582話　ギルドのロッカー事情　挿絵あり

　夕方からのフェリエットの生活は概ね3パターンに別れる。1つはギルドでのウェイトレス兼指輪の中身確認要員。日本にはと言うか世界的に見ても職に就いた獣人は少ないので色々と依頼が舞い込む。日本国内の運用としては犯罪者を送り出す時に指輪の中に不正な物を入れていないかの検査とかがメインで、後はどうしても指輪の中を空にしないとまずい状況の時に呼ばれる。

　報酬についてはフェリエットに任せると高確率でご馳走を要求して、相手も困る事から食事+ギルドへの支払いという形を取っており、その報酬は斡旋料金を貰った後は本人の貯金としてある。お金そのものにはあまり執着しない反面、数字には執着すると言うか今の貯金額で何食食えると言う計算をするので、月末の支払いで減ると割と凹む。

　まぁ、人間的な生活と言えばいいのかな？職に就いた獣人は立場的にギルド職員にしようと言う動きもあるし、ギルドとしても声をかける場面が多くなるので他の本部長達とも連絡を取った後に政府側と話し合い秋口くらいまでには決定が出される予定である。

　ギルドに獣人用の銀行システムとか入れないとまずいよなぁ〜・・・。獣人の子供は別として、薬で成人扱いされている獣人の信用度合いって銀行側からするとあまり高くないしな。高齢者がパートナーの場合死別して1人になった時、受け入れてくれる親戚がいればいいが、いない場合はギルドが面倒を見る事になる。今の御時世、終活はあっても痴呆は治るのではっきりとした意識でパートナーのその後を本人達に決めてもらおう。

　2つ目はゲートやR・U・Rを使いモンスターと戦う。1つ目の時もそうだが、依頼は別としてフェリエットはソフィアの護衛も兼ねているので2人で遊ぶと決めればウェイトレス業務は抜けるし、他の獣人も雇い入れているのでフェリエットはヘルプ的な扱いとなっている。そもそも学校に通うテストケースでもあるのでウェイトレス業務はなしでもいいのだが、割と面倒見がいいので新人の面倒をみたりしている。

　ただ料理運んで一口貰う代わりに頭やら胸やら尻を触らせるのはそろそろ風紀的にまずい様な、獣人側からすり寄って行くので止められない様な・・・。獣人的な羞恥心とでも言えばいいのか、胸やら尻を見たり触られるよりも無防備な腹を見せる方が嫌だとか。

　起きている時はそこまでではないが、寝る時はパジャマは着るし髪で隠せるなら隠すし、腹巻きはいい素材の物を欲しがる。まぁ、寝る時間うつ伏せが多いし生物的な弱点と言えば弱点だしな。

　最後は完全にOFF。日向ぼっこしたり家の周りを散歩したり、実費で食べ歩きしたりと完全に自由行動。ただソフィアがちょっかいかけるので結果的に2人でうろうろしている事が多い。友人関係としても学校の友人は共通な様なので、そこまで親が気にする程でもないだろう。

　そう言えば前にリーがウチでソフィア達とコスプレしていたが、楽しそうな反面微妙に気後れしていたな。アニメの知識やら学生が買えそうなコスプレ道具等々、おかしな点はなかったものの今にして思えばスパイがコスプレパーティーやらしていると言うのは中々皮肉が効いているな。器用と言えばトロンプ・ルイユで小道具出したりしてたし。

　そんなフェリエットの今日の予定はウェイトレス。学校が終われば適当な時間にギルドに顔を出すだろう。まぁ、学業優先なので小テストやらで変な点を取っていなければだが・・・。

「ここで身体を動かすのもいいガ、スィーパーとしては物足りないのではないカ？米国でゲート外訓練をするなら更に高負荷をかけル。」

「イメージ的なモノと新人やらリハビリと言う面が強いからね。米国は軍人さんが基準でしょ？ここは一般人がメインだから用途と言うかやり方が違うよ。」

　トレーニングルームをエマが試すと言うので使わせたが、ルームランナーは高速で回りフルマラソンを30分くらいで完走、ウェイト上げでは重りが足りないと言いつつ400kgを軽く上げまくり、反射神経やらを鍛えるボタン押しでも高得点。自信が漲っていると言うか米国人特有のガンガン鍛えるを実践していると言うか・・・。

　頼むから壊さないでくれよ？鍛冶課が修理してくれるけど、熱くなる人が多くて結構な頻度で壊れるんだし。まぁ、壊しても鍛冶課に行く前に自分で直す人もいるな。ウェイト上げの棒が曲がったのを自分で真っ直ぐに伸ばす格闘家とか。

　そんなエマを見る人の割合はおばさまや老人が多い。おばさまは日焼けしたくないとかの理由だし、老人は動かなくなった身体が動く様になったので昔の感覚を思い出す作業。ある程度感覚が戻れは外で組手したりゲートに入ったりする。

「クロエもここを使うのカ？」

「前に格闘技に慣れようと正拳突きとかしたけど結局三日坊主だったな。」

「それでマスターしたト？」

「まさか、型にはまるよりなんでも有りが性に合ってただけ。負荷が足りないならゲートに入ればいいしねぇ。米国でもゲートに入りまくりでしょう？」

「米国と言わずどの国も軍をゲートに入れているサ。それに、軍や警察への志願者は世界的にも飛躍的に増加していル。」

「あ〜、確か保証の問題だったっけ？個人でスィーパーする人も多いけど、組織で教育受けれて死亡保障までしてくれるなら学校感覚で入隊してその後独立するとか。」

「ギルドが他の国にはないシ、ネットがないところもあル。今後数年はこのパターンが増えるだろウ。なにせ識字率向上や日本語教育に力を入れすぎて母国語より日本語勉強に当てる時間が多い国もあル。」

「アニメや邦画、漫画ゲームなんかの出版社はかなり儲かってるってニュースでやってたな。橘さんは海賊版撲滅って叫んでたけど。」

「元から売れていたガ、今では教本扱いだからナ。私も講習会に来る前に缶詰で1日中アニメや漫画を見タ。」

　橘が前にエマを鑑定した時にその辺りにも言及していたが、それは世界的にも波及しているらしい。サブカルと言えば日本みたいな所もあったし、外で契約と支払いをしてゲート内で引き渡しなんて話もある。政府はその辺り統合基地での取引には介入しようかと言う話も出ていると言っていたが、やるなら他国巻き込めよ？日本だけが主張しても意味ないんだし。

　そんな話をしていると学校も終わりぼちぼちと学生が増える時間。特にロビーで待つわけでもないし、俺はマスタールームに引き上げて書類整理をし、エマは支障のない範囲でギルド職員に話を聞きに行った。フェリエットが来れば連絡が入るので引き合わせるのはそれからでいいだろう。

　溜まった書類内容としてはいつも通り嘆願やら申請に加え、新たに獣人をゲートに入れる為のテスト申請書が増えている。やる内容としては本人の意思確認なのだが試験官問題もある。法律課から人員を出してもらうのと俺+望田は試験官をやるとして、フェリエットも噛ませたいな。

　人が獣人にイメージを伝えるのと獣人が獣人にイメージを伝えるの。どちらが効率的かと聞かれれば当然同族間だろう。なら、外すわけにもいかないし、獣人の子供達が自立する助けにもなる。しっかし長期的な目で見ると言う言葉があるがどこまで長期的に見ればいいのだろう？少なくとも長く生きるので結果は見えるし、初の16歳の獣人も見れる。まぁ、急ぎでない先の事はその時考えよう。

「もしもしクロエさん？内田です。フェリエットちゃんが来ましたよ。」

「分かりました、放送でエマを食堂に呼んでから行きます。」

　放送を流し食堂で合流。ただ本人はウェイトレスする気満々だったのか、既に着替えて料理を運んでいる。早着替えすれば着替えは一瞬だし基本、スィーパーの職場と言う事でロッカールームなんて申し訳程度にしかない。

　　

　なので着替えるなら温泉の脱衣所とかになってしまうし、獣人の貴重品は受け付けで預かる様にしている。まぁ、貴重品と言ってもスマホが主でほとんどはポケットに入れているので、預かる物も少ないと聞いている。

「フェリエットちょっと・・・。」

　　　

「クロエが注文するのかなぁ〜？量が多いから面倒になるなぁ〜。」

「違う違う。この人を紹介する為に呼んだんだよ。ほら。」

「エマ=ニコルソンでス。こうして会うのは初めてだガ、昨年チラリと顔を合わせたかナ？」

「コタツの魔力に負けて覚えてないなぁ〜。鳥とごちゃごちゃした物がいっぱいの人だなぁ〜。指輪の中身が多すぎるなぁ〜。」

「むッ、やはり見えているカ、ほとんどはガラクタで残りは回復薬とお土産ダ。ローストチキンだが後で渡そウ、業務に支障が出るなら後からでいいからどこかで時間を作って話を聞かせてほしイ。」

「内田から呼ばれたらそっちを優先でいいと言われてるなぁ〜。口が・・・、寂しいなぁ〜？」

「なラ、奢るから話を聞かせてもらおウ。」

　ウェイトレス姿のまま席についてフェリエットが他の獣人を呼んで注文しているが容赦ない量である。まぁ、獣人って食うしなぁ・・・。学校のモグモグタイムは体育の後には必ず挟むみたいだし、圧縮装置で圧縮されたモノなら腹持ちもいいので大丈夫なのだろうが、今度は味が一瞬過ぎるとお気に召さない。まぁ、それでもゲートに潜る時は圧縮食料のお世話になっているのだが・・・。

「半分出そうかエマ？」

「いヤ、この程度を支払う金貨ならあル。ゲート産の食材が無料で手に入る分、食料が高騰しなくてよかったが食べ飽きてくるのがナ。S料理人はウチの国でも引く手数多ダ。半田の料理が懐かしイ。」

「旨味はあるけどそれだけたからね、ゲートの魚とか馬とか鳥って。一応、食肉増殖実験は成功したけど倫理とか言い出す人がうるさい。」

　うるさいけど可哀想なのは可哀想。麻酔して片足切られた豚が回復薬と増殖と馬の肉で足を生やされて再度切られる。休憩期間として2〜3日は開けるらしいが、それで慰めになるのかと問われれば微妙。まぁ、歩けるし前よりは長生き出来るからいいとしか言えないのだが、やってる事はテセウスの船何だよな・・・。

「ビーガンやらの代わりにゲータリアンとか言うのも米国では出てきているらしいゾ？」

「どの層がそれをやってんだか。学者やら研究者？」

「いヤ、教会ダ。無償で施すなら無償のモノがいいとかいい出してナ。そう言えバ、教会もウチの国ではギルドに絡んでくル。」

「神父を葬儀に呼ぶとか？」

「武装して戦うスィーパーだナ。色々と解釈やら説法はあったガ、異教徒モンスターを倒せと言う方向らしイ。なんにせよ下火になっても人は生きなきゃならなイ。と、フェリエットに質問したイ。例えば焼けたチキンと生のチキンの見分けはつくのカ？」

「そんなもの出せば一目瞭然だなぁ〜。生なら焼くし調理されてればそのまま美味しくいただくなぁ〜。」

「最もな話ダ。どこまでゲートは進んダ？」

「神志那と5階層までは行ったなぁ〜。後はR・U・Rとか青山と模擬戦してるなぁ〜。」

「青山カ。あの頭のおかしい男もここにいるんだったナ。今日は休みカ？」

「青山は朝からウチに来てバイトを散歩しに行った後、増田さんが用があるとかで統合基地に行ってますよ。」

　スパイの件かなぁ？山程潜んでいる公安が気付かずスパイの潜入を許したと言うのは、元公安室長としてもブチ切れ案件だろう。ただ1言言わせてもらえば公安の任務はウチの家族の警護がメインなのでスパイに気付かず・・・、リーは普通にウチに遊びに来てソフィアと友達になってるよ・・・。

　縄張り争いではないが最初に怪しんだのは伊月だし、その辺りも気に食わない・・・、事はないか。どちらかと言えば増田は手練手管で相手を仕留めるタイプに思うし、伊月を評価しても憎む事はないだろう。あるとすれば、それは不甲斐ない古巣に対して喝を入れるとか？

「増田があれヲ・・・。」

「青山はいい男だなぁ〜。クロエの前では全部色褪せるけど、中位だから強いなぁ〜。」

「なッ！青山は中位に至ったのカ！？」