654話 中々一筋縄ではいかない
「でも勝ち馬に乗りたい人は多いですよ?」
「その勝ち馬が何時まで勝つかは分かりませんよ?そもそも最初のスタンピード、それが発端と言えば発端でありそこから変わった。そうですね・・・、松田さんってジュースじゃんけんした事あります?」
「ジュースじゃんけん?買ったら奢ってもらえるやつですか?学生の頃は何度かやりましたよ?それがどうしました?」
「例えるなら政府とスィーパーがじゃんけんをするとして、松田さんはどちらかに賭けなければならないとする。その時どちらに賭けますか?」
「そうですね〜・・・、政府しかないですね。支持率の問題があるにしてもスィーパーも含め選ばれた政治家が議論して舵を取る。スィーパーはあくまで国民であり1有権者でしかない。まぁ、その1有権者が危ないと・・・。いえ、それでも政府ですね。そもそも政府は内政としてスィーパーとじゃんけんをする必要はありますけど、本来は他の政府を相手にじゃんけんをする。」
「良かった、そこでスィーパーといい出したら民主主義終了のお知らせが流れる所でした。スィーパー議員なんてのもいますがそれは置いておくとして、政府は人の意見を聞くと同時に無視する機構です。民主主義である限り少数の意見は切り捨てていいし、国は見ても個人が出しゃばって他の国とやらかさない限りは無視していい。
それに、勝ち馬の話に戻るなら日本は確かに今新進気鋭のサラブレッド並に勝っていますが、それは秋葉原で死んだり戦った方達のおかげですよ。被害は確かに大きかった。死亡率80%の戦場になんて誰も行きたくはない。しかし、その戦場は想定内の範囲であり覚悟した兵士が赴いたし、生き残った方達は再起を目指して働いた。だらそれを見たからこそスィーパーも増えゲートは運用され米国も国連ではなく日本に付いた。
仮にこれが想定範囲を飛び出し東京23区が焦土になっていたら米国は国連を頼って人を集めたでしょうし、日本も復興優先で人は出さないでしょう?何より政府はこう言いますよ。危ないから民間人は入るなとね。その時点で官民一体は頓挫して中位は兵士から誕生せずに戦力はどんどん削られる。」
勝ち馬と言うか、この身体で良かったと言うか。秋葉原の時点では扇動やらは知らんかったが、それでも秋葉原ゲートから人を退去させる事は出来た。その延長線で逆に知らずの内に鼓舞してゲートに人を放り込む事もあったかも知れない。人はその闘争本能を認められてゲートを設置された訳だが皆バーサーカーではダメだろうな。そうなると出る職もどんどん偏って行くだろうし。
『現在5-2通路付近。思ったよりも足の踏み場がないですね。重力のせいで物が乱雑に散らばってる。』
内部の斎藤から音声が飛んでくるが、確かにキョロキョロとする度に散らかった物が見える。宇宙で入った時は気にならなかったが本来は地上に下ろす物でもないし床面収納とかもあったのかな?確かに食料やら水は個人携行で済むのだろうが、マニュアル類となると全員に配布するか機材の近くに保管する事になる。
指輪は入れていれば思ったモノを出してくれるしアバウトでもスク水出した様にそれっぽい物に該当すれば出てくるが、パニックでも起こして出せなかったら事だし備え付けにしていたのだろう。
「後で返却と言う形でいいので指輪保管で構いませんよ斎藤博士。踏んで汚れたと難癖つける事はないでしょうけど、それも検証する材料なので持ち帰りをお願いします。」
『分かりました。内部電源は生きてるのはいいとして、中露側から何か新たな注意点はありました?なければ打音調査しながら進んでいきますけど。』
「今の所はないので計画通り燃料抜き取りからお願いします。」
松田からお願いされた斎藤はチューニングハンマーの様なモノを取り出し軽く壁を叩きながら進む。トンネルなんかでやる検査だが鍛冶師だと反響音とかで分かるのかな?元々強度不足と言う話もあったしボルトの緩みとか規格の違いも念頭においているのだろう。
そこそこ明るい通路と区画を斎藤が歩き落ちている物を指輪に収納しながらカーン・・・、カーン・・・、と音を響かせる。水平部分から入ったので普通に歩けるが降りるとなると250m近い垂直降下か。まぁ、スィーパーなら問題にならない高さだな。流石に飛び降りろとは言わないが、手が滑って途中から落ちとしても割とどうにかなる。しかし、構造そのものは単純な形で良かったな。これが大型宇宙戦艦とかだと部屋も多くて何かを探すにしても時間がかかる。
『垂直降下降下に入ります。下はエアロックがしまってるのに上はほとんど開いてるみたいですね。先に伝えますがブロック同士のドッキング部分にあるボルト、これのうち何本か違う物が使われてます。反響音だけなのでどんな物かは分かりませんけど多分柔らかい鉄を混ぜたのかな?』
「普通はアルミ合金でしたっけ?」
『そうですよ。アノダイズ処理されたアルミ合金が一般的ですけど重量軽減を目的として炭素繊維強化プラスチック等の素材に置き換える事も研究されてましたね。そもそもロケットブースターは途中で切り離す前提なので軽くて頑丈ならいいですし、実際に宇宙で運用する物は多層断熱材で宇宙線や温度変化に耐えられる事を優先しているので軽いんですよ。その点、この宇宙ステーションは思ったよりも重そうですね。』
「宇宙で建設したと言うか、宇宙に出す方法に制限がなくなったからじゃないですか?極端な話、素材をケチるなら鉛の筒でもいいわけですし。なにせスィーパーは宇宙線にも耐性がありますからね。」
最新と言っても少し古い鞭使いのインディー先生は鉛の冷蔵庫で核実験をしのいだ。普通なら蒸し焼きだろうがそこは主人公補正である。その鉛だが性質としてはX線やガンマ線などの電磁波に対して高い吸収能力を持っので重くなければ宇宙ステーションの素材にもなっただろう。まぁ、宇宙線と一口に言っても水やらガラス、プラスチックの方が遮断出来る事もあるのでなにか1つがいいと言うわけでもない。
『急ぐあまりに安価な素材、失敗しか見えませんね。』
斎藤がぶつくさ文句を言っているが、もしかして裏話を伝えられてない?それだと目の方は行かせない方がいいのかな?機材としては多分目新しくないし宇宙ステーションに望遠レンズが搭載されていてもおかしくない。問題となるのはデータの方だし・・・。
『構造としては面白そうなんですけどね。』
「面白そうですか?なにか発見がありましたか斎藤博士。」
『ブロック交換方式。ジョイントさえ付けられればどんどん大きく出来ますし、角度次第ではリング状にもキューブ型にも出来ますね。船外作業の精度次第では最終的には結合してコロニーにも出来ますよ。あえて言うならこのステーションはコロニーの種ですね。と、ここが燃料区画か。流石にここは頑丈に作ってある。』
タラップ作りながら降下していた斎藤が燃料区画と中国語とロシア語で書かれた床に降り立つ。何枚ものエアロックは開きっぱなしで戻らないと言っていたが、そもそも空気が少ないので仕方ないだろうし宇宙なら上下も考えなくていいが地球だと上下が決まるのでこうなるのか。
「開いて大丈夫なんですかね?」
『飛行ユニットもあるので落ちませんよ。それに、流石にこれ全てがタンクと言うわけでもないようですね。では!』
斎藤が職で穴を開けて中を覗くがカメラに映るのは4基の大型タンクに奥へ続く道。アレがケロシンタンクかな?CnHmと化学式が書かれてるので間違いはないと思う。ただ、この量が多いのか少ないのかは分からないな。
「アレの回収が第1段階ですよね?」
「その予定ですね。しかし、ステーション全体に燃料が循環しているので空容器を作ってから入れ替えとなりますよ。」
そんな話をしている間に斎藤は指輪からは材料を出してタンクを作る。そして、送水バルブを閉めてから空の容器と取り替えつつケロシン入のタンクを指輪へ収納していく。ステーションの大きさからしてタンクは10個くらいいるのかな?
『う〜ん・・・。』
「どうかしました?」
『ステーション全体に燃料を循環させているなら橘さんに何度か鑑定お願い出来ます?どこかでバルブが閉になって燃料が残っても事ですし、抜き取りはこのままするとして奥にある予備電源を確認ましょう。バッテリー方式なら残量も気になりますし、後から調査される方達も暗闇の中で調査するのは危ない。構いませんか?』
「いいですよ斎藤博士。聞き取り調査した限りでは危険でもないはずです。ついでに言うならその奥にはエレクトロン酸素発生装置があります。水箱を使用していたと聞いたので、最悪水没の恐れがありますが・・・。」
S・Y・Sでも水箱を使っているがアレもヤバい品である。宇宙空間なら逆さまにしても問題ないが地球だと水が出続ける。流石に密閉してあると思うが酸素足りないなんて言ってたから何が起こってるやら・・・。
『了解しました。少し穴を開けて浸水してくるなら閉じましょう。まぁ、その部分が破裂してないから大丈夫だとは思いますけど・・・。』
斎藤が身体を逃がしながら小さく穴を開け・・・、なにか飛び出した!って水か!中で高圧縮状態の水が水鉄砲の要領で飛び出してきたのか!穴を開けたのはど真ん中なので幸いタンクは無事だが・・・。
「斎藤さん大丈夫ですか!?」
『大丈夫です!ただ、あの水鉄砲の水がどこまで飛んだかは・・・。この区画は早急にパージするか中の水を抜きましょう。魔術師の方達やクロエさんもいるので可能ですよね?』
「可能ですけどやはり水没させても水は出続けてますね・・・。そう言えば松田さん、燃料区画の対岸ってなにがありましたっけ?」
「例の場所ですよ。内部に水が侵入したと連絡は来ていないので貫通はしてないのでしょうが、下手をすると機材やデータは損傷したかもしれませんね。」
トラップ・・・、とは言いづらい事をしてくれる。これも最初から発生装置に不具合があったと言う話や出した時に傾いたと言われれば判断しづらい。それに水圧で内部崩壊すれば機材はおじゃんである。
『内部圧力が分かりませんけど出した後に水が溜まったと言うには多い気もしますね。いや、一箱と考えるから相違が出るのか。でも、そんなに酸素を使う?規模としては確かに大型だけど・・・。』
「それよりも斎藤さん、その区画って斎藤さんのいる所かドッキング解除出来ます?場所的には架台とした土の中なので、そこで解除出来るなら横穴掘るだけで済みますけど。」
『穴を開けた感じ2重構造なので大丈夫です。ただ、予備電源も燃料もなくなるのでステーション自体がシステムダウンしてしまうかもしれません。』
「了解しました斎藤博士。一旦そのまま燃料の抜き取り作業を続行しておいて下さい。」
松田がそう言ってこちら側からのマイクを落とす。さてシステムダウンを起こしてデータは大丈夫なのか?答えを出すならランサムウェアやらファイル破壊型のウイルスが入っていれば立ち上げ時にデータは消える。多分その辺りも踏まえて燃料区画を設置したり予備電源室やらが水没してたりするのだろう。
「さて、外部電源の準備から始めましょうかね?そうすればパージも可能でしょうし、データも守られるでしょうから。」
「差し当たってクリスタルリアクターですか?2個あれば多分賄えるだけの電力は生み出せると思いますけど。いや、私が行ってきましょうか?」
流石に山盛り発電機で対応なんて言うナンセンスな事はしないだろうし、斎藤がリアクターを持ってなければ運ぶ人間がいる。それなら俺が入って電気を作りながらデータを洗えば済む話である。そこにNOを突き付けられたら大人しく見守るが・・・。
「迷いどころですね。行っていただけるなら早いですけど宇宙で宣言したでしょう?中国語もロシア語も話せて賢者ならデータをいじれると。つまり、クロエさんがステーション内に入ればデータをいじられたと逃げられる可能性もある。少なくとも外で見てるだけなら難癖付けられる材料は今の所まだないんですよ。拡大解釈して魔法使われたと叫んでも、世論からは証拠出せと言われますしね。なので、やるなら箱開けマラソンかリアクター持ちがいないかを探す方でお願いします。斎藤さん?クリスタルリアクター持ってませんか?あるならそれと接続してパージとしたいのですが。」
侵入はダメか。松田が回線を開いて斎藤と話すが、確かに斎藤がリアクターを持っていれば済む話だな。ラボにいるならリアクターの1つや2つ持ってそうなのでいいと言えばいいが・・・。
『生憎実験に使うからとラボに全部置いてきました。水を出す方面ならどうです?蛇口じゃないですが大きな穴を開ければ高圧水でもなくなりますよ。』
「それで配線切れません?壁の内部構造がわからないと大穴開けると回線ごとプチッと・・・。」
『そこは橘さんに鑑定して指示してもらいましょう。それでダメなら橘さんのパワードスーツを内部に入れてバラしてもいいですよ。』
「ふむ・・・、橘監査官に鑑定してもらいましょうかね。架台に埋まった部分なので多少時間がかかります。その間ケロシンの抜き取りをしつつ待機し下さい。」
『了解しました。』
松田が橘を迎えに行くと言うので俺はこの場で電話番しつつ箱開けマラソンか。第1段階と言いつつ中々面倒だ。しかし、見ているだけと言うのも久しぶりな気がする。なにかと現場に立つ事が多いし、個人としても現場とデスクワークなら現場を選ぶ。だが、他人が仕事をしてそのやり方を無理に変える気もない。
これが鬼気迫った状況なら考えるが、今はまだ何1つ鬼気迫ってないからな。




