571話 術中にはまるかな?
取引の内容としては悪くない。身の保証と言うには不確定な部分もあるが、それを差し引いてもギルドに自由に出入り出来てファースト本人からスパイ活動を黙認する様な言葉も出た。しかし、この状況で上手く行き過ぎではないか?
確かにこの国にはスパイを取り締まる法はない。それは先達たるスパイ達が幾重にも法の施行を邪魔して可決させなかったからだ。その代わり公安が嫌なほどに育った。こちらの組織に長く潜伏し時に仲間さえ売り、必要なら捜索情報さえ流して信頼を得る。
ファーストの前職はただの会社員としてあるが、この地を離れた後にその辺りの手練手管を教え込まれていないとも限らない。どうする?この場では話を合わせてリーが意識を取り戻した後に遁走する?厳しいな、この状況で監視の目が付かないわけがない。
何をどう理由付けようとも合法的に海外へ出る手続きは邪魔されるだろうし、密航を企てようにも指輪による物流ブレイクスルーが発生して貨物船はほぼ運行していない。なら、長崎から釜山まで泳ぐ?可能か不可能かで言えば1番見つかりにくい。何も全部泳ぐ必要性はなく沖合まで泳いで船を指輪から出せばいい。その船も適当な漁船を回収すれば済む。
いや、それなら飛行ユニットを使った方が更にバレないだろう。人の大きさでエンジンで飛ぶわけでもないから熱源感知にもレーダーにも見つかりにくい。海上を低空飛行で波に紛れて進めばステルス性は高いし、リーがサバイバーなら更に逃走成功率は上がる。
「この場で答えが出ないなら残念ながら国へ帰ってもらいましょうか。但し、警察に引き渡した後になりますが。」
「何故警察が?スパイ活動を取り締まる法はないでしょう?我々の活動そのものは罪には問えない。」
「ええ、スパイ防止法はこの国にない。でも、公文書偽造は立派な罪です。貴方がたの戸籍や経歴がすべて真っ当なモノとは流石に思えませんから、その辺りを洗いざらい明るみに出した後に強制送還と言う形になるでしょう。」
「それは・・・。」
「ゲート内は治外法権ですがゲート外は違う。そこに不正があるなら明るみに出すのが法治国家と言うものです。あくまで今の取引は司法取引的なモノで、それが受け入れられないなら真っ当に罪を償ってもらうだけですよ。当然、貴方方が帰国後どう言った処分をされるかは私の知る所の話ではない。まぁ、今だと飛行ユニット増産の為に一生ゲート内生活と言うか、休みもなくモンスターと戦わされるでしょうけどね。」
ファーストがどうでもいいと言う風にタバコからキセルに切り替えて煙を吐きながら話す。ファーストの言う事は容易に想像出来るがそれだけにはとどまらないだろうなぁ・・・。ファーストが言う物は軽い方で最悪、戻った直後に軍と関係ないとして口封じに処刑されるか処刑は免れても一生軟禁だろう。
私とリーと言うスパイからその手管を全て盗まれ、それにより今後のスパイ活動はやり方を一新しなければならないと言うダメージに、それを超える中位の拡張でも場合によっては発見されると言うダメージ。それだけではなく、発見したのがファーストであると言う1番気付かれては不味い相手に見つかったのも不味い。
さてどうするかなぁ・・・、出された条件は飛び付いてもいい条件でこちらとしては蹴るのを躊躇うレベル。だが、そこで転がってるリーはどう動く?私は前にリーに対して身の振り方を考えろとは話したが、どう振るとまでは聞いていない。ここでの話を後から伝えて死に物狂いで脱出を試みられれば私では止められないだろうし、そうなればファーストの提案も流れる。
そうなれば私個人としての価値はないから強制送還コースだろうなぁ・・・。そうなると私がリーを説得して納得させなければならないが・・・、出来ない話ではない。寝ているまま連れ帰り何もバレなかった。家で変化が解けたとするのはどうだろう?
いや、ファーストとしては時枝 加奈子と言う存在を中位として運用したいと考えているのだろう。そうなるとバレていないと言う話しのカバーストーリーを作るのは割と難しい。そもそもリーは何故バレて気絶している?今回の行動は対象達と共にゲートに潜ると言う話でこうして気絶する要素がない。
仮にモンスターによる襲撃で気絶したならそれは対象達・・・、厳密に言えばファーストの息子が負傷している可能性もある。そんな状況で私を呼び寄せてこうして落ち着いて話などするだろうか?それならまだ泳がせていて息子達の安全確認が取れた時点で青山に襲撃させたと言われた方が分かりやすい。
だがそうなるといつバレた?私は確かにギルドにも来たがそれは数えるほどで神志那のいないタイミングを狙ったし、ならリーがバレていたかと問われれば、話しを聞く限りではかなり低い確率だろう。アレか?警察と青山が家に来たとか?あのタイミングで地下がバレた?いや・・・、仮に地下がバレたとしてそれをスパイ活動の拠点と結び付けるには先に何かしらの不手際を見つけなければ厳しい。
駄目だ、どこを考えようとも確証がない。そして、確証がないまま判断を下さなければならない。いや、それならいっそ頼んでみるか?そこの寝坊助を起こせないかと。
「私は条件を飲みますよ。流石に帰っても死ぬ未来しか見えませんからね。元々木っ端で末端でしかない私がコウモリした所で役立ちませんからそこは了承して下さい。と、そこで相談ですけどそこの娘を起こしてもらえません?私が説き伏せたとしても従うかどうかは・・・、なにせ若いですからね。」
「ふむ・・・、先ずは名と職を。起こすのは吝かではありませんが名がないと呼べない。当然日本名ではなく本名ですよ?」
「偽名を言うとは考えませんか?」
「それはそれで結構ですよ?ただ、調べた時にその名がなければ色々と偽装工作が出来なくなって貴方が困るだけですから。」
偽装工作?何を工作する気だ?私とリーの外見で何処の国の者か当たりを付けているのだろうが、既に祖国に手は伸びている?互いに情報封鎖をしている関係上、私の手元にも今を知る情報はない。
封鎖前に貰った情報から現状をトレースしていけば祖国内の不満が爆発してもおかしくはないのだろうが、それが発生していればメディアで取り上げられるだろう。それがないと言う事は国際会議で要求したと言うか、増量交渉する不死薬を国民全員に提供するとでもしたか?皮算用だが発見確率が上がれば軍を動かすとでもいい、ゲートで発見した薬を配布するとでも言えば一定の効果はある。まぁ、そこには優先順位があり末端には死んだ後も届かないのだろうが・・・。
「どうどう青山、そんなに睨むな。」
「こんな有利な提案で迷ってるんですよ!?普通なら泣きながらありがたがるでしょう!」
「素直に折れる方が私としては怖い。なんの躊躇もなく裏切る人間は、どこまで行ってもすぐに裏切る。」
「・・・、テイ・ユウファン。最終階級は中尉だが任務につくに当たり軍籍は抹消されている。そこで寝ているのはリー・フェイシャン。階級は少尉だが他は知らん。私とリーはそもそも別任務でここにいて、家族として偽装しているが互いの行動は開示せず私はコレをサポートしていただけだ。」
話していて若干の寂しさを感じる。別任務の同居人はスパイのスの字も知らない小娘で私を父と呼びつつ2人ならテイとも呼ぶ。それは何度か注意して地下では解禁としたが全く持って手のかかる娘だ。私に親子の情などないが、短いながらも一緒に暮らし意見を交わしぶつかり合えば芽生えるモノもある。
「中国軍の方でよろしいですね?」
「・・・、あぁ。」
「分かりました。今回の件は私預かりとして話しを進めましょう。さて、再度問いますがリーを起こしますか?」
「そちらと足並みを揃えるなら起こして欲しい。起こさないなら勝手なカバーストーリーを吹き込む事になる。その際、リーの中位バレに関して私のカバーストーリーをリーが信じなくても責任は取らない。」
「取れないの間違いでしょう?テイさんが中位とは思えませんし。青山、リーは回復薬で起きるよな?」
「ええ、気絶させて脳の一部を抜き取っただけですから。」




