584話 ブチ切れそうな人 挿絵あり
「ツカサ、もう何日かこっちにいても大丈夫ですか?」
「いいよカオリ。取り急ぎやらなきゃならない事もないし、ギルドの方は任せて。エマが来てるから帰ったらどこかのタイミングで飲もうか。」
「視察の件ですね。他のギルドにも依頼は来てるみたいですし、変な事が起こらなければいいんですけどね。とりあえず何かあったら連絡お願いします。神志那さんは先にギルドに戻しますね。」
「そっちはお願い。流石に警察に頼りっぱなし定吉君に頼りっぱなしで鑑定課を不在にし続けるのも問題出るし。」
出勤してから望田と連絡を取るがもう少し時間がかかるらしい。まぁ、宇宙でどう職を使うのか?魔術師組を含めた課題でもある。地球の中ならある程度物理法則は理解出来るし、日常生活でも慣れ親しんでいるから大丈夫なのだろうが、例えば水は彗星の氷なんかをイメージすればいいだろうし、火も太陽がある。1番難しいのは風かな?無風と言うか真空で酸素のない世界でそれをどう捉えるのか?
全くの無理と言う話ではないが、それをイメージ出来るかどうか・・・。まぁ、その辺りは本人達に任せよう。少なくとも藤の嫁達は宇宙を飛び回り職が使える事は証明されているのだし。
そんな望田と神志那不在の中で頑張ってるのが定吉君。流石に鑑定師ではないので判定機での鑑定だったり持ち込まれた物の管理であったりと、神志那に代わり仕事をまとめてくれている。ギルドお抱え獣人はそこそこいるし自立と言う話をするなら、ギルド名義でアパートとかを借りるのもありかな?
パートナーと死別した行く宛のない獣人はギルドに住んだりしているが、完全自立を目指すなら一人暮らしさせると言うのも視野に入れていかないとな。今の所獣人は獣人としか子供を作れないし、獣人夫婦が家を借りられないとなれば残る手段は自然に帰るとか?
ただの犬猫なら里親を探せば・・・、探さなくても欲しがる人はまだ山ほどいる。ゲートから薬が出なくなったからと言って、薬そのモノがスィーパーの手にないわけではない。普通の犬猫もまだたくさんいるが、問題は薬が完全枯渇した時に獣人が自立してないと衰退していくんだよなぁ〜。
獣人と結婚して子供を作りたい勢の思いが通じて科学力がまさるか、まだまだ時間がかかって精子バンクやらお見合いやらで子供を作ってもらって、その子を実子とするか・・・。托卵やらネトラセやら色々と性癖がぶっ壊れそうだな。勝ち組は男女の犬猫を飼ってた人とか?
ただその場合、獣人夫婦が居候していると取るのか獣人夫婦を住み込みで働かせていると取るのか、或いは3人で仲良くするのか・・・、なんにせよ当事者の問題か。ただフェリエットは身体検査しても身長が伸びてないので、あの姿が大人の姿と言う事なのだろう。
「ク、クロエ・・・。」
「なにエマ。」
「書類の内容が多岐にわたり過ぎでいないカ?嘆願に法律に会計報告に政府関係の依頼にト、マスターがコレに目を通す必要はあるのカ?」
エマが見ているものは見られてもいい範囲の書類で、それこそ多岐にわたる。ついでに言うとR・U・R関係やらファイアウォール関係やら他の本部長からの連絡やらと、見られたらマズイものを含めると更に書類の山が増える。分業してコレなんだぜ?
マスターとしての決定はギルド的には最終決定だし、他のギルドや政府にも話を持っていかないとマズイものも多い。この前なんか他のギルドにそこまで重要そうでない設計図が持ち込まれて、それの支払いをどうするかと持ち込み者本人と協議した結果、写真集を出すほどではないなら本部長と一戦交えたいと言い出してR・U・Rで戦ったとか。
あんまりゴネられるとコチラとしても困るし、かと言って中身がそこまで重要なのか疑問の出る設計図は出来ればお金で解決したいのだが、ほとんど出ない稀少性と言うモノもあるので決めあぐねる。ただ、その設計図も同一の設計図は出ないと言うか、俺が知る限り被りはないのでオンリー・ワンだったりするのだろうか?
「いい事を教えましょう。日本のギルドは政府と民間の中間組織です。なので両方の意見が持ち込まれてすり合わせた結果、スィーパーの法律を作ったり施行状況をアナウンスしたりします。だからマスターが知らないとなると、決定を下す時に間違いが起こる。いいですか?人を理性で縛るなら法です。」
「もう少しこウ・・・、手軽にならないカ?」
「エマの場合長年使われた既存の法の元で軍の報告書を作成すればいいし、他の人に相談しても同じ条件なら概ね同じ様な見解が出てくる。なにせ事例があるならそれは無視できないからね。でも、ギルドの場合今が多分1番忙しい。変な物が出ればそれに対してあーだこーだ話し合わないといけないし、それの扱いも決めないといけないし・・・、なにせ前例のない物が多すぎる。仮にエマがマスターだとして、個体成長薬が初めて持ち込まれたらどうする?」
「前例無しであの薬カ・・・。かなり難しい判断だナ、獣人が出る前と仮定してモ?」
「してもいいけど私がフェリエットをお迎えした時には既に別の所で誕生してたし。つまり、後手に回りたくないなら可能な限り初期段階で情報を得る必要がある。だからマスターの周りには常に書類の山があるし、その書類に目を通さないと後から何があるか分からない。ゲート関連でマスターに強い権限が許されてるのはそのせいだよ。米国は扶助方式だけど、最終決定は政府やエマでしょ?なら、既存の法も含めて現状に即したものにしないとね。さてと、私の方は終わったけどエマは?」
「なッ!キーボードに手を置いてタバコを吸っていただけじゃないカ!っテ、ペンタゴンを思い出せばそれで仕事が終わるのカ・・・。ズルくないカ?」
「自分のやり方に適したやり方を見つける事。カオリは書類を楽譜に見立てて不協和音=間違いとして抽出したりしてる。エマの場合増田さん方式で間違い=即死トラップでいいんじゃない?」
「それは米国でもやっていル。処理速度の問題ダ。」
「慣れって怖いよね・・・。」
「可愛イ、高性能、強イ、いい匂いがすル、触り心地がいイ、好キ・・・、ちょっと米国に出荷される予定はないカ?ギルド立ち上げ時にでモ。」
「嫌だよ。雄二も備品として欲しいとか言ってたけどやる事多くて手一杯。他の国も日本式ギルドを検討してるし、窓口は政府でも現場はギルドだから更に仕事は増えてるし・・・、コレは・・・、宮藤さんからの要請か・・・。」
「どんな要請ダ?」
「日本は足りない本部長を戦わせて選んだ。なら、海外は?」
「大会を開催するト?なぜそこに宮藤が関わル?自国の事ならその国内で決着が付くだろウ?」
「そこが問題でR・U・Rが高価だから買えないと言う国もあるし、大会で選ぶって事は単純にその人がその国最強で、性格的に問題があっても逆らえない可能性も出てくる。なら、政府が押す人を選任させるかと言われると、今度は民間側から不平不満もでる。そこで他の国の政府から依頼があったのがその国のグランドマスターを作りたいから鍛えて欲しいって話なんだよね。」
「様は箔付けカ?英雄ブートキャンプに出席した経験やらノ。」
「簡単に言うとそうなるけど、形としては政府の懐刀的な?暴走した本部長を断罪する執行官とかそんな感じ。残念な事に清廉潔白な人が必ず本部長になるとは限らないし、お金で便宜を図る事もあれば率先して権力を悪用する人もいる。」
怖い怖い宮藤ブートキャンプ。全ての国から人が来るわけでもないし、書かれた内容を拒否した国は呼ばれてない。まぁ、取り交わす誓約書は一般的なものだか、最後の一文にこう書かれてある『卒業後、卒業者が過度に法を破った事が明るみに出れば断罪しに行く』と。
誰がとは書かれていないが、米国に行った本部長には宮藤の方からこの一文を入れるから手伝って欲しいと言われたし、日本政府も参加を容認した国もこの一文には同意した。ある意味保険だよな・・・。安定している日本ギルドだが、それは最初のメンバーを政府が入念に選んだ事のあらわれでもあるし、大会で選ばれた本部長達もその本部長達から指導されたり、頼ったりしているので監視の目は強い。
更に言えば橘も監査役として色々している。つまり犯罪者を生み出しづらい土壌と言うモノが出来てきている。それを海外展開する為に必要なのが強い本部長とそれに目を光らせて断罪出来る執行官。
まぁ、キャンプに来るのは下位や中位と言う指定はない。宮藤の腕の見せ所と言った所だが、来た人間もそこそこやんちゃらしい。宮藤がしごいて手綱は握っているのだが、それでもそこそこ力が付けば増長するのは仕方ない。
「下手に悪さするよりゲートに潜る方が稼げると思うがナ。」
「打ち止めってわけじゃないけど、下に指示出来る環境って言うのは言い換えれば自分が楽に何かを手に入れられる環境で、それに慣れると苦労を嫌がるしイメージも弱くなる。その代わりプライドは高くなって口出しされると怒る。別に悪させずに弱くなった人が本部長として業務を回すのはいいけど、弱くて悪さして害悪しかない人はさっさと交代させたほうがいい。」
「悪人ほど頭が回ると言う事カ。悪さをしつつ己を鍛えるのも忘れない者を断罪する刃。堕落は敵だナ。」
「そんな人達を指導してる宮藤さんからちょっと来て欲しいってオファーがきてる。」
「行くのカ?宮藤なら簡単に御せる者達だと思うカ゚、それともモンスターの再現依頼カ?」
「どちらかと言えば鼻へし折るとか、宮藤さんを宥める方だね。元々海外スィーパーって日本人より先にいる事が多い。それは生きる糧を得る為に先に進む人もいるし、好奇心から自分の命を軽視する人もいる。今は36階層セーフスペースで合宿してるみたいだけど、配信やら大会やらでモンスターのイメージも職のイメージもあるもんだから軽い軽いって言う人もあれば、日本の本部長達は実はたいした事なくて私も弱いんじゃないかって言ってるらしい。」
「・・・、バカ・・・、なのカ?超スーパーウルトラ級のバカなのカ?」
「いや、仕方のない事かな?私はスタンピードの最後を1人で戦ったしその姿は見せてない。そして来た人達は中層のモンスターと直接対峙してないし、喋るモンスターは宮藤さんがまだ危ないからと間引いてる。つまり危険と言う認識はあっても体験してないから『危険かも』で止まってしまった状態。私は別に侮られても構わないけど、宮藤さん的にはそろそろ堪忍袋の緒が切れて燃やしそうかな・・・。」
軽口上等だが、それも言っていい悪いがある。エマには告げないがスタンピードで散った人は弱かったからとか言うらしい。それは間違いではない。力及ばすモンスターに殺された人の何が悪かったのかと問われれば弱かったからや運がなかったとしか言えない。
しかし、それを軽口で言うのは違う。彼らはその弱さを知った上で戦うと決めてその時その場にいた。なら敬意を示す相手であって軽口で言っていい話ではない。なにせ話す人間は彼等の事を知らない。しかし、教えを乞うた人はその炎の中にいたのだから・・・。
「カオリもいないし神志那さんも青山も不在・・・。いや、神志那さんはもう帰ってくるか。」
スマホを取り出し神志那に電話。何してるのかと聞いたらラボでパワードスーツやらをいじっているらしい。急を要するものかと聞いたら、ギルドでもいじれるらしいので急いで帰ってきてもらい交代する様にゲートへ。
「宮藤さん、オファーがあったのでエマと来ましたがどの辺りです?」
「湖の近くでなにか大きく抉れた様な所です・・・。」
多分自爆した所辺りかな?宮藤の声も嫌に平坦でイライラを通り越してるのかもしれない。




