毒魚に歴史あり
また翌日、フクフクの解体を改めて行うことをジャッドたちと約束し、メルはルーたちと合流してその日は休むことにした。
商店に立ち寄って夕飯の材料を買い、メルたちはすっかり陽が落ちた湖のほとりへとやって来た。
「今日の夕飯は、私にお任せ」
そう言って得意気に笑うのは、これまで食べる専門に徹していたルーだった。
「ルーさんも料理、作るんですね」
「うん、実は野外での一部の料理は、私の方が得意」
「一部……そうなんですか?」
そう言ってノインが目を向けるのは、湖のすぐ近くで広げた椅子に座り、魔法の灯りを頼りに何かの本を読んでいるメルであった。
「うん、本当だよ」
メルは本に視線を落としたまま、ノインの疑問に答える。
「ルー姉が作るバーベキューは、まず失敗はないから安心していいよ」
「というわけだ。大船に乗ったつもりでいて欲しい」
豊かな胸をドン、と叩いて頷いたルーは、近くにあった大小様々な石を軽々と持ち上げては積み上げ、網を乗せ、中に薪を組んであっという間に竈を作る。
「あっ、ルーさん。火を点けるなら種火を用意しないと……」
「必要ない」
慌てるノインを手で制したルーは、右手の親指と人差し指で丸を作って口元へと持っていき、風船を膨らますように口をすぼめて「ふぅ……」と息を吐く。
すると、ルーの口から真っ赤な炎が噴き出し、組み上げた薪に火が点き、あっという間に安定した炎へと変わる。
「わぁ、凄い……」
「フフフ、ドラゴンである私にかかればこれくらいチョロいもん」
ルーは口の中に残った火を「フッ」と天に向けて吐き出すと、買ってきた材料を次々と網の上に並べていく。
色とりどりの貝や野菜を網の上に並べたルーは、続いて魚の下ごしらえへと移る。
「魚は串に刺して、全体に塩をまぶして……尻尾は特に念入りに、と」
口で手順を呟きながら、ルーは串に刺した魚を炎の周りに置いていく。
そうこうしている間に最初に置いたホタテに似た形の大きな貝、薄いピンク色の身をしたアマヤ貝が開き、中からプリプリの貝柱が姿を現す。
「んで、貝が開いたら……」
荷物の中から黒い液体が入った瓶を取り出したルーは、中の液体をはけでアマヤ貝たちにペタペタと塗っていく。
「あぁ、いい匂い……」
途端、ジュウゥゥという音と共に香ばしい匂いが鼻をつき、ノインは幸せそうに双眸を細める。
「ルーさん、それは?」
「これは特製の魚介類がおいしくなるソースで……メル、何だっけ?」
解答に困ったルーがメルに声をかけると、
「それは煮切ったお酒とみりんに醬油、後はカツオと昆布のお出汁と昆布茶を混ぜたものだよ」
本に視線を落としたままのメルがすぐに回答する。
「……だってさ」
「要するに、異世界の食材が使われたソースということですね」
「そうだね。でもメル曰く、こっちの世界でも同じものは作れるみたいだよ」
「へぇ、それはぜひ知りたいです」
「じゃあ後で材料をメモして渡すよ…………メルが」
肝心なところは全てメル頼みのルーの言葉に、ノインは堪らず「プッ」と可愛らしく吹き出すと、
「お願いしますね」
そう言って醤油の焦げる食欲をそそられる匂いに、嬉しそうに双眸を細めた。
バーベキューには自信があるという言葉通り、アマヤ貝にしっかりと火が通ったのを確認したルーは、グツグツとソースが泡立っている貝を手早く皿の上に取ると、今にも涎が垂れそうになっているノインに差し出す。
「はい、熱いから気を付けてね」
「わ、私からでいいんですか?」
「モチロン、お客様へのもてなしが第一だからね」
「で、では……」
最初に自分が食べなければメルたちも食べられないと悟ったノインは、フォークに貝柱を突き刺して大きな口を開けて頬張る。
肉厚のアマヤ貝の貝柱を噛み切ると、濃厚な磯の香りと焦げた特製ソースの香りが鼻を突き抜け、咀嚼する度にやってくる貝そのものの旨味にノインは目を大きく見開く。
「うわぁ、すっごくおいしいです。貝にしっかり味が付いているし、それに身がとってもプリプリで歯応え抜群です」
「でしょ? コツは絶妙な火加減と、焼き具合の見極めだよ……ほい、それでこっちはフェーの分」
「ピピッ!」
ノインが貝を受け取った時から彼女の周りを気にするように伺っていたフェーは、自分もお相伴にあずかれると知って嬉しそうに羽根をバタバタさせてアマヤ貝に喰らいつく。
「うまいか?」
「ピィ、ピピィ!」
「そうか、何よりだ」
ルーは微笑を浮かべて頷くと、網からいくつかの貝と野菜、串に刺さった魚を取ってノインに差し出す。
「こっちはもう、全部火が通ってるからどんどん食べていいよ」
「は、はい、ありがとうございます。その……フェーちゃんの分まで」
「気にしないで。その子は今が一番の食べ盛りだからね」
ルーは夢中になって貝の身を突いているフェーの頭をそっと撫でると、別の皿に焼けた料理を乗せてメルの下へと向かう。
「メル、ちゃんと食べないとダメだよ」
「わかってるよ……それにしても」
メルは差し出された皿を受け取りながら、まん丸の黄色い鳥を見やる。
「フェーちゃん、あんなに魚とか貝とか食べても大丈夫なの? その……」
「太りそうって?」
「うん、フェーちゃんが何の鳥かもわからないのに、あんなに食べ物与えて大丈夫なのかなって……」
「大丈夫だよ」
心配そうな顔をするメルに、ルーは確信を持ったように頷く。
「あの子は普通の鳥とはちょっと違うからね。あれだけの量を食べても、人と同じ味付けのもの食べても平気だよ」
「本当に? っていうかルー姉、フェーちゃんが何の鳥か知ってるの?」
「まあね、幼体を見たのは初めてだけど、とにかく、あの子のことは心配しなくていいよ」
ルーはメルの不安を払拭させるように笑うと、彼女が持つ皿から貝を一つ摘んで食べる。
「うん、おいしい。それよりメルの方こそ調子はどう?」
「あっ、うん……今はこの街の歴史について調べているんだ」
そう言ってメルは、村の教会から拝借してきた『神秘の湖、ラクス』と書かれた表紙をルーに見せる。
これはフクフクの解体が失敗に終わった後、村の歴史について調べたいというメルに、教会のシスターであるラーナからいくつか貸し出された蔵書の一つだった。
「この本、村で起きた出来事を物語調に書かれて普通に面白いんだ」
「それはよかったね。それで、何がわかったの?」
「うん、例えば最初にフクフクを食べた人の話がかかれているんだけどね……」
そう言って該当のページを開いたメルは、ルーにあらすじを簡単に説明する。
「最初にフクフクを食べた人は、湖で遭難した人なんだって」
人より漁の成果を上げようとした欲張りな漁師が遭難し、船の上で空腹でどうしようもなくなった時、たまたま取れた一匹のフクフクを生で食べたのが初めてだという。
その余りのおいしさに衝撃を受けた漁師は、救出された後にフクフクのおいしさを村に広めようとしたという。
「ただ、フクフクのおいしさ知ったけど、その後は大変だったみたいだね」
漁師の言葉を真に受けてフクフクを食べた人たちは、確かにそのおいしさに舌を巻いたが、その後、一人、また一人とフクフクの毒によって命を落としていった。
救出された漁師をはじめ、多くの犠牲を出すことになった事件であったが、フクフクのおいしさだけは本物であったと知ったラクス村の人々は、どうにかこの魚の毒を抜いて食べる方法はないかと模索をはじめ、あらゆる試行錯誤の末に壺漬けを開発したという。
「ふ~ん、なるほどね」
メルの開いている本を横から覗き込み、ペラペラとページをめくっていく。
本には壺漬けが完成するまでに試されたレシピも載っており、これ等の調理法以外を模索するようにと注意書きされていた。
「本当に色々と試したみたいだけど……ボクはフクフク無毒化のカギは、この最初の漁師にあると思っているんだ」
「秘策、あるんだ」
「まあね」
メルは自信を覗かせるように頷いてみせると、アマヤ貝を手で摘まんで口の中に放る。
「う~ん、おいしい! やっぱりここのアマヤ貝は味が格段に違うね。やっぱりその理由はラクス湖が普通の淡水と違って……」
「はいはい、ママみたいなうんちく披露はいいからね」
「はもむっ!?」
話が長くなりそうだと察したルーは、メルの口に焼いた魚を突っ込むと、勢いよく立ち上がって尻についた砂を払う。
「さて、私は自分の分も焼いてくるから……それと、明日は期待してるから」
「…………むぐぅ」
魚をもぐもぐと咀嚼しながら、メルは去っていくルーの背中に「任せて」とサムズアップしてみせた。




