風向き
すぐに次の場所に行くと思いきや、教会のごたごたで日程が延期された。
そっちがおさまるまでは城で待機だ。
「はい、では乙女ゲームバッド回避の案件について話し合いたいと思います。意見のある方は挙手でお願いします」
「アリス姉さん、二人だけしかいないのにその話し方はなんですか?」
「会議風にしてみました」
律儀に手を上げて発言するホノカに、どうでもよさそうにアリスは答えながら扇をもてあそぶ。
中庭にある東屋の一つに二人は腰を落ち着かせていた。
時折通り抜ける風が心地よい。
離れた位置には警護の兵士の姿が見えた。
「ホノカちゃん、オルベルトのバッドエンド、切り抜けたと思う?」
「う~ん、今はまだ微妙ですよね。誘拐に失敗したことで、聖女を担ぎ上げようとしていた派閥はつぶれたとみていいんでしょうか?」
「私はそう見ているけど、どこまでつぶせたのかがポイントかな」
「どこまでって?」
「権力争いから完全に脱落したならいいけど、この辺りは調べてみるしかないか」
心底面倒くさそうにアリスは顔をしかめた。
「教会って閉鎖的で人間関係が城よりも複雑なのよね。お城は伏魔殿とかいうけど、教会はそれ以上だと思う」
「アリス姉さん、宗教に何か嫌な思い出でもあるんですか?」
「別に。持論なんだけどさ、さすがは神に仕える人だと思える人間は上層部に行くにつれて減っていく気がするわ」
「綺麗ごとじゃ生きていけないってヤツですね」
「綺麗ごとで運営してほしいのが教会なんだけどね。撲殺の可能性が減ってのほほんとしているけど、まだ問題は残っているわよ。こっちの方がやっかいかもね」
「な、なんでしょうか?」
アリスのいう通りだったホノカは急に不安になってきた。
「利権で聖女を使ってやろうってのは行動がわかりやすいんだけど、正義の名のもとに妄信的になっている輩が一番厄介」
「あ……まさか恋愛のバッドエンド?ででででも、オルベルトとは恋愛感情は一切ないし!どう考えても使命ルートの方に入ってるでしょっ」
ホノカは力強く言い放った。
「あの伯爵の訓練に耐えたのに使命ルートにも入ってないって、そりゃないですよぉっ」
地獄の特訓を思い出したのか、体をぶるりと震わせた。
「微妙にシナリオに沿っているみたいだから、可能性はありだよね」
「アリス姉さん~」
「そっちはまぁ全部の封印を成功してからだとみているから、まだ心配しなくても大丈夫」
「まだって……」
「情報だけは集めておくから」
もちろんロッシに丸投げだが。
「それにほら、反乱の旗頭だから撲殺の心配はないよ」
「代わりに毒殺の可能性が出てきたような気がします……」
「ホノカちゃんって変なところで頭が回るよね」
「ぜんっぜん褒められた気がしません!」
色々な本を読んできているせいか、謀略関係に関する基礎知識はあるがいかんせん女子高生には経験が足りない。
「教会に関しては城側が目を光らせているから、封印が終わるまでは大丈夫」
「本当ですか?」
「改革派がそれまでに膿を出し切れば」
「できなかったら?」
「回避したいなら、クリス王子と結婚するのが一番手っ取り早いかな」
「ずえーったいに、い・や・ですっ!」
そこまで嫌がらなくてもと思うが、こればかりはしょうがない。
「ところでアリス姉さんは誰かのルートに入ったりは?」
「してないから。誰とも恋はしていないし」
「なんだかちょっと気になる人は?」
「いないけど」
「おっかしぃなぁ……」
ホノカは心底不思議そうに首をひねっている。
「おかしいのは誰かさんの頭の中身だけで充分よ」
アリスの嫌味などホノカは聞いちゃいない。
「あの教会、愛の神様でいいんですよね?」
「そうよ」
なんだか嫌な予感がしてきたアリスは慎重に返事を返した。
ホノカはじぃぃぃっとアリスを見つめる。
「秘密にしていませんよね?」
「だから、なに?」
「いやぁ、封印の祈りを捧げるついでにアリス姉さんの恋も祈っておいたから、何か効果がでているかなぁと思って」
「大事な場面で何バカなお願いしているのーっ!」
持っている扇を二つ折りにせんばかりの勢いでアリスが叫んだ。
そしてあの時の出来事が脳裏によみがえる。
前世の自分が夫の事を思いながら昇天するイメージ。
あの時感じた出来事はホノカの祈りのせいだと知ったアリスは複雑な心境だ。
結果から言えば、前世の自分が夫に向けていた感情は忘れていない。
それがいい事なのか悪い事なのかはわからないが、執着と未練なのだという事は自覚せざるを得ないくらい衝撃的な出来事だった。
考えたくもないが、前世の自分に捕らわれているのだろうか。
あの日以来、時間があれば幾度となく自分自身に問いかけている。
いくら考えても答えが出ないのは、答えを出したくないからではないか?
わかってしまえば次に何が自分に起きるのか。
それが、怖い。
「私の事は祈らなくてよろしい」
「ええっ、けっこう純粋に祈ったんですよ~。神様もきっと聞き届けてくれると信じて、がんばったんですよ~」
「がんばるところが違うでしょ」
本当に純粋に祈ってくれたことは嬉しいが、本当に純粋な祈りなので神様が聞き届けてしまったような気もする。
そうでなければあの時、自分にだけ起きた異変の説明がつかない。
「ちなみに、なんて祈ったのよ」
「アリス姉さんの事を心から愛してくれる人が現れますように。そしてアリス姉さんもその人を好きになって愛を育んで、第二の人生を歩めますようにって」
真摯な口調にちょっとだけジンときた。
ホノカの気持ちがとても嬉しい。
嬉しいが、余計なお世話だと思う自分もいる。
結婚相手がいないと嘆く自分は本当に嘆いていただろうか。
「第二の人生って何よ。私の人生は、アリスの人生は一度きりなのよ」
アリスのいいようにホノカはきょとんとする。
「それはわかっていますよ~。結婚は第二の人生って言いませんか?」
「墓場だって話はよく聞くけどね」
「えええ~。アリス姉さん、もっとキャッキャウフフな想像をしましょうよ」
「想像どころか前世で実体験していますが何か?」
「もう、それはアリス姉さんじゃないでしょ。私はアリス姉さんの話をしているんですよ?」
ドキリとしたのは、ホノカの考えていることが図星だからだ。
前世と今は違うのだと、割り切れていない。
(たまにこの子、核心をついてくるのよね)
ここにいるアリス・ドットは独身女性だ。
夫に先立たれた未亡人ではない。
「心配しなくても、愛の神様はきっとアリス姉さんのために素敵な男性を用意してくれますって」
「…………神頼みかよ」
ホノカの力説に、アリスはがっくりと肩を落とした。
すでにめぼしい人材はそろっている。
王子、宰相補佐、魔法使い、小隊長、副小隊長、普通の騎士、聖騎士。
昔なじみの友達、店の従業員、魔王の器、勇者候補。
これ以上の物件を神様は探してくれるだろうか。
神様でも無理だろう。
なんかもう、恋に発展するような新しい出会いなんかないような気がしてきた。
騎士と言えば食堂にちらっとでてきた幼馴染と庶民呼ばわりするあの人。
そして店の従業員と言えば、名前しか出てこないあの人。
登場人物が多くて、すいません……。
普段は誤字の訂正しかしていませんが、今回は文章をいじったのでご報告を。
最初の部分で、そっちがおさまるまで(改行)それまでは城で待機だ。
これを、そっちがおさまるまでは城で待機だ。に直しました。




