699話 ところ変われば 挿絵あり
千代田に連れられて人混みの中を縫う様に進む。物を置いてると勝手に消えるので割と歩きやすいが、長蛇の列がある所もある。なんの列かと聞けば固定処理屋と言う装飾師の店だとか。新しく移住するに辺りゲート外で固定処理してもらって色々と持ち込むのだが、いざ生活するとなると小物が足りず買い足すのに利用するらしい。
交易と言うか外からもここに来る人はいるし、なにか欲しければ外に出ればいいのだが最大の通し穴は6階層には外に出るゲートがない事だな。上昇アイテム持ちは運び屋兼護衛として生計を立てたる人もいるらしいが、支払いが億劫になれば外にもでない。いや、15階層まで行けずに閉じ込められたとも言えるのか?
運び屋達も暴利で仕事をしているわけではないらしいが、金貨20枚を高いと取るか安いと取るか・・・。1〜5階層を箱を回収しながら来ればだいそれた額と言う話ではないが、ここで生活しているとどう稼ぐかが問題になってくるのもまた事実。
なにせセーフスペースは死なずに生活できても、箱もなければ素材としても割安で買うよりも自分で取りに来ると言う人もいる。日本含めゲート外の企業は上昇アイテムを購入して何個か確保しているし、売買出来るかと言えばサボりたい人向けに二束三文で売るとか?
「ここです。」
「割とちゃんとした店?ですね。」
疑問符が付くのは窓がないからだよ!ここでは珍しく2階建てで外観を見た感じはレゴブロックを積み上げた様に見える。その代わり窓はなく店内の様子は伺いしれない。寧ろ、ここに来るまで窓のある建物がほぼ無かった。
考えて見ればそうなのだが、日光を取り入れる必要もなければわざわざ家の中をオープンにする必要もない。防犯と言う話を考えれば理にかなっているのか?雨も降らないから天井もいらないし、あると今度は逃走経路に使われるからなくしていると言う。本当に生活様式が違うな。
唯一外と似た所があるとすれば銭湯とか?水は潤沢たが服を着たまま行水する人が多い中、大きく『湯』と書かれた看板を掲げる所があった。確かに水は潤沢でも燃料は微妙なんだろうな。モンスターからはクリスタルが出てくるが、それを適正に使うにはデータがいるし、手っ取り早く解決しようとすれば魔術師:火に頼る。それを考えればお湯と言うのはある程度贅沢品に分類されるし、水箱ダイブ以外に身体を洗う方法がないとか?
ゲート内なら体臭はさほど気にならないが、外に出た途端に自分の臭いで吐くぞ?臭い菌にしろ病原菌にしろ人に付着している以上消えない。汗として拭い去れば拡散されて消えて行くが人の身体に付着したものや蓄積されたものは消えない。なので湯浴みは外に出るなら必須なのだろう。
取り敢えず中で注文してテラス席へ。まぁ、テラス席と言っても通りに面しているので行き各人の声で互いの声は聞き取りづらい。タバコを吸い魔法を使うが誰も視線を向けないので、他人に不用意に干渉しないと言うのはルールの1つなのだろう。
「一応、息のかかった店です。」
「息のかかった店・・・、何度失敗しました?」
「何度もですね。常識の違う場で常識の違う人々を相手にする。この街の成り立ちは最初に犯罪者が集まり手持ちの箱やテントで家を作りました。その後、人が増えて今の形となってきた。私達はそれを観察していましたが、最初の住人は追い出される形となった。どうしてか分かります?」
「ふむ・・・。税、或いは諸場代を取ろうとしたんじゃありません?それも暴力的に。」
「正解です。治外法権が許されるこの場所では最悪の1手でした。」
税金とは何か?色々な意見は横に置くとして払うメリットは庇護である。或いは育成ゲームとか?税金を払えば子は強くなり守りも堅くなる。戦時中なら税金で武器や兵士の給料を賄うので税金は上がり続ける。逆に戦時中じゃなければ公共事業に回し道の整備等に使われる。
ならゲート内の街となると大半がスィーパーで且つ移動は馬ですればいいから必要ないし、食べ物も贅沢と言うか同じ物を食べる事に慣れれば好きな様に取れる。病気はどうかと言えばウイルスはほぼおらず、外傷を負うかと聞かれればそれこそ喧嘩やらをした時くらいとか?それも統合基地へ行けば回復薬の医療ポットなんかがあるので治せる。
おおよそ税金を集めてやるべき事はなく、なら諸場代が必要かと聞かれればそれもまた必要性が薄い。諸場代、或いはみかじめ料は用心棒の代金だが本人達もスィーパーなら相手もスィーパー、ゴタゴタする前に馬で逃げて他へ行けばいいし、払えと言って追いかけるメリットもない。
なにせ大元はホームレスや犯罪者達なので持たない生活と言うものには慣れているし、お金を取ろうとしても取るべきものがない。ない袖は振れないとはよく言ったものだな。ギャングやらマフィア、テロリストなんかはゲート外で日夜撲滅されているが、ならここで再起できるのかと聞かれるとこれもまた難しい。
資金源を考えると武器やクスリ、人事売買と言う違法行為なのだろうがクスリは外で買えば許可している国ではかなり安く政府が売っているし、高槻が回復薬製造プラントを増やしているのでクスリ+エナドリの抱き合わせ販売している所もある。
そうなってくるとクスリを資金源にするには人を隔離して販売元を自分達のみにする必要が出てくるのだが、ラリったスィーパーを手懐けられるのか?と言う部分がリスキー過ぎる。『クスリが貰えない、よし働こう!』ではなく『クスリが貰えない、よし治外法権だから襲撃しよう!』の方が手っ取り早い。
武器にしてもゲートに入れば何か出るから不要だし、近代兵器はもう兵器としか呼ばれないから買い叩かれる。残るは人身売買だが、着の身着のままここに住み着いた人が最後に提示出来るのは自分自身であり労働力。
その労働を嫌うなら声をかけられても応じずに草や馬を食って過ごせばいいし、誰かに指示されたくないなら人の輪から抜ければいい。千代田としてはかなりやりづらいだろうな。人種も国籍も違う相手を取り込もうとしてお金を提示しても、下手をすれば持ち逃げされるし信頼関係やらと言うものは簡単には築けない。
「暴力はすべてを解決してくれますけど、逃げる相手にだけは無力ですからね。顔役とかもいないんでしょう?ここ。出る杭は打たれると言うよりも出た杭は刈り取られる。」
「ええ。小さなギャングがプライドを賭けて抗争をしていた時もありましたが、最終的にはリーダーデスマッチの声が高鳴り、それを聞いたリーダーが逃げ出して終結したり工作を命じられた下っ端が逆上してリーダーを殺してしまったりして空中分解したりと、大凡争いそのモノやリーダーになるメリットは皆無です。」
「クローズドユートピアですね、また。」
ユートピアの語源は16世紀の英国の社会思想家であるトマス・モアの著者からだが、内容的には私財のない平等な世界となっている。言ってしまえば社会主義の大元の様なものだが、皮肉にもその語源はギリシャ語のどこにもない場所と良い場所を組み合わせたもの。
確かに外にはないだろうな。働かずに食えて飢えもなく、病気もおおよそ治せて私財がなくても不自由しない場所なんて。ただ、そこに住めと言われれば俺はごめん被る。なんと言うかこう・・・、生きている感じがしない。別にここに居着いた人達が死んでいると言うわけでもなければ露店には活気もあったがなんかこう・・・、言葉には出来ないムズムズ感がある。
「壺中天やシャングリラとも言いますね。私達が目指したシャングリラはここにここに合った、欲望を捨て自由を求め続け灰色の日々にさよならと言って居着いた人もいます。ただ、統合基地へ出向く人も統合基地から来る人もあるのでどこまで自由なのかは分かりませんが。」
「灰色の日々から夕闇の街に来たら悪化してそうな気はしますけどね。なんにせよ現状把握として聞くだけの事は聞けたのかな?」
「他の街が総てそうだとは限りません。民族単位で住み着いた人はその宗教を元に生活スタイルを決めたりしていますから。」
「民族単位と言うと中国からの方達ですか・・・。」
チベット人にしろウイグル人にしろ中国国内から姿を消して久しい。どこで暮らそうと心は自身に宿るものであり、それを信仰するならどこでも出来る。基本的にはどの宗教も敵を倒せとは言うが人を殺せとは言わない。聖地やらの問題はあるが巡礼禁止ではないし千代田の言う様に、欲望を捨てれば聖地はただと土地となり欲する事を辞めれば受け入れられる。
「そこも含めてです。治安的にはよくも悪くも自己責任なので自衛はするとして、人攫いには気を付ける様にして下さい。」
「人攫い?人身売買的な?」
「どちらかと言えば被検体的な方です。ここに来るまでに子供を見かけなかったと思いますが、まったくのゼロではなんです。家族単位で移住した人もストリートチルドレンが集まりお金を出し合って来たと言うケースもあります。特にゲート開通初期は誰でも職に就けると思い入った子は多い。そう言った子達は学がない者がほとんどで・・・。」
「適当に育てて洗脳ですか・・・。言い方は悪いですが牧場とするならコストはほぼゼロですからね・・・。」
「ええ・・・。」
16歳まで外に出さず特定の教えだけを解き、職に就ける年齢になったと思えば職に就かせる。そうすれば凝り固まった常識の人間が生まれ操作もしやすい。なにせ常識としてそうなのだ。街を見てみればゴミは落ちてないがポイ捨てやらは多い。それはここの常識として、何処に何を捨てても問題がないからだ。
今の大人ならゴミ箱に捨てろやら虫が湧く、カビる、悪臭がすると言った話が通じるが、そんな体験もせずに周りもゴミを適当に投げ捨てれば何処に何を捨ててもいいと言う常識が出来上がるし、捨てた物は勝手に無くなるから大丈夫と言う考えに至る。
外なら小さければ親が家のゴミを集めて捨てに行ったり、学校でゴミ拾いさせられたりとなんだかんだでゴミを拾う、特定の場所に捨てると言うのは常識だが、住み続けていれば面倒で親もしないなら子もしない。前に平和はコストがかかると思っていたが、今度は常識にコストがかかりだすのか・・・。
「松田さんとはそのあたり全く話してませんけど政府と言うか国毎に指針とか出てます?」
「移住するのは止められないと日本では見解が出ている様です。なので学校的なモノを作るのはどうかとG7等で話し合うとしていますが、特定の教育には特定の偏見が出てくるのではと懸念も出ています。特に歴史問題は根深いので歴史は抜きにした方がいいとの意見も・・・。」
「積み上げてきたものを捨てても新しい形に、ですか。焚きつけた様な所もありますが・・・。」
松田がどこまで読んでいるのか?いや、松田と言うより日本政府が、か。下手をすれば他の政府も噛んでいるのかもしれない。確かに国境が消えて行っている中で面倒なものと言えば過去の軋轢であったり思想の違いだったりするのだが、中国は歴史改竄と言うか不都合な歴史の解釈を変えようとしているし、ロシアは今回の件で注目の的になるので不用意に動けない。
そうなって来ると次に視線が行くのはゲート内。宇宙開発はするのだろうがそこにはまだ人はおらず、開発が遅れても問題となる事は少ない。その代わりゲート内には今を生きる人がいて生活があり14.、5年もすればそこで育った子達がスィーパーになる。当然ならない子も居るだろうが、ゲート外に憧れを持ち外に出て帰郷すれば間違いなくスィーパーだろう。
国境が機能しなくなるとは思っていたが、こうも早く問題が出てくるとはな・・・。確かに住める住めるとは思っていたが、それは生活基盤を作るのではなくどちらかと言えば余暇程度の感覚だったが、現実的に街は出来て人はいる。松田が引き留めてギルティタウンやら東京ギルドやらの話をしたのはこの為か。
普通ならその国の政府やら国連やらが主導するのだろうが、成り立ちを考えればそれは受け入れられない。なにせ外が嫌で居場所がなくて、声を上げても小さくて拾われなかった人達なのだから今更いい顔してももう遅い。そうなってくると世界的に新しく出来た組織で認知度と実績がありゲートに関わる組織、つまりギルドを矢面に押し出そうとするだろう。
ノウハウばら撒いたり視察を受け入れたり、追い出した各国の大使の件は政府に権利を返したし、なんならゲート内でスィーパーを育成したりと着々と地盤固めしていてた様だ。そして、俺としても流れ的に不自然な所はなく口を開いた部分もあるので止めづらい。
細き流れも大河となると言うがその大きな流れが出来てしまえば抗えないだろうし、十数年で浮き彫りになってくる問題にただ手をこまねいているのは悪手だ。何十年も建設が進まず計画が頓挫したダムとは理由が違うんだよ・・・。
まぁ、その辺りは政府主導で・・・。日本政府主導だと思想が偏るとか言われてゴタゴタしそうだが、何処かで誰かが主導しない事には話が前に進まない。やっべぇ・・・、ごった煮国家構想は確かに持っていたがそれを出す前から準備していた?前に増田と国を作るなら〜なんて話もしたし、そう言った言動を分析されれば思考は読める。
そして日本政府は覇権をいらないと言うだろうが、勝手に覇権にされる分には抗わないだろうな・・・。ギルドは政府の下でその不文律がある以上、逆説的に言えばギルドを掌握出来れば政府は自ずと上に立つ。そしてトップに据えやすい俺は権力に興味がない。ずっと胡散臭いと思っていたがやっぱり胡散臭い。ただまぁ、そういう風に動くなら動いてもらえばいいか。
「しかし、顔役やらリーダーやら村長がいないなら誰かに話を・・・、通す必要がないのか。何かをしたければ勝手にやればいいし、それが利益になると思えば人は勝手に集まる。高校無償化とかやってましたけど、外のノウハウも今ならここで生かせるか。」
「政治的な話に私は関わっていませんよ。ただ先ほど言われた様に何をするも自由ではあります。それこそ治験の為にいくら薬をばら撒いてデータを取ろうが、その結果副作用が出て怒り狂った人達に襲われようが自由です。そもそもこの街には悪どいと言う言葉はなく、あるのは自己責任のみですから。」
「その割には女性が1人でも出歩いたりしてるんですけどね。いや、今だと海外でも女性が夜間に1人で出歩くのはよくある事か。」
「スィーパーですからね。危ないのは子供だけ、でもその子供もスィーパーかもしれない。下手に誰かを襲えば返討にも会うし逮捕もされる。個人情報の価値はうなぎ上りですが、守るだけの価値がそこにあります。さて、話し込んでしまいましたが散策します?」
「してみましょうか。見どころとかってあります?」
「歩けばそれが見どころかもしれません。外とはかなり違いますから。」
そう言われて何も注文せずに立ち去るのは悪いとコーヒーを飲んで金貨を支払い歩き出す。ギルティタウンはキャッシュレスがない代わりに必ず金貨払い。外の紙幣は拒否されるらしい。まぁ、ここに住み着いて今更円やらドル貰っても仕方ないか。
歩いてみると軒先にベッドが置かれた店があったが、何の店かと思ったら外科らしい。確かにゲート内は無菌室いらずだがそこまで大っぴらに手術しなくてもいいだろう?カーテンが掛けられた所からは悲鳴が聞こえるが、数を熟しているらしいので割と治癒師としての腕はいいのだとか。
まぁ、医学知識がなくてもトライアンドエラーで治せるだろうし、その職が出るからには何らかの思いがある。適性と言う部分に頼り切りだろうと、出るからには自身で勉強もするだろうしな。ただ麻酔なしはかなり怖いしショック死とかしないのかな?
あるか不明だったが聞いたら宿屋もあるらしい。屋根がないのでパーテーションで区切られた様な感じらしいが、スイートルームだと屋根が付いたりするらしい。ここには色々な人が来るのでお試し感覚で滞在してから移住を決める人も一定数いる。そういう人達向けの商売らしいが、部屋の中には何もないとか。まぁ、人に見られないプライベートが確保されると思えばいいのか?屋根がないから声が聞こえる時もあるらしい。
寧ろ屋根がないから上空からの覗きが心配になる構造だが、見つかればガンナーに撃ち落とされる。事実、目の前に肩を押さえた血みれの男が落ちて来たのには驚いた。命を賭けてまで覗きなんてするものじゃないな。過剰防衛も通じないし、頭を撃たれなかっただけ優しさがある?
それを見ても誰も気き留めないか、回復薬を売りつけようとするか、或いは心配そうに見るに留まる。ここではこれも日常なのだろう。落ちて来た物にぶつからないかとも考えるが、頭上が死角で安全ではないと気にしていればぶつかる事もないか。




