78話 対処法
賢者の言葉を考えながら話すが、気の持ちようでどうにかなるものなのだろうか?確かに職とはイメージの産物でソレによって大きく変わる。イメージ形成が上手くできないなら、エマの様にトラップは出せないし、したイメージが別なら宮藤と卓の様に結果は変わる。
『ここからは僕が講義しようか?君とて考えながら話すのは難しいだろうし、考えが浮かばないならどうしようもないだろう?』
どうやら賢者が講義してくれるようだ。確かにイメージの授業は俺よりコイツの方が適任である。実際、あの空間で幾度となく殴り合っているが、ヨチヨチ歩きの俺と賢者では隔絶した差がある。一度賢者と上下関係を話したが、あくまで職なので主導権を自力で奪うのは無理らしい。含みのある言い方だったので、裏技があるような気もする。
しかし、してくるのはあくまで提案なのでokした時のみ、身体を貸すイメージで魔女にしろ賢者にしろ表に出て行動する。逆にコレを承認しないと、この2人?は頭の中で騒ぐだけで何もできない。まぁ、補助はしてくれるので助かってはいるのだが。
『なら、お願いしよう。』
『任された。さて、面倒だけど言葉を話そう。』
「中層のゴミを掃除したい。でも掃除出来ない。うん、実にくだらないね。」
賢者の言葉に残ったメンバーがあっけにとられる。いや、俺も呆気にとられた。話している内容ではなく、口振りにではあるが・・・。出来るだけ何時も丁寧に話しているのに、コヤツと来たらそこからぶっ壊してきた。悪ガキと思ったせい?
「え〜と、くだらないとは?私達はこれに対応するイメージがないんですが・・・。」
代表するように兵藤が聞いてくる。お手をした犬はそれをやめて四足で静かにメンバーを見ている。威圧感はあると思うが、メンバーの様に特に怖いとも思わない。その威圧感もデカいから感じるだけで、ゴリ押しだろうと一度倒しているので出来ないとも思わない。
「君達は実にチグハグだ。倒せるから行くんじゃなくて、倒しに行くんだから。確定した結果じゃなくて、不明な結果を取りに行っている。しかし、戦う事を認められただけあって、色々すっ飛ばして高等技能、イメージの否定と撹乱撹拌を訓練している。お互いに悪口を言ってね。」
あれって高等技能だったのか。えっ、悪口ってそんな高等?悪口とは他者を貶めたり、けなしたりするものだがそれは高等なのだろうか?イメージの否定と撹乱や撹拌は確かに高等だと思うけど、それと悪口が繋がる?
「始めに言葉があった・・・。それは自身と他者を分ける絶対の壁だ。僕の話す言葉は拡散して君達に届く。言ってしまえば、それは常に他者に作用し続ける枷の様なモノ。受け入れるも拒絶するもイメージでどうとでもなるよ。」
そう話すと、エマが思い付いた様に口を開く。来て日が浅いので、今いるメンバーよりも自由な発想が出来る。正解のイメージは人それぞれなので、切り口が変われば新しいインスピレーションも浮かぶ。
「ならワタシは、常に無敵と思えばいいのカ?」
「エマさん、それは駄目っす。俺はそれで1回ボコボコにされました・・・。」
「ダメなのカ?無敵なら何にも負けないだろウ?」
「いやだって、エマさんあの犬に勝てますか・・・?」
「・・・、ダメポ。」
雄二に言われたエマが犬を正面から見て、早くもギブアップ宣言をしている・・・。くそ度胸はどこいったんだよマッド・ドッグ。まぁ、無鉄砲に突っ込まれても困るんだが・・・。いや、でも俺も同じ口か。仕方なかったとは言え中層のモンスターが出た、よし殺しに行ってくると何も調べずに突っ込んだし。
「ダメだね。お手までして従順を示したこれ程度で、ダメだと言ったら何もできないよ・・・。君達は他のモノにより多く興味を示し、それを激しく否定できる。僕はコレを犬だと思った。だから、これは犬だ。そもそも、君達にはゴミが何に見える?」
モンスターが何に見えるか?そんなものゴミである。ゴミ箱の中で掃除をしているのだから、中身はゴミしかないし他にあるとすればうっかり落としたものとか?硬かろうが、大きかろうが訳が分からなかろうが、所詮はゴミ。メモ紙を丸めてしまえば中身は分からないし、不要だから捨てたのであって中身を知る必要性もない。
「凶悪で人を襲う未知の敵とか?」
「ビーム撃ってくる憎らしいやつかねぇ?」
「仲間を殺した憎むべき敵。」
「制御はできた!すぐ殺したけど。」
他にも色々上がったが、共通するのは敵と言う認識。いや、ゴミだけど俺もその認識だよ?羽虫のようにまとわりついてくるウザい6本腕も、アホみたいに硬いダンゴムシも、剣振ってくる豚鼻も全部等しく敵でありゴミ。認識としては間違っていないと思うが・・・。
「いい認識だけど、相手を評価しすぎてる。例えば、中位になる過程で強いゴミを倒した人は、次に同じゴミが出たとして、そのゴミに負ける?無傷ならないよ、それは既に通り過ぎた過程だ。これはそこにいるエマが今1番理解してるんじゃない?」
名前を呼ばれたエマがビクリとしながら、今日の事を思い返すように目を閉じる。来て約3日、元々20階層到達者ではあったが、罠は使えなかった。しかし、罠を使い今日はそれなりに強いモンスターを補助ありとはいえ1人で倒した。なら、エマはその過程で何を考え何を思ったのか?暗示に掛かっていたとはいえ、やったのは本人だ。
「制御・・・、トラップはまだ安定してないと思ウ。だが、森で出会ったモンスターは、今は不思議と怖いとは思わないだろウ。」
「うん、ソレだ。最初の1つ。それが一番大事。一度成功すればそこから逆算して、どうすればいいのかが見えてくる。試しにコレを殴ってみなよ。」
それぞれがおっかなびっくりだが、犬を軽く小突いたり押したりしている。毛が長いので意外とコイツはモフモフしている。背中とかで寝たら気持ちよさそうだが、意外とヒンヤリしているので寒くなるかも知れない。犬の方はされるがままで動こうとしない。まぁ、下手に動くとメンバー潰しそうだし、そうなったら斬首である。
「結構ふわふわしてますね。それに大人しい、割と怖くない?」
「この太さだと藁まいて殴ってた木を思い出すねぇ・・・。まぁ、こっちの方が拳は痛くないが。」
「バイトちゃんがイメチェンして、大人になったと思えばなんとか?」
「コレを制御出来たら騎乗して走り回れるな。馬よりもこっちの方が乗り心地が良さそうだ。」
口々に思った事を言うが今の所マイナスのイメージはない。どこかで聞いたが、怪物の定義というモノがあるらしい。それに当てはめると、正体は既に犬として定義された。不死身かどうかは別として、敗北したと言う宣言は成されているし、従順は示した。そして、メンバーは声は聞いていないが、それでも攻撃方法も聞き定義のうち既に2つは潰された。
「うんうん。面倒で仕方ないだろうけど、君達は五感でしかモノが見れない。そして、視覚から入ってきたモノの定義が常に最大。見た目が怖い?空間を咀嚼して攻撃が無効化されるし見えない?視覚から情報を得るなら分からないでもないけど、逆を言えば見えない情報なら否定して無理やりイメージで作り出せばいい。そうだね、例えば・・・、赤峰君はビームを握り潰せる。そんな力があるなら、犬の口くらい簡単に開けるだろ?」
賢者の言いたい事は分かる。しかし、定義しようにもそもそも見えないからどうしようもないんであって、出来るだろう?はちょっと乱暴すぎるだろう。まぁ、一応模擬戦は出来るし、トライアンドエラーで試しまくってもらってもいいのだが・・・。
「いや、出来・・・、る?いや、見えねぇからダメ?そもそも、空間ってどうやって食ってる?」
引き合いに出された赤峰は、可哀想なくらい頭にはてなを浮かべている事だろう。前に賢者がイメージで伝えられたらどれだけ楽かと言っていたが、確かに今はそれが理解できる。言いたい事も、したい事も、させたい事も分かる。分かるけど、確かに言葉で伝えるのは限界がある・・・。
「う〜ん・・・、よし実演しよう。そうだね、うん、視覚からの情報が最大ならやって見せればいい。さて、カオリは防御。橘は・・・、気合が・・・、あっても死にそうだけど視る?まぁ、そもそもの話、こんな奴と戦うのはもうちょっと先に行ってからで、それは予習みたいなものなんだけどね。」
メンバーを犬から遠ざけて、そのまま犬と対峙する。このまま賢者がやるとして、特等席で見学出来るのは素直に嬉しい。さぁ、見えない情報を否定してイメージを作り出す様を見・・・。
『いや、君がやるんだよ?僕はここまで。』
『いや、おい?やり方知らんのだが・・・?』
『いやいや、君はそもそも秋葉原で実演して、僕にも実演しているじゃないか。あれよりも簡単な事だよ?』
うぅむ、モンスターを犬にして賢者を悪ガキにした事か。しかし、あれをやって見せてみんなに理解できるのだろうか?まぁ、やっててみせるしかないのか。何事も観測しない事には、見ない事には始まらない。
「えー、とりあえずバイト。メンバーと私以外の地形を食え。」
犬が口を開いて閉じる。その一齧りでメンバーの前の地面がえぐれ、更に開いて閉じれば他の場所がえぐれていく。ふむ?あの時なんと言われたか?流石に今になれば分かる。命令したというのもあるが、コイツは単純に食っているのだ。動かず走らず、口を開いて閉じるだけ。そう、たったそれだけだが、それだけで遠くのものが食われる。ある意味便利だな。だがまぁ。
「説明というかなんというか、見れば分かりますがコイツは適当に食べてます。動作は口?を開いて閉じる。あっ、口といましたが推定です。しかし、私はこれが口に見えるので口と定義します。で、咀嚼するなら対応はどちらか、口を開かなくするか、閉じなくするかです。まぁ、その前にこの空間攻撃ですが・・・。」
見えないなら見えるようにすればいい。煙をばら撒くが咀嚼は終わらせていないので煙に穴が開く。しかし、これでどこを攻撃されているか分かりやすくなった。そもそもな話、この空間攻撃の原理は見ただけで発火させているのと変わらない。寧ろ、人より範囲が限定されている分、初撃を躱すか守るかさえできれば対応も出来る。
「そもそも魔法職は見るだけで発火するとか、水分抜くとか出来るのでモンスターがビームを撃つのが魔法になった様なものと考えてください。問題点は速度と視認性。視認は今見せたように煙を撒くや、自身の攻撃。例えば、盾師ならカバーリングでも、衝撃でも感知出来ます。剣士なら捌いてもいいです。」
ここまでの説明で攻撃と結果、視認或いは感知方法が説明できた。さて、ここからは見えない攻撃を止める方法だ。メデゥーサよろしく鏡の盾で返せるならいいが、そういうわけにも行かない。
「さて、イメージを重ねよう。対象は犬である。行動は噛み付き。なら、そこにあるのは口であり牙である。ほら、次はそこを咀嚼する。喋るモンスターはそれなりに賢いし、コチラの行動を真似するものもいる。しかし、対話できないなら後はどちらのイメージが強いかで決まってくる。無論、弱ければ霧散するからね?」
地面のえぐれる瞬間そこに口と牙が具現化し、えぐり取ったあとは消える。要は対象を何としてどう行動したかの定義。そこに職を絡めてどう対処するかの模索。しかし、位置が分かり何が出るかを具現化してしまえば対処もできる。
なる程、秋葉原の時は意味不明だったが賢者と話魔女と潜り、参加者と話せばなんとなく意味が理解できてくる。兵藤と潜った時に賢者は言った彼等は理由を探していると。そこにこちらが付け込む隙がある。探しているのであれば、こちらが定義する隙が。
「はい、これが大まかな対処です。質問は?」
「近接職は不利じゃねぇか?魔法職みたいに具現化とか出来ねぇしよ?」
体術師で盾師の赤峰が聞いてくる。両方とも近接系で具現化の具の字もない職構成だが、そもそも赤峰はこんなややこしいことしなくてもいい。
「堅牢なのに犬の牙に負けるんですか?最初に言いましたが、ゴミを評価し過ぎです。こんな大型犬の牙で穿かれるくらいの硬さなら、豆腐と一緒ですよ。ほら、バイト腕を甘噛。」
腕を横にだしてモニュモニュと甘噛させてみる。傍から見ると、マッサージ機があたってポコポコリズムよく凹んでいるように見える。ただ、機械もなく腕が勝手に波打っているので不気味ではあるが・・・。
「試しに甘噛されてみます?されたらこの程度かってイメージもできるでしょう。威力不明、視認できない、判定は瞬時それが怖いのであって、それのどれかでも分かれば対処はできるでしょう?職はイメージです。無いなら対処できるイメージを持ってくる。それは、外からでもいいですし、内側からでもいい。近接職はどちらかというと、内界から引っ張ってきた方が分かりやすいですね。」
魔法職は説明が長い工程な分自由度は高い。近接職は説明が短い分、そこに付随するイメージが分かりやすく使いやすい。Sはもはや出来る事の羅列である。まぁ、何にせよイメージ。やはり、人よりゴミと戦った方が鍛えるだけなら効率がいい。
「ファースト。職に区別はないと聞いたガ、本当にないのカ?ワタシは、今の説明があまり理解出来ていなイ。しかし、どうしてモ、そうは思えなイ。寧ろ、今の話だとバイトは魔法を使うモンスターではないカ。煙で擬態したとは言エ、能力もファーストが再現したものなのだロ?」
そうエマが聞いてくる。そう言えば、秋葉原で戦った物とは言ったが、そのものとはいっていなかったな。勘違いしているなら、そのまま流そう。下手につつくとやぶ蛇になりそうだし。1つ訂正を入れるとして、今回の話は難しい所もある。来て日が浅い、エマでは理解しきれない所もあるだろう。しかし、中々いい事をいう。魔法を使うモンスターか、その方がイメージし易いなら、それを採用してもいい。
「まず訂正を。区別ではなく優劣です。等しく同等にモンスターを狩れます。」
「区別ではなく優劣?」
「ええ、それは出てから話しましょうか。今日はもう遅い。戦ってみたい人は明日以降受け付けます。今回の内容は他のメンバーに開示して構いませんし、話し合ってもいいです。」
魔法を解いて元の黒犬へ戻し、カメラを止めて退出。遥に連絡を取ると先に退出したメンバーは解散しているので俺達も現地解散。中々刺激的な授業になったが、先を目指すなら避けては通れない道である。
望田が指輪から出した車に乗りホテルを目指す。すっかり日も暮れているので、割と車の通りは少ない。通り過ぎる街明かりを眺めていると後部座席に座ったエマが口を開いた。
「本当に優劣はないカ?私はトラップであの再現されたバイトを倒せるとは思えなイ。」
「ないですね。説明を聞きますか?」
「職への理解を求められるなラ、聞かないという選択肢はなイ。」
「それは私も気になりますね。クロエのイメージならそんなにおかしい事はないと思いますから。」
これは本当に持論である。そして、優劣は直結しないイメージ。普通の職とS職とEX職の違い。或いは、その職の成長速度に対するイメージ。
「普通の職は補助輪付きの自転車から始まる。S職は最初からバイクに乗ってる。そんなイメージ。やることがSは明確だから、イメージもし易いしそれの適性が出るほど思い詰めてるから、成長が早い。それこそ、ギアを上げるように段階を踏んでいける。
普通の職はある程度の速度で、色々吸収しながら進める。ある意味、Sよりも解釈の違いで自由になる。エマはトラップで犬を狩るイメージがないと言うけれど、それはトラップを出せるようになって日が浅いから。仮に犬を狩るのなら、反応装甲でも身体に付ければ噛まれた側から反応して犬は噛めない。」
「だいぶ無茶苦茶な事をいっていないカ?そもそも、反応装甲はトラップではなイ・・・。」
「いや、トラップでしょう?地雷と一緒で衝撃を与えれば爆発して、飛んできた弾にダメージ与えるんですから。」
「いヤ・・・、それハ・・・、トラップ?」
「何事もイメージと発想とそれを成すという思いですよ。イメージなんてあやふやなモノ、思い以外で補強出来ないでしょう?」
エマが再度考え出す。中層のモンスターの件は受講者に話が回れば色々と衝撃となって返ってくるだろう。しかし、いずれは誰かが進む道、願わくばいいイメージがある事を願うしかない。
「クロエ、EXのイメージは何なんですか?」
「EXはそうだな・・・、歩行者かな?」




