとじゃえらい違いで、夢を返せって叫びたくなるよ」


 ホノカはぶるりと体を震わせた。


「昼ドラ、ザ・女の闘いですよね。怖い、怖すぎる~。アリス姉さん、一緒に出て!」

「却下!」

「即答ですかっ!」

「下々にとってあの世界って息苦しい以外のなにものでもないから」

「だがドット家ならばそれなりに招待状は来るだろう?」


 ジャックが不思議そうに口をはさんできた。

 庶民とはいえ、力のある平民とは仲良くなりたい貴族は大勢いる。

 しかもドット商会といえば甘党派とよばれる影の派閥さえあると言われているのだ。


「確かに呼ばれますよ。でも聖女様が参加するようなパーティーはさすがに呼ばれないと思います」


 聖女様が参加となればそれはきっと王族主催のパーティーだ。

 商会ギルドの長ならともかくただの商人の娘であるアリスが参加できるはずもない。


「そこは聖女の権限を使って……」

「そんなところに無駄な権力を使わないで、ダンスを一曲踊って、世俗の世界に疲れたとか言って退出すればいいじゃない」

「無理無理無理無理むーりーっ!」


 ホノカは頭に手をやって叫んだ。


「教育係のお嬢様が絶対に許してくれないと思う!」

「それこそ聖女の権限を使えばいいじゃない」

「ダメダメダメっ、怖くてだめーっ!」

 

 拒絶反応の凄さに思わずアリスはジャックを見た。

 いったい教育係のお嬢様はどんな人物なのだろうか。

 ジャックは何とも言えない顔でため息をつく。


「王太子の婚約者が教育係だ」


 将来の王妃様である

 その肩書だけでなんとなく平伏したくなるくらいの迫力美人を想像した。


「だとしても国を救う聖女のほうが実質的には強者じゃない」

「アリス姉さんはあの人を見たことがないから……。笑顔がものすごく怖い人なんです」


 そこまで言われると、逆にどんな人物なのか気になる。


「あんな人たちがうようよしている舞踏会なんて、拷問に等しいですぅ……」


 花がしおれるようにみるみるうちにしょぼんとしていく。

 城につく頃にはどんよりとした空気をまとうホノカにアリスは呆れるしかなかった。






 ジャックがいるおかげでフリーパスで城の奥へと入っていける。


「僕は塔で仕事があるから、がんばれよホノカ」

「見捨てないでーっ!」


 ホノカの声が廊下に響くが、ところどころに立っている近衛兵たちはすました顔で微動だにしない。

 いかに日常的な光景なのかよくわかる。

 よく考えれば庶民に知性と気品と美貌を期待するほうが悪いのだが、世界の補正で美少女になっているということが余計な妄想を生み出すのだ。

 理想の美少女像を漫画チックな行動で思い切り砕かれた彼らはきっと現実を思い知って超現実主義になったにちがいない。


「それじゃあアリス、最後まで面倒をみてやれ」


 お役御免になってあからさまにご機嫌な様子のジャックにアリスは恨みがましい視線を送る。


「……」

「帰りはオルが迎えに来るから。ちなみに今日は僕の授業はない」


 そういってジャックはさっさと行ってしまった。

 ホノカはドアの前でうろうろと行ったり来たりを繰り返す。


「いい加減、観念して入りなさいよ」

「ううう、だってぇ……」

「ここからなの?最初の面倒がこれなの?つかどんだけ面倒かける気なの?」

「見捨てないで姉さんっ!」


 思わず本音が駄々洩れするアリスの腕をガシッと勢いよくつかむ。

 必死すぎてアリスの腰が思わず引けた。


「ここでむなしいコントをするより、中の人にさっさとご挨拶して部屋の隅っこで置物になりたいのよ。覚悟を決めて入りなさい」


 アリスのセリフに一番近くにいた兵士の顔がちょっとゆがんだ。

 少し離れた位置の兵士は肩を震わせている。


「私も置物になりたい……」

「主人公が何を言っているの?それこそ無駄な努力よ。嫌なことはさっさとすませるに限る!美味しいものは嫌いなものを食べた後のご褒美」


 言いたいことはわかるが、この場合は嫌な再会の後には嫌な授業が待っている。

 美味しいことなど何もないとホノカが目で訴えてきたのでアリスは懐柔から熱血バージョンに変えることにした。


「いい、貴女は女優よ!女優となってご令嬢の仮面をかぶり、レッスンを受けるのよ!千の仮面の一つをかぶるのよ!」

「被り物はちょっと……ああ、でも黄色くて目玉が一つのやつとかいいかも……」

「だれがモンスターをかぶれと言った?お・じょ・う・さ・まの仮面だっていったでしょうがっ!」


 ホノカとアリスのくだらない言い合いがヒートアップしていると、扉がバーンという派手な音をたてて開いた。


「すべて聞こえていますわよ」


 底冷えするかと思う冷ややかな声にアリスとホノカの動きが止まった。

 ギギギ、と音がしそうなくらい不自然な動きで首を声のほうに動かす。

 薄紅色のドレスを着たいかにも高貴な空気をまとった美人が扇を片手に立っていた。

 それは見事な金髪縦ドリルとエメラルドもびっくりな瞳に目が行く。

 アリスとそう変わらない年齢の女性だが、色香も美貌もアリスとは段違いだ。

 そのきれいな目は怒りの光を放っていた。


「ホノカ、大声で話すのははしたなくてよ」


 さっそく指導が入り、ホノカはすかさずアリスの背後に隠れた。 


「ちょっと穂香ちゃん、紹介してくれないと困るって」


 小声で話しかけるがホノカは無視してひたすらアリスの背中をぐいぐい押す。

 身分が上の人間に許可なく下々の者が話しかけるのは礼儀上ダメなので、アリスが彼女に直接話しかけるのはダメなのだ。

 その時、存在感を示すようにお嬢様の斜め後ろに侍女が姿を見せた。

 アリスの視線はその侍女に向けられ、その侍女はアリスのアイコンタクトを正しく理解した。


「こちらはクローディア・ランベール公爵令嬢であらせられます。見かけない顔ですが、何者ですか?」


 さすがお城で働く侍女は空気が読める。

 名乗りのきっかけを与えられ、アリスはほっとしながらも背中にホノカを張り付かせたままスカートのすそをつまんでお辞儀をした。


「アリス・ドットと申します。このたび穂香様の……付き添いの命をうけました」


 一瞬、自分の役割は何かを考えてしまって変な間ができたが、挨拶はできた。


「聞いているわ。ドット商会の娘ね」


 こくりと頷くアリスをクローディアは冷ややかなまなざしで観察する。

 常に相手の裏を読むのが習慣となっているクローディアはアリスがどこからか聖女の噂を聞いてホノカに近づいたのではと疑っていた。

 警戒心バリバリな様子をかくすことなく睨みつけてくるクローディアは高貴な猫のようだ。

 高貴な猫とは何かと聞かれると困るのだが、アリスはそんな印象を受けた。


「ホノカと一緒に教育を受けると聞きました。中におはいりなさい」

「ありがとうございます。ご指導、よろしくお願いいたします」


 冷や汗を流しながらも丁寧にあいさつをおえたアリスは背筋を伸ばし、自分の後ろに突っ立っているホノカを振り返る。

 手で先に入れとジェスチャーすると、いやそうな顔をしながらホノカはしぶしぶ中に入っていく。

 うつむいて自分の足元を見ながら猫背で歩くホノカは明らかに意気消沈といった風情だ。

 どんだけ嫌なんだと突っ込みたくなるが、それだけ嫌なのだろうとわかるので黙っている。

 二人が入ると侍女はゆっくりと扉を閉めた。


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