720話 帰ってきた
実際能力があるからと一人に任せるならそれは王政と変わらない。そもそも、俺自身は会社員であり普通のおっさんがスタートで、今更ながらに思えばやはり持て囃される程の基礎能力を持っていない。
しかし、俺自身が望む望まないに関わらずお鉢は回ってきて今はここまで来ている。そう、ここまで来て逃げると言う話はない。しかし、その中で譲れない者は家族であり切って捨てるなら見知らぬ誰か。家族のいる世界を守ると言う強迫観念にも似た方針は、綺麗な言葉で言うなら家族を通じて世界を守ると言う話に繋がる。
増田の最大のミスは俺が日本を見限ろうとした事だろうな。いや、その心の動きも誰かが察知したからこそ引き止めると言う判断に繋がったのだろう。人に優しくすると言うのは漠然としたものではない。その優しさを邪魔と思われず、ありがたいとか有用と思わせれば必然的に繋ぐ鎖と出来る。
「善人としては優秀ですね。無償の善意は多数に喜ばれ、その姿しか知らない人は模範的と思われる。しかし、我々公安はその裏も探る。裏を考える私達は無償の善意は無いと知っている。模範的であると言う事は裏を返せば敵を作りたくないと言う事。それを理解すればこそ、切って捨てるリスクも考える。それに座右の銘的なモノを考えれば我儘でも節度はあると感じます。」
「心理分析や人間観察は本職には負けますね。まぁ、立場的に本心を隠す訳にも行かなかったと言えますが。さて、そこで話しますが本当に洗脳はないんですね?今が既に管理社会、監視社会と言えばソレまでですが洗脳して奴隷と管理者と言う構図を作るつもりなら私は・・・。」
「敵対しますか?」
「まさか、家族と獣人連れて逃げますよ。人が人を奴隷とするのは歴史を繰り返していると言える。それこそ万物は流転しますからね。しかし獣人・・・、犬猫はその枠に当てはまらない。人の思いで殺され人の思いで優しく生かされる。それを完全に人の意志の中に取り込むつもりなら引き連れて逃げるに限る。」
「逃走すると?」
「ええ。それが1番の嫌がらせですからね。希望を持たせるより失われた希望を考えさせる方がよほど応えるでしょう?」
本気で嫌がらせするなら適当な・・・、それこそ本当に面識もない誰かに交渉権を渡す。そうすれば指差して爆笑しながら奇特な人とそれを寄越せと滑稽にアピールする誰かが見れる。
「と、まぁ。そこまで底意地が悪いわけではないので逃げ隠れしませんけどね。グラマスの件は了解しました。」
「・・・、分かりましたとしておきましょう。本格的な開催日は価格が決まり次第追って連絡します。そう言えば松田さん預かりの獣人教育の件はなにか聞いてませんか?」
「預けたので聞いてませんね。何かあれば協力を頼むとは言われましたが。・・・、既になにか話が持ち上がってます?」
「木っ端の私では深く知りませんが、警察と自衛隊側には何かしらの要請があったようです。」
「あ〜・・・、なんとなくやりたい事が分かりました。」
サイラスと話して英国から本人が教員として来ると言うなら、そこに目をつけて親密度と海外獣人との交流と更に言えばサイラス本人の力量を見たいとか?松田が誰に話したか、それとも心の内に秘めているかは別として、サイラスがテレポート出来る事を松田は知っている。
それのイメージを探るやら効果範囲も含めて多角的に見れればと言う部分もあるだろうな。なにせ英国から本部長室へは来いと言ったら多少時間はかかったものの来た。ソレが更に成長して瞬間的な連続転移なんて事が可能になっていたら、世界の警備はザルになるし防ぐ方法を模索するとなれば常識から外れる必要も出て来る。
機密文章はPCで下書きしても最終的には手書きだし、その文章も昔の話暗号文の様に多数用意する。更に言えばソレが本物である保証も無ければ口頭で話して痕跡を残さない事もある。保管場所も指輪の中から始まりコンクリート詰めにしてどこかに埋めるやら、スクリプターの脳内に保管と言う話もあるし、その保管者としているスクリプターが何人いるかは誰も知らない。
セルゲイではないけど警備と犯罪のイタチごっこは続くな。・・・、ちょっとロシアには酷だったか?まぁ、一度作られたものを見てからじゃないと判断は出来ないし、全くあたらいし視点で凄いものをか作っているかもしれないし。
「情報量の差ですか。獣人は確かに有益で警察もお世話になっています。しかし自衛隊と言うモノを考えると、駐屯地の出入りに関わるガードマンとしてはいいでしょうが、規律行動を共に取れるとは考えづらい。」
「それでいいですよ。松田さんも言っていましたけど、知るべきでない人が知るのは恐ろしく、知るべき人が知らないのは問題が出る。それに続けるのなら、思い付いても口にしなければ深みには嵌まらずまだ逃げるだけの術がある。」
「分かりました。私も千代田となり逃げる気はありませんが、逃げ道があると言うのはまだ心の余裕に繋がる。」
「さて、話はこれくらいですか?」
「ええ。私がメッセンジャーとして来た理由はこれだけとなります。」
「そうですか、この後のご予定は?」
「大分ゲートから一度統合基地へ向かい、他の指示がないかを確認後東京へ戻る予定です。秘匿回線での連絡があるかもしれませんが、それはフェイクとして受け取って下さい。」
「了解です。・・・、1つ桃を渡します。仮にまたここに来るなら先ずはそれを食べてから。本人確認の為でもありますので。」
「鑑定だけでは安心しませんか?」
「保険は掛けるから保険ですからね。注意するに越した事はない。あぁ、統合基地へ行く前に温泉に入るといい。地下にありますが結構好評ですよ?」
「お言葉に甘えさせていただきます。」
そう言って立ち上がる千代田を見送る。素材フェスは多分8月頃と予測するとして価格がどうなるかだな。まぁ、価格よりもラボからヤバい物が生み出された方が問題か?いや、それの問い合わせはやめよう。
下手に突いて精度を上げられても怖い。外を見るとまた雨がポツポツと降り出しているが、7月に入ればまた暑くなるだろうな・・・。まぁ、去年よりは涼しくなると言う話も出ているが、急激に地球が涼しくなるわけでもない。
午前中はそのまま書類仕事を進め、妻と昼食を取りながら午後も仕事をしていると望田達の帰還の知らせが届いた。断続的に潜っていたとは言え、中々会わなかったので積もる話もあるだろうな。
「ただいま戻りました〜。」
「戻ったゾ。」
「お疲れ様、被害は無いと聞いてるけどどうだった?」
望田とエマがマスタールームにやって来た。パリッとしたスーツを着ているし、風呂やらに入ってリフレッシュも出来ているようだ。まぁ、何なせよ今日はこのまま休みかな。
「被害・・・。エマ、被害ってどこからが被害になるんでしょうね?」
「分からんナ。軍人としてダメージコントロールには気を配るガ、そのダメージがすぐに回復出来るならダメージと評価し辛イ。強いて言うなら精神的には疲弊したり傷付いた時カ。」
「割と精神的に来た人が多かったと?まぁ、講習会メンバーで潜ったり一部副長を鍛えてと大変ではあったと思うけど。」
「私はクロエの囮作戦を知っている手間、通常攻略の厳しさは感じたナ。特に米国の中位を預かっている手前判断ミスも出来ン。」
「米国の方は前に出たがってましたからね。それでも同系統の職の方と背中を預けて戦ったりしてましたし。」
「だガ、それで強化出来た部分もあル。他人のイメージを言葉で理解するのは難しいガ、眼の前で見せられれば嫌でも分かる部分は出て来ル。それに言葉と言う部分でも同じ言語で指示が出せる受け取れると言うのは大きイ。それよりゲートの調査はどうだっタ?祭壇への繋がりハ?」
「1歩前進かな?少なくとも廃棄ゲートは廃棄ゲートで間違いない。ただ、セクター数が違うからどこで運用されていたのか?そもそも運用されていたのかは分からない。」
「そうカ・・・。」
「落ち込むのは早いよエマ。橘さんと話を詰めたけど祭壇へ続くゲートがあるとすれば、それは必ず何らかの表記ないし分かりやすい見た目をしている。そう決着がついた。」
「それってセクター数の違う廃棄ゲートがあるからですかね?」
「そう!廃棄ゲートの破壊やら持ち出し、再起動は出来ないとして、使えるゲートなら何かしらの目印やら鍵があるはずって話だよ。」
「目印や鍵・・・、目印はいいとして鍵はなんダ?」
「多分コレ。」
キセルを取り出してプカリ。確かにタバコと認識して吸っているし、愛煙家な分誰かに渡すとも考えづらい。それに常に手元に置いておいて手放す気もないしな。
他のEXTRAが出るまではそのEXTRAの武器がどう変化するかは分からないが、少なくともコレが鍵と言われれば納得出来る部分もある。
「最重要品じゃないカ・・・。おいそれと出して吸って大丈夫なのカ?」
「知ったから重要と感じるけど、知らなければただの武器。既に部屋には魔法をかけて外に話は漏れない。信用してるからこうして話してるんだよ。」
それにコレが奪われるよりも何よりも下手にゲートを動かされる方が嫌。見つけたとして毎回探すとなると大変だし、それがセーフスペースにあるかも分からない。最悪発見したら封鎖地域として通達出来ないかな?杖作って目印にしておけばどうにかなるかな?




