待機
昼食をフェルとアリスは一緒に取ることになった。
もちろんあれこれとそうなるように仕向けたのは潜入している男だが。
彼のおかげでフェルは今、アリスと一緒にいる。
「……昼に助けが来るそうだよ」
お昼ご飯を食べ終わり、アリスは紅茶を淹れていた。
フェルの言葉を聞いてちょっと首をかしげる。
「いつそれを?」
「君のところの人間が潜入中だ」
ああ、とアリスはすぐに得心する。
「そういえばこの組織、父が追っていたんでした」
「君の屋敷を放火した組織だったのか……」
「それはもうあちこちに拠点があって、嬉々として片っ端からつぶすと息まいていました。潜入ともなると、案外ここが本拠地なのかもしれませんね」
紅茶を淹れ終わり、ポットを置いたアリスは左の手のひらを右の拳で打った。
パシィンと小気味よい音にフェルは苦笑するしかない。
やる気まんまんといったところか。
このじゃじゃ馬を通り越した暴れ馬をどう宥めて留めるかがフェルに課せられた任務だ。
「食後の腹ごなしの運動にはちょうどいいですね。はい、どうぞ」
「ありがとう」
アリスの入れてくれた紅茶を口に入れ、その美味しさに表情が緩む。
それを見たアリスがドヤ顔をしているのを見てさらに緩んだ。
「君は本当に面白いご令嬢だね」
「面白い、ですか」
「君ほどの才媛を私は知らない」
笑みをたたえながら流し目をくれるフェルに、美形を見慣れてきたアリスでさえドキッとするほど艶めかしい。
年齢を問わずにファンが多いときくが、納得だ。
「頭の回転が良く、知識も幅広い。駆け引きもできるし謀略策謀奸計も緻密にやれるし見破れるだけの観察力もある」
「ほめ殺しですか」
照れくささをごまかすためにアリスが軽い口調で応じると、フェルは首を横に振った。
「普通に褒めているんだよ。君はグレイ小隊長と似ている」
美貌の小隊長殿を思い出しながらアリスは首をかしげる。
少なくとも見た目は論外、月とすっぽんだ。
「彼は騎士だが、あの小隊は工作部隊でもあるからね。切れ者でなければ務まらない」
「そうなのですか」
「正攻法だけでは治安は守れないからね。機転が利かないと」
そう言ってからフェルは楽し気にアリスを見た。
「彼なら文官でも上まで上り詰められるんじゃないかな。家柄も考えると最終的に大臣職だってあり得る。もちろん邪魔をするやつはいるだろうけど、表立って文句を言える者はいないだろう」
実力は本物なのだから、難癖をつけるとすれば性格や行動だ。
「ずいぶんとグレイ小隊長をかっているのですね」
「貴族を裁ける神経の太い人間はそう多くないからね」
これ以上は踏み込んではまずい領域だとアリスは話を変えることにした。
「そのように褒めたたえられるグレイ小隊長と似ていると言われるなんて光栄ですね」
グレイは脳筋だと思っていたアリスにはちょっと意外な人物像だった。
「そうなんだよ。本当に君たちはよく似ている……」
しみじみとフェルは言った。
「相手を陥れ退けるだけの頭脳を持ちながら、どうして最終的には武力で片付けるのか、私にはさっぱりわからない」
「はい?」
「いや、それとも合理的なのか?」
「はぁ?」
フェルは不思議そうにアリスを見ている。
「精神的に追い詰めて物理的に破壊し、立ち直る余力を残すことなく完膚なきまでに叩きのめす」
「……ものすごく非情な人間に聞こえますが?」
「うん、そうだね」
楽し気にフェルが頷いたのを見てアリスはむっとする。
「なんだかんだ言っても、最後は絶対に体を動かさないと気が済まない種類の人間を脳筋というのだろう?」
「……それは、私もそういう人種だとおっしゃっていますよね?」
「違うのかい?」
面白がるように問い返されたアリスは言葉に詰まる。
少なくともグレイ小隊長のように戦闘狂ではないと思っているアリスだが、フェルに言い返すことができなくて愕然としてしまった。
自分では絶対に脳筋ではないと思っていただけに、フェルの脳筋認定にショックを受けている。
なけなしの乙女心が見ざる言わざる聞かざるの姿勢を貫いて見栄を張れと騒ぐのでアリスは意外だと言わんばかりの顔で否定した。
「違います」
「そう。それなら助け出されるまで、大人しく私とここにいられるね?」
フェルの言葉にアリスは雷を受けたような衝撃を受けた。
今までの会話は自分からこの約束を引き出すための伏線だったのだと悟ったのだ。
ここで断れば脳筋グレイ小隊長の同類であることを認めることにもなる。
しかし辛うじて残っている乙女の矜持がそれを覆すことを許さなかった。
「…………………ソーデスネ」
お年寄りから子供まで頬を赤く染めてしまいそうな甘い微笑みを浮かべるフェルにアリスは屈した。
屈辱だと心のどこかで思う時点で脳筋なのだという事に、とうとうアリスは気が付くことができなかった。
「まったくなっていない……」
「どうかしたのか?」
ぼそりと呟いたジギルに気が付いてルークが声をかけた。
馬に乗って秘密結社のアジトへ向かう途中だ。
周りにはジャックをはじめ、小隊長の騎士達がいた。
「リーダーに止まれと指示してくれないか。それからこちらに来てもらおう」
「りょーかいっ」
騎士に対してこちらから足を運ぶ、という選択肢がないあたりさすがは元貴族と思いながらルークは騎士団のリーダーに話を通す。
小隊長は本物の聖女と王子の護衛についているので動けない。
代わりに副隊長のランスロットがこの小隊のリーダーを務めていた。
騎士団のリーダーと副リーダー、そしてジャック、ジギル、ルークの五人で話し合いが行われた。
「我々を呼びつけたのはなぜですか?」
丁寧な口調でランスロットが尋ねる。
「この先から罠が色々と仕掛けてあるからね、その確認と解除のために呼んだ」
「なぜわかるのですか?」
「一応、その道の専門家だからね」
ジギルはこの辺りの地図を持ってこさせると、手元の鏡を覗き込む。
「それは?」
鏡面に赤い点がいくつか汚れのようについている。
「魔法陣による罠だよ。中央が僕たちのいる場所で、赤い点が魔法陣による罠の場所だ」
「なぜわかるのですか?」
「魔法陣の講義をするつもりはないから結果だけ。この地点に何かにかかれた魔法陣があると思うから、その上にこれを置くなり貼るなりしてくれるかな」
小さな紙には魔法陣が描かれている。
「それと、探索する人にはこれを持たせてね」
淡い緑色の紙を出す。
「それは?」
「魔法を無力化する秘密の紙。あ、国家機密だから後でちゃんと返してね」
ランスロットが思わずジャックの方を見ると、ジャックは深いため息をついて深く頷いた。
とれる手段はどんな手段でもとる、という考えはどうやら父親譲りのようだ。
ジャックは生まれて初めて胃が痛くなる、とぼやく同僚や上司に共感したくなった。




