表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モブでいいよ  作者: ふにねこ
第三章 封印巡り
118/202

責任と反省

 巡礼地に戻る途中、グレイが率いる小隊と遭遇した。


「聖女様方、ご無事で何よりです」

「騎士団の方だけですの?」


 アリスの問いかけにグレイは苦笑いを浮かべる。


「聖騎士団の方々は先にどこかへ出かけてしまったので、別行動です」

「そうですか……」


 協調性の欠片もない聖騎士団の行動に、アリスとホノカは視線を交わす。

 今ごろは誰もいない小屋の周りを必死になってさがしているだろう。

 そして誰もいないことに気がついて真っ青になっているかもしれない。


「聖騎士団の方々と会わずに教会の中に入れますか?」

「着替えを用意しましょう」


 こういう時、グレイは話が早くて助かる。

 すぐに着替えと着替えるための馬車を用意してくれた。








「まったく、これだから騎士に任せるのは嫌だったんだ」


 厭味ったらしく愚痴っているのは聖騎士団の責任者だ。

 クリス王子は眉間にしわを寄せながら黙って紅茶を飲んでいる。

 フェルナンはアルカイックスマイルを浮かべて聞き流している。

 一番かわいそうなのはこの教会の司祭だろう。

 責任者たちを前に退出することもできずに冷や汗をだらだらと流しながら立ちっぱなしだ。


「このまま夜を迎えれば捜索は難しくなる。その前に聖女様を探さねば」


 だったらお前が行けよ、と王子とフェルナンは思ったが口には出さない。

 面倒くさい男だなと思っていると、ドアがノックされた。


「どうぞ!」


 司祭の声が若干弾んでいたのは現状打破の報告がもたらされるかもという期待の表れだろうか。


「失礼いたします」


 グレイが部屋の中に入ると、聖騎士団の団長が鼻で笑った。


「フン、見かけだけなら国一番なのだがな」


 見かけだけでも国一番なら相当なものだと思うが、フェルナンは彼にかまわずグレイに目をやる。


「聖女様方を確保……保護いたしました」


 間違ってはいないが、グレイは言い直す。

 うっかり吹き出しそうになったクリス王子はうつむいてごまかした。

 フェルナンは淡々とした態度を崩さずに会話を続ける。


「どれくらいでこちらへ?」

「およそ一時間後にはここへ到着する予定です」

「そうか。詳細を」

「何者かに脅され、麻袋に詰め込まれて外に運び出されたようです。そこから馬車で移動ののち、森の中の粗末な小屋で袋から出され、折を見て逃げ出したところを騎士団が発見、保護いたしました」


 聖騎士団長の口元が引くりとなるのを目の端でとらえながらフェルナンは口を開いた。


「犯人は?」

「すでに王都へ護送しております。到着しだい、速やかに事情聴取に入る予定です」


 そこに聖騎士団の介入は許さない。


「手柄を独り占めするつもりかっ!」


 おいおい、と聖騎士団長以外の全員の心が一致した。

 手柄も何も、聖騎士団は何もしていないどころかやらかしている方なのだが。


「お茶をお持ちしました~」


 シスターの間の抜けた声に一同、気がそがれる。


「聖女様、ご無事だとお聞きしました。もうすぐこちらへ戻られるそうですね」


 シスターはにこやかに話しながら紅茶を淹れ始める。


「さぞかし恐ろしい思いをなさったでしょうに……」


 同情するシスターはくすんと鼻を鳴らす。


「どんな理由があれ、誘拐だなんて卑劣な手段ですわ」


 シスターは背を向けているのでわからないが、聖騎士団長が苦い顔をして睨みつけている。


「いったいどこの誰が……。誘拐の首謀者はどういった刑罰になるのでしょうか?」


 シスターがフェルナンに尋ねた。


「従来なら軽くても鉱山奴隷送りでしょうね。世界の安寧を委ねられた聖女を誘拐ともなれば、他国がそれを許さないでしょうから、死罪は免れないでしょう。縛り首が妥当かと」

「まぁ……。ですがとうぜんですわよね。万が一、聖女様に何かあったら世界が終わってしまうんですもの。誘拐するほうもそれ相応の覚悟をもってやっているのでしょう」

「聖女の誘拐は世界の一大事ですからね」


 シスターとフェルナンはさもありなんと頷いている。

 クリス王子は黙々とただひたすらお茶を飲んでいた。

 そんなに飲んだらトイレに行きたくなるだろうにと思っていたら、クリス王子はトイレを口実に退出した。

 シスターとすれ違った瞬間、吹き出さないように変顔で出ていったクリス王子。

 今ごろはトイレで笑い転げているだろう。


「それでグレイ小隊長様、聖女様とおつきの侍女の方はどうなさったのですか?」

「お二人は今、馬車でこちらへ向かっています」


 その片割れは目の前にいるというのに、グレイ小隊長は涼しい顔で告げた。


「とても怖い思いをなさったと思います。二人が到着しましたら、オルベルト様とジャック様が付き添われるそうです」

「そうでしたか。よろしければ後で何かお持ちいたしましょうか?お昼ご飯も食べていらっしゃらないのでしょう?さぞかしひもじい思いを……いえ、食欲なんてわきませんよね。誘拐されたんですもの」


 シスターは同情的に、誘拐という単語に力を込めていた。


「そうですね。誘拐された聖女様たちの御心を考えれば、今はそっとしておくのが一番かと」


 しれっとグレイが言い放つ。


「おや、聖騎士団長どの。顔色があまりよくないようだが?」


 グレイの言葉に聖騎士団長が弾けたように背筋を伸ばした。


「い、いや、何でもないっ、大丈夫だ!所用を思い出したので失礼するっ!」


 横柄な態度はそのままに、聖騎士団長は退出した。

 それを見送ったシスターはグレイを見上げる。


「怖気づいて逃げたりしません?」

「我が小隊がさせませんよ、アリス嬢」


 シスターの恰好をしたアリスはニヤリと笑った。


「もうちょっと脅してやりたかったんですが、意気地がないですね」

「あれは失敗することを考えていなかったのでしょう。失敗した現実に向き合って初めて自分のしでかしたことに恐れおののいているといったところか」


 フェルナンがやれやれと言わんばかりに肩をすくめた。


「底が浅い。あれが聖騎士団長だなんて、教会の質は随分と低下したな。なまじオルベルトが優秀だから、余計に粗が目立ってしょうがない。グレイ小隊長殿も、ご苦労様」

「いいえ。アリス嬢の予想通りでしたので。我らより、あの者たちの方が大変だったのでは?」

「事が起これば騎士よりも彼らの方が安全にことを運べますから」


 最初から取り決められていたことだ。

 騎士団と聖騎士団の守りを突破され、さらわれてしまったら。

 そこから先はアリスの手の者達が暗躍する手はずだ。

 鎧を着た騎士よりも、裏社会のにおいがする男たちの方が敵が油断しやすいし潜伏しやすい。

 聖女様が裏社会とつながりがあるだなんて、誰が想像するだろうか。

 アリスはふふっ、と小さく笑った。

 今回の件で一つだけなんとなくわかったことがある。

 ロッシが率いるファミリーは、王国の息がかかっている可能性が高い。

 そうでなければ裏社会の手助けを王子達が良しとするはずがない。


(まだまだ私の知らないことがいっぱいあるのね……)


 というよりもロッシファミリーについては知ってはいけないジャンルだ。

 確かめるのは簡単だがその後のリスクが高そうなので、気が付かなかったことにする。


(余計な足かせは必要ないしね)


 将来、外国での事業展開を考えているドット商会。

 スパイを紛れ込ませるにはうってつけ。


(経済界の女王には、自力でなるんだから)


 そう心の中で決意するアリスだが、やはり大事な事に気が付いていない。

 王妃は王様がいなければなれないが、女王には王様が必要ないのだ。


「……シスター」

「はい、なんでしょうか」


 フェルナンが困った顔でアリスに話しかけた。


「聖女様なんだが、彼女は頭がよくて腕もいいし度胸もある。時々、自分の性別が女性だという事を忘れがちだ」


 アリスの目を見ながらフェルナンは話を続ける。


「心配する者がいる、という事もね」

「そ、そうですね……」


 思わず視線をフェルナンからそらした。

 反発も言いくるめることもできなかったのは、フェルナンの真摯な語り口調のせいだろうか。


「どんなに用意周到に準備を重ねても、思い通りにならない事もある。それは商売も同じだけれど、今回は自分の命がかかっている事だけは忘れないでほしい」

「はい……。フェル、怒っていますか?」

「当然だ。聖女様の手腕の良さに、我々の出番がなかったことに、ね」


 からかうような口調に戻ったフェルはいつものように女性陣が騒ぎ立てるキラキラな笑みを浮かべた。


「暴れたいのはわかるけれど、君に何かあれば周りの者も含めて報復するから気を付けて」

「は?」


 すっとぼけたような返事に横で聞いていたグレイが噴き出す。


「大人なんだから、責任を取る人間が出てくるということだよ」

「あ……」


 今回の事で、聖女をさらわれた責任を誰かがとらなければならない。

 犯人とは別に、さらわれた事が問題なのだ。

 そこは全く考えていなかったアリスはしゅんと項垂れた。


「反省、します……」


 やれやれ、と言わんばかりの二つの視線にアリスは恐縮する。

 責任ある大人というのは、不自由なものなのだ。

 アリスは偽聖女をがんばろうと新たに決意をするのであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ