駆け引き
屋敷の中を案内されたフェルは心の中であきれ果てていた。
ジャックという存在はヘッドハンティングの対象なので、自分たちの組織がいかに素晴らしいものなのかを切々とかたり、設備のすばらしさを自慢する。
設備と言っても魔法陣は基本、書くものさえあればいい。
極端に言えば、その辺に転がっている枝先に魔力を込めて地面に描けば魔法陣は完成するのだ。
フェルは過激な思想は持ち合わせていないが、くどくどと自慢の入る説明にイライラしていた。
ここで火の魔法を使ったら、よく燃えそうだ。
ジャックならばここにある本の価値を知っているからできないが、価値を知らないからこそフェルにはそれができる強みもある。
聖女と本だとどちらの価値が重いのか。
アリスには魔法陣を描く才能はない。
そう、描く才能は。
「ちまちまやってらんないわよっ!」
奇しくもホノカが想像した通りの光景が繰り広げられるのだ。
しかし、それと魔法陣の構築の才能は関係ない。
前世での記憶はここでも大活躍をしていた。
ラノベで魔法陣の在り方を、アニメや漫画や映画で魔法陣の形をさんざん見てきたのだ。
もちろん前世での魔法陣はあくまでもただの模様でしかないが、こちらの世界では意味がある物に変換できるのだ。
模様、文様、柄、多種多様なデザイン。
構造を理解すれば前世の知識を使って応用も可能。
というわけでアリスはこの世界にはありえない複雑な紋様を定規とコンパスを使って描く。
なぜそんなものがこの部屋にあったのかは謎だが、聖女が魔法陣を使うかもしれないという可能性を考えたのかもしれない。
使えるなら知識を利用できるし、使えないなら人質として利用できる。
おそらくその見極めをするためにあえて書けるものを用意しておいたのだろうと推察する。
「確か、スマホの充電器に魔法陣型があった気がする」
中二病を発した孫息子が自慢げに見せてくれたことを思い出す。
スペックでも使い勝手でもないデザインの何が人の購買意欲をそそるのか、実に興味深い事象だ。
二重円に六芒星だか八芒星だかわすれたが、そんな感じで。
より複雑に見えるように、調子に乗って三十六芒星にしてみた。
なんだか楽しくなってきたアリスは鼻歌交じりに模様を描いていく。
意味をなさないものにたいして必死になって意味を探ろうとする者達の無駄な努力を思うとよりやる気がわいてきて、久しぶりにいたずらっ子の気分でわくわくしていた。
聖女の食事を下げに来た男はトレーの上に置かれた紙を見た瞬間に硬直した。
見たこともない複雑な紋様。
「美しい……」
しかしそれがどんな魔法陣でどんな条件で発動するのかはさっぱりわからない。
魔力が感じられないただの模様。
だが、魔法陣命の彼らからすればレジェンド級の魔法陣に見えた。
震える手で男は紙を丁重に持ち上げると、床に散らばったトレーと食器の事など気づかずに速足でその場を後にした。
監禁部屋で食器が床に落ちる音を耳にしたアリスの口角が上がる。
ジョンが見たら悪役かよ、と突っ込みを入れていたであろう。
「さぁてと。興が乗ってきたから、お絵かきの続きでもやろうっと」
脳裏に浮かぶは古式ゆかしき日本の家紋。
左右対称のひょうたんやら亀甲、三菱、四つ菱、藤の花。
それらを見た時の彼らの困惑する顔を想像すると心が躍る。
「フフフフ。思考のループ地獄に落ちるがいい」
もはや悪役だった。
解けない謎ほど名探偵をわくわくさせるものはない。
それと同様に、見たこともない魔法陣の解明作業ほど魔術師をわくわくさせるものはない。
定規とコンパスを使って描かれた美しい魔法陣。
ただし魔力が通っていないのでただの模様だ。
美しい幾何学模様にうっとりする不健康そうな男たちの姿にフェルはドン引きしていた。
しかしジャックとしてここにいる以上、興味を示さなければおかしい。
綺麗な模様を前にフェルは小さくため息をついた。
「おお、あのジャック殿も感心しておる」
「あのジャック殿も!」
「素晴らしい魔法陣に違いないっ」
面倒くさいなというため息はいつの間にか感動しているがゆえのため息に変換されていた。
「これは?」
「聖女様がおつくりになった魔法陣でございます。魔力が通っていない故に発現は致しませんが」
彼らは目をキラキラとさせている。
「これはいったいどんな魔法陣なのでしょうか」
フェルが知るわけない。
「聖女からの挑戦というわけか」
アリスがやりそうなことを口にすると、男たちが色めき立った。
そして勝手に話が進んでいく。
この魔法陣がいかなるものなのか、謎を解明すべく彼らの士気が高まる。
研究バカの彼らはもうこの魔法陣に夢中になっている。
「ジャック殿も興味がおありでしょう。我らとともに聖女からの挑戦を受けて立ちましょう!」
本物のジャックならどうするだろうか。
そう思いながらフェルはしぶしぶ彼らに付き合う羽目になった。
再び聖女からの挑戦状があった。
丸に左三つ巴。
丸の中に勾玉が三つ入るような形状で神社などに多く使われ、日本人なら誰もが目にしたことがある形だ。
魔法陣の常識を打ち破る様式だ。
秘密結社に激震が走った。
「ジャック様っ、これはいったい……」
「ありだろう。魔法陣というものは効率的に魔力が巡ることによって発動する魔法だ。機能的に問題がなければどのような形でも発動する」
とりあえず初級教科書の一ページ目あたりにかいてあることをもっともらしく口にする。
「確かに。無駄のない配置だ」
「新しい術式というわけですな」
なにやら盛り上がり始める。
「聖女様は魔術師の星となるお方かもしれん」
おかしな方向に盛り上がり始めたようだ。
「おお……魔術師の未来に光が……」
完璧だ、とフェルは思った。
どうやって無事を確保しようかとあれこれ画策していた自分がバカみたいに思えるくらいにアリスのとった手段は完璧に彼らの心をわしづかみにしていた。
この状況ならば聖女を殺したり実験に使うという危険な状況にはなりえないだろう。
そう思っていると、若い男がフェルに近づいてきた。
「ジャック様はフェルナン様とお知り合いなのですか?」
「ああ。よく知っている」
フェルが警戒心を押し隠しながらにっこりと笑みを浮かべると、若い男は本を広げた。
魔法陣の本らしいが、そこにはドット商会のマークが書かれた紙が挟まっていた。
男はすぐにページをめくってそれを隠す。
はたから見れば、若い男がジャックに教えを乞うているように見えるだろう。
「明日の昼、突入」
「なるほど。いいんじゃないか?」
「アリ……聖女のそばに」
「その見解で問題ないだろう」
「動かず待て」
フェルが動揺したように体を引いた。
彼がドット商会の手の者で、アリスの事をよく知っているうえでの会話ならば。
「……それは僕に抑え込めと?」
「さすがはジャック様!ご慧眼です」
大人しく助けられるのを監禁部屋で待って居ろ、と男は言っているのだ。
果たしてアリスが大人しくしているだろうか。
暴走するアリスを実力で止めるなど、ジャックや小隊長でなければ無理だ。
無茶ぶりの自覚があるのか男はぺこりと頭を下げてそそくさとその場を去っていった。
家紋のデザインが〇を重なることで描かれていることをしってびっくり!
そして本当にそういうデザインが売っていることにもまたびっくり!
三つ巴紋がどういうものか気になった人はググってみてください。




