閑話 来訪者 出立前日譚 15 挿絵有り
私はそこまでTVと言う物を見ない。情報収集のツールとしては三流で真偽が定かではないし、チャンネルを回せば、同じニュースなのに全く違う事を伝えている事もある。なので、テレビで得られる情報は全て偽と定義して、必要な情報があるなら自分で情報確認をするようにしている。なんだかんだで私も少佐。ウィルソン含め、国防省から出される課題はそろそろ偽の誤情報なのではないかと考えだした。
そうだ、おかしいのだ。ゲートがある事も少女の肩に世界の命運が委ねられている事も、私が毎日走ってカトゥーンを見せられている事も。不意に口からカトゥーンの台詞が出て自己嫌悪に陥る事も、何なら私が講習会に行くことも仕組まれた罠なのかもしれない。あぁ、何故シュラク隊は死んで行ったのだ・・・、鈴の音が聞こえる。
若返りの薬を飲み容姿もだいぶ若返りはしたが、顔の傷は消えない。今更消えた所で意味はない。既に嫌った期間の方が長いのだ、早々考えが変わるものでもないし、変える気もない。今日も今日とて走ってカトゥーンを見てチャットで話す。日本語についてはだいぶ理解できるし、喋りも書けもするようになった。日本語能力検定の点数も悪くない。
「それで、エマ。進捗はいいとして向こうでの行動についてだ。基本的に軍からの支援はない。これは、日本側に配慮する形だが、下手に接触すればいらぬ疑いをかけられる。特に、ファーストについては日本政府は箝口令を敷きたいようで、接触した君にも約束してほしいそうだ。」
「そこまでか・・・、政は上の悩みで私は関与しない。新しい情報はなにかないのか?そろそろファースト配信マラソンが大台に乗るぞ?」
マスターと言わずとも日本語に慣れて、始まったのは配信マラソン・・・。彼女の言い回しに慣れるようにと開始されたが、その言い回しに意味があるのかと聞かれると理解に苦しむ。不老不死の薬あるよでいいのに、ひっそりこっそり載っているとかいる?勿体ぶった言い回しをしたかったのだろうか?
研究をしている学者には悪いが、子供の戯言で片付けて確定した内容を羅列した方が有効なのではないだろうか?現にやる気のない中位紹介と攻略動画の方が素直に頭に入ってくる。やはり、精神をやられている?
「日本政府からの通達で、彼女は政府の重要な役職に就く事になった。講習に構いきりではないそうだが、彼女の部下がサポートしてくれるそうだ。」
「部下?さぞ大層な人数を揃えているんだろうな。見目麗しい姫の部下、嫌味なものでなければ・・・。」
「部下は明言したのが総数3、ヒーローに隻腕、それに剣士が1人だ。他に親しいS職のSPと若い女性がいる。この2人はホテルで一緒に住んでるそうだ。」
量より質か。配信で見た2人と戦うと想定するなら、米軍は甚大な被害を被り総力戦となるだろう。あの2人にミサイルや重火器、爆発物が有効なのか?米軍の鍛えた格闘家はロケットランチャーを殴って叩き落とすし、ライフル程度なら余裕で避ける。それの先に立つ者、既存の戦術はほぼ無意味だろう。
一騎当千と言う言葉を学んだが、それに相応しい実力があるはずだ。一騎当千・・・、毎回パンツが見えるのは、視聴者サービスであんな格好でウロウロしなくていいと思う。だが、あれは制服・・・、なら、ファーストの講習会の女性制服は?前に服を作ると言われたが、ファーストが女性好きだとすると、私も露出の激しい服か華美なものを着せられる?
現に女性2人とホテルに住んでいるのなら、やはりファーストはレズビアン?あちらの国は同性婚が認められていると聞く。なら、美しさを条件に入れた以上その心構えもいるのか・・・。どうか好みでありませんように・・・。ゆるいゆりじゃあるまいし、あまりベタベタするのは好きじゃない・・・。お願いだマリア様、私を見ていてくれ・・・。
「私は恋愛なんぞに興味はない。ウィルソン、そのあたりの情報は本当に必要なのか?もっとこう、訓練内容的なものはないのか?」
「資料によれば・・・、良かったな。訓練場は20階層だそうだ。君は確か、そこに到達していたね?」
嫌味な顔で話したので、軽く殴る。確かに到達はした。仲間の死を乗り越えて、彷徨い続けて進んだ先のそこ。上が先行しろと指示しての突入だが、出てきた頃には既にファーストの35階層までの攻略配信と、苛立つチアリーダー姿での応援でやる気をなくした。なんでもっと早くソレを配信しなかった・・・。していれば仲間は死ななかった・・・。
別に彼女が悪い訳では無い。ゲートに入る入らない、先に行く行かないは個人の自由で、ソレを仕事とするか否かも選択権は自分達にある。私達は選択して入って奥に行って死んだのだ。
「あんな危険な場所で訓練なんかできるか!?行くまでにどれほど仲間を失ったか・・・。なんだ、日本は死にたがりの国・・・、はっ!武士道か!武士道と云うは死ぬことと見つけたりなのか!?ワシントンではないが、桜をゲートに咲かせて、失敗すれば腹切りさせられるのか!?」
「エマ少佐、我々は少々君にサブカル的なものを、見せすぎたようだ・・・。今は腹切りなんてしない、武士も忍者もいない。いるのは魔法少女ファーストだけだ。」
「魔法少女はいるのか・・・。それも、いないモノリストに入らないか?そうすれば、日米合同演習で方がつく。」
「・・・少し・・・頭冷やそうか・・・?日本政府から服が届いた。特殊な服で丸一日、出来れば寝る時も着ていてほしいそうだ。着る前の条件として、一度指輪に収納する事とある。君以外に誰かが先に収納した場合、その服の再支給はないそうだ。」
撃墜される!?ピンクのビームで、エースオブエースから撃墜される!嫌だ、私は悪くない!言われた通りに訓練しただけだ!なんでもありの一撃入れたら合格・・・、はっ!ウィルソンのセリフでまたカトゥーンに飛んでいた。
差し出された袋から出てきた服は、黒いタンクトップと太腿までのズボン。一度指輪に収納してからウィルソンを外に出して着込む。サイズは少し大きい。若返る前の数値を渡し、更に毎日走っているので痩せたのだろう。着心地はいいし、肌触りもいい。高級品のようだが、何故わざわざこんなものを政府が送ってくる?そんな事を疑問に思っていると、部屋の扉がノックされた。
「エマ服は着たか?着たなら鑑定師に鑑定してもらう。」
「着ている、なぜ鑑定師が?」
扉が開きウィルソンと入ってきた鑑定師は、テレビ等にも出る有名な人物。出土品最多鑑定者などという触れ込みで、ゲート開通以降で名前を聞かない日はない。そんな有名人を連れてきてなんだというのだ?
「おぉ!おお!こいつぁスゲーご機嫌だ!なんだなんだ!ハイテク日本じゃこんな物までつくってんのかよ!やべー、俺も欲しい、Amazonに売ってねぇかなぁ。」
「先に鑑定内容を。君を呼んだのはこの服について調べるためだ。」
「okボス。ほとんど日本語だけど、コイツを作ったのはファーストだ。形にしたのは別のヤツみたいだけど、その服の糸は間違いなくファーストが作った。そして、その服は勝手に修復するし、持ち主の所に戻ってくる。丈夫さはそうだな、格闘家が全力で動いても多分大丈夫だ!因みに、持ち主はエマ・・・さん?な。」
ウィルソンは絶句し、鑑定師はうるさいくらいはしゃいでいる。配信に糸に関する物があったが、こちらでは誰も成功していない。真偽を疑う者もいたが、そうかコレが完成品か。これを着て20階層で死物狂いで訓練しろと・・・。確かに、あそこは人数さえいれば倒せない事はない。ただ、必ず死人がでる。そういう場所なのだ。
「鑑定ありがとう、君は退出したまえ。詳しくは、係の者に報告し報酬を受け取るといい。」
そうして鑑定師は出ていったが、これが支給品の服か。なんで丸一日着なければならないのかは知らないが、悪いものでないのは確かだ。ファースト謹製の糸らしいが、まぁ、送ってくるという事は使えと言う事だろう。色は赤が好きだが、あまり派手なモノを着ても仕方ない。黒でいいだろう。
「指定の厳しいモノだったが納得だ・・・。やれ絶対指定者以外指輪に入れるなとか、鑑定するならその後にしろとか、失敗すればたった服一着の再支給はないとか!クソがっ!これなら支給せずに研究に回せば、さぞ新たな発見があったろうに!日本国政府に断固として再支給要請だ!」
「はっはっはっ!残念だったなぁウィルソン。これは私の服だ。ファーストは知らんが、魔術師達の尻を叩くんだな!」
プークスクスクスクス、ウィルソンが悔しそうなのは実に愉悦。そのままハンカチでも噛んで、キーッと叫べば更に楽しさ倍増。悪いが、私もファーストスクールの前に死ぬ気はないので、服は脱がんぞ?しかし、何故丸一日着る必要性がある?別に着ても問題はないが。
「それはインナーだ。別に普段着でも構わないが、丸一日着ると身体にフィットする。若くなって良かったな、ロートル。締め付けられたら中身が出るか、さぞ崩れたボディーラインに絶望しただろう。」
「いやぁ、悪いな貧乏人。若さは買える時代だ。お前は出た腹を引っ込めたらどうだ?そうしないと、量産されようがこれは着れないぞ?」
飲んだ当初、マッド・ドッグからマッド・ガールと呼んだやつはみんな殴り飛ばした。若返った私の尻を触わったヤツは念入りに玉を潰した。私は少佐だ、部下の指導は厳しくしないといけないし。
「全く、なんで君が選ばれてS職なのか理解に苦しむ。」
「さぁてな。ただ、スペシャルが出たから選んだ。それだけだ。」
何で私にこの職が出たのか?それはさっぱり分からない。ただ、Sが出たなら選ぶ。そればかりに私は苦労させられた。武器の形状も未だに何でコレなのか見当もつかない。しかし、選んだからにはコレで戦うしかないのだ・・・。職の説明を訳してもらったが、本当になんで私にこれが出たのだろう?
S狩人それが私の就いた職で、飛び道具と罠を使うらしい。私からすれば、ちょっと程度のいいガンナーだ。まぁ、彼等よりは身体能力全般が高いので、使い勝手はいい。罠など、この嫌いな顔で嵌まった落とし穴で十分だ。
「ウィルソン。中位は見てきたが、Sの中位はいるのか?スペシャルはスペシャルで打ち止めでもおかしくない。」
「全容は確認されていないが、配信のタチバナと言う者が該当しているそうだ。それ以外の情報はない。」
彼の国は若芽を摘まれて最後尾にいると思ったが、いつの間にか最先端にいる。過去の戦争でもそうだ、叩き潰したはずなのに、いつの間にか経済大国になり我々と肩を並べる。嫌なほどの不屈、呆れるほどの労力、逆境の中であの国は、苛立たしいほどに歩みを進める。スペシャルに先があるなら、私はソレを求められるのだろう。嘆いていても仕方ないマッド・ドッグ改マッド・ガールになったが、やることは変わらないし、私は変わらない。
「それで、行く日取りは決まったのか?」
「あぁ、もう決まってる。彼の国は新しい法律の施行でお祭り状態だそうだが、君の任務には関係ない。住居については米軍基地は使えない関係上、無理やり情報を引き出してファーストと同じホテルにねじ込んだ。」
寝ても覚めてもファーストか・・・。情報が欲しいのは分かるが、私に自由はあるのだろうか?このままでは風呂やトイレまで一緒に行けと言われそうだ・・・。
「訓練以外は自由行動で構わないな?それと、資金は?」
「自由行動で構わないが、問題は起こすな。資金はカードと円を渡す。特に上限はないが、馬鹿な事をすればそれ相応の報いがある。」
そんな話をしたのが懐かしいと思う頃に、飛行機のチケットを渡され空の旅へ。向こうではチヨダという人物が待っているそうだ。行けば中位に成るまで戻れない片道切符。いつ帰れるのやら・・・。




