568話 露見 挿絵あり
「切り札を使ったか・・・。」
「うん?那由多君達ですか?」
「そう。」
切り札を使うタイミングと言うのは難しい。場合や敵の量にも拠るが全滅しそうな時に使う。これでは打ち漏らしがあれば反撃されて切った意味は薄くなり被害も増える。なら、先に使うのかと問われれば、今度は過剰攻撃で他の難敵に対して使えないと言える、言ってしまえばタイミング次第で毒にも薬にもなるし、札を切ったならさっさと逃げる事をオススメする。
まぁ、その札がどう言う札かにもよるしゲームなんかでは、エリクサーを切り札としてラスボスまで残していたのに結局ポーション連打で倒してしまうなんて事も。切り札なんて物は使うよりも持っていると言う安心感、つまりお守りの様なモノだろう。ただ、そのお守りは信頼を寄せるくらいの希望を詰め込んでおかなければならないが・・・。
実際ボス戦で1つ使えば、蘇生にHPMP状態異常フル回復でボスを再度ボコせると考えれば十分切り札とは言えるな。そんな事を考えつつ仕事をする。試作機の降下は15日以降で予定が組まれ、それと同じくして獣人のゲート入場試験も始まる。
この件に関しては政府からなるべく早く入れて欲しいと要望されたが、早く入れようが遅く入れようが職に就けるかはその獣人次第だし諸外国を見れば日本よりも先に獣人を入れていると言うか、試験制度前から獣人入れる人は入れていたのでその辺りは分かると思う。
分かると思うが、英国で2号が誕生して他の国でも少数ながら誕生した事を受けて日本でも警察側と言うか防衛体制上増やしたいとしている。まぁ、物取りとか犯人と断定されても知らないといい続けるやつもいるし、凶器を指輪に入れたまま犯行が明るみに出る前にゲートに逃げる奴もいる、少なくとも獣人しか見えない指輪の中と言う秘匿性は高いままだな。
「どんな感じです?」
「なんか危なそうと感じてすぐに使ったみたい。発動も止まって指輪に収納されたけどそろそろ帰ってくるんじゃないかな?始業式には間に合うし大怪我もなかったみたいでよかったよかった。」
「そうですね・・・、中には春休み中に亡くなってそのままって子もいますからね・・・。」
「うん・・・。どんなに準備してもベテランがいても死ぬ時は死ぬのがゲートだよ・・・。生き残りが死亡したって断言しないと行方不明者扱いだけどね。」
息子達の様にゲートを進む子供・・・、もうすぐ新社会人も多い。それは個人なのかチームなのか、どこかの強い人に弟子入りしてからなのかと様々なケースがある。そして、ギルドで雇える補助者にも限界がある。特に6階層を超えて15階層までに退出ゲートはないし、ゲートやアイテムを使って1つ上の階層に戻ったとしてもそこが安全とは限らない。
飯を食堂で食ってる時に耳にしたが、1から5階層はチュートリアルで5から15階層走破で初心者脱出らしい。らしいと言うのは全員が同じ認識なのか分からないから。特にギルドとして初心者やベテランと言う括りはないから、それを考えるのは個人や企業の問題だろう。
今の所セーフスペースに用事のある企業人はそこまでしか行かず、戦うにしても5階層のモンスターばかりでそれさえも護衛を雇えばスィーパーとしての年数は重ねられる。逆に奥に行く人ほど休みの期間を大切にする。まぁ、それでも割の良い依頼なら受ける人は多いが・・・。
「おっ、那由多君達出て来た・・・。」
「クロエさんそろそろだと思うんでちょっと・・・。」
「どうした青山?」
部屋に現れた青山が珍しく言い淀む。何かやらかしたのか?言動こそおかしいが周りからの評価は高く今までやらかしたと言う事は聞いていない。ついでに言うとニコニコしているので悪い知らせではないと思う。その代わり息子が出て来たと言った望田の方の顔色が・・・。
「誰か怪我してます!・・・、この声は加奈子ちゃん!」
「えっ!?」
「その子の事で話があります!ええ!棚ぼたですよ!棚ぼた!まさかちょうど今とは、俺の奉公精神の賜物か!」
「息子の友人が怪我して何が棚ぼただ!!カオリ、状況・・・、いや、見に行く!カオリ、ゴメンだけど後お願い!」
「大丈夫ですよ!それよりも人払いしないと!伊月さん、親御さんを連れてきて下さい。ええ・・・、ギルドに。それと・・・。さぁさぁ、加奈子ちゃんを確保しましょう!」
部屋から出て走り出すと青山が付いてきた。このクソ馬鹿は何が棚ぼただ!少なくとも息子の同級生が負傷してるんだぞ!?さっさと医務室に運んで治療してもらわないとヤバいのか?それとも出る直前に何か攻撃を受けた?薬のストックは?
「何処か防音室空いてましたっけ?」
「先に救護室だバカ!怪我人だぞ!なんで防音室が出てくる!頭腐ってんのか!」
「大丈夫ですよ!だって彼女中位の拡張ですし。」
「・・・、はぁ?時枝 加奈子はサバイバーだ!トチ狂ったか!?」
青山がおかしな事を言うが何時もの事・・・、何時もの事だがコイツは嘘をつかない。それは本人にしても奉公する者にとっても何のメリットもなく、寧ろ奉公する者にとっては嘘をついた時点で裏切りと言っても過言ではない。そして、裏切りイコール存在意義の否定だ。嘘も方便と言うが青山にしろ奉公する者にしろこの場でそんな嘘を付いてわざわざブチ切れさせて不興を買う必要性はない。
わけの分からない状況だが足を動かし表に出ると人集りがある。その中に確かに息子達がいる。しかし、誰も薬を使おうとせず何故か見守るばかり。何だ?どう言う状況だ?
「武術家はいい駒でした、あの技は受けるとかなり痛いんですよね。こう・・・、脳も含めて身体の中であらゆる所を殴られている様な。」
「武術家?あの確保に向かわせた?」
「ええ!確保して階層移動させてバイトにお願いしてぶつけておきましたよ!」
「何だ、何の話だ?とりあえず散れ、そこをどけ!」
「あっ!父さん!」
どけと言う言葉で人集りが割れて道ができるが、その中心で叫ぶ息子と回復薬を駆ける千尋ちゃんに加奈子ちゃんを抱き起こす結城君。しかし、その加奈子は・・・、まるでてんかんの発作の様に全身をビクンビクンと震わせながら暴れているがなにかおかしい。
具体的に言えば身体の中にエイリアンがいる様に時折身体の一部が急に腫れたりする。それも腹と言わず腕や足も。青山がさっき言った様に身体の中であらゆる所を殴られている?いや、なら何故その腫れは弾けない?限界までその身体が引っ張られた様には見えないが、それでも相当なダメージだろう。
「・・・、那由多。この子は預かる。」
「なら僕達も!」
「いや、何をされてこんな状況になったか身体の中を調べる必要がある。」
「変質者に襲われたんです・・・。でも殴られただけで・・・。」
「俺ならこの状況をどうにか出来ますよクロエさん。救護室では無理です。」
「・・・、無事に帰すから・・・。行くぞ青山。」
「はい!」
青山が加奈子を肩に担ぎギルド内へ。防音室か・・・、まだ疑わしいし青山の言う事が間違いの可能性も・・・。空きの防音室に入り扉をロック。ベットはないから長机の上に乗せる。未だに抵抗しているのかその身体は更に激しく変形している。
「服の下に武器・・・、サラシ風かな?灰色ですよ。」
上着を捲り見せられた腹には灰色の武器と思しきもの。確かに灰色の武器は中位の物だが中で至って出て来たとも限らない。そう、いつ至るかは誰にも分からないのだから。
「では、この技を抜き取って頭に少量戻す!」
「かっ!ひゅー!」
「あっ・・・、あぁぁ・・・。」
青山に完全に意識を刈り取られたのだろう・・・。イメージの崩れた職は意味をなさず本来の姿に戻る。コレが魔法なら糸や杖は残るし、寝るだけならそもそも姿をイメージして寝れば問題にはならないだろう。強制的にイメージを遮断され本来の姿に少しつづ変化する身体は時枝 加奈子と言う人物が幻の姿であり、コレが本来の姿だと訴えかけてくる。
「この娘の名は・・・?」
「さぁ?そこまでは分かりませんけどいい手駒になりそうなスパイです!」




