641話 逃げ場はないぞ 挿絵あり
「宇宙どうだった?風邪とか引いてない?」
「その前にご飯が少なくてお腹減ってないかですよお母さん!」
「腹も病気も大丈夫だが・・・、ソフィアはそのTシャツ本気か?外出着じゃなくで部屋着だよな?」
「可愛いですよ?非売品で欲しい人は喉から手が出るくらい欲しいみたいです。ビンテージならぬプレミアムTシャツでござる。」
出迎えてくれて部屋に入ったのはいい。妻も娘も元気そうなのもいい。しかしソフィアよ・・・、中学生でアニメプリントTシャツはどうなんだ?市井ちゃんがバンっとプリントされたTシャツはソフィアの胸により頬を引っ張られた様に横に伸びているが・・・。2ndシーズンやるとか劇場版作るとか集客は見込めるのだろうが、制作陣が毎回グッズを送ってきてくれるのは如何なものか。
対外的にも公にも市井ちゃんは似ていても俺ではなく別キャラクター。いやね・・・、そうしとかないとR-18的な物を作る時に下手すると全部クロエ=ファーストをもじった様な名前で容姿のキャラクターがわんさか出てくる羽目になる。肖像権と著作権、両方から攻めるならこう言う手法で先手を打って潰す方向になるが、個人的な話をするなら全て阻止は不可能なので定額使用でも・・・。
藤曰く盆と正月には大量に薄い本に市井ちゃんはいたと言うし、出した個人やサークルは絵の技量が低いと見向きもされないと言う悲しみを背負ったらしい。まぁ、大会の物販でもフィギュア売られてたしぬいぐるみも売られているので諦めるしかない。実際アニメを作ったら後は売るパイの取り合いではなく分杯に入り、どんどん範囲拡大してキャラクターが歩き回りお金を産んで集めて来てくれる。
だってそうだろう?例えば靴下にキャラクタープリントする。メガネを何々モチーフとして作る。魔法の杖を模したイヤリングやネックレスなんかのアクセサリーを作る、鞄を服を街興しを・・・、と。最近では俺の吸う銘柄のタバコの箱にもプリントしようなんて話が来たが、流石に子供の吸えない物にはやめろと返した。
「着たら価値が下がるとか言いそうだけどTシャツは分からないな。まぁ、気に入って着るならいいのか?どう思う莉菜。」
「司は黒ばっかりとか無地っぽいの好きで着るけど割と普通よ?救護室に運ばれてきた人が着てる事もあるし、未だにゴシックドレスを着た魔術師は大勢いるし、赤いカラーコンタクトは今も品薄状態よ?」
「下火になればいいものを・・・。最近私ってスーツとかがメインでそのイメージがついたり・・・。」
「宇宙服はドレスでしたよ?」
娘の容赦ない一言が俺の心を打ち砕く・・・。まぁ、諦めは肝心で制服効果の話もしたので着たい人は着ればいい。と、言うか最近テレビでファッション特集をやる時は漠然とトレンドの話をするよりも、噂のスィーパーのコーデを紹介したりする事が多い。割と地域密着の放送も増えたしグルメリポートも毎回東京近郊の地方からすればいつ行くんだよ?的な話は減りどこどこ県から中継でと言うモノが増えた。
スィーパーの機動力的には走れば割と何処へでも行けるし、ミニマムな情報よりは広い範囲の情報の方がウケるのだろう。ただ、若手芸人がチャリで来たならぬ走って来たと長距離を走らされている様な・・・。懐かしの芸能人運動会はスィーパーである事を加味してかオリンピック種目やらせて過去の記録を塗り替えてるし・・・。
「アレは戦闘服だからいいの。ファッションで着てるわけじゃない。」
「そう言えば遥も明日には種子島に来るらしいわよ?宇宙服見たりS・Y・S内部で作業するって言ってたわ。」
「久々に遥にも会うな。東京で仕事してるし仕方ないと言えば仕方ないけど。」
「色々大変みたいよ?ラボに入り浸ったりお願いされてオーダーメイドで服作ったりファッションショーに呼ばれたり、生徒だった子からの悩みを聞いたり。」
「確かにテレビでもよく名前が出るしなぁ・・・。」
「お姉様コーデは今からでも楽しみですね。ここに泊まるから明日してくれるって言ってました。」
「戻ったなぁ〜。」
那由多も揃えば家族集合となるが仕事だから仕方ないか。盆には帰るだろうしその時にでも話すなら話せばいい。そんな話をしながら家族と飯食ったりしながら過ごし、夜は妻と仲良くした明くる日。妻とソフィアは今日までこちらで過ごしフェリエットは仕事として俺と残る。
宇宙ステーション取り出しに付いては中国政府が嫌々ながらも折れたと言うのが大きいだろう。大元は中国宇宙ステーション天宮を中露共同で改造して増築した物で、ロシア政府は自らが増築した分しか中身を知らないし、中国指定の立入禁止区画については我々は知らないし自国の増築箇所で見られて困るモノはないと言い放ったらしい。
中国としては共同で技術漏洩するからとごねる予定だったのかもしれないが、梯子を外されて1人でゴネれば更に疑惑の目が向けられると折れたのだろう。ただここで折れる辺り中身は期待薄かな?仮にブラックホール・エンジンの設計図を盗み見て作っていたと言うなら、更なる関係悪化を危惧して最悪暗殺騒ぎになったかも知れないがそんな話は聞いていない。
最後のチャンスとしては指輪からの取り出し現場で宇宙ステーション収容者を暗殺する事だが、流石にその場で騒ぎを起こすのは余りにも浅はか過ぎる。なにせそこで騒ぎを起こせば誰が得をするのかは明確で言い方は悪いが、ロシアがコウモリ外交する気でいても取り出し場は踏み絵会場である。
そこで心象を悪くした場合、次に信じてくれやら仲良くしようと言われた所でどの国も見向きもしないだろう。今動くとすれば・・・、あちら側についた国とか?それをするにしてもメリットはほぼない。少なくとも中国が飛行ユニットを完成させて実用化していればカードになり得たかもしれないが、そのカードも微妙で作り方は各国共に知っている。色々と想定するが詰みだろうな。
流石に世論操作しようとして親が死にそうだから返せと言う話しを叫んだとしても、その親を連れてくると言う話で決着がつく。病気に事故、即死でなければどうにかなるし寿命と言うなら今更言うのは遅い。それに、最近の老人は立つ鳥跡を濁さずと言う様に死ぬ時はぽっくり逝くんだよね。
「おはよ貴方。シャワー浴びる?」
「ぼちぼち浴びようかな。ソフィアとフェリエットは?」
「隣の部屋に泊まってたけどもう朝食食べに行ったわよ。下で合流するから浴びるなら早めにね。」
「ならさっさと浴びるか。」
妻は既に身支度出来ていたが俺は今寝起き(仮)魔女と賢者は妻にも伝えたが、色々考えた末に勝手に表に出で言いふらす様な事がなければ、それも含めて俺と言う風に見る事とした様だ。中々難しい話で多重人格者と言えなくもないのだが、少なくとも変わろうと思わない限り魔女達は表に出ないし、モンスターを倒す時以外は出たいとも思わないらしい。
まぁ、アレだよな。RPGやってて主人公のストーリーを楽しんでいるのに急にプレイヤーが主人公になる的な?しかも、そのプレイヤーにはお目付け役と言う名の横から口を出すやつがいると。面白くないわけではないのだろうが、飛び飛びで主人公やらされてもねぇ。懐かしゲームなら『街』と言うノベルゲームがあるが、面白い反面多くの主人公を同時進行で進めないといけないので時間が開くとストーリーを忘れてしまう。
「スクランブルエッグとウィンナーはいい物だなぁ〜。ホテル飯は食べ放題だからいっぱい食べるなぁ〜。」
「焼き魚も美味しいです!そして納豆とオクラのネバネバが・・・。」
「ソフィア激し過ぎだよ。」
「お姉様、魯山人先生が誰かは知りませんが納豆はかき混ぜればかき混ぜるだけいいのです!」
ソフィアが豪快にオクラ納豆をかき混ぜて食べているが、変な所で日本人化してるな。キムチなら臭いを好まないので多少距離を取るが幸いないので良しとしよう。そんな中朝コチラに到着した遥は結構上機嫌に見える。ソフィアを着せ替え人形にでもしたのだろう。
同じホテルにはS・Y・Sクルーも泊まっているので結構見られるが、誰にしても面は割れているので今更かな?妻とソフィアは動画配信に登場したし、フェリエットに関しては獣人憲章の件で各メディアに露出している。久しぶりに家族といるので頬が緩むな。
「橘、アレが尊いと言うモノか・・・。」
「独身同士家族の尊さについて語ります?」
「お前にはフェムがいるだろウ?」
「そう言うエマさんは米軍は家族でしょう?」
「可愛さも柔らかさも香りも美しさも違ウ。」
「2人共何話してんの?朝食は食べた?」
「家族の団欒を邪魔するほど無粋じゃないですよ。先に打ち合わせしながら取たところです。仕事の話になるので後からしましょうか。」
「分かりました。でもどうせフェリエットは橘さんと行動して私はエマと遥とでしょう?遥から聞きましたけどさっさと魔術師集めて宇宙ステーションださせて逃げ道を塞ぐと。その過程で引火とかの難癖つけられない為に魔法糸で天幕作ったりする作業になるとね。」
ついでに言えば魔術師:土も集めて架台を作るそうだ。調査の進捗次第では日数もかかるし内部侵入すれば当然水も入る。優先的に燃料抽出を行い爆破の恐れのない状態で内部調査、これが出た結論でその過程で水がレンズの役割をして引火したとか、燃料の混ざった水の中に人を入れるのか何ていう批判を回避する為に架台の設置案も出された。
遥が呼ばれたのはその天幕を作る為で最悪を想定するなら爆破となるので、周囲への被害を減らす為の防爆用としても使われる。寧ろ橘の方が楽なんじゃない?監視は必要としてもフェリエットもいるので指輪から指輪へモノが行き来していれば分かるし、そうでなくとも警察と自衛隊が監視しているので何かを取り出せばバレる。
「昨日までが私とフェリエットさんの大変な時間でしたからね。宇宙ステーションは出せないにしても他の物品、取り分け自殺に使えそうな物は全て出させた。流石に現段階で殺人が起これば、それは国家陰謀論を加速させる。と、すいません配慮に欠けました。」
ソフィアの顔が曇っているのを感じたのか橘が謝罪する。人の死は今の世の中軽い。それは偉いとか貧困とか関係なくスィーパーとしてのもので、人気俳優がスィーパーとしてゲートに入りそのまま亡くなる事もあるし、身近で言えば大学生が入って出て来ない事もある。メディアとしての報道も売れてる芸能人はされるが、簡潔に何々氏がゲートに入り行方不明と言うだけ。警察としては事件性を調べはしても、分かるのは借金のあるなしなんかでソロならモンスターに殺されたと言う結論を出すしかない。
誰も死にに・・・。いや、語弊がある。自殺しにゲートに入る奴は確かにいる。ただ、そんな奴ほど普段通りの姿で原因が分からない。その代わり自殺するする詐欺の奴はゲートに近寄らないな。だって死にたいんじゃなくて構って欲しくて言い分を聞いて欲しいだけなのだから。
「うちの旦那様が済まないわね。それと訂正なさい?私は旦那様の家族よ?」
「お父さん、橘さんは危ない人です・・・?」
「何を愛するかはその人次第。ほら、サイボーグだから同族恋愛と言えるし・・・。」
「米国でも橘サイボーグ論はなくならないナ。存分に愛を育めヨ?」
聞き耳を立てていた周囲の誰かから拍手が起こる。それは祝福か或いは新たな家族の形を祝うものか・・・。なんにせよ俺は橘によってファーストと呼ばれる様になったし、橘は俺によりサイボーグと呼ばれる様になった。正にお互い様である。




