77話 犬
すいません、忙しくて短いです
閑話を書くべきでした
「おイ!落ちないよナ!信じていいんだよナ!答えロ!ファースト!!」
「・・・、時にエマ。インメルマンターンというものを知っていますか?」
「知りたくなイ!知っていても答えなイ!!」
「クロエ、からかい過ぎですよ・・・、ドッグファイトとかします?」
「フゥウアッキンジャーーープ!!イエローモンキーーキーールーー!!」
エマの楽しそうな声が木霊する。俺は刺股、橘は自力、残ったエマは自分の上着。いゃあ、悪いね刺股は1人用なんだ・・・。嘘である。詰めれば乗れない事もない。ただ、いざと言う時も踏まえて、エマには飛んでもらっている。決しておちょくっている訳ではない。
「あまり叫ぶと本当に、ドッグファイトする事に成りますよ?空とてモンスターはいるんですから、元はといえば、誰もヘリを操縦出来なかったのがいけないんです、諦めてください。」
実際飛ぶにしても髪が邪魔になるので煙の膜を張り、当たる風はそよ風くらい。エマが騒いでいるのは、自身の服が穴だらけで心許無いから。嫌ならば自力で火柱まで行ってもらうしかないが、流石にモンスターに襲われて今のエマが五体満足無事合流となるとも思えない。
なのでこうやって飛んでもらっているが、聞いているのかいないのか、先程から悪態の絶叫は止む事がない。兵藤達なんてハンカチで飛んでたんだぞ?その事を考えると面積的には余裕がある。
「クレイジー!シッド!クレイジーシッド!フーリッシュ!おイ!白髪頭!低ク!もっと低ク!!」
「黙れ。そろそろ本当に落としますよ?あ〜あ、モンスターが飛んできた・・・。」
「やりましょうか?」
「いや、私がやりますよ・・・。エマは高所恐怖症なんですか?陸軍とてへリボーンくらいするでしょうに。」
「命綱なしでするカ!フーリッシュ!モンスター!フッオックスツー!!」
飛来するモンスターはうざったらしい事に6本腕。あいつ腕伸びるし、格闘仕様なのか速いしご自慢のビームも撃つし嫌いなんだよなぁ。まぁ、雑魚は雑魚。とっととご退場願おう。キセルをプカリ。吐き出す煙は雲のよう。
「飛ぶ鳥も、嵐の中では羽休め、無理強いすれば、再起不能。墜ちなさい?蛮勇はするものじゃない。」
煙に触れたモンスターは羽根をもがれ、落ちた先で煙に絡め取られて静かにクリスタルとなる。飛来するビームは既に煙で意味をなさず、進むだけで壊滅出来る。しかし、こう成らない為にある程度の高度で飛んでいたのに・・・。本当にインメルマンターンをさせてやろうか?空中で180度ロールしての縦方向へのUターン。逆フリーホールと思えば楽しめるだろぅ?俺は自分に絶対にやらないが・・・。
そんなこんなで火柱に近付いてきたが、あの柱はどうやら宮藤が出しているようだ。組体操よろしく、炎の兵が櫓を組むように重なって大きな柱となっている。と、いうかアレ炎の巨人では?形を変えた兵達は1つとなって大きな巨人へと姿が変わる。そして、出来上がった巨人が腕を振って空中のモンスター達を焼き殺す。
「モンスターはあんなのもいるのカ!早く倒さなけれバ!」
「アレは味方です。そろそろ本当に落ち着いてください。」
「宮藤君ですか、見ない間にご立派になられて。」
巨大な手でサムズアップする巨人を後に、ワーキャー煩いながらも、メンバーの近くに降り立ち出迎えてくれたメンバーを見る。朝に話したメンバーは顔に疲労の色があり、望田なんかは膝を抱えて座り込み、地面に取り留めもない落書きをしている・・・。いや、本当にどれだけボロボロにしたんだよ・・・。
口悪く罵るこれは決して『やーいバーカ』程度ではない。やるなら『笛下手ですね?えっ?なんですかその音?そんな音でモンスターを倒す?ちょっと詳細に原理を教えて下さいよ。イメージ?その音で倒す?またまた、下手な音じゃ無理ですよ。』程度の事はやる。寧ろ、この程度でイメージが崩れるなら、対スィーパー戦をした際、簡単に殺られる。なので、自分の弱点とメンタルを鍛える為にやるのだが、今日はかなり激しかったようだ・・・。
「うぅ〜・・・、クロエさ〜ん・・・。」
「よしよし、辛かったね。大丈夫、私がついてるからね。」
抱きついてきた望田を抱き止めて、あやすように語りかけながら頭を撫でる。やらない訳にもいかないが、やり過ぎるとメンタルボロボロ、さじ加減が難しい訓練である。しかし、指示して泣かせて抱きつかせるとは、傍から見ると酷いマッチポンプだよな・・・。
「宮藤君、あの巨人は?」
「ウィカーマンです。燃え盛る人のイメージを探していたら、たまたま出て来ました。」
生贄捧げる人形の檻か。最終的に人や家畜詰め込んで全部燃やす物。物騒だが宮藤のイメージには合うのかもしれない、あの炎の兵達のイメージの元は秋葉原で散った戦友達なのだから。生贄ではないが、人身御供と思えば・・・。
「清水、私もどさくさに紛れれば合法的に抱きつけると思うか?ちょっと匂いを嗅いで落ち着きたい。」
「やめとけ夏目、あの百合空間は尊い。愛でろ。」
「全くです、ありがたやありがたや。」
「大ちゃんも抱きつきたい?」
「俺ぁ、お前を抱き締めてるほうがいい。」
「けっ!惚気けやがって・・・。」
「兵藤、少し聞きたい事ガ・・・。」
「ハイなんでしょうエマ少佐?」
(大人げねぇなあ兵藤さん・・・。)
(まぁ、歳も歳だしな。そう言えば雄二は清水さんと・・・。)
(そう言うお前は小田さんと・・・。)
相変わらず賑やかなメンバーである。他のメンバーもなんだかんだでワチャワチャ話しているし通常運転だな。宮藤から中層のモンスターの話は聞いているだろうが、特に気負いしていない所がいい。身構えられて本人の予想より上回る衝撃を受けたら、そこからイメージの迷宮に入り込みかねない。まぁ、実際見たら入り込んでしまうのだろうが・・・。
スンスンと鼻を鳴らして泣いている・・・、泣いているよな?望田は落ち着いたと思うのでそろそろ離れてもらおう。汗はかかないが、流石に動き回ってるので埃っぽいと思うし。
「カオリ、そろそろ離れて。」
「・・・、優しさに包まれたまま寝たい・・・。」
「寝ていいよ?見逃していいなら。」
「起きました!お目々パッチリです!」
そう言いながら望田が離れメンバーを見回す。さて、犬もいるしあまりメンバーを待たせるのも悪い。しかし、説明しないと色々と危ない。まぁ、犬自体はメンバーとゲート内を走り回ってるし、割と可愛がられているので大丈夫かな?
「えー、宮藤さんから話があったと思いますが、今集まってもらってるのはキャンプファイヤーイベントではありません。中層のモンスターについてです。先にいいますが、弱いと心折れます。なので、まだだと思う人は一旦引いてください。引く事は賢さです。機会を覗うのは能ある証拠です。残って嫌なイメージが付いても、払拭するのは自分です。抗議は受け付けません。」
引く事も立ち止まる事も、何なら回り道する事も近道も賢さである。なんでかって?決まっている、全てはゴール或いは正解への工程だから。失敗を恐れるなという人が、下がるなと言うのは矛盾である。失敗すればそこには停滞があり、状況次第では後退しているのだ。なら、自身には無理だと思う人間には、次の機会を伺ってもらえばいいだけの話。
残ったのは中位達と望田と雄二、それと自衛カルテット娘。まぁ、そのうち2人は中位なのでいてもおかしくないか。清水と夏目も至りそうとは言っていたし。そして、状況が分かっているのかいないのかエマがいる。他のメンバーは一旦状況が見たいと退出した。中々したたかで実によろしい。さて、確認は取らないとな。
「エマ、君は出ないのか?ハッキリ言うとこれは対スィーパー訓練なんて目じゃない程に辛いよ?」
「ふ厶、見る前から諦めては希望がなイ。絶望はいつでもできル、しかシ、経験は出来なイ。ワタシはワタシの仕事をしにここにきタ。ならば、見るサ。」
エマは自分の意思で残るか。シュレーディンガーの猫の様な、近場で言えば橘の様なものか。見る前は希望があると思う。見た後は絶望しかなかった。橘も鑑定出来ると思ってゲートを鑑定した。鑑定して至ったが過程で死にかけた。さて、見たメンバーは何を思うのか?
「分かりました、出しましょう。こい、バイト。」
「えっ?わんちゃ?」
望田含め今いるメンバーは、大なり小なり犬とうろついた事があるが。ある者は2人で狩りに行ったり、ある者はアニマルセラピーよろしくゲート内で可愛がったり、命を救われたり。なんだかんだでこの犬は、メンバーを護る事を条件に自由行動させているので、逆に言えば何時もメンバーの親しい所にいる。
なので、衝撃も一入だろうな。橘がいなければ、秋葉原で見た中層のモンスターに似せたと言えばいいが、それは無理な話だ。橘は既に犬を鑑定してしまっている。ここででまかせを言えば、これから先橘に言う事は嘘と疑われ、ペテン師と成り下がる。流石にそれは容認出来ないな。タバコを取り出し煙をプカリ。
「戻りなさい?ある日の姿に、思い出しなさい?アナタが何者かを。手綱は離さず、権利を捨てず。下僕よ、今だけ許し煙を貸そう・・・。」
紡がれた言葉は煙に乗り、犬の在りし日の姿を形作っていく。あの時より成長した様な・・・。普段の煙犬とは違い、細部まで思い出せる範囲で思いだし、更には賢者と魔女が面白がって補助してできた一品。あぁ、うん。あの口で何度咀嚼されたか・・・。開いて閉じる。その動きだけで犬の攻撃は完結し、範囲は・・・、それなりに広いらしい。オリジナルとコレのどちらが強いかは分からないが、どちらも強いのでなんとも言えない。
「さて、中層・・・、私が秋葉原で戦ったものです。攻撃方法は空間咀嚼。空間なので、魔法だろうが何だろうが食べます。身体能力は低くはなかったですね。」
ポンポンと足を叩くが犬は意に返さない。手綱は握っている感覚はある。残ったメンバーは誰も口を開かない。いや、開けないの方が正しいのか、犬から目が離せないでいる。
「中層のどの辺りに生息しているかは分かりません。中層へは私も行っていないのであしからず。さて、なにか質問は?」
誰も彼もが押黙る。さて、どうしたものか。中層へと行くならこう言う輩とも戦ってもらわないといけないのだが。空間攻撃は俺の場合力技で乗り切った。しかし、正当な攻略法はあるのだろうか?
「・・・、これと戦っていいんですか?」
そう宮藤が聞いてくる。みんなビビってる中、彼だけはモンスターを見据えて微笑んでいる。あの模擬戦大好き赤峰でさえ目をそらしたのに、である。
「構いませんよ?空間攻撃は歯型がつく程度にしています。さて、これを見てビビってた人は、コレの何にビビったのか考えてください。そして、それは絶対に忘れないでください。」
「ソ、それガ、な、何かノ訓練なのカ?」
エマが震える声で聞いてくる。流石に彼女には荷が重すぎる。しかし、話せる分まだマシか。興味本位で来たであろう、夏目はグロッキーなのか片膝を付き、清水もキツそうにしている。逆に望田は思った以上にリラックスしているように見える。
「中層のモンスターはコードと言うものを使います。それに対処するプロテクトだと思ってください。中位になるとコードへの耐性、自身の至る先を見ているので自ずと、自然体で対応出来るようになります。至れていないのに行く事はないと思いますが、進む場合は心得てください。」
恐怖とは知らないから怖いのであって、知ってしまうと割と怖くない。犬を見て大きいから怖いのか、身近に化け物がいたから怖いのか、はたまた、醜悪な姿が怖いのか?考え方は色々あるが、視覚的に怖いのなら直接見なければ済む話である。
「クロエさんよぉ、コイツと戦うとしてコツとかってあるのか?」
「コツ・・・、大雑把に言うなら中位なら勝負の土俵に上がって、上位なら飼い犬に出来るとかですかね?ほら、バイトお手!」
手を差し出すと爪の先が手のひらに触れる。上下関係はしっかりしているので言う事は聞く。暴れたら首をはねるつもりなので、堂々としているが、中身は割と戦々恐々としているのが伝わってくる。最初は不思議な犬だったが、最近では少しづつ感情というものが出だしたようにも感じる。
「なら、俺は・・・、駄目っすか?」
雄二が伏し目がちに聞いてくる。周りで秋葉原を戦い抜いた人達が中位に至る中、彼はまだ下位のまま。多少の焦りもあるのだろう。しかし、こればっかりは本人の問題なので、背中は押せても勝手に道を決めてはいけない。
「駄目とか、そうじゃないとかじゃないかな?要は心の持ちようや目標。中位はソレが限りなく明確になっているってことだね。」




