578話 暇人 挿絵あり
「もしもし増田さん?おはようございます。朝からどうしました?」
「おはようございますクロエ。取り急ぎではないですが米国からのギルド視察の件について電話を差し上げています。日程的にはもう少し先となりますが、シェンゲン協定の枠組みや協定内容が確定し、それの施行と共に米国側からギルド視察の要請がありました。」
出勤して早々望田は神志那に呼ばれて席を外し、俺の方は最終試験を突破した人に職員採用通知を発行していた。これで来年度からの採用職員は全て決定したので多少時間が出来る。そんな事を思っていたらこの電話である。
「ふむ・・・、協定内容は私も目を通しました。中々大胆と言うか切り込んだ内容ですね。」
日本で罪を犯した外国人は日本で裁ける。これは属地主義と言って国籍を問わず適用されるのだが、問題は海外逃亡した場合と米軍問題。海外逃亡されると日本の捜査権や裁判権が及ばないので逃げる前に捕まえるしかなく、米軍の方は日米地位協定があるので公務中の米軍に限れば、裁判をする権限がアメリカ側にあるし、公務外でも起訴されるまでは身柄を身柄は引き渡されないと言う、警察の捜査がしづらい状況である。
まぁ、重大犯罪については起訴前の身柄引き渡しについて米国側は好意的に考慮すると言う、どの道あちら本意の状況ではあるのだが、今回のシェンゲン協定の内容に所属にかかわらずスィーパー|(職に就いた者)が犯罪を犯した場合、裁量件は属地主義に委ねる事と盛り込まれた。
つまりどう言う事かと言うと、米軍基地内でも相手がスィーパーなら捕まえに行けると言う事である。そして、裁くのは日本の法律が適応される。一応、外務省を通じて色々と手続きは必要だが、かなり踏み込んだ話だな。
「スィーパーによる犯罪がそれだけ危険と言う事です。特に協定の範囲内で来る方については両国とも気を使う。悪しき見本を見せれば協定に対して世論が動く。クロエも海外に行く際には気をつけて下さい。」
「海外なんて行きたくないから頭の片隅に留めるにしておきましょう。それで、誰が来るんです?米国と言えば50州ある。ここで50人受け入れろと言われたら流石に怒りますよ?」
希望とするなら各都道府県に1人ずつで、余りの3人を東京で面倒見るとか?そもそも米国はギルドを作るにしてもマスターはどうするのだろう?ポリコレ考えると単一民族でない分難しいよなぁ〜。
外見だけ、性別だけで分けるとマスターとしてやっていけるのか?と言う疑問も出てくるし、獣人をマスターにしないのか?なんていい出す人もいるだろう。まぁ、性格からして獣人はマスター向きでないし、本人達も権力=面倒と考えている節があるので、人が言い出しても獣人が拒否するまである。
流石に他国の問題なので、意見求められても明確な解答は避けるとして誰が来るんだろ?流石にマスター候補をそのまま送って来るなんて事はないだろうし・・・、政府の事務方とか?1人で武力と知力を持たなくても分業すれば済む話だし、なにより人種が多いなら出来る限り人を集めて協力し合っていると言うアピールも必要だろう。
「来るのは1人、エマ大佐ですよ。」
「エマが?顔馴染みなので気が楽と言えばそうですが、米国はエマをグラマスにでもしてギルド運営をする気ですか?」
「いえ、米国のギルド設置方式は扶助協会方式です。ゲートを邪魔にならない所に設置するのは当然として、メインはスィーパーのサポートとなります。詳しい話しはエマ大佐から聞く方が詳しく聞けるでしょう。」
「分かりました、その辺りの情報交換はぼちぼちするとしましょう。ただ、S・Y・Sの正式版と言うか、試作機の改修版がロールアウトしたら私は宇宙ですよ?望田に任せていいなら・・・。」
「今回はエマ大佐もNASAと米国政府からの要請で宇宙へ行きます。」
「あ、そうなんですか?と、言うか研究員でもないエマに良く許可がでましたね。」
「前回の宇宙生活実験の結果、人員を増やしても問題ないと結果が出ましたからね。球体ですが敷地面積は約4km、高層建築を行うにしても耐震強度は気にせず2km近いビルも建てられます。」
地球上で一番高いビルって確かドバイの物でそれも1kmには達していなかった。しかし、話を聞けばそれの倍以上の建築も可能らしい。流石宇宙で無重力と取るのか、地震の心配がないだけで振り切れてしまったと取るのか・・・。何にせよコロニーが巨大化すれば地上とは永遠におさらばする事になるだろうし、メンテナンス的な部分もデータは必要だろうな。
「話は分かりました。私としても宇宙に出て何もなければゲート攻略に専念する時間が増える。世界とか国とか正直どうでもいいですけど仕事はするとしましょう。」
そんな話をして増田との電話は終了。しかし、エマが来るのか。最後に会ったのは去年のクリスマスと言う久しぶりと言っていいのか悪いのが分からない時期だな。ギルド運営資料は政府がまとめて日本をモデルケースにしたい国に渡しているし、最初の数日はそれに目を通してもらいつつギルドの案内とかだろうな。
いや、米国の思惑としては宇宙行きがメインでギルド視察はついでとか?なんにせよ来て困る事はないので良しとしよう。
「戻りました〜。」
「お疲れ様、神志那さん何だったの?」
「あー・・・、神志那さんと言うよりラボ案件でしたね。宇宙人がイメージでやり取りをする。その時に使われるのは何なのか?と言う話でした。」
「イメージのやり取りに使うもの?メインコアを考えると光とか波長じゃない?」
「そうだとは思うらしいんですけど、ならソーツはなぜすぐに日本語を理解出来たのか?と言う疑問があるそうでして。」
「日本語を理解・・・、理解出来てるなら秋葉原をシュウヨウゲンとは言わないんじゃない?まぁ、受け答えははっきりしてたと言うか、口調ブレブレで何人で話してんだよって感じではあったけどさ。」
ソーツの本体ってどんな姿なのだろうか?群体と言うからには多分集まっているのだろう。なら、斎藤を模した時もあと何体か現れてもよさそうだと思うが、いたのは1体?と言うか1人だけ。まぁ、全員で使いまわしていたのか、その時も口調はブレブレだったが・・・。
「理解出来てなかったと?」
「神志那さん達の見解がどうなのかは横に置くとして、勝手にイメージ送れるなら勝手に読み取る事も出来るんじゃない?だって脳の電気信号でなりたってるし。そもそもそんな事調べてなにする気?仮に宇宙人に話しかける方法模索してるとかなら待てをかけるけど。」
「待てで済むんですか?ツカサ的には宇宙人来るなだったと思いますけど。」
「今も来るな派だし会いに行くな派。でも、それは私の願いであって相手の願いじゃない。仮に宇宙人が来た時に対話と言うツールがあるに越した事はない。」
ラボでもアルが色々研究してるけど、大きくは同じ内容でも受信者側で細部が違う事もある。多分知識量や自分に最適な形で言語化した時にそう言ったゆらぎが出るのだろう。つまり、ソーツの話し方は特定の誰かに宛てたものではなく、受け取った俺自身がそう言う風に話していると思ったからブレブレだった?
「宇宙出ちゃいましたからね人類。そこで生活とか研究しようって話ですし。・・・、宇宙人来ると思います?」
「暇なら見に来るんじゃない?来たら来たで徹底無視推奨だけど。」
「えっ?無視ですか?帰れとか言わないんですか?」
「言わないよ。だって言ったら相手を認識した事になるじゃん。肉体を持つ宇宙人でも無視、肉体がなくても無視。相手が話しかけてきた時に初めて口を開くくらいでちょうどいい。なにせ広い宇宙でシカト決め込む生物をずっと見続ける事もないだろ?」
魔女達は暇だから職として人に力を貸している。システム的な制約とかもあるのだろうが、基本は無言で観察するだけで何かを指示する事もなければ、口を開いて言う言葉は暇である。
人からすれば全知全能っぽくても、暇なものは暇。なにかの作品で吸血鬼が戦う理由は暇だからとあったな。
なら、俺も今のうちに暇を持て余さない方法を模索しておくとしよう。差し当たって思い付くのは本の買い込みとか?読めてない新刊も多いし、本は増えるから簡単には暇にならないだろう。
「そんなモノなんですかね宇宙人。」
「そんなモノだよ宇宙人。と、宇宙人はいいとしてエマが視察にくるってさ。」
「エマが?クリスマスぶりですね。今回は視察だけですか?」
「いや、宇宙にもついてくるらしい。何にせよ来るなら歓迎しよう。」
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「お久しぶりです師匠!」
「お久しぶりでござるソフィア殿。それにこうして会うのは初めてでござるなフェリエット殿。」
「人がいっぱいいる兄ちゃんだなぁ〜。」
「指輪の中が見えると言うのは本当でござるなぁ〜。指輪の中には拙者の嫁達がいるでござるよ。さて、大分の案内は任せたでござる。」
こうして元気なソフィア殿を見ると感慨深いでござるな。最初の姿と言うモノを拙者は見ておらぬが、とても酷い状態だったと聞いているでござる。その酷い状況をクロエ殿が打開し、一時的に拙者が面倒を見てから懐かれた。
今まで女性とは余り関わりのない生活でござったが、人生何があるか分からぬな。そもそも先日まで宇宙にいたと言うのも、つい2年前なら仮に未来から来た自分に言われても冗談として笑っておったでござろう。
「任されたです!ならまずは・・・。」
「腹減ったからなにか食べたいなぁ〜。喫茶店とか惹かれるなぁ〜。」
「フェリエット、いきなり喫茶店はどうなんです?散策とか0ですよ?」
「でも、一度家で着替えてそのまま出たから何も食べてないなぁ〜。」
「喫茶店でいいでござるよ?人目もあるでござるからな。」
駅前での待ち合わせでござったが思いの外人の目が多いでござるな。確かにソフィア殿もフェリエット殿も美少女故に仕方なし。寧ろ、拙者の方が浮いてると言うか不審人物に思われないか心配でござる・・・。姿は変わろうとも性根は変わらぬ故、滲み出る何かが・・・。
「どうかしたです?師匠。」
「いや、ゲートの中ばかりで日向を歩く事が少なくて気後れしただけでござるよ。さぁ、今日は再開を祝して奢るでござるから美味しいスイーツでも食べに行くでござる。」
拙者の事はどうでもいいとして・・・、ソフィア殿は人でござる。そう、人であるはずでござる。しかし、どうしてこう・・・、まざまざと完成品を見せられている気分になるのでござろうな?やはり、クロエ殿の魔法のせいでござろか?




