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モブでいいよ  作者: ふにねこ
第三章 封印巡り
121/202

次、行ってみよう

「ようやく出発ですね」


 物見遊山の気分なホノカはご機嫌な様子で馬車に乗り込んだ。

 アリスも続いて乗り込むと、後から乗ってきたフェルに視線を向ける。


「顔触れが変わったようだけれど?」


 ちょっとだけ苦笑いのような笑みを浮かべたフェルは腰を落ち着けると、アリスを意味ありげに見た。


「ええ。聖騎士団の顔ぶれが一新されました」


 前回の聖女誘拐事件で聖騎士団は一気に株を落とし、底値がついたようだ。

 ゆっくりと馬車が進み始め、護衛の者達も動き出す。

 その様子を窓から見ていたホノカもフェルの方に向き直った。


「やっぱり聖騎士団の護衛はつくんですねぇ」

「ええ。そこは教会とのバランスがありますからね。教会側の協力がなければ封印もままなりませんし。今回は聖騎士の中でも精鋭部隊と聞いています」


 落としどころとしては無難なところだろう。

 互いに協力しなければ、世界平和はつかめないのだから。


「今度はどんな教会に行くの?」

「今回は学問の神様になります」


 某天満宮が脳裏をよぎる。


「……この世界の神様って、私のいた世界の神様と同じなのかな」

「かぶる要素はあると思うけど、どうなんだろね」


 乙女ゲームが先なのか、後なのか。

 どちらとも言えない。


「人が想像する事象って、理を越えることはないと聞いたことがあるわ」


 アリスの言葉に二人は首をかしげる。


「どういう意味なんですか?」

「あ~、そうね、海にいる未知の生物を想像して絵を描くとする。すると、想像の産物である絵に似た生物が生息していた。つまり、想像力は現実を越えることができないって話」

「人が想像することは神様も想像できるから、あらかじめ作られてあるという事かな?」

「どうなのかしら。人の想像を知って神が作るのか……神が作ったものを夢を通じて人が知りえるのか……」

「あ、それ知っています。フロイトって学者がそんなようなことを言っていましたよ。無意識下で人の意識は統一されているって話だったかな?」

「統一はされていないし、提唱したのはユングだから」

「……アリス嬢は本当にホノカと仲が良いのだね。いつのまに彼女の世界の知識を蓄えたんだい?」


 フェルの突っ込みにアリスはにこやかにほほ笑んだ。


「彼女のいた世界はとても興味深いのですよ。あらゆる分野を追求し、研究し、魔法を使わない世界を構築する。とても素晴らしく、そして恐ろしい世界です」

「恐ろしい?」


 アリスの強調した言葉に、フェルは案の定くいついてきた。

 褒めたたえたあとに落とすと、その理由を知りたくなるのが知識人だ。


「はい。剣や魔法を使えない者でも、高度なからくりを使って遠くの敵を倒したり、国を滅ぼすことができるだなんて恐ろしい世界じゃないですか」

「っ、それは、確かに……」


 魔法を持たない無力なものが、からくりの道具を持つだけで強者へと変貌するのだ。

 魔法の力が強い貴族にはさぞかし恐ろしい話だろう。


「学問の神様は、やはり学生や研究職の人たちに人気なのよ」


 アリスはホノカに説明する。


「どこの世界も同じなんですね」

「そうね。ホノカちゃんは?」

「当然、高校受験でお世話になりました」


 胸を張ってきっぱり言い切るホノカを見てアリスはちょっと呆れた眼差しを向ける。


「苦しい時の神頼み?」

「当然じゃないですか」


 今度は学問の神様だ。

 愛とは関係のない分野だし、恋愛や結婚とは縁のない神様だ。

 しかし一抹の不安はぬぐえない。

 なにしろ相手は聖女ホノカだ。

 アリスの想像を超える、斜め上の事をしでかしてくれる可能性はある。


「……今度の封印は、何事もなく終わるといいわね」

「あーっ、ダメですよ、アリス姉さん!それ、フラグが立ちます」

「ふらぐって何だい?」


 よくホノカが口にしていた事を思い出してフェルが尋ねた。


「不吉の前兆ってヤツです。物語とかでよくある話なんですが、戦場で兵士が『帰ったらプロポーズするんだ』なんて言ってたら死んじゃうんです」

「そ、それはまた……」

「他にも敵を倒した後に『これですべて終わった』なんて言った次の瞬間、隠れていた別の敵に殺されたりとか」


 なんとなくフラグという言葉の意味を把握したフェルは何とも言えない顔をした。

 危機的状況の中で楽しい話をすると悪いことが起きる。

 やりきれない話だと思った。


「それで、アリス嬢が言った事がふらぐになると?」

「はい。何事もないなんて口にしたら、何事か起こるに決まっています。お約束なんです」

「……誰との約束?」

「さしずめ、運命の神様と言ったところでしょうか」


 どや顔で説明するホノカだが、フェルの顔色はいささか優れない。

 アリスの笑みにちょっと黒いものが混じった。


「……ホノカちゃん。この世界では運命の神様もいるんだよ」


 主に賭け事の好きな方々に人気の神様だ。


「あ……」


 運命の神様の協力の下、フラグが確定された瞬間だった。

 ホノカの笑顔がひきつる。


「アリス姉さん~」

「ここで泣きつかれても困るだけだから」

「冷たい……」

「大丈夫。何があっても守るから。……クリス王子が」

「そこは私が、じゃないですか?」

「非戦闘員に何を言っているのよ。私は守られる立場なのよ」


 ものすごい白々しい、とホノカとフェルは思った。

 騎士にも匹敵するアリスの戦闘能力はもはや疑いのないものなのに、

 むしろここまで堂々とか弱い宣言ができるアリスの神経にびっくりだ。


「それじゃあ君の事は私が守ってあげようか?」


 フェルが笑いながらそういうと、アリスがじろりと睨みつけた。

 なんでお前が、と言いたげな顔にフェルはくすりと笑う。


「私も非戦闘員だから、そのよしみで?」


 フェルは戦闘力では期待されていない。

 彼はチーム聖女の中では内政、交渉力を期待されている頭脳労働の人物だ。


「そういえばフェルが戦っている姿、見ていない!戦えるの?」

「貴族だからね、一通りは。せいぜい女性に絡む輩を殴り飛ばす程度で、本職には及ばない」


 そういって笑うフェルには卑屈なところはない。

 彼はきちんと自分の役割を心得ているからだ。

 戦闘は脳筋に任せておけばいいし、なにより彼はその人たちを動かす立場の人間だ。


「アリス嬢にも負けるんじゃないかな」


 気負ったところもなくさらりとそういう事を口にできるフェルにホノカは不思議そうに首をかしげる。


「どうかした?」

「うん……。フェル、なんか変わった?」

「そう?」

「自然体って感じ」


 今度はフェルの方が不思議そうな顔をした。

 ホノカがにんまりと口角を上げる。

 アリスは嫌な予感を感じ、話を変えることにした。


「ホノカちゃんは自然体すぎるよね。緊張感はどこに置いてきた?」

「ひどいです、アリス姉さん」

「雑念が入らないように教育的指導が必要かしら?」

「ななななんのことだがさっぱりわかりませんが」


 ホノカのうろたえっぷりに呆れるアリスとわけが分からないフェル。

 ロクでもないことを考えていると証明してしまったホノカだが、考えることはやめない。

 大好きなアリス姉さんが幸せになるために。

 学問の神様にお願いする内容を一生懸命に考える。

 封印するついでに祈るのか、祈るついでに封印するのか。

 邪な思いなど一切入っていない純粋な祈りに優劣はない。

 次の教会で祈りをささげるのがとても楽しみだ。


(さぁてと、学問の神様になんて祈ればアリス姉さんは幸せになれるのかな)




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