591話 中から出よう 挿絵あり
「教官が来たのか?」
「そんな事はどうでもいい!集中しろ!」
「落ち着け、落ち着け・・・。まだ龍は遅い、俺達はビームも避けられる。遠距離攻撃をする素振りもないが警戒は怠らない。」
2人いた片割れの方から炎が上がる。宮藤と言う男は一言で言えば柔和で荒々しさはなく、元々日本の警官をやっていたせいか礼儀正しい若い男だ。俺達の教官として訓練をしてもらっているが会った当初からその姿勢は崩さず、本当に日本や米国でのスタンピードを戦い抜いたのか疑いたくもなる。
まぁ、資料映像を見る限り教官は確かにあの場にいた。吹き上がる炎も見えた。ただ、そこで何をしていたのかは分からない。当然モンスターと戦っていたのだろうが、資料映像は檻の外からの物が主で内部は閃光や爆音に怒号、後は煙しか見てとれない。
ゲートからのアナウンスのあった規模のモンスターが出るなら確かに脅威だろう。だが、俺達も国で強いと選ばれたスィーパーであり、場合によっては勝ち抜いて来た猛者だ。『俺達は強い!あの場に・・・、日本や米国にいれば英雄になっていた。』そう軽口を叩く奴もいた。
『モンスターの狩り方なんて言われなくても知ってるさ!ボコッてクリスタルを抜く、それだけで十分。何も難しくないし、仰々しく教えられる事なんてない。それよりも勝ちたい奴がいるんだよ!教官殿。』そう言う奴もいたし『国として犯罪者への対応が急務だ。モンスターは後回しでいいから対スィーパー戦を想定した訓練を願う。ギルドはその辺りもやるんだろ?』
柔和だが教官はイラ立っていた。イラ立っていたが、訓練指示はモンスターの討伐と職への理解そして座学・・・、科学や歴史やら神話やら哲学やらとなんに使うか分からない知識の習得。
国際会議以降でこうして集まってゲート内日本統合基地でやるのは、下手をすればモンスター討伐よりもこうした座学の方が多く、国別で考えればそんな勉強に触れて来なかった奴もいた。だからこそ、悪態は誰でもつくし俺だって身体を動かしてモンスターを狩るのにイメージが必要だと言う事は知っている。知っているが・・・、多分潜った階層やらプライドが邪魔をしたんだろう。
そして今日で今だ。散々俺達は願った。スィーパーと戦わせろと。変な話だが国を出てここに集まって以降、許可のない対人戦はご法度と言われ言い合いはしても手は出さないし、準備が出来れば対人戦も教えると言われた。言われたが日増しに不満の声は大きくなり中には教官と戦わせろと言う奴もいる始末。
かくいう俺も人と・・・、スィーパーと真っ向から戦う事に関心があった。言っては悪いが誰でもスィーパーに成れるなら、掃き溜めの様なスラムの奴でさえ超人に成れる。日本と言う国は恵めれていてホームレスはいはしても、ジャンキーやら日常的に銃弾が飛び交う様な事はない。
だが俺達の国は家に銃があり、病院に行けず野垂れ死ぬ奴がいて、ギャングがいて、色んな国の奴が正規か不法か分からないながらも暮らしている。だからこそ外で暮らす俺達は人に目が行く。それはそんなに悪い事なのか?確かにスタンピードはどこで起こるか分からないが、その分からないモノに備えて怯えて暮らすよりも目の前の出来事への対処を優先したら駄目なのか!?
多分ダメなんだろうな・・・。たった2人に俺達はいい様にあしらわれて多分、向こうも合わせて立っているのはこの3人だ。強いはずの中位さえあの箱に囚われて出て来やしない。だが、それでも今いる3人でどうにか知恵を出して戦わなきゃならん!
「ドボール!ここのまま走って大丈夫か!」
「大丈夫だ!絶対に飛ぶな!今跳ねれば必ず食われる!どう対応するかは指示する!」
「巻き込みは一定か?表面だけ見れば一切動きが見えない。斬るなら回転方向に合わせたい。」
「一定だユエン。変わるならその節目も発見してやる!」
炎が見えて龍の動きが少し悪くなった?いや、遊ばれていたのが更に手を抜かれた?どうでもいいが巻き付く様な薙ぎ払いは地面に身体を半分沈めて土を耕す様な薙ぎ払いに変わり、ドボールの指示した瞬間なら跳ねられる。それ以外?ミスって早く跳ねたユエンが引きずり込ませそうになったのを、どうにか衝撃で水を散らして助けた。
助けたが散らした水はすぐに龍に戻り一切大きさは変わらない。この龍を真正面から散らすだけのイメージが俺にはない。龍殺しってなんだよ!どんなイカレタイメージなら龍に対処出来るんだよ!
「ユエン、聞くがあの龍切れるんだよな?」
「ベトナムには龍殺しの神話なんて山程ある。アレが龍で私がベトナム人なら貉龍君と嫗姫の子孫で龍も倒せる!お前もスペイン人なら何かあるだろ!」
「跳ねろ!そして全力で走れ!今なら多分斬れる!そして蓋も出来る!少し水が減った!」
「おう!」
龍を倒すイメージ・・・、ゲオルギオス?だが俺は剣や槍を持っていない。俺にあるのは盾だ。なら、馬か。ベイヤード、それはゲオルギオスが跨り無敵とされた馬の名。俺は馬じゃないし無敵なんておこがましい盾だが、それでも防ぐ者としてここを駆けよう。なにせ龍を斬ると言うユエンと言う剣も、その龍の動きを見定めるドボールもいる。
「ドボール俺の背に乗れ!」
「何だどうしたエンゾ!?」
「俺は龍殺しの英雄なんてものには成れないが、一緒に駆け抜けた馬くらいには成れる!イメージが足りないんだ、手伝ってくれ!」
「分かった!頼むから駄馬にはなるなよ!人参は龍の巣穴にあるからな!?」
ドボールを背負いユエンを右後方に置き、手綱を引かれる様に指示されて跳ねて進む。もう穴はすぐそこだ!緊張して荒くなった息を嘶く様に整えドボールの指示を待つ。国も人種も性別も違う俺達は、確かに今1つとなって目標に向かっている!
「ユエン斬るなら右からだ!逆らう様に斬らないと多分剣が持って行かれる!」
「心得た!その後は頼んだぞエンゾ!」
「任せろ!今の俺は龍殺しの乗った馬だ!」
(えっ?俺があの魔術師仕留めるの?閉じ込めるだけで終わらない?)
箱の穴から伸びる龍の根本は人1人が出入り出来る程度に細く、タワーシールドを出して使えば苦も無く塞げるだろう。龍の頭は既に俺達よりも教官の方が気にるのか単調なうねりのみ!しかし、箱型の檻はいつの間に卵型になった・・・?
「今から斬る!後は任せた!」
「やれー!!」
「今だ!跳ねて盾を!」
飛び出したユエンが流れに逆らう様に剣を素早く振るい、一瞬途切れた水の隙間に盾を滑り込ませる!これで分離した龍が暴れればどうしようかと思ったが、龍は辺りを水浸しにしながらその姿を崩し何事もなかったかの様に消え、目に映るのは荒れた土地と目の前の檻・・・。
「ど、どうする?この檻を壊すか?それとも放置するか?」
「触らぬ神に祟りなしだったか?俺達は安易に襲撃して酷い目に合った。なら、向こうが終わるまで離れて観察を・・・。」
「しなくていいですよ皆さん。ここからは見学した方が身になる。」
「っ!!」
美しい声だと思った。檻が割れそこから響く声は確かに何度も聞かされ、或いは勉強する為に何度も聞いた声だった。あれだけの水を操り中も水没させたはずの檻から出て来たのは、ずぶ濡れでもなく埃も被っていない黒いスーツに白い髪の子供と見間違う様な小さな少女・・・。その顔は黒く塗り潰されている。しかし、この声は聞き間違わないだろう。
タバコを取り出し火を付けその塗り潰された顔から煙が上がる。箱に囚われた仲間は鼻と口以外は簀巻きにされて転がされていたが、それも解ける様に消えて行く。そうか・・・、俺達は本当に遊ばれていたんだ・・・。
「ファーストか?」
「さぁ?顔は見えないでしょう剣士さん。私が誰とかあそこで戦ってるのが誰とかどうでもいい事ですよ。強くなりたいなら見学する事をおすすめします。なにせR・U・Rを使わずに中位がやり合ってるんですよ?中々見られるモノじゃない。」
ーside エマ ー
私の武器は手袋にツインバレルショットガン。撃ち出す弾は散弾でもスラッグ弾でもいい。追尾させるならスラッグ弾が楽だが、そんな事を言っていられるほど安い相手ではない!撃ち出された弾は放射状に広がり、その米粒の様な弾を起爆して出来る限り視界を奪いつつ縦横上下左右と駆る。
振られる振り子を足場に上へ、タライを足場に蹴って下へ、目の前にデコイを出して燃やされる前に割り込ませて、火達磨になったソレを走らせる。自走爆弾は纏わりつく前に焼き落とされたが、辺りの空気を奪う気化爆弾として酸素を奪う。
「空気が薄いだろウ?ナパームは辺りの空気ごとなくス!」
「いえいえ、なくなろうと空気なんてものはそこいら中にあります。自分が呼吸出来ている。窒息せずに立っている。なら、それが途切れる事のない限り炎は燃えています。まぁ、宇宙用に作ってるイメージですけどね!それよりも面白い話を聞かせましょう。魔弾の射手、7発の内1発は相手の望む所に当たるそうです。6発は自分な当たってしまいましたよ?」
「悪いが猟犬は追うのが仕事でなァ!買収される程安くもなけれバ、まだ1発たりとも望んだ場所に当たってもいなイ!」
一瞬『次の1発は自身の足へ』と言うイメージが流れ込むがそれはハミングと訓練して慣れた。確かに宮藤のそれは強力だが、跳ね除けるイメージを瞬時に描き出し否定する。私の望みは相手の喉笛を噛み千切る事。なら、そこに届かない弾は全てハズレだ。
「そうですか、なら無駄玉を何発撃ちました?ツインバレルショットガンなら最大2発では?」
「っ!」
「それに銃口を塞がれれば暴発リスクもありますね?」
「指なら発射に問題はなイ!それにコレは武器ダ!モンスターを倒す物が人の身でどうにかなると思うカ?」
一瞬の弾切れイメージにより弾がなくなり銃口を灰の指で塞がれるが、それが許されるのは映画だけだ。確かにショットガンは銃身の肉が薄く裂ける可能性もあるが、この相棒はモンスターも殴り人も殴りビームも受け止められる代物!なら、コレが壊れるなどと言う与太話には耳を貸さない。
引き金を再度引き、灰の指を舞い散らせ暗い袖口をギロチンと化して手首を落とそうとするが、落ちる前に袖が燃やされる。だが、その外套を脱げば更に罠の幅は広がる!
ネクタイをしているなら首を締める。ベルトを巻いているなら腰骨を砕く、ビジネススーツなら内ポケットがあるだろう?なら、そこに刃を出せば肺に刺さる。散々テロリストは倒した。殺しもすれば拘束もした。さぁ、どんな姿でどんな服・・・。
「肉壁スーツ!」
「流石に全裸は問題がでます。なにせ生徒は国外の方達ですからね。それよりもいいんですか?両足が使えなくなりますよ?」
「ちッ!」
聞き終わる前に跳ねるが炎の手で左足首は中まで焦がされた。流石ここでいい薬を使って戦闘続行しても意味がない。全力とまでは言わないが、それでも様々な手札は切った。しかし、宮藤が派兵したのは最後の一瞬。
「参っタ、降参ダ。流石にここで等級の高い薬を使う訳にもいかなイ。斬り落とされたならまだ繋げられるガ、炭にされれば治癒師がいル。」
「了解しました。参加者に治癒師もいるので見てもらいましょう。と、全員引き連れて見学ですよね?」
「ええ、流石に見学させないともったいない。と、言うか私は正体不明のはずですけど話していいんですか?」
「正体不明の人を正体不明のまま襲えば何をされても文句は言えないでしょう?自分だって正体不明のスィーパーなんて襲いたくないですよクロエさん。」
「あっ!名前まで呼んじゃいます?それとエマこれ使って。」
「私の名も呼ぶのかっテ、包帯カ?」
「最近医療メーカーが作った塗布麻酔付き止血包帯。テープみたいに巻けばいい。さてと、宮藤さんどうします?一戦したいなら受けて立ちますが。」




