閑話 113 ビギナー@4 挿絵あり
「真っ暗だけどバッピーニューイヤー。」
「明けましておめでとうございます。」
真っ暗な洞窟の中、更に入り口を土壁で偽装して周囲に同化させ新年を祝う。全員小声で祝の言葉を交わすが直ぐに対象と那由多は警戒に行くそうだ。まぁ、警戒と言っても入口を塞ぐ壁の低い位置に作った監視窓から外を見るくらいだが。
少なくとも私の撤退に引っかかる感覚はない。職と言うのは不思議なもので難しい半面感じ方はそれぞれだが、自身に新たな感覚器官が生えたようにも感じらる。こうして閉鎖空間にいても撤退すると考えれば鋭敏にその経路を思い描けルートを探る事が出来る。
それを攻撃に転用した武術家は今も元気にしているのだろうか?祖国を出る時に一度だけ見たあの技を誰かが使える様になっていれば戦力増強は確実だろう。私も見様見真似で何度か隠れて試してみたが、衝撃の退路封鎖まではよくてもその衝撃は次第に弱まりモンスターを倒すまでには至らない。
「さてと警戒は僕と那由多が先で千尋と加奈子が後ね。ケーキ貰ってくよ。」
「戦力配分的には仕方ないか。」
「おっ!恋人とイチャコラしたかった?残念、それで監視をおろそかにされても困るんだよね。外で存分にイチャコラって、痛いじゃないか相棒。」
「イチャコラは否定しないが監視を疎かにする気もない。純粋に職で分けたんだから変なこと言うなよ。」
「ヘイヘイ。2時間交代だから2人ともそこそこゆっくりしてね。」
「ゆっくりな、常在戦場だから程よい緊張感でいるとしよう。」
「千尋ちゃんそれだと疲れますよ。薬で体力はいいとしても精神は別ですからね。」
休める時に休むと言うのは簡単な様で難しい。ここに来るまでに戦闘と逃走を繰り返し、興奮した神経は中々に休むと言う事に納得しない。しかし、それではダメなのだ。どんなに興奮していようとも目を閉じるだけでもいい。感覚の1つを遮断するだけでも休息に繋がり、そこからまた考え出せばいい。
職とはイメージを重ね自身が出来る事を増やし、自身の力としてそれを振るいモンスターを倒すものだ。そのイメージをする段階では精神が重要で、精神的に疲弊していれば単調な攻撃に繋がる。それで倒せるモンスターもいるだろうが、そのモンスターも多種多様で連続戦闘をこなすなら間に回復薬やエナドリを飲んで脳の疲れを取る事も推奨されている。
「先に加奈子が休むか?私はまだ体力には余裕があるが。」
「いえ、私は最後です。撤退経路が塞がれても困りますからね。」
「そうか・・・、なら先に身体を拭いて目を閉じさせてもらおう。」
対象達が警戒に行き千尋が軽くストレッチしてからウエットタオルで身体を拭く。服は脱がない。その服は防具でもあり命綱。水箱にそのまま飛び込んでも少しすれば乾くが、乾くまでの不快感は続く。対象とベテランと言われるスィーパーに話を聞いて回った時に言われた、ゲートを出る時は余裕があるなら水浴びしろと。
近付いても臭わないが運動量的に汗もかけば垢も出る。そして、ゲートを出た時にその臭いが鼻にダイレクトに入れば自身の臭さに吐き気を催す事もあると。まぁ、私も経験がある。至った後に上からの命令でゲートに籠もって戦闘継続能力とモンスター突破力を判定された事があったが、連日の戦闘により飲む物は回復薬に食う物は馬肉やカロリーバーなんか。
馬肉は良かった。歯ごたえもなく舌で押し潰しても食えるし旨味は多分にある。しかしカロリーバーは味が考慮されず油の塊の様にしか思えず、申し訳程度に付けられたチョコ味が更に口の中にとどまり不快感を増す。合わせて食えば高級チョコ味にもあるが、食料を無駄に浪費するわけにもいかない。いくら指輪に無限に入ろうとも、入れているものがなくなればそれはただの空の袋でしかない。
「加奈子は結城と専属スィーパーをやっていく事に悩まなかったのか?」
身体を拭き終わり目を閉じた千尋がポツリと漏らす。悩む悩まないではなく最初からそれしか選択肢はなかった。私は祖国の命を受けてここにいる。しかし、その祖国に対して私の中では疑念が渦巻いている。
軍人としてはあるまじき事なのだろうが、会議での発言やテイの生き方、対象達やこの国を見て考えずにはいられない。少なくとも私は機械ではない。夢や理想と言うものがありその願いに近づく方法として軍人となった。だが、そこに疑念が生まれどんなに言い繕おうとも修正不可能だと感じたなら、どうすればいいのだろう?
「悩みましたよ?出会ってからそんなに長い時間を過ごしたわけでもないですし、お互い命のかかる仕事でもありますからね。でも命がかかるからこそ、少しでも長くいたい人と一緒にいたいじゃないですか。帰りを待つだけなんて怖くて私は潰れちゃいますよ。」
ーside 那由多 ー
暗がりの中を小さなペンライトの明かりを頼りに結城を連れて歩く。中は整地してでこぼこはないにしても、ほぼ光源がなければ何も見えないな。そんなに深くない洞窟だとしても障害物を作り中に入られても少しはモンスターを遅延出来ると思う。思うけど、外からビームの集中砲火を浴びたら盾にはならないだろうし、窪地にした千尋達のいる所が最後の砦か。
「こんな所で年越ししてる人ってどれくらいいるんだろうな?」
「相当いるんじゃない?クリスマ終わってから入って出てこない人もいるし、その前から籠もってる人もいるよ。ホイ半分。」
「ありがとうって、俺のが大きい気がするけど?」
「ここまで連れてきた罪滅ぼしと打算の謝罪に友人へのお祝いかな?大切にしろよこの野郎ー、赤ちゃん抱っこさせろよこんちくしょうー、末永く幸せてあれ親友ー。」
「はいはいって打算?罪滅ぼしは別にいい。俺も千尋も納得してここに来たし、加奈子はお前とパーティー組むのに了解したんだろ?何か打算的な所はあったか?」
小声で話しながら目出し窓から外を見る。特に代わり映えのしない暗がりは、どこにモンスターが潜むかは分からない。入口を塞いだ岩は結城が作りそれを俺が精錬して改造してかなりの強度はある。でも、それは絶対じゃない。こうして見ている窓にビームが当たれば窓から中にビームが侵入もしてくるだろうしな。
「司さんから色々那由多が借りてくるかもってね。もちろん自分達で行けるだけの準備はしたし、生き残る為に色々話も聞いたし、魔術師としても色々訓練してきた。でも、そこに+アルファで何か安全策があればいいと思ったんだよ。こうしてリーダー気取ってるけど、誰かが傷付けばその責任は僕にある。こうしてみんなを連れてきた僕にね。」
結城とは産まれた時からの幼馴染で一緒にバカもやったし、父さんに一緒にこっ酷く怒られた事もあった。家族以外で1番分かりあってるヤツと言えば多分こいつだろう。なにせ千尋よりも一緒に過ごした時間は長いしな。そんなコイツが微かに震えた声で話す。
でも、悪いのはコイツじゃない。こんな場所に来るのに何かに縋りたいと言う気持ちはよく分かるし、そもそもコイツは無責任な奴じゃない。その証拠に俺達は戦い傷付きそれでも傷を治してこうして全員生きてる。そう、浅いとは言えモンスターのひしめくゲートの中で全員がまだ生きている。
「俺さぁ・・・、父さんに頼ろうとしてやめたんだよ。」
「えっ?なんで?」
「色々と考えたんだよ。高校卒業して仕事する事とか、千尋と一緒にやっていく事とか・・・、いつまで子供でいるかとか。」
「親にとって何時までも僕達は子供だろ?仕事して自立して家族を持っても、実家に帰れば父さん母さんって呼ぶし世話は焼かれるし。」
「そうだな。でも、それって父さん達が先に死んで俺達が後から死ぬって言う前提があるからじゃないのかな?本当か嘘かは分からないけど父さんは永遠に生きるらしい。そして、俺や姉ちゃんや母さんなんかの家族は死ぬ。寿命とか不老とか不死の薬なんかもあるけど、それが手に入るかは微妙と言うかかなり手に入れるのは難しい。だからどこかで俺は大丈夫って姿を見せないといけないと思った。」
子供のわがままとかもっと大人や親に頼れと言われたらそれまで。でも、俺達もずっと子供のままじゃいられないし、仕事で失敗すればその責任を取るのは親じゃなくて俺自身。まぁ、ギルド職員って立場の関係上、回り回って父さんの所に話は行くかもしれないけど、それでも最初に頭を下げるのは俺で失敗した責任を取る義務がある。
親と子、俺は父さんの子である事を望んて産まれたわけでもないし、父さんも俺が子である事を望んだわけじゃない。そりゃ三億くらいの仲間とレースを死に物狂いで走って1番にゴールしたのは多分俺なんだろうけど、その時に俺の人格なんてないし父さんも最初から選んだわけでもないだろう。
「それで切り札もらって旅に?かなりこじらせて極まってない?」
「うるさいな。俺が何をすべきか考えて、法律なんかじゃなくて俺自身が大人になるタイミングはここだと思ったんだよ。年食って勝手に大人って言われるのもなんか違うし、でもなにか行動を起こさないと父さんの中じゃ俺はずっと守る子供でしかなくなる。そうなったら多分、だらけるだろ?言えば文句言いながらでもどうにかしてくれる人、かなりの無理でも押し通せる人。そんな人が贔屓してくれるって考えたら何もやる気は出ない。」
「そっか、那由多は早く千尋と結婚したかったんだ。」
「なんでそうなるんだよ。」
「だってそうだろ?司さんとか関係なく僕は誰かに頼るよ。父さんとか母さんとか関係なく、知らない事は聞くし出来ない事はお願いする。那由多の場合は拗らせたファザコンなんだよ。昔の司さんなら多分そんなに意識しなかったんだろうけど、急に飛び越えたくても横回りして先に行きたくても無理な壁になっちゃったからねぇ。だから自立して俺は大丈夫だって見せたいんじゃない?」
確かに結城が言う事には一理ある。昔の・・・、ただの会社員やってる父さんなら超えると言うか、仕事して結婚して家庭を持ってと同じ様な道を辿って立派な自分って言うモノを見せれば並べたのかもしれない。そして、どっかで介護やら遺産やらの話も出て来て頭を悩ませながらでも笑って『父さんも年取ったな』なんて事も・・・。
その機会は永遠に失われ逆に今の父さんから『お前、年食ったな』と言われた時に、はたして俺は笑いながら軽口を返えせるだろうか?親孝行したくても歳も取らなければお金だってはるかに稼いでいるそんな父親に。ファザコンか、確かに結城の言う様に拗らせてるな。心のどこかで父さんと同じモノ見たいと願ったのかもしれないし、千尋の事は愛しているけど孫の顔を早く見せたいと言う思いもあったのかもしれない。
「・・・、ガキだな俺。」
「ここにいるのはみんなガキだけどね。」
「でも、お前が専属スィーパーを目指すって聞いた時は正直驚いた。どう言う心境の変化だ?てっきり会社員との兼業目指すと思ってたけど。」
「それこそガキだからだよ。高1の秋に2人でチャリ漕いで真夜中に星見に行ったの覚えてる?」
懐かしい話だ。つい2年前の事と思うけど高2からが胸焼けしそうなほど濃いから懐かしい過去と思える。あの時は結城が急に星を見に行こうと言い出して話が盛り上がり、次の日が休みなのをいい事に2人でコンビニでお菓子とか買ってから夜中に家を抜け出した。
でもこのバカはてっきり近くの河原で星見ながら駄弁るモノだと思ったら、海で見ると言い出だして爆走してそれを俺も追う羽目に・・・。田ノ浦ビーチに到着した後ふざけんなと言いながら拳を振り上げて追いかけっこしたのは忘れない。そして、お互い汗だくになって疲れて背中合わせで見た星は確かに綺麗だったな。
「忘れないよ。クッソ疲れて2人で星見て将来の話とか彼女欲しいとか話たな。・・・、えっ?お前マジ?マジでそれを目指すの?」
「マジだからここにいるんだよねぇ。僕の夢は世界を旅する仕事がしたい。そして、専属スィーパーはそれが出来る。別に普通のスィーパーでも旅しながらゲートでお金を稼いでって出来るけど、それじゃあ地に足がついてないし何の保証もない。その点、専属なら仕事の受け方次第では海外にも行けるし、ギルド世界化で保証なんかも出てくるみたいだから普通の人よりは動きやすい。」
「それは・・・、加奈子も納得してるのか?」
「してるよ?僕は最初に世界を飛び回りたいから専属になるって加奈子に話たからね。加奈子は元々お父さんの都合で転校ばかりしてたから新しい土地に行くのは忌避感ないってさ。まっ、最初は大分を拠点にして認められるくらい腕を上げないとだけどね。」
「スィーパーとしての腕か・・・。なら、微力ながら俺もお前の夢を手伝ってやろう。」
「おっ!なになに?なにしてくれんの?」
「安値で武器やらパワードスーツ方面は面倒見てやるよ。それと、この切り札はお前が持て。」
「えっ?これって司さんがくれたやつだろ?」
「俺は戦うなら前に出るし千尋も前に出る。加奈子は撤退するなら先導役で1番フリーなのはお前だ。ほら、ネックレスにしたから首から下げてろ。コレの発動条件は本当にどうしようもない、手にあまると思いながら砕けばいい。」
「・・・、分かった。リーダーとして有効に使わせてもらうよ。」
どこの誰として生まれるかも分からないし、どこの誰に育てられるかも分からないけど、恋人や友達は選んでも別にいいよな?俺とコイツは幼馴染で腹割って話せる友達で多分、爺さんになってもくだらない事を馬鹿みたいに話せる親友だ。
それに今のリーダーはコイツで前で乱戦して周囲が見えづらくなる俺よりも、コイツが持つ方が生存率も上がるだろう。いや、もし死ぬなら俺は千尋と一緒がいい。どっちが長く行きられるかも分からないし先に千尋が死ぬかもしれない。でも、少なくとも俺は1人で生き残るのは嫌だ。
青山さんの言う生きて返せの言葉は重いな・・・。いや、それが出来るからこそ父さんも面倒くさがりながらも近くに置いているし、本当に嫌いな人なら笑顔で挨拶だけ返すだろうしな。
「うへ、責任重っ!」
「声を張るなバカ。・・・、信頼の証しだよリーダー。俺の命、預けたぞ。」




