621話　月面到着　挿絵あり

「お疲れ様〜。橘さん達はもう出た？」

　エマに小粋なブラックジョークを言った後はそのままコントロールルームへ。藤と山口、後数人が橘達をモニタリングしている。画面越しの2人は既にパワードスーツを着ているが無重力区画にまだいるので今から出るのかな？

「今から出るでござるよ。単一カメラじゃなく様々な角度から撮影して記録として残す予定でござるな。」

「リアルタイムで地上にも流すんですよね？」

「そうですよ！今まではサンプルが少なかったですけど今回から大量のサンプルが回収できますね。隕石に土に生命の痕跡っぽい物から果ては新たな元素。新たなステージに突入した以上、知的欲情は留まる所を知らず知る事を止める手立てはありません。クロエさんも分かるんじゃないですか？本を読み新たな知識を得る事は興奮するし、知識に対する欲求と言うのは3大欲求に繋がると。」

　山口が吠えているが知的欲情と言う辺り性欲の一部なんじゃ・・・。なんにせよ一歩を踏み出すと言うのは発展に繋がるしそれに欲情出来るなら身体も動く。なにに興奮するかは人それぞれで同性婚OK法律を出した日本としては何に欲情してどう言った結婚をしようと大きな話の中ではOKである。

　少なくとも俺は男に靡く気はないが男が俺に靡いてくるのを止める事は出来ないし、その筆頭の青山が内情を知らずに前は俺と結婚して子供と叫んでいたので下手に否定しても肯定しても割を食う。まぁ、この身体の性能的に偶像化するのは止められないし、偶像化してしまえば男はそれの対象と見てしまう。

「欲情は別として知る事は楽しいとしましょう。流石にもうトラブルと宇宙人との邂逅はないと思いますけどね。」

『今から月に行くのに何の話をしているんですか！何の！？通信自体は常時OPENなんですからね！』

『クロエの欲情・・・、今度本を贈るとしよウ。探せば初版聖書でも見つかるだろウ。世界に広まるファンタジー本の初版はそそるだろウ？』

「気にしたら負けですよ。そして貴重な本を持ってこようとしない。まぁ、あるなら読んでみたいですけどね。」

「負けでござるな。月面までS・Y・Sからの飛行時間として数時間、ただし飛行ユニットの使用速度自体で変わってくるでござる。出されたオーダー的には短縮も可能でござるがどうするでござるか？橘殿にエマ殿。」

『両者の性能的にかなりの速度は出せる事を踏まえても、ゆっくり行くとしましょう。ラボの誘導機と藤くんのお嫁さん達は何処まで随伴予定ですか？』

「嫁達は撮影を踏まえて拙者のイメージが出来る所まで。前回月に行ったので月面まで可能だとは思うでござるが、無理な時は申し出るでござるよ。ただ、ラボの誘導機の方は整備中でござる。大破ではござらんが飛行ユニットなしで救助活動に参加したので、デブリが貫通したものが多い。」

「えっ！それ初耳ですけど？」

「幸い腕やエアーブースター部分だったのでボディは回収出来てますよ。元々関節部分はマグネットジョイント式で外れやすく作ってありますからね。ただ、いきなり制御不能で高速スピン映像見て気持ち悪くなった人はいるみたいですね。」

「でも、腕1つとっても技術の粋を集めた物なんじゃ・・・。」

「そんな事はござらんよ？宇宙と言うのは無重力。故に物体の重さをそこまで考慮しなくともよい。流石に数十億トンと言われれば考慮するにしても、静止した物なら特定位置にブースターを付ければどかせもする。怖いのは対象物の飛行速度で小石サイズでも人工衛星を撃墜するでござるな。ラボからの試験機は無人故に生命維持装置も不要で損傷したとしても、トレースユニットのある胴体や目視用カメラのある頭部が無事なら問題はござらんし、何より腕や指はウインチ巻き取り式で動かしているでござる。仮に腕をゲットしてバラしても中はワイヤーとリールに少々の電子部品でござるな。」

　密度×重量×スピード＝破壊力か貫通力！まぁ、いろんなもんを丸っと無視した場合で当たり方やら対象物の定義がないので絶対ではないが、例えるなら剣山と画鋲とか？剣山の上に立っても刺さらないが画鋲なら間違いなくささる。だが、例えば同じ大きさの画鋲と剣山を大砲で撃ち出したらどうなるか？

　画鋲の場合まっすぐ飛ばず軽いので命中率も悪ければダメージとしても芯の部分くらいしか有効打はない。まぁ、上手くやれば貫通力はあるかな？逆に剣山なら大体どの部分が当たろうとも同じくらいのダメージは出るし重い分破壊力もある。ラボからの試験機は簡単な作りらしいが物を持てない程パワーがない分けではない。ただ、エアー噴射式で移動したりするのでデブリは避けられなかったのだろう。

「これを提案したラボの開発チームは、低コストで整備が簡単でそこそこの作業性と力があればいいって考えでしたね。他チームがジェット燃料を使いたいとか、新しい推進剤を作りたいとか言う中で質実剛健でいぶし銀な今回の無人機！デザインはある程度考慮して流線型でヒロイックに仕立てつつ中身は結構スカスカ。そもそも最初から宇宙で使うんですから大型ブースターとか必要ないですし、足も要らないんですよね立てないですから。でも、惑星探査とかを考慮して脚部を換装して取り付けたりスカスカな分、追加で色々取り付けたりと拡張性重視路線です。」

「話を聞く限りだと簡単に分解出来て、トレースシステム以外は結構変えが効きそうな感じですね。見た目が豪華なのでそれ相応の物を搭載していると思ってました。と、そろそろですか？」

『あア、行ってくル。』

『またS・Y・Sで合いましょう。』

　2人が言葉を残し通路を伝って宇宙へ。SF映画の様にジェットを吹かしたり発進のGが本人達に掛かる訳でもなく静かにS・Y・Sから離れていく。ある程度の距離に到達するとエマが付属ユニットを指輪から出して乗り込み、それを見た橘は徐々に速度を上げていきエマ達が追従する形となる。

「コレってエマが先頭じゃなくてよかったんですか？大きさ的にエマの付属ユニットを盾にした方がいい様な・・・。」

「米国産とラボ産の飛行ユニットの出力問題ですね。橘さんのパワードスーツにはクリスタルリアクターを2基搭載して電力供給にしても相当な余裕があります。逆にエマさんの場合、付属ユニット側にクリスタルリアクターを1基搭載して付属ユニットへの電力供給やパワードスーツバッテリーへの充電を行ってます。電力供給割り振りタスク的にエマさんの方が多いんですよ。それに、付属ユニットが大きく破損したらそのまま脱出してもらってユニットは高速で外宇宙へ・・・。」

「よくよく考えるとあの2人がミスると核爆発並みの爆発が起きますよね？」

「古い話をするならスターフィッシュプライム実験ですね。核爆弾を国際宇宙ステーションと同じ高度400kmまで持っていって宇宙空間で爆発させましたけど、人工のオーロラが見えたり人工衛星が制御不能になったり大変だったと当時の資料には書いてありました。ただ、クリスタルリアクターの爆発って従来の・・・、それこそ爆弾が爆発する様な形とは違うと思うんですよね。」

「火柱とかがないと言う事でござるか?」

「ええ。確かにクリスタルは高密度エネルギー結晶体ですけど、あの形で安定してるんですよ。それをリアクターに詰めて電力という形で取り出してるんです。だから、仮に爆発したと考えた時に起こり得るのは衝撃波と電磁パルスの拡散じゃないかなぁ〜と。」

「それってどの道地上で爆発したら焦土ですよね？電子機器は使い物にならず、衝撃波の拡散も建物の倒壊や火事で寛大な被害をもたらす。」

　山口がやべー推論を話しているが、どの道爆発すれば被害はでかい。クリスタルの研究も色々と研究されているし液化と言う名のスライム状にして形を変えたりしているが、重大なエラーであるモンスターを研究しないと答えは出ないんじゃないかな？そんな話をしている間にも橘達は進み途中で藤のイメージ限界が来てカメラをエマのドローンに取り付けてから全員で手を振って笑顔でお見送り。

　宇宙空間に並ぶ和装美人達と言うのはなんともシュールだ。ただ、この映像も地球にリアルタイムで届けられているので反響は凄そうだし、改めて話したクリスタルリアクターの話も、取り扱いについては更に慎重になるだろう。ただ、橘曰くリアクターは壊れるが簡単には壊れないらしいので、武器並みの頑丈さである事を祈る。

　たまに壊れたり折れたりする武器だが、人の力と言うか武器同士で斬り結んでも折れないし、モンスターを相当数殴っても欠けない。ただ、話に聞くと折れたり欠けたりする時は割とボロっといくんだよなぁ・・・。だからこそ鍛冶師がメンテしたりするのだが・・・。

『もう時期月の重力圏です。ただ、飛行ユニットのおかげで何も感じませんね。宇宙船で降りるとするなら侵入角度や逆噴射の時間を計算したり、着陸地点を厳密に決めておかないといけませんが我々は月を真正面にして進むだけでいい。ただ、それだけで月に降りれてしまう。』

『日本人初の月面到達者ダ、誇っていいぞ橘。ゲートが出現せずアルテミス計画が進んでいれば2028年には立っていたと思うガ、3年の短縮だナ。』

『ただの警官だった私がこうして月に立つ。それは3年なんて期間の短縮じゃありませんよ。それに私は喫煙者、宇宙飛行士を目指すならタバコもやめてそれだけを見据えて、そうなるべくしたストイックな生活をするべきでしょう？でも、私はそう言った制約や訓練をほとんど受けずにここにいる。この動画を観ている皆さん、宇宙は危ない所ですがそれでも遠くない。』

　　

　橘が月面に立ち旗を立てる。宇宙船を使わず宇宙遊泳からの単独着地と言うのは今までに例はなく、人類としての快挙であり宇宙がより近くなったと確かに言えるだろう。橘の横にエマも付属ユニットで着陸し降りて新たに星条旗を立てるが、今までの旗とは違い両方ともに簡単には色褪せないだろう。

「おめでとうございますお二人とも。地球でも歓声が上がりS・Y・Sでも歓声が上がり、みんな興奮してますよ。今回得たデータはこれから先も月に行くたびに使われるでしょう。」

『私も貴女も含めて、誰がどのタイミングで歴史に名を残しても不思議じゃなくなってきましたね。』

『長く生きれば生きるほド、本を読むたびに自身の名を見るかもしれないナ。』

「ならそれはもう誰かが自身の代わりに書いた日記なんじゃないかな？この時この時代で何してたって言うさ。」

　銀河の歴史がまた1ページと言うが、そのページを作るのは多数であり自身。つまり干渉し合った日記だろう。なにせ記録ならありのままを伝えなければならないのに、どこかで必ず監修者の意思が入る。ただまぁ・・・。

「話すのはいいとして、スタスタ歩くのやめてもらえません？月の月の重力は地球の1/6なんだからよく見るアレみたいに跳ねる様に進むとか。」

『嫌ですよ。飛行ユニットは引力も発生出来るんです。なら、普通に歩くに決まっているでしょう？そんな事も知らないんですかクロエは。』

「夢がないからやり直し、宇宙に落ちてしまえ！」