589話 簒奪 挿絵あり
気絶した肉壁はいいとして、閉じ込められて水攻めされて外からも燃やされてるって既に捕まえる気ないのでは?まぁ、攻撃を選択したから間違ってはないのだろうが、流石にこのまま釜茹でにされるのも嫌だな。しかしどうやって外に出るのが効率的なのか?
天井をぶち破る。そのままそこから飛び出てもいいが、流石にスナイプされるだろうし魔術師が来ているので視認されれば魔法が飛んでくる。
地面を掘る。落とし穴ならいいがそこまで掘り進めるとなるとそこそこ時間を食うし、何より穴掘るイメージはモグラとボーリングマシーンくらいしかないので、大き過ぎるし小さ過ぎる。それに何より下に掘れば水は追ってくる。
壁を破壊するのはダメだな。何処かに穴が空けばそこにいると思われて撃たれるし、なにより爆弾投げ込むなんて言う手もある。そろそろ水も飲み飽きてきたし、何より肉壁が溺れ死ぬ。そうなると・・・。
(目眩まししつつ突拍子もなく、それでいて攻撃的で揺るぎないモノ。やるとするか・・・。)
肉壁に糸を巻き付けつつ壁沿いを走る。最初からトップスピードで水の抵抗を一身に受けるが、それを無視して水流を産む様に肉壁を振り回しつつどんどん走る。プールの授業でやった事あるだろう?クラス全員でプールを回り海流を起こし渦を作る遊びを。
古来、人は渦潮をうねる龍の化身と感じた。今でも水神と言えば思い浮かべるのは龍で、その龍は鯉が滝を登り登竜門をくぐり転じたものとされている。つまり、ただの水なら穏やかに命を奪う物なのだろうが、今ここにある水は渦潮を巻き龍となる。
「溺れた・・・、のか?」」
「まだ5分、格闘家や盾師ならどれくらい息を止められる?」
「私は泳げないから短いかな?心臓を殴るイメージで無理やり血を巡らせて、二酸化炭素を結合させないイメージで足蹴にしても10分。」
「完全水没でも脳を守る事で長く水中にいられる。しかし、動けば動いただけ酸素は減る。流石に酸素を生み出すイメージはない。」
「魔術師から言わせて貰えば密閉空間だけならまだ風は使えるけど、火は窒息するイメージもあるだろうし水で満たされればその風も使いづらい。土ならこの檻を壊せるかもしれないけど中にいるのはカナエだろ?雷なら感電しないにしても放電か絶縁のイメージが出来ると思う。」
「なら、後はあそこで仲間を串刺しにしてる奴だけか?最初はどうなるかと思ったが、俺達はつよ・・・。」
「檻が維持できない!中で暴れてるのはなんだ!?」
「は?もっと燃やせ!!!」
水が更に温かくなって多分60度はある。ふむ、更にイメージを簒奪しよう。いや、簒奪するほどのイメージもないから塗り替えか。温水は噴き出す。それは噴泉と呼ばれ温泉の湧き出し口の穴(孔隙)が小さいと天高く吹き上がる。大分は温泉が多くその現象を冠した龍巻地獄と呼ばれる所もある。渦は激しく既に地面は見えそこに水箱の設置も終わり、残るのは最後の一押しだけ。
「小さければ小さいほど穴はいい。穿て槍・・・、よ!さぁ、溢れい出る者は決まってるんだ、相手が分からない恐怖を味わってもらおう。」
投げた槍は壁に小さな穴を開ける。それは孔隙でそこから噴き出す。少ない水なら供給してやればいい。横倒しにした水箱からはこんこんと水が流れ出て外に出た龍と結び付く。さて、へその緒を切る気はないからここで観戦させてもらおうか。なにせここは温められた卵の殻の中なのだから。
「なっ何だこれは!」
「龍!?ってあっつ!!」
「は?・・・、はぁ!?なんで・・・、モンスターか!?」
「魔術師!なんで水龍なんか・・・!」
「わ、私は知らない!消えろ!消え・・・、なんで消えないの!?」
「俺達は・・・、本当にカナエ本部長を獲物としたの・・・、か?」
一体何と戦わされている?俺達は一体何と敵対した?情報は?スーツと髪色?ただそれだけで何を理解しろと?俺達には数の利があった。スペインでも選ばれるだけの強さもあったし他の奴等もそれだけの強さがあって、それに加えて教官から教わり強くもなった。時折教官がイラついてるのを感じて少なくとも他の奴とは違い俺は礼儀にも気を付けた。
そんな中でうるさく対人戦をやらせろと言う奴がいて、何度も無意味だとか今はまだ早いと教官が言うにも関わらず、聞き入れもせずに叫び続け到頭・・・。
『そんなに人と敵対したいなら正体不明のスィーパーを用意しましょうか。ただ・・・、これだけ叫んで人数も皆さんの方が多い。友好を結ぶか敵対するか、それを考えてから挑みなさい。』
俺達は考えたのか?何を考えなければならなかったのか?全員で攻撃を選んだ。負けるなんて考えない。全員で攻撃を仕掛けた。殴られ飛ばされ、小手先の技の様なモノで翻弄された。捕らえて閉じ込めて負けを認めさせようとした。
なら、これはなんだ?顔の見えない女は一体何をした?檻から出た龍はその身体をうねらせ荒れ狂う様に仲間を飲みこむ。中は激流なのかキリモミしながら酸素を失い檻の中に吸い込まれて行く。
あの檻の中はどうなっている?正体不明のスィーパーは俺達を生かす気はあるのか?いや、その前にあの敵対したスィーパーは宮藤教官が用意した者なのか?
「呆けるな!お前鉄拳とか呼ばれてるって自慢してただろ!」
「お、おう!でも俺達は何と戦わされてるんだ?」
「知るかバカ!追尾してた奴はまだあの中にいる!あの檻から出て来てない!」
「・・・、中で殺されてるって事はないよな?本当にあの2人組みは教官が用意したスィーパーなんだよなぁ!?」
「だから知るかって!俺達は姿を見て人数を考えて攻撃を選んだ・・・、選んでしまったんだよ・・・。」
「そうか・・・、なら・・・、どうにかしてあの檻を壊さないとマズイ・・・、のか?」
「多分壊さないとマズイでしょうね。或いはあの龍の胴体を切断して蓋をするか。」
「ベトナムのユエンだったな?アレを斬る?水だぞ?」
「なら鉄拳なんて大層な二つ名は捨てて帰れエンゾ。教官が来ないと言う事は私達はまだやれると思われている。そして、この状況を望んだのは私達だ。泣き言は死んでから言え。」
「同感だ、俺も行くぞユエン。」
「そうかドボール。それで、エンゾはどうする?」
「俺も行く。蓋をするならその蓋がいるだろう?もう大丈夫だ、あの龍を見てみんなビビって食われた。だが、俺達はまだ・・・、やれる!」
盾師である俺が先頭を走り後ろをユエンとドボールが追走する。人種も肌の色も国も違うが、俺達はここにいる。ここにいて目の前の正体不明なスィーパーと敵対する道を選んだ。選んでしまったんだ!
人数は減りチラリと見れば金髪の方に向かった仲間達も地に倒れ残り数人。後どれくらい向こうは持ちこたえられる?後どれくらい俺達は立っていられる?後どれくらい、俺達は2対多数でいられる!?向こうが片付けば金髪はこっちに来る、こっちが片付けば龍は向こうを襲う。
ここでどうにかしてこの龍を止めなければ!うねる龍の胴体に腕が少しでも触れれば、そのまま巻き込まれる様に身体を引っ張られそうになる。それを衝撃とユエンの斬撃で一瞬の空白を作り腕を引き戻す。
「千切れてないか?」
「大丈夫だ!ただ俺以外は気をつけろ!下手すれば身体ごと持って行かれる!」
「ナビゲートはまかせ・・・、おいおいおい!!!!あの龍こっち見てんぞ!」
「獲物と思われたか!誠に重畳、重畳!まだ食われてない奴等が何か知恵を出すだけの時間が出来る!教官が言っていた!仲間がいれば出来る事の幅が広がると!なら、その幅を私達が稼ぐ!」
「左だ!飛べ!胴体で薙ぎ払って来るぞーーー!」
「な!?もしかして声も聞こえてるの・・・、か?」
残った数人も薙ぎ払われて巻き込まれ檻の中へ・・・。残ったのは俺達3人・・・、何が出来る何をすればいい?檻に閉じ込めて勝てるのか?あの檻は本当に檻なのか?




