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モブでいいよ  作者: ふにねこ
第三章 封印巡り
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お・も・て・な・し

 運ばれる最中は大人しくしていた。

 馬車に揺られる感覚がしばらく続き、再度、どこかに運ばれる。

 そして到着したのか、袋の口が開いた。


「どうぞ、出てください」


 老人のしわがれた声にアリスはゆっくりと袋から顔を出し、袋の中から抜け出した。

 隣を見ればホノカも同じように袋の中から出てくるところだった。


「ぷはーっ、いやぁ、ひどい目にあいましたね、聖女様!」


 元気いっぱいにホノカが声を上げた。

 その瞬間、目の前にいた老人の顔が驚愕のあまり固まる。


「せ、聖女様?」

「あ、聖女様はあっちなんで」


 えへっ、と笑いながらアリスを指さすホノカに愕然とする老人。


(そうだよね~。絶世の美少女が袋から出てきたらまずそっちが聖女だと思うよね~)


 泣いてなんかいない。

 心の汗がちょっと染み出ただけだ。


「そーれーよーりー、聖女ちゃんをさらうってどういう了見なのか聞かせてもらおうかな」


 ホノカは妙にハイテンションだ。

 老人もあっけにとられているがアリスもあっけにとられている。

 そしてホノカのおなかが盛大になった。


「あ……」


 鳴いたおなかにてをあて、切なそうに宙を睨むホノカ。

 おなかがすいたあまり、ちょっとテンションがおかしくなっているようだとアリスは理解した。


「どういう理由で私どもをさらったのかはさておき、私たちは食事をせぬままこちらへつれてこられました」


 アリスはきつい口調にならないように気をつけながらゆっくりと老人に話しかけた。

 できるなら老人の胸ぐらをつかんで揺さぶりながら飯を出せと喚きたい。


「私たちを弱体化させるつもりがないのならば、早急に食べ物を用意しなさい」


 さらわれた側が要求することではないが、アリスは堂々と要求を突き付けた。

 可哀そうなのは老人の方だろう。

 庇護欲をそそるような美少女の体を使った品のない腹減った攻撃に加え、聖女による食事の要求。

 もはや何が何だかわからない心境に陥っている。


「た、ただちにっ」


 慌てて部屋から出ていく老人を目で追い、ドアが閉まると施錠される音が聞こえた。


「なんか、拍子抜けですね」

「こちらに害を与えるつもりはないってことだけど……ホノカちゃん、大丈夫?」

「もうヘロヘロです。おなかがすいて眩暈がします。がっつり肉が食べたい。ステーキとかよりクリスマスで食べるような骨付きチキンにかぶりつきたい」

「……おなかすいているんだね」


 そういうアリスも少しおなかがすいている。

 どんな食事が出てくるかと二人は秘かにワクワクしていた。

 さらわれた緊張感など食欲の前には皆無な、残念な二人だった。






 偽聖女アリスと偽侍女ホノカは怒り心頭だった。

 テーブルの前に置かれたものはパン。

 パンだけ。

 テーブルの真ん中に、皿が一枚。

 その上にフランスパンのような長細いパンが長さを誇示するように皿からはみ出している。


「ふふふふふふっ、なめてんのかじーさんっ!」


 ちゃぶ台返しでもやりそうなホノカの勢いに老人は腰を抜かした。


「水分なしで乾いたパンって、新手の拷問?口の中の水分を全部持ってかれたあげくに飲み込めずに喉にひっかかり、呼吸困難に陥って七転八倒するさまを思う存分楽しもうと、そういう腹積もりかっ!」


 ホノカの勢いにアリスは怒りそびれ、しかたなくツンツンとパンをつついてみた。

 ものすごく心のこもった言い草に、過去にやらかしたことがあるのかと思いをはせ、試しにパンのはじっこをちぎって口の中に放り込んでみる。

 入れた瞬間、口の中がカラカラになった。

 そしてなかなか飲み込めない。

 無理に飲み込むとホノカの言ったようになりそうだったので、我慢してひたすらもしゃもしゃしているうちにパンは石のように固くなった。

 隣ではホノカがマジ切れし、老人におもてなしの何たるかを語りだした。

 ドット商会のマニュアルに載ってあるおもてなし精神についての項目を見事にそらんじてみせるホノカに心からの拍手を送ってあげたい。


「もういいでしょう」


 アリスはそっとホノカに声をかけた。


「彼もまた哀れなしもべのようです」


 こういったことは上の者と話をつけねば改善はない。


「水がないのも、トイレの事を考えての事でしょう」


 ホノカが嫌そうな顔をしてアリスを見る。


「でも聖女様、これではおなかは満たされません。まだ飴玉のほうがマシです」

「そうですね。私もちょっと殺意を覚えるレベルです」


 老人が驚愕の眼差しでアリスを見る。

 見開いた目が落ちそうで怖いくらいだ。


「聖女と言っても生きている人間です。お腹がすきもすればトイレにもいきます」


 アリスは老人に優しく諭すように問いかけた。

 微笑みながら、先ほどの固めたパンを老人の目に向けて吹き矢のように吹き飛ばした。

 油断していた老人の左目に見事に命中したらしく、老人は飛び上がって後ろにひっくり返した。

 すかさずアリスは距離を詰めて腹にパンチをねじり込む。

 ちょっぴり力が入りすぎたのはご愛敬だ。


「ホノカちゃん、袋」

「イエスッマム!」


 二人は息の合った連係プレーで老人を袋に押し込める。


「ふぅ、いい仕事をしましたね」


 きらぁんと擬音語が付きそうなくらいキラキラな笑顔でかいてもいない汗をぬぐうふりをするホノカ。


「それじゃあ行きましょうか」

「どこにですか?」

「台所。おなかがすいたわ」

「……ソウデスネ」


 逃げるんじゃないんだ、とホノカはちょっぴり遠い目をしながら頷いた。


「おなかがすいては戦ができぬ、でしょ。逃げるにしても最低限のエネルギーは確保しておきたいわ」


 ここがどこだかわからないが、窓から見える範囲は木しかない。

 気配を探りつつゆっくりとドアを開けたアリスはがっくりと肩を落とした。


「アリス姉さん、どうしたんですか?」

「ん~、ここはたぶん、山小屋かなぁ。どうりで人の気配がないと思った」

「そうなんですか?てことは、みはりはあのおじいさん一人だけって事?」

「そうなるわね。町の中ならともかく、森の中を何の情報もなしに歩くのはさすがに私も嫌だし」

「どうするの?」

「敵か味方か、来てくれるのを待つしかないわ。隣が台所ね」


 ドアを大きくあけ放ち、隣の部屋に入る。

 こじんまりとした台所と小さなテーブルと椅子があった。

 アリスは棚をあけたり隅に転がっている袋をあけたりと片っ端から覗き込んでいる。


「チッ、しけてんな……」

「それ、悪役のセリフです」

「水場がないって事は、近くに川が流れているって事ね。散策に行くわよ」

「えっ、行くって?」

「水の確保。ほら、そこの桶をもって。薪はあるから大丈夫ね」


 桶を放ってよこすアリスに圧倒されつつ、ホノカはアリスに言われるままに桶をもってアリスに続く。

 外に出るとちょっと耳を澄まし、獣道のように辛うじて道とわかる場所を指さした。


「あっちが川ね。さぁ行くわよ」


 茂みをかき分けさっそうと歩くアリス。


「アウトドアを楽しみましょう!」






「アリス姉さん、マジ凄すぎです……」


 川まで往復する間で見つけたブルーベリーのような木の実。

 同じくハーブ。

 そして釣った魚。

 台所にあった干し肉とハーブでスープを作り、魚を焼いて置いてあった塩をふる。

 木の実は食後のデザート。


「姉さんと一緒なら、どこででも生きていける確信を持てました!」

「うん、じゃあ袋に突っ込んだおじいさんを連れてきて」

「え?」

「おもてなしの神髄を見せつけてやる」


 ふっ、と聖女にあるまじきニヒルな笑みを浮かべる。

 素直でないアリスの態度にホノカは嬉しくなった。


「惚れてしまうがなっ!アリス姉さん、最高ですっ!」


 自分たちをさらった悪い人の仲間なのだから、あのまま放置でいいと思っていたホノカはアリスの寛大さに感動しつつ老人の救出に向かう。

 なんだかんだ言ったってアリスは優しい。

 弱い者には迷わず手を差し伸べる強さを持っているのだ。

 さらわれて、ある意味極限状態のはずなのに、ホノカはちっとも怖くなかった。



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