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モブでいいよ  作者: ふにねこ
第三章 封印巡り
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裏事情

 


「魔法陣を使って魔法の無効化を確立した人だ」

「意味が分かりません」


 ホノカの言葉にジャックは深くため息をついた。


「秘匿とされている魔法陣だ。我が国はそれを各国首脳に教えることで国を守った。その魔法陣を開発したのがハイド博士だ」

「それってすごいことですよね。でもジギルさんでハイドじゃ……ああ、偽名で発表して……あれ、じゃあアリス姉さんがハイド博士の娘だって知ったら……」


 アリスを人質に、ハイド博士に魔法陣を提供させることも可能だ。

 さーっとホノカの顔色が悪くなった。


「ままままさか実験台にされちゃうとか?」


 言ってから激しくホノカは後悔した。

 ジギルの背後に雷が落雷した幻が見えたからだ。


「ああ、私のアリス~」

「大丈夫です!アリス姉さんは頭がいいし、魔法陣だって……」


 ジギルはゆっくりと首を横に振った。


「一つ質問なのですが、アリスは魔法陣をどこまで理解していますか?」


 オルベルトの質問にジギルは深い深いため息をついた。


「アリスは確かに頭のいい子だが……才能は皆無だ」


 ジギルの言葉に一同は首をかしげる。

 魔法陣は魔法と違って理論の世界だ。

 魔力はあまり関係のない理詰めの世界ならばアリスとは相性がいいと思ったのだが。


「あの子は……よりにもよって魔法陣を半分描き、紙を折ることで残りの半分を写し取ったんだ」


 魔法陣は完全なる左右対称だ。

 確かにそうすれば完全な左右対称にはなるがそれではただの幾何学模様でしかない。

 魔法陣はインクに魔力を乗せながら描くからこそなのだ。

 ジャックは遠い目をし、オルベルトとクリスは目を丸くさせていた。


「根本的なところで間違っているな……才能以前の問題だ。向いていない」


 深いため息の後、ジャックが呟いた。


「えっ、どういうことなの?」

「魔法陣は手書きが鉄則だ。インクに魔力を乗せて書く。もちろん筆は使ってもいいが定規はつかえないから、最初は直線と円をひたすら描く。ほとんどの人間がそこで脱落する」

「ああ……アリス姉さんには致命的に向いていませんね」


 納得するホノカだった。

 緻密な作業は好きだが、同じ作業を延々とやるとなれば話は別だ。

 うがーっと叫びながら紙を破ったり筆を折るアリスの姿が容易に想像できる。


「でもなんでジギルの名前で発表しなかったんですか?」

「内容がぶっ飛びすぎて公表できないんだよ。魔法の無効化なんて、戦争の在り方と魔法使いの存在否定だろ。全世界の魔法使いを敵に回す」

「ああ……政治的配慮ってやつですね」


 それと同時にホノカはジギルの実家を思い出した。

 次男とはいえ、天才を放逐なんて家の損失だ。

 それはもう貴族のメンツ以上に必死になって家の利益のためにジギルと平民の結婚を邪魔するわけだ。


「ハイド博士の事を探ろうと他国は必死だ。引き抜けなければ抹殺が基本だから、このことは他言無用だぞ」

「聞かなかった方向でお願いしますっ!」


 余計なトラブルには巻き込まれたくない。

 ホノカはきかなかった宣言をし、オルベルトも同じように頷いた。


「だからアリス嬢を巻き込むことには反対だったんだ」


 ぶつぶつと小声で文句を言うクリスだが、彼が当初から反対していた理由がわかり、ホノカとしてはすっきりとした。


「フェルはそのこと、知っているの?」

「知っている。ハイド博士の事は宰相も知っているはずだから、聞いているだろう」

「私はフェルナン・アストゥルの事をよく知らない。娘の事情と引き換えに助かろうとする男かい?」

「あいつはそんな男じゃない」


 クリス王子はきっぱりと言った。


「と思う」

「色々と台無しだよっ!」


 ホノカの絶叫が部屋に響いた。


「まったく……王子、宰相の手のひらの上で転がされていますね」


 ジギルの指摘にクリスは顔をしかめた。


「事が全部終わったら功労賞に男爵あたりの爵位をアリスに授ける予定でしょうね」


 オルベルトが上層部の考えそうなことを口にする。


「わかりやすいな。だがそれでハイド博士が国に留まってくれるなら安いものだ」


 色々と腑に落ちたのか、ジャックは小さくため息をついた。

 クリス王子が反対しているにもかかわらず商家の娘を聖女のお世話係として認められた事にはとんだ裏事情が存在していたのだ。


「うっかりクリス王子がアリスに手を出したらもう、宰相は喜んで結婚式を取り仕切ってくれるでしょうね」


 オルベルトの言葉にクリスの顔色が青を通り越して白くなった。


「娘と孫を人質にとは、王家もやり方がえげつない」

「オル、余計な事を言うなっ!俺はあいつと結婚するつもりはない!」


 ちらっとクリスの目がホノカに向かうが、ホノカは何やら考え込んでいるらしくてこっちをまったく気にしていなかった。

 へこむ王子にジギルが優しく声をかける。


「大丈夫ですよ、クリス王子。色々と含むところはありますが、諸悪の根源は陛下と宰相。魔王信奉者の事をいささか甘く見ていたのも彼らの失態です」


 クリスはほっと息をついた。

 彼らの勢力は弱いが、総じてしつこいのが特徴的だ。

 ひっそりと勢力を広げ、忘れたころに表舞台に出てきて騒動を起こし、ぼこぼこにされて散り散りになってほぼ壊滅状態となってまた闇に潜み、そしてまたひっそりと活動を開始するという無限ループ。

 カビのような存在だ。


「アリスが誰の娘かを知っていて手を打てなかったのはクリス王子の失態です」

「わ、私は反対したのだ」

「そうですよ、おじ様。クリス王子は最初からアリス姉さんの事は反対していましたし、仲間になった時も嫌味とか言ったりしてやめさせようとあがいていました」

「なぜ今、それを言う……」


 ちょっと可哀そうと思ってクリス王子をかばうホノカだが、どうみても最後通告だ。

 オルは肩を震わせながら下を向き、ジャックは苦笑を浮かべた。

 そしてクリス王子は引きつった顔のまま硬直していた。


「ふぅん……。君は王子なんだから、そんなせこい真似なんかせずにもっと堂々としていればいいのに」

「ぐっ……」


 クリストファー・フレデリク第二王子という高貴なる存在のはずなのに、彼は今、中間管理職の過酷さに対して理解と共感をいだいていた。

 今ならきっと、世の中の中間管理職の人たちと何時間でも愚痴を言い合えるような気がする。


「アリスを迎えに行くついでに秘密結社を完膚なきまでに叩きのめそうと思う。ジャック君は一緒に来てくれ」

「わかった」


 誰が逆らえようか。


「君たちはここで大人しく待っていなさい。ホノカちゃん、アリスは大丈夫だからね。安心して待っていなさい」


 ホノカの頭をなでながらほわほわとした空気を醸し出しながらジギルがほほ笑む。


「は、はい……」


 貴公子然とした美貌と大人の色気にホノカの頬が薄っすらと色づく。

 それを見てクリスがまたへこみ、オルベルトがそっと肩を叩いて慰めるという一場面が部屋の隅で展開されていた。






 ジギルが教会の外に出ると、ルークとグレイ小隊長が待っていた。


「打ち合わせはすんだぜ。おじさんの言った通りにカチコミは俺ら、逃げ出す奴らは騎士の領分だ」


 ルークの言葉にグレイが頷く。

 ジギルはグレイに視線を移した。


「では手はず通りに、逃げ出した彼らの保護を改めてお願いしよう」


 荒事は好まない、平和主義の男、ジギル。

 逃げ出す彼らの事を心配してちゃんと後の手配も怠らない。

 誰も死なせるつもりはないが、死にたいと思うくらいには追い詰める気満々である。

 物理的に精神的に色々と折ってどん底に叩きこんでもなお命の尊さに重きを置く狂人。

 殺気ならば慣れている騎士達でさえ、悪意に満ちたジギルの気配に動揺が隠せない。

 息が詰まりそうな空気を払しょくするようにルークは声を上げた。


「そんじゃまぁ、行きましょうか。騎士の皆さんも、宜しくお願いします」


 その瞬間、ぱっと霧が晴れたように光が差し込んだような気がして鬱屈した空気が霧散した。

 嫌な緊張感から解放された騎士達がほっとしたように身じろぎをする。


「出発するっ!」


 グレイの声に、気持ちも新たに騎士達はおのが使命を果たすべく動き出した。



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