635話 とある部屋にて
大遅刻申し訳ない
ブラックホール・エンジンの件でガチギレするのは多分日本だけである。事象の地平線動力を研究するとして、設計図ではなく人の手で作り積み上げてきた物を宇宙で実験するとした時にどう文句を付けるのか?精査したい部分は設計図が流出してそれを作ろうとしていたか否かで、要は内部犯がいたかどうかとスパイに対する情報収集能力の再確認。
流石に厳重保管されているはずの設計図の話が流出したとあっては国としても見逃せないだろう。流石にどこで手に入れたかは聞かれないが米国スタンピードで日本はスタンピード時の箱を持ち去っている。S・Y・Sから下手に中国側に連絡してNASAにその話を聞かれるのも不味いし、俺が中露宇宙ステーションを早期に見させろ言い出していると気付かれるのよろしくない。
まぁ、リュウが命令がない以上出さないと言うなら地球で出させればいいし、そこで俺だけではなく米国や他の国の調査団からも調べられるのを良しとするなら構わない。増田には悪いが素知らぬふりして地球で宇宙ステーションを確認してもらおう。
「リュウに食い下がらなくて良かったんですか?」
「命令で動くのは軍人として自然で、私はその命令を持ってこれない。なら諦めて地球で精査してもらうしかないでしょう?」
「それが不味いから話を出したんじゃないですか?」
藤の嫁とすれ違ったから橘の監視は終了したのだろう。後ろから走って追いかけて来て橘が口を開いたが、リー達の件も国に聞かれたくない話ではあるが、それはまだ我儘を控えれば現状維持のままでいいし貸しも適当な額の労働報酬でもいい。
一応ね、貨幣の価値はあるのだがそれに対して誰がどう納得する?と言う部分が結構危うい事になってるのよね・・・。例えばスィーパー初心者が余った武器を売ると言うのと、ベテランが余った武器を売ると言うのはかなり温度差がある。オークションで見ても例えば分解ロッドは安くなっているが人気商品は高止まりしてるし、今は希少品の部類の個体成長薬は出始めた当初は高くても500万くらいだったの今では倍以上するし、市場から更に減ればどんどん値上がりしていく。
獣人としてはかなりの数いるので滅ぶ種ではないと大半の学者は言っているが、それでも自らのペットを獣人化させたい人は未だに多い。日本ギルドはあくまでオークションの仲介やスィーパーと雇用者のマッチングはしてもヤバい品でもない限り買取はしない。まぁ、スィーパーが在庫を抱えるのは問題ない。経済活動で何かがダブついてくるのは仕方ないし。
「橘さんはブラックホール・エンジンの話を米国スタンピード前に聞かされたでしょう?中露宇宙ステーションではそれを研究していた可能性がある。」
「まさか日本からその話が漏れたと?」
「不明です。ブラックホール・エンジン、或いは縮退炉の研究と言うのは設計図が出る前からされている。現物を見ない限り私としてはどうこう言えないし、人の手で人が考えた理論を立証しようとしているなら文句は言えない。まぁ、危険性を考えると批判は免れないでしょうね。不備が起こる前提で増設した宇宙ステーションでそんな危ない研究もしていたし、やるなと結論の出た他の宇宙人への呼びかけもやった。ここで出していれば適当な理由で有耶無耶にしてゲートに放り込む事も出来ましたが、拒否されたなら仕方ない。」
「込み入った話ですね・・・、空き部屋で話しましょう。」
そう言う橘に連れられて空き部屋へ。伽藍とした部屋なので適当に机と椅子を出す。割とS・Y・Sにはこんな空き部屋があるんだよな。収納スペースと言う訳では無いが何時でも新しい研究者を迎え入れられる様にとそうしているらしい。
「中露側にS・Y・SからJAXA経由で連絡を取ればNASAにも聞かれるから命令が取れないのは分かりますけど、それって大丈夫ですか?下手すると中国が更に孤立していきますが。」
「そう言われても困りますよ。流石に中国側に私の知り合いはいないし正式に依頼を出すなら日本政府から中国政府にでしょう?それをせずに私に話を投げると言う事は、秘密裏にやれと言っている様なものです。そして、やるのは調査なので何もかも白日の元に晒すなら地球でいい。」
流石に燃料系統の爆発を懸念するならおいそれとは出せないが、逆を言えば準備出来るまでが最後の猶予。エラーの起こった宇宙ステーションをまるっと検分出来るのだから見たがる国は多い。だからこそ国際法や調査団なんて話をしたのだが・・・。そもそも命令がないと動けない、なら命令貰うから通信システム使わせろ。前後逆と言えばそれまでだがS・Y・S経由で何でもしようとするなよ。確かにJAXAとNASAが噛む以上今の中国側としては否とは言いづらいだろうが、それでも折れないなら俺はもう知らん。
「NASAは噛ませたくないですからね。噂では外務省を通じて大会時に渡した設計図の開発進捗状況を聞いてくる事もあれば、共同開発するとして研究者を互いに、送り合う事も多い。そうでなくとも民間レベルでの協力体制も進んでいる。そこに水を差すのは色々と不味い。」
「ええ。国と言う人の集まりなので一枚岩でもなければ隠し事はあると考えるのが普通ですが、それに目をつぶってでも協力する時ですよ。だからこそ、米国での箱の件については何も言ってこない。そんな状況で特定の何かを欲しがって、或いは調べさせろと言う情報が漏れるのは不味い。」
「だから宇宙で出せですか。重要部分さえ確認出来れば最悪、地球では獣人に口止めしてその部分を明るみに出さなくて済む。統合基地で何か指示を受けたんでしょうが、その時に中国側の意思を政府は確認してなかったんですか?」
「貰った手紙によると出来れば内々で処理したい感じですよ?漁夫の利と言う訳では無いですが政府としても設計図の内容が本格的に流出したと言う確証はない。しかし、それでもこのタイミングやるなら、ね。」
「私としては今傾くと不味い気もしますけどね。大国であるが故に下手に傾くと文字通り人が流出する。その中で勝手に来るであろうスィーパー達が目を向けるのは近くの国々でしょう?簡単に潰れる程ヤワではないと思いますが、それでも地続きの国はその国と言う枠組みがシェンゲン協定により曖昧になりつつある。」
「世相でしょう。ローマは一日にして成らず、しかしそのローマ帝国も新時代には潰れたし太陽の沈まぬ国と言われたスペイン帝国や大英帝国も国土は減った。時代が動く時にどう生き残るかを考えると協力者を得て良好な関係を続けて共栄するのがいい。まぁ、ロシア側は折れてるみたいですけどね。」
どんな時代、どんな体制、どんな思想があろうとも国と言うモノは潰れる時は潰れるし潰すのは人である。それは戦で潰れる時もあれば、国と言う形に限界が来て自然分解する事もある。ゲート出現以降、色々と変わって来ているし他の国でも政府と民間との距離は確実に縮まり仲良し小好しではないが、協力体制を取る形が増えギルド設立案を日本から持って行った国は政治家が威張る風潮も少なくなったらしい。
そんな中でどこまで国民を統制していけるのか?悪いが魔術師:雷なんて言う爆弾もいるし鑑定師なんて言う暴き屋もいる。苛められっ子はいなくなり上は永遠を目指し国民は何を求めるのだろうか?全員が全員永遠を生きたとして、そこに自由がなければつまらんだろう。




