628話 ゲート突入 挿絵あり
行けと言われれば当初の予定なのでゲートに入る。我儘とかではなくやらないと不味いと言う面もあるし、崇高な使命と言うものはないがS・Y・Sの完成から考えていた通り、人の生活圏を広げる大きな足掛かりとなるだろう。
旧式、スペースシャトルでの打ち上げとゲート使用による開発では宇宙開発の速度が目に見えて変わり、取り分け進出速度と言うものが変わる。元来なら宇宙飛行士の育成から始まり限りある物資の運用やトラブル対応、建造費用や人員の選定にシャトルそのモノの開発や打ち上げの計画遅れまで考えられるが、一度宇宙でのゲート運用が証明されれば遅い早いと言うものはあるかもしれないが、宇宙ステーションの建設も様変わりして地球で作ったものを受け渡して宇宙で出すだけで済む。
平たく言えばスペースシャトルを作ると言う部分をまるっと飛び越して最初から宇宙ステーションないし、宇宙基地の建設に注力し当初の名の通りS・Y・Sを宇宙エレベーターとして運用すればいい。その為にS・Y・Sには居住区や畜産等の継続生活可能な施設が早い段階から作られて検証されているのだし。
「歴史が動く時カ。不具合なくゲートが使用出来れば宇宙開発の大きな進展となリ、残された問題点は人の輸送だけとなるがそれも飛行ユニットの開発が進めば大きな問題とはならなくなるナ。米国を出る前にNASAから聞かされた話だト、私が使う付属ユニットのデータが揃えば小型輸送機の開発にも着手するそうダ。」
「小型輸送機?飛行ユニットの節約のため?」
「いヤ、出土品であるフライボードの耐荷重は未知な部分が多イ。小型、例えばタバコの箱サイズでもトン単位で物を載せても沈まずに載せた物がめり込む事もあれバ、逆に大型車のタイヤほどの大きさがあるのに200kg程度で不時着する物もあル。鑑定師に依頼すれば大まかな耐荷重は分かるのだがナ。その点NASAとラボでデータのやりとりをしているガ、飛行ユニット1基辺りの耐荷重は概ね均一で大きさは考慮されなイ。ただ最初に作ったラボのチーム曰ク、作り手のイメージ次第では性能差が出る事もあるそうダ。」
「それは聞きいてる。割と面白かったのは橘さんみたいに使いこなせる鑑定師はフルパワーでリミッター無視とかも出来るとか。」
「私のパワードスーツは装備庁の開発品でラボでもメンテ出来ますけど、基本的には装備庁持ち込みですね。まぁ、フェムがいて準複座式でもあるのでラボとの共同開発と言う部分もありますが。割と変遷は激しいんですよ?前は肩車式、今は背中におんぶ式その前はフェムが『私が盾なのだから前にしなさい』とも言って首から吊下式とか。流石に髪が邪魔になるので没になりましたが・・・。」
「パワードスーツ内でもイチャイチャしてますね。大型化してもそのままなんですか?」
「基本的には更に追加パーツを付ける感じなんで、多少のゆとりや制御系への接続はありますけどね。」
「手塩にかけたエンゲージドールでござるからな。どんどん高性能になっていっているでござるよ?最近では佐沼殿とアンドロイド開発もしている故、動きもどんどん人に近くなっていっているでござるし。」
「そのうちそのエンゲージドールとやらの反乱なんて事はないよナ?フェムは自律でパワードスーツを稼働させられル。大量に攻めてこられれば対処は出来ても面倒ダ。」
「作り方次第でござるが今の所その様な事はござらんよ。あくまで第二の身体を得た本人でござるし、何より拙者のやり方だと破壊方面は思い浮かばん。仮にあるとするなら自分自身を肯定する方でござろうか?なにせエンゲージドールは主人格の保存と保護を目的としておるし。まぁ、拙者としても何処まで乖離していくかは分からぬが。」
台湾が作った思考ダイブトレースシステムが完成すればフェムみたいなのと言うか、年食って寝たきりでも自由に動く身体が手に入るのかな?まぁ、若返りもあるし不老も不死も薬でどうにかなる。なりはするがそれを飲まなければ人は老いるので、健康でも動けなくなる人はいる。そんな時に第二の身体としては良いのかもしれないし、その先がフェムとかなのだろうか?似て非なる者だがどうなのだろう?
「話し込んでしまったけど実験開始時間は?私としては準備する物もないけど。」
「今の所日本時間で朝10時頃から準備でき次第とされておるな。S・Y・S内は何時でも同じ様な感じでござるが今の日本は深夜でござるよ。拙者も深夜アニメを見ていなければ見逃しておったし、文面的には10時以降の準備が出来た時間に報告してからとある。」
「S・Y・Sの中は夜ふかしな人が多いからなぁ・・・。」
本当にいつ寝てるの?と言う人は多いし俺もその一人である。やはり定期消灯システムとかお願いした方がいいのだろうか?地球にいるなら日没=夜なので適当な時間で寝ると出来るのだが、部屋に戻り電気消さないとずっと明るい所にいるので狂う。更に悪い事にエナドリやら回復薬やらを健康であろうとする為に飲むので疲れもない。往年の企業戦士も真っ青な勤務状態だな・・・。まぁ、寝たければ好きな時に寝てもいいのだが・・・。
「昼夜がないと仕方なイ。定期的に休む様にはしているが地球に戻れば狂った感覚を治すのに大変そうダ。」
そんな話をして一旦解散し部屋へ。撮影したし映像はカット部分をカットしてもらい送ってもらった。S・Y・S内の時計は日本時間を基準としているので目覚ましをセットするにしても楽でいい。学者なんかは実験スタート=0時間としている様で気温や湿度なんかも考慮しなくていいので経過時間のみ考える為、時計なんかを見る癖が抜けていっているのだとか。まぁ、今の時間が真実を映し出しているので仕方ないと言えば仕方ない。
そんな事を考えながら目を閉じて、変わらない身体を休める感覚を感じつつ毛布に包まればもう起きる時間である。妻には今日ゲートに入ると連絡して『気を付けてね』と言う返事ももらった。どうでもいいが二度寝したいと言う欲求は人らしい物のだろう。そこまで理解しているかは知らないが、ソーツには人の在り方と言うモノも渡してるしな。
ゲート前に行くとリュウ達を除く殆どの搭乗者が集まっている様だ。その背後のゲートは変わらずそこにあり、スタンピードを知らせる光も灯っていない。状況としてはお見送りなんだろうがあまり意気込まれても拍子抜けしそうだ。
「皆さんわざわざお見送りありがとうございます。入っても何もないとは思いますが・・・。」
「ない方が喜ばしいんですよ。あればあったで探しに行く手間が増える。ゲートに入る人員については様々な議論が交わされましたが・・・。」
「ファーストレディですからね、最初に入らないと。思えば初めてゲートに入ってそこから始まったんです。なら、新たな始まりも一歩を最初に踏み出させてもらいましょう。」
「1番生き残る確率が高ク、最悪を想定しても帰って来る確証のある人材。兵士として喜ばしク、しかし失うリスクは大きいのだがナ。」
「不死薬は高いけど、それ飲んだ人で軍隊を作ったら悲劇を通り越して喜劇だよ。終わりがないと言う事は何度でも立ち向かえると言う事だけど、裏を返せば逃げ続けられると言う事でもあるからね。それに、誰かに従う理由もなくなる。」
血を吸われて吸った主人に逆らえない吸血鬼の話なら分かる。でも、何の制約もない不死の存在が誰かに従う理由はあるのだろうか?俺は妻の夫である為に我儘を言うかもしれないが、その妻がいる世界を壊したい訳ではない。平穏無事が一番だな。
薄氷の上に立つ様に危なげな事はしなくていい。遠くに行こうとも戻る場所は分かっている。だからこそ何があろうと帰って来るし、入るのはゲートで見知らぬ宇宙船ではない。
「記録映像お願いしますね。内容的には面白くて退屈じゃないものが1番ですけど、それを差し引いても歴史的な映像となります。目的地はゲート内セーフスペースの日本統合基地。あちらでは到着したらお祝いをするようですよ?退出ゲートを使えば直ぐにコチラに戻ってこれるのでゆっくりしてきた下さい。あっ!コレはアチラで渡す各種データです。ラベリングして小分けにしているので分かると思います。」
「分かりました山口さん。鼻歌でも歌って暇な映像に花を添えましょう。」
「コレがカメラになるでござる。首輪型でござるが連続使用可能で撮影時間は半月程までに延びているそうでごさる。」
「ありがとう、変更点はなさそうかな?常識モニタリングを?」
「ここと地球の共同で行うとしているでござる。GPS等も仕込んであるでござるが、ゲート内に入れば動かないでござるから一応でござろう。また、通信途絶した場合は出来る限り早く連絡手段を探して欲しいそうでござる。」
「分かった。でも途絶しても2、3日は最低でも様子見てね。じゃあまぁ行ってくる。」
見送られながらゲートに入る。一瞬の浮遊感はいつも通りで次の瞬間には薄暗い夕月夜の様なゲート内セーフスペース。相変わらず木はねじくれて変な形だし、草も不気味で人の感性とはかけ離れている。
「さてと、スマホは使えるのかな?地球にいた時はゲート内でも使えたしS・Y・Sでも藤君や斎藤さん達のおかげで使えたけど・・・。」
残念な事に圏外か。モニタリングしていると言っていたが、コレだと映像も途絶している?何にせよさっさと馬を捕まえて基地を目指そう。スマホ運転ならぬスマホ乗馬となるが、早めに通信可能エリアにでも入らないと捜索隊とか作られそうだし・・・。最悪ゲートが見つかれば次の退出ゲートがある所までスキップして進めばいいか。脱出アイテムは最後の手段としたいし。取り敢えず首輪カメラを外して覗き込み口を開く。
「記録として、私はクロエ=ファースト。S・Y・S内ゲートより6階層セーフスペースへ侵入。現在は日本時間で10時10分。目標を日本統合基地と定め馬を捕獲後移動する。周囲の状況としては変化は見られず、スマホを確認したが圏外だった。モニタリングしている映像が映っているかは分からない。音声が届いているかも分からない。仮に静止映像がコマ送りで届いているなら読唇して欲しい。私は無事で危険は今な所ない。」
話し終えて周囲を見ると真ん中の目が何時もより見開いている様な三つ目の馬が来た。探すのに手間取るとかあるのだろうか?この馬も何処から来て何処に帰っているのかも分からない奴だし。今でこそ普通に食ってるが、コレもやはり謎存在だよな。まぁ、旨味があるから腹が減ったら食うけどさ。
さっさと馬に飛び乗り統合基地をイメージする。誠に遺憾ながら自身の写真が旗にされてデカデカと飾られているし、その旗の写真を撮影している姿も思い描ける。
「ハイヨー!シルバー!いざゆかん統合基地へ!」
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「暇だな。」
「言うなよリュウ。おっ!俺は早退するぞ?」
「待て逃げるな赤パン野郎!早退する前にパンを焼け。」
軟禁・・・、と言うほどの拘束はない。確かに監視の目はあるが食事も風呂も睡眠も自由で娯楽として色々なカードゲームも渡されている。欲を言えば麻雀が欲しいが、流石にそれを要求する気はない。
不調を来した同胞も既に戻り我々の任務は成功したとしていいだろう。俺は別に不死を望まないが、望んでそれを飲んだ者からすれば当然次の段階へと進もうとする。その望みがS・Y・S。
日本よりも更に多くのゲートを抱え、いつ起きるとも分からないスタンピードや不満の爆発は脅威で、死の恐怖からは解放されたが同時に死ねない恐怖を抱いたらしい。ファーストの様に強く美しいならそんな恐怖を感じないのかもしれないが、極々一般的な下位のスィーパーで回りも同等の力を持つ、或いはそれ以上の力ある者に囲まれ襲われればいつ晴れるとも分からない恨みで苦痛を味わい続ける事になる。
安寧を欲して考えればゲート内に隠れると言う手段も取れるのだろうが、風化してしまえば忘れ去られ誰とも分からない者になり果てる。だからこそ俺はここに入り込み生活してこいとも言われた。
S・Y・Sの内部は資料映像はあるものの未知の世界で、快適なのか否かが気になったのだろう。俺の私見から言わせてもらえばここは快適で従来の宇宙ステーションとは全く違う。俺達がいた宇宙ステーションを牢屋だとするなら、ここは街だろうか?着る物も自由で食べ物は今は支給されているが、宇宙食なんかではなく普通の食事。
風呂もトイレも制約はなく使えるし、無重力と言う自由の呪は届かない。宇宙ステーションでは大変だった・・・。元々あった物を改修したが宇宙服がパワードスーツ形式に変わり広げた通路も手狭でぶつかれば反発する。しかし、パワードスーツは誰も脱がない。なにせ廃棄予定と言われていたのだから、いつ壊れるかも分からない。
「それとも手札が悪いか?見せてみろ。」
(・・・、ファーストがゲートに入った様だ。)
「早退だ早退。ほら、いくらだ?負けは金貨を支払うんだろ?」
(出して集積したパワードスーツからのモールス信号か?古典的だが信号を読めなければ点滅にしか見えん。)
「まだ負けてない。俺の魔法カードはかなりいいぞ?」
(我が国独自の信号で中身は教えん。飛行ユニットの運用データが欲しいそうだが・・・、無理やりではなく合法的に持って来いだと?バカを言う。)
「サイコロを何回ひっくり返す気だよ。」
(飛行ユニット・・・、確か動力とか言う物が作れるかもしれないんだったか?)
「何回でも回してやる。数も指定してやる。先ずはチョココロネから・・・。」
(詳しくは知らん。ただJAXAはソレが作りたいらしく、過去の友人はそう言った設計図があると仄めかした。まぁ、関係は崩れ今は縁を切っているらしいが・・・。)




