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モブでいいよ  作者: ふにねこ
第三章 封印巡り
113/202

初めてのお仕事

 到着すると、まずは教会のトップとご挨拶が待っている。


「本日はお日柄もよく……」

「結婚式かよっ!」


 侍女ホノカのあいさつに思わず聖女アリスが突っ込みを入れるという珍事があった。


「ゴホン。ライカ司祭。早速ですが準備は?」


 フェルがおかしな空気を払しょくするようにやや鋭い声で切り込み、場の緊張感を高めた。


「はっ、あ、ええ、破壊と再生を司る神の身許へようこそおいでくださいました」


 しょっぱなから物騒な神様だとホノカは思った。

 固定観念を壊してこそ新たなる概念が生まれるというのがこの神の教えなのだが、勉強の成果は出ていないようだ。


「さっそくですが儀式を行いたいと思います」


 フェルは相手に何も言わせないつもりのようだ。


「手順は先に通達した通りです」


 フェルはグレイの方に目をやった。


「小隊長殿、準備をお願いします」


 グレイは一礼すると現場の指揮に入る。

 彼の役割は聖女が祈る間、教会を守ること、侵入者を防ぐこと。


「儀式の間は教会関係者であっても入ることは許しません」


 偽聖女がきっぱりと言い切った。

 フェルに言わせては対立を生むが、聖女が言えばあまり角は立たなくて済むからというざっくりとした理由だ。


「入ることを許すのは護衛の聖騎士オルベルト、宮廷魔法使いジャック。そして私の侍女のみといたします。これ以上は私の集中力がそがれてしまい、失敗する恐れがありますのでご了承ください」


 司祭はもの言いたげに侍女のホノカを見る。

 侍女の代わりに教会関係者を入れてもいいのではと考えている顔だ。

 もちろんその対策はたててある。


「かの侍女は聖女の身代わりも兼ねています。見た目だけならば誰もが彼女を聖女と思うでしょう」


 言外に、聖女の身代わりができる奴がいるのか?という脅しだ。

 黙っていれば神秘的な美少女ホノカに勝てる者はいないだろう。

 二人が並んでいれば、十人中十人がホノカの方が聖女だと思うだろう。

 だから彼女が聖女と一緒にいるのだという事に信ぴょう性が帯びる。

 教会関係者一同が納得した顔つきになるのを見てアリスは心の中でそっと涙をぬぐった。


(私が不細工じゃなくて、ホノカちゃんが美少女すぎるのがいけないんだーっ!)


 容姿に対するコンプレックスが魂レベルで刷り込まれそうだ。 


「さっそくですが、案内をお願いいたします」

「は、はい。こちらでございます」






 教会の正面にまわり、中を見る。

 先に下見をしていたオルベルトとジャックが一行に気が付いてこちらへやってきた。


「問題はない」


 ぶっきらぼうにジャックが答えた。


「こちらの要望通りにきちんと準備されていました」


 オルベルトは穏やかな笑みを浮かべ、司祭に黙礼する。


「ではさっそく聖女には儀式に入ってもらおう。教会の周りは騎士が固めるので我々は邪魔になります。よければ別室でお話を伺えればよいのですが、ご都合は?」

「だ、大丈夫です。どうぞこちらへ」

「それでは後を頼む」


 そういってフェルは教会関係者一同を有無を言わせず連れて去っていった。


「随分とせわしないですね」


 緊張感から一気に脱力したように肩を落としながらホノカが言った。


「一休みを入れてからでもいいのに」

「それは無理ね」

「どうしてですか?」

「中で説明してあげる。とにかく扉を閉めて誰も中に入ってこれないようにするほうが先よ」


 アリスはホノカの背を押すようにしながら教会の中に入った。

 扉の横にはクリス王子が立っていて、すれ違う瞬間、二人の視線が絡まった。

 バタンと扉が閉まると、ホノカは驚いた顔でアリスを見た。


「アリス姉さん、いつの間に王子と仲良くなったんですか?」

「これぽっちも仲良くなった記憶がないんだけど?」

「だって今、目と目で会話していましたよねっ!」


 どこか興奮したようにアリスに詰め寄るホノカ。


「……それ、これから大きな仕事する奴のセリフじゃねぇな」


 ジャックがぼそりと呟いた。


「う~ん、緊張していないって褒めるべきかな?」


 オルベルトも首をかしげている。


「無理して誉めなくていいわよ。今のアイコンタクトは、後は頼む、任せておけ、以上の意味はないから」

「ええ~」


 不満そうに声を漏らすホノカ。

 ここまで緊張感がないとは大物だと思わずにはいられない。


「さっきの一休みの件もそうだけど、後続部隊が来る前に教会の中に立てこもりたかったのよ」

「なんでですか?」

「さっきの襲撃でつけ込みやすくなったから」

「何を?」

「お前達だけじゃ心配だから俺たちも混ぜろって事だろ」


 ずばりジャックが答えを口にした。


「教会側も聖女のために貢献したという実績を作って、事が終わったらそれをたてにお前を取り込む算段だ。言動には気をつけろよ」

「……取り込む、とは?」


 ピンとこないのか、ホノカは不思議そうに首をかしげた。

 自分の、聖女の価値というのをまるで分っていない。


「具体的に言えば広告塔。朝から晩までお祈りか高額寄進者との接見。たまに民衆の前に出てきて笑顔を振りまき、祝福を与える……超売れっ子人気アイドルだと思えばいいわ。ブラック企業の最先端ね」


 偏見はいりまくりの説明だがホノカはそれで納得した。


「うううっ、ホワイト企業がいいです~。週休二日、有給あり、賄つきか社員食堂があって社員寮があるならなお良しっ!ドット商会に就職したいです~」


 ぶるりと体を震わせて叫んだ。


「宗教、怖い!」


 その怖がりようにオルベルトの方がびっくりだ。


「アリスの言ったことを否定するつもりは全くないけれど、そこまで宗教は怖いものじゃないよ?」

「オル、地球の宗教は千差万別っ!集団自殺とか集団殺人推奨な宗教が存在しているんです!幸せのツボとか印鑑とか水とか高額商品を売りつけたりしちゃうんですっ!」

「ちょっと落ち着こうか、ホノカちゃん。異世界の宗教が誤解されそうだから黙ろうか」


 神の名のもとに戦争したり人を殺したり、原価数百円の装飾品を幸福の名のもとに万円単位で売りつけたりと怪しい宗教団体が存在するのも事実だが、ちゃんと人々の心の救済ができている宗教もあるのだ。


「異世界の宗教観についての議論は帰りの馬車でもできるでしょ。今はそう……封印が先」


 掃除が先、と口にしそうになって慌てて言い換える。

 これも全部を掃除に例えたジョンのせいだ。


「それじゃあホノカちゃん、始めましょう」

「はぁい」


 事前の取り決め通り、アリスは扉に寄り掛かるように立つ。

 外の異変を少しでも感じたら警告できるように。

 ホノカは礼拝堂のど真ん中に立つ。

 オルベルトとジャックは少し離れて左右に立ち、何かあれば動けるように警戒する。

 ホノカは両膝を床につけ、祈るように手を胸の前で組み合わせて目を閉じた。


 願うのは平和。

 ただそれだけ。


 実際の殺し合いを見たことがない平和な世界にいる者だけが知る安寧。

 この世界の人間では知る由もない、警戒することを知らない世界。

 稀有な世界にいることを自覚しないが故に純粋。

 当たり前だからこそ疑う余地がない。

 それが聖女の生きていた世界だから。


 うっすらとホノカの体が光り始めた。

 その光はドライアイスのように床に広がっていく。

 更なる光が床に浮かび上がった。


(あれが、魔王を封じた魔法陣……)


 ジャックとオルベルトは興味深そうに魔法陣を見つめていた。

 単純に魔法陣とは丸いモノなのだろうと思っていたアリスは光の描く軌跡が四角な事に驚いた。

 幾何学模様が描かれ、真上から見れないことが残念なくらいにその模様は美しいと思った。

 まぶしい光が教会の中を満たしていくのに、なぜか目に優しい。

 突き刺すような強烈な輝きなのに、目を閉じる必要がない不思議な光。

 空気の入れ替えをした時のように、清々しい風が穏やかに協会の中を駆け巡る。

 その瞬間、ホノカは確かに聖女たる者に相応しい存在だった。

 祝福の歓喜と感動が溢れてくる。


(これは……思ったよりも……キツイかもしれない……)


 浄化というものを、身をもって体験した気がした。

 成仏する魂の気持ちがなんとなくだがわかる気がする自分が嫌だ。

 前世の記憶に付随するのは未練なのだろうか。


 ジャックとオルベルトの様子は変わらない。

 ただの事象として受け止めているのが見て取れた。


 アリスのように魂を持っていかれるような感覚を受けているようには見えない。

 地縛霊や怨霊が抱くモノが怒りや恨みつらみといった感情を未練というのなら、それが浄化されるというのなら。

 嫌だと思った。

 忘れたくないと思った。

 前世の記憶に付随する感情が消えたなら、それはただの記録になる。

 記憶から記録に。

 そこに何も思えなくなったら、思い入れがなくなれば興味を失う。

 執着からの解放。

 抗えるのは、掃除の対象じゃないから。

 某会社の掃除機ではないけれど、ほこりを吸い取るついでに空気清浄されていたら、記憶という名の花粉も掃除されていただろう。

 アリスはため息をついた。

 とりとめのない何とも締まらない思考に我ながら呆れもするが、浄化を掃除に例えたジョンがほんの少しだけ恨めしく感じた。





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