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モブでいいよ  作者: ふにねこ
第二章 修行
110/202

出発前

 ホノカから巡る教会の名前を聞いたアリスは店に顔を出していた。


「当分、顔は出せないから」


 ジョンは当然だと言わんばかりに頷いた。

 バックヤードでアリスとジョンは今後の打ち合わせをしている。

 ゲームの通りなら騎士達だけでは足りないとアリスは判断し、ジョン達をバックアップにつかせることにしたのだ。


「覚えたらその紙を頂戴」


 言われるままに教会の名前が書かれた紙をジョンはアリスに返す。

 すると、アリスはそれを破り、ご丁寧に火までつけて燃やした。


「徹底しているな……」

「あたりまえでしょ。どこに何が潜んでいるのかわからないんだから、慎重にもなるわ。貴方はどうするの?」

「……俺ができることは何もない。封印が失敗するなんて考えてもいないしな」

「でも、今回はモノクルの男がいるわ」

「前もいなかったわけじゃない」

「……それでも今回はちょっと懸念材料があるから、慎重になっていいと思う」


 今回の聖女サマは今までと毛色が違う。

 この世界とゲームがリンクしているとしたら、それは聖女のせいだとアリスは考えている。

 ゲームの強制力とやらのせいでホノカではなくアリスに補正がかかるというのが何よりの証拠だ。


(完全に聖女という役割は譲渡できないってところだけは安心だけど)


 本来はモブどころか顔すら出ていない存在のアリス・ドットががっつりと聖女に関わっているあたり、転生者である自分が一番イレギュラーな存在だとは思っていないアリスだった。


「なんだよ、それ」

「……勇者の出番がある未来も視野に入れておいた方がいいってこと」


 ジョンは顔をしかめた。


「お前は何を知っているんだ?」

「知らないから色々と予測を立てて予防策を練っておくんでしょ」


 そういい返されると何も言えない。


「私のやり方、間違っているかしら?」

「いいや。いつも通りだ」


 頭の中であらゆる可能性を考え、その対抗手段を一通り練っておく。

 襲撃するならちゃんと逃走経路も何通りか確保しておく慎重さは昔からだ。


「……一応、というかちゃんとグレイ小隊長の所属する部隊が護衛でついているけれど、念のために輪の外から見張っていていくれる?」

「騎士サマを信用できないのか?」

「まさか。腕っぷしは信じているわよ。ただね、騎士サマは正攻法にはめっぽう強いけどからめ手には弱いかなって」


 アリスはクスリと笑った。


「モノクルの男が裏でがんばっているみたいでね。各結社が張り切っているみたいなの」

「確実なのか?」

「私はそう思っているわ。幸い、最恐なる我がお父様が一つつぶしてくれたみたいだけど」


 ジョンは遠い目をしてアリスから目をそらした。


「時々、あの人はゾンビなんじゃねぇかと疑いたくなる」


 魔王から見てもアリスの父は異常らしい。


「やめてよ、その想像は怖すぎる」


 ぶるりとアリスは体を震わせた。


「ま、まぁそんなわけで聖女がさらわれる可能性が大きいの」

「どんなわけだよ……まぁいいけどな」


 頭をかきながらジョンは仕方なさそうに頷いた。

 用意周到なアリスのことだから、万全を期して臨みたいのだろうと解釈する。

 実際はホノカからゲームの内容を聞いていたからなのだが、それを話すわけにはいかないアリスはひとまずほっとした。

 

「どこで情報を掴んだのか知らんが……あ、ルークを使ってあの男から聞き出せばいいんじゃねぇの?」

「…………その手があったか。でもルークだよ、大丈夫なの?」

「お前……ルークが聞いたら泣くぞ」

「まぁ二人を見守っているお嬢様達は歓喜するかもだけど」

「そっちの心配かよっ!」


 思わず突っ込みを入れてしまったジョンは天井を仰いだ。


「ルークの脳みそは筋肉だけじゃないってことぐらい知っているわよ」


 面倒くさがりやなだけで、その気になればちゃんと考えられる男だ。

 そうでなければ小さかったころ、女の子の恰好をして美人局めいた真似はできない。

 学がないだけで、人の心の機微を読んだり誘導したり、生活の知恵に関しては侮れないのがルークなのだ。

 けして腕力と勘だけで生きている男ではない。


「……そうかよ」


 疲れたようにジョンが答えた。


「一応、ロッシのおじ様には話をしておいてくれる?根回しはすんでるから」

「なんだよ、手が足りないのか?」

「あなた達でも十分だけど、裏社会の情報があった方が手っ取り早いでしょ」


 ある程度なら裏社会には詳しいが、本職にはかなわない。


「わかった。そっちは俺が手を回しておく。で、介入はどこまですればいい?」

「……現場の判断に任せる。基本、騎士に情報提供。やばそうだったら介入」


 ふっとアリスが眉をしかめたことにジョンが気が付いた。


「どうした?」

「……対外的には私が聖女サマだから、私が標的かもしれない」

「それは戦わずに大人しくさらわれるって事でいいのか?」


 アリスの考えを見抜いたジョンの声が少し荒くなる。


「どうせなら次の聖女様のためにも殲滅した方がいいと思うの」


 額に手を当ててジョンは深いため息をついた。


「あんたはなんでそう好戦的なんだ?ルークよりあんたの方がよっぽど脳筋だぜ」

「失礼な。ちゃんと考えた上の選択なのよ」

「質が悪い。殲滅は騎士達に任せておけ。ついでに騎士を誑かして結婚しろ」


 訝し気にアリスはジョンを見た。


「なんか最近、あんたの口から結婚って単語をよく聞くんだけど、何かあったの?」

「……お前が早く結婚してくれないと、俺かハルがお前に嫁ぐ羽目になるんだよ」

「なにそれ」

「行き遅れのお前を心配する親心ってヤツのせいだ。恐ろしいことに俺たちはおばさんの腕力に勝てねぇ……あと断った後のおじさんが恐ろしい……」


 突っ込みどころが多すぎて何も言えない。

 アリスにとってジョンは親友であり仲間であり家族であって、伴侶にはなりえない男だ。

 それはジョンにとっても同じで、男としてアリスを抱く事はない。


「頼むアリス。さっさと俺以外の奴と結婚してくれ。ルークでもいいぞ」

「あんたもたいがい失礼よね。だけど私もゴメンだわ。……結婚相手ねぇ」


 脳裏に浮かぶのはイケメンで将来有望出世街道間違いなしの、ゲームの攻略者達。

 背筋がゾクリとして心臓が嫌な音を立てた。

 アリスは頭を抱える。

 どうせなら恋心で歓喜に打ち震えて心臓がトキメキにフル稼働したかった。


(……あれ?なんか私、外堀が埋められてる?)


 封印巡りは波乱の予感しかなかった。


(そりゃ彼らの事は嫌いじゃないけど……いやいやゲームに踊らされたくはないし……ホノカちゃんの思惑次第なんて御免だけど……結婚……)


 行き遅れ目前の女としては切り捨てるには惜しい物件揃いだが、誰かの思惑通りになるのは癪だ。

 しかし、でも、だけど、それでも、やっぱり……。


 珍しくグダグダ悩んでいるアリスをジョンは面白そうに眺めていた。

 こういうことは他人事だから楽しめるのであって、当事者だけにはなりなくない。

 アリスの心の葛藤を、孫の成長を見守るおじいさんの心境でジョンは見守っていた。


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