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モブでいいよ  作者: ふにねこ
第三章 封印巡り
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人違い3

 やられた、とアリスは思った。

 今思えばあの司祭は怪しい。

 そもそも先行した騎士が通ったのなら、飾り暖炉の入り口は開いていなければおかしい。


「我々についてきてもらいましょう、聖女様。そして魔法使いであり魔術師でもあるジャック・マルグリート様も歓迎いたします」


 フェルに向かって男は恭しく首を垂れた。

 アリスとフェルは互いの顔を見た。


(フェルをジャックと間違えている?)


「このまま従いましょう、()()()


 フェルの言葉にアリスはゆっくりと頷いた。


 二人が促されるままに馬車に乗ると、外からカギを締められた。

 向かい合って座ったアリスは大きく息を吐く。

 監視の目が緩むのは嬉しい。

 今のうちに細かい打ち合わせをしておいたほうがいい。


()()()()

「なんだ、聖女様」


 フェルがジャックの真似をするが全然似ていない。


「無理はしないほうがいいと思うの」

「そうだね。あそこまで傍若無人な言動は私にはできそうもない」


 フェルもたいがいだと思うが、アリスは黙っていた。

 ジャックの所作には粗野な中に洗練されたものがきらりと光る。

 フェルの所作にはそもそも粗野なところがない。


「何をどう間違ったら私が彼になるのだろうね」

「さぁ。ジャックにも用があるみたいな感じだったけれど」

「引き抜きかもね。彼は人気者だから」


 優秀な人材であり、忠誠心を持ち合わせていないジャックである。

 引き抜けるかもしれない、と思わせるものを持っている男だ。


「大丈夫なの?」

「正直言って分からない」


 彼らが魔法ないし魔術の使い手だという事は襲撃のやり方でわかる。

 おそらくは秘密結社か魔法結社のどちらかだろう。

 ジャックにこだわるのならば魔法結社の方だ。


(バッドエンドだと研究バカのジャックが寝返っちゃうのよね)


 そう考えるとジャックと彼らが接触せずに済むのはいいのかもしれない

 問題は、ジャックではなくフェルだと彼らが知った時にどう出るかだ。


「貴族なんだから、魔法とか魔術は学校で習うのでしょう?」

「私は文官だからね。広く浅くだから……教科書10ページまでなら」

「話にもならないわね」

「そういう君は、魔術系はどうなんだい?」

「父には才能がないと言われたわ」


 魔法使いと違って魔術師は魔力が少なくてもなれる職業だ。

 魔術師は魔法陣を描き、それに魔力を流して魔法を使う。

 また魔術師は道具に魔法を付与することができる。

 魔力が少なくても魔術師にはなれるので秘かに人気の職業でもあるのだが、授業内容が難しいのでなれる者が少ない。


「意外だな……」


 アリスの頭の良さは認めているフェルだ。


「あれはあれで面白いとは思うけど、私は商売人なのよ」

「でも魔法陣を使えば発酵とか乾燥なんかがしやすいだろ」


 フェルの言葉にアリスは愕然とした。

 その様子を見てフェルはああ、と気まずそうな顔をする。


「ひょっとして、気が付かなかった……?」


 アリスの前世に魔法というものは存在しなかった。

 故に魔法ありきの考え方がどうにも理解できない。

 魔法がなくてもできることを知っているから余計にそうなのかもしれない。

 発酵とは自然界に存在する細菌を利用してやるものだという先入観がどうしてもついて回るのだ。

 そして周りを見回しても魔法使いも魔術師もいない。

 父親がいるが、アリスの中では論外だ。

 いろんな意味で頼りにしたくない。

 頼りにしたが最後、何が起きるか想像もできないからだ。


(父さんにやってもらったら、謎の物体とか世に出しちゃいけないものができそうで怖いし)


 だからジャックという魔法使いと知り合うことができたのは僥倖だ。

 しかし彼をドット商会に引き抜くことは不可能なので、知り合いを紹介してもらおうかとも考えていたのだが。


「今度、試してみるわ……」

「その手の魔法陣を扱っている業者がいるから、薬師ギルドに問い合わせてごらん」

「そうなの?」

「腐食とか発酵は薬の分野が多く扱うからね」


 まだまだ知らないことがあったとアリスは感心する。


「よく知っているのね」

「私のいた部署は浅くてもいいから広い分野をより多く知ることが必要だからね」

「なるほど」

「ところで聖女様は、随分と余裕のようだけれど?」

「一人じゃないからよ」


 フェルがちょっと目をみはる。


「それは私が一緒だからとうぬぼれても?」


 今度はアリスの方がちょっと驚く。


「騎士団はもとより、私の部下も動いているはずだから」

「ああ、そうだった。やれやれ、君は本当に頼りになる女性だね。これでは立場が逆だが、これはこれで悪くない」


 アリスのジト目に気が付いたフェルは軽く肩をすくめて見せた。


「これは本来、あなたの役目では?」

「私の役割は聖女の安全の確保であって、君の安全の確保じゃないからね」


 楽しそうにフェルが喧嘩を売ってきた。

 アリスの中にイラっとしたものがこみあげてくる。


(久々に、一発殴りたくなってきたわ)


 我慢できる自分は大人になったと自画自賛することでフェルの挑発を乗り切る。

 そんなアリスの様子を観察していたフェルはふいに顔をしかめた。


「ついたようだ」


 どこに、と問いかけようとしたその時、馬車が止まったのでアリスは口をつぐんだ。

 真一文字に口を結んでフェルを見る。


「はいはい、交渉事は私の担当だから任せてくれ」


 彼らが望んでいることは何か。

 それを正しく知ることが交渉の第一歩だ。

 聖女の身柄をなぜ欲するのか。

 ジャックをどうしたいのか。

 本当に彼らがジャックと人違いをしているのなら、そのお粗末さ加減にどこまで便乗するのか。

 ジャックとして肯定するのは危険なので、できるだけ曖昧にしておかなければならない。

 久しぶりに楽しくなりそうだ、とフェルはアリスに気が付かれないようにひっそりと嗤った。



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