ルーシーの結婚式 ②
なんと言っても今日はルーシーの大切な大切な晴れの日である‼︎
そう熱を込めるエリノアは。
絶対に間違いがあってはならないと思って。特に、自分の手の及ぶ範囲では、一つの間違いがあってはならぬと思い過ぎて。ルーシーの義理の妹としても、勇者であり魔王の姉としてもと、やや気合を入れ過ぎた。
この何かとトラブルに見舞われやすい自分にまつわることだから、きっと此度も何かが起こるはずと決めつけていた。
いたずら好きなグレンとか、グレンとか……エリノアが心配していることをわざと実行したがるあのグレンが、絶対になんらかの茶々を入れてくるはずだし。式にリングドッグとして参列させられた聖犬様ことヴォルフガングが、その黒猫にからかわれて式中にブチギレて、式がメチャクチャになるとか──。
もしくは、勇者の弟として参列したブラッドリーと、新婦ルーシーがまたいつものようにバチバチやり始めてしまうとか……。
でなければ、温厚なふりして時々とんでもないトラブルを招き寄せる青年型の聖剣が変なことをしだすとか……。
とにかくいろんな可能性に不安を抱いていたのだった。
しかし、いざ式が終わってみると、そこは意外なことにも賑やかな幸福感に満たされていた。
会場からは次々と参列者たちが出てくる。
タガート家の関係者、ジヴの親類たち、両家の友人知人や、宮廷関係者や将軍配下など。それぞれ送迎の馬車を待つ間、式や新郎新婦について和やかに語らっている。
特に参列者たちの話題をさらったのは新婦であるルーシー。
どうやら皆、実際に新郎新婦を見る前から、王都では大概な噂ばかりのヤンキー令嬢の恐妻化を確信していたらしい。
だが、それが予想に反し、ウェディングドレスを着た新婦の、新郎を見つめる瞳はあまりに可愛らしいのだ。
彼女が夫に向ける眼差しは尊敬に満ちていて、何をするにしても彼に気に入られたいと一生懸命なのが、見ている誰しもに伝わった。
そんな新婦の様子をジヴのほうでも可愛らしく思っているのは明白で。顔をほころばせた紳士は、そんなルーシーをとても慈愛深く見つめ返していた。
そんな二人に、参列者たちが大いに衝撃を受けたのは言うまでもない。皆、口々に感嘆の言葉を漏らし、意外にもどうやら二人は理想的な夫妻になりそうだと噂しあった。この人々の様子からすると、きっと今後しばらくの間、王都ではこの話題でもちきりになってしまうだろう。
まあ──それはいい。
それはいいのである、が。
しかし今日という日をハラハラしどおしで迎えたエリノアからすると、この平穏が一番──怖い。
いや……だってとエリノア。彼女はすっかり何かが起こるものと思っていた。
だって、この賑やかな参列者たちの中には、エリノアが危険視していた面々がしれっと混じり込んでいるのだから……。
まず、エリノアを大いに引かせたのは──本日のリングドッグ、聖犬ヴォルフガング。
白い大型犬に化けた彼は、本日は首元に蝶ネクタイ付きの特注の犬用のタキシードを着せられているのだが……それが女性客に大人気。
黄色い声できゃあきゃあと可愛がられ、もふもふねぇと撫でられつつ、蝶ネクタイがお似合いね♡ なんてちやほやされている。
褒められたほうの魔物犬はというと。ツンと鼻先を上げてつれない素振りを装いながらも、口元がモゴモゴし満更でもなさそうな様子。時々気が緩むのか、でへッと緩む口元を見て──エリノアは地蔵のような顔でそれを見つめた……。
幸い、彼をからかって怒らせそうなグレンはいない。なぜならば。その問題児はエリノアが事前に件のエリノアお手製の抱っこ紐と共に、リードに託したからである。
元人間であるリードにはグレンの扱いは難しそうにも思えるが……。現在彼の周りにはギラギラした黒猫娘たちが全員はべっている。総勢九名の小悪魔姉妹たちに、リードに抱っこされていることへのを嫉妬込みで見張られているグレンが、アンブロスの屋敷から逃亡しおおせるわけがなかった……。
ちなみに、初めて黒猫グレンを抱っこできたリードはとても嬉しそうだった。
当然グレンはものすごく不服そうだったが、リードを傷つけては、魔王のそばでは生きられない。そんなことをしては主君が鬼怒るのは分かりきっている。
そしてその魔王はといえば。
現在エリノアがあんぐりと口を開ける目の前で、弟は貴族たちと歓談中。
彼は言わずと知れた勇者の実弟であり、いずれは第二王子の義理の弟になるアンブロス家領の若き新領主。
その華々しい肩書きの妖艶な青年を、誰もが放っておかなかった。
ブラッドリーは、人の姿に化けた大柄なふっくら婦人コーネリアグレースと、品よく正装した可愛いメイナードを引き連れて会場を悠々闊歩して。何も知らない参列者らに朗らかに声をかけては、どうやら着々と人脈を広げていたご様子……。
参列者たちに妖美な笑みを送っては、魔王は誰彼構わず、年齢性別問わずで乙女化させていて……。
そんな弟を目撃したエリノアは、今にも胃痛が限界突破しそうであった。
「ぅ……ブラッド可愛い! っけど……! 愛想が良すぎて怖いっ!」
「エ、エリノア大丈夫か⁉︎」
弟を見ながら、胃を押さえて勢いよく前屈みになる娘にブレアが慌てている。勇者はせっかく自身もドレスアップしているというのに……いつも通りのエリノアすぎて。大変おしゃれが勿体無い事態となっていた。が、弟の素行を案じるブラコン姉には、そんなことに気を回す余裕などなかった。
エリノアは、己の背を支えてくれる王子に、げっそり冷や汗の滲む顔を向ける。
「あ、あれ……あの方々……魔王軍配下……とか……に、な──なったりしません、よね……⁉︎」
弟の周りにいる人々の目が次第にハートマークになっているような気がして。だんだん人垣が分厚くなっていっているような気がして。エリノアは恐々とブレアに問う。──と、王子はエリノアを支えたまま、ブラッドリーの周りにはべる面々を冷静に眺め。そして静かに言った。
「……大臣や将軍配下たちがいるな……」
「⁉︎ だっっっだいじんっ⁉︎」
ギョッと叫んだエリノアが、弟らを二度見した瞬間。その弟がふと姉の視線に気がついて。そして彼は、非常にいい笑顔でにっこりと姉に笑みを送ってよこした。
「⁉︎」
その笑みには──。エリノアは、弟の底知れぬ、非常によからぬ企みを感じてしまって。ゾッとした姉は、一瞬跳び上がり慌てふためいて魔王の元へ走っていった。
残されたブレアはちょっと驚いた様子で目を瞠っている。
──が、その瞬間、ブラッドリーの目が狡猾に細められる。
……ブレアも、エリノアも知らない。
ブラッドリーは、確かに貴族らに声を掛け、人脈を広げようとは思っているが。別に、この場では、エリノアが危惧したほどには、実はなぁんにも企んでなどいなかった。
ただ、ブラッドリーは、ブレアの隣から必死の形相で自分のもとへ駆けてきた姉を受け止めて、満足そうな顔をする。そして──ブレアに向かって勝ち誇った顔をした。
どうやら……魔王は単に、エリノアをブレアの傍から引き離し、自分の傍へ取り戻したかっただけらしい。
だってとブラッドリーは心の中でひとりごつ。
(だって最近姉さんたら、ルーシーの結婚準備にばかりかかりきりで、全然僕のところに来てくれなかったし、さ……)
ブラッドリーの顔は、今にもブレアに向かって鼻を鳴らしそうな表情。その小憎らしい顔を見て、何となくこれが彼のシスコンまみれのいたずらと悟ったブレアは、少々ムッとした顔をした。
──……、……、……魔王よ、貴殿は……そろそろ姉離れをしてはどうだ?
──は? 寝言は寝て言ってくれる? それ世界の終焉直前だよ。
……そんな声無き小競り合いが、睨み合う王子と魔王との境に聞こえてきそうであった……。
お読みいただきありがとうございます。
結局シスコンで終わる。笑




