閑話 108 とあるスパイの苦悩 挿絵あり
ラボ飛行以後我々は祖国と通信していない。対象を通しての観察もこれと言って特筆すべき点はないと言える。まぁ、調査続行だがないものはないとしか書きようがない。ただ、考えて動くと言うなら対象達と中層付近を目指す方向になるのだろうか?
高校卒業以降も対象とはスィーパーのチームとして動き専業の道を辿る。その中で15階層を卒業までに目指すとしてバイトや浅い階層のマラソンを行い資金を貯めている。はっきり言えば那由多を通してファーストにお願いして、コネとでも言えばいいのか楽は出来るのだが千尋も対象もそれはしたくないと言う。
言いたい事は分かる。確かに楽をして階層を降ったとしても何1つ経験が積めなければ意味はなく、次に自身で潜ろうとしたとしても容易くモンスターに殺されてしまうだろう。金持ちのジレンマとでも言えるのか、ゲート発生当初に職に就くために潜った金持ちは5階層までで出て来れば概ね生きてでられるが、それ以降を怖いもの見たさや多数の護衛にあぐらをかいて進んだ者は帰らない者が多かった。
確かに不老や不死と言うものは人を引き寄せる。人類の夢、古くからの願い、権力者の到達点。不可能だからこそ追い求めたモノがこうして目の前に現れたなら探してしまうだろう。人類初の不死薬を飲んた人間がその不死性をカメラで収めつつ映画なんかを撮影してしまったのだから仕方ない。
ただ、私個人としてはそこまで不死や不老と言うモノに興味はない。多分・・・、いや、確実に私が権力者ではなく使われるものだからか。祖国の歌う共産主義と言う物を考えて見ると国際会議での発言はどうしてもそれの死を思わせる。そう、死だ。
本人達は安全圏から指示を出し戦場になる地球を離れ宙から見下ろす。そこにいるのは誰で誰と平等なのか?コロニーの中での平等で地球に残る者を下とするのか、それとも地球に残る者を上としてコロニーを下と見るのか?
それを考えていくと嫌な話だが日本や米国の言う政治不干渉案が平等に思えてくる。それにコロニーにゲートを搭載すると言う話がある以上、スタンピードの発生は出来る限り回避するべき事項であり、緊急時の対策を考えると下手に軋轢は生むべきではない。
「最近は冷えるな。ファーストの行方は?」
「青山を強化していると言う話し以外はギルドに何の話も流れてなかった。ただ、増田が来たと言う話を考えるとそれなりに重大な事があったと推測出来る。だがそれまでだ。それ以上の話しは何も出てこない。」
「情報か・・・、やはり種子島のことだと思うか?テイ。」
「その線が濃厚とも言える。宇宙に旅立つとしてファーストにオファーがあるのは当然。しかし、そのオファーが早すぎる。リーもそう考えるだろ?」
「ゲート内での飛行は成功したにしても宇宙に向けてステップアップするにはジャンプし過ぎだと考える。どれだけ自信があろうとも最初は無人飛行で安全を確かめた方がいいと思うが・・・、あの飛行ユニットでの個人大気圏離脱と突入を考えると、アレ以上の安全管理が出来るのか疑問も残る。それにファーストの巻き戻り?再生能力を本人が話した通りだとすれば宇宙に出すリスクも少ないと思う。」
「飛行ユニットか・・・、日本国内にもまだ流通せず流通タイミングは中露に開示後としてある。やはりこの国は我々の事が嫌いらしい。」
「それほど世論が揺れると?」
「揺れる。自国の技術なのに最後尾である我々の祖国等と同時開示となれば弱腰て配慮したとも取れるだろうが、それは同時に面倒な国が面倒を起こさない為に国内開示のタイミングをそこにしたとも取れる。特に今の若い世代・・・、下手をすれば中学生でも政治に関心を持ち高校生になれば政府のHPは定期的に見る。
スィーパーが増えその情報源が政府やギルドとするなら必然的に無関心だった政治にも目が向くし、その中で歴史を学び主張する方法を知れば世論が動く。」
「プロパガンダは厳しくなって来たと?夢や理想を語るのは常套手段でありひたすらに綺麗なもの・・・、平等と言う正義は誰しもが認めて他者に害する武器となりえるが?」
平等で誰しもが幸福な世界は理想であり追い求めるものだ。でも、この国に来てからと言うものその理想を説き追い求めながらも疑問が浮かび続ける。世相が代わった、場所が変わった、多数の思想が変わったと言われればそれまでなのだろうが、誰しもが幸せを追い求める中で平等である理由が分からなくなってきた。
確かに上下がなければ・・・、同列であれば差異は産まれない。しかし、スィーパーである限り明確に下位や中位と言う位は生まれ第2職の有無が隔絶をもたらす。それは下位が中位に劣ると言うものではなく、戦えば気を抜けば負けるかもしれないと言う事を考えてもだ。
例えば対象と私が戦うとする。私はサバイバーと拡張を使い対象は魔術師:土だが必ずしも始めの号令がかかるわけでもなく、更に言えば一対一が常に実現するとも考えない。確かに下位が集まっても善戦は出来るし簡単には負けない、勝利を掴む事も出来るだろうがそれが簡単とは言えないし、対象、那由多、千尋のチームと敵対すれば手痛い反撃をくらい負けるかもしれない。
それを考えると私のブランクとでも言えばいいのかゲート内で全力でモンスターを狩り、新たなイメージを積めないのは手痛い停滞期と言えるな。
「それはみとめる。良くも悪くも大義とは集団意識の象徴であり祖国の思想はその大多数が認めるから成り立つ。しかし、その大多数の意思さえ大多数が無視できる場所があると祖国は示してしまった。はっきり言おう、私は国際会議での祖国の立ち回りは失敗だと考えている。」
「テイもか。私もその意見には賛成する。確かに永遠を求めるのは人としても自然だろう。しかし、それを念頭に置くと言われれば優先順位が生まれ、今死に逝く者は薬を譲れと叫ぶ。そして、同志はそれを拒否するだろう。」
「それは今更と言うやつだ。それに増産を交渉の場に持っていけるだけで諦めろと言うだろうし、交渉が完了したなら自分で取りに行けと言うだろう。建前は出来ている、ゲート内は治外法権で不干渉。だから我々ではその願いを叶えられないとな。」
話す度に不穏な言葉が頭をよぎる。それは祖国の崩壊。理想に突き進む祖国はその理想で潰え他国と変わらない思想に傾く。いや、もっとたちが悪くなるかもしれない。資本主義ならすべての財と労働力が商品として扱われる商品経済社会であるか、それも突き詰めれば自身を他人をスィーパーを商品としてみる。そして、軍人である私は1個の商品となってしまう。
その時売り出されないか或いは交渉材料として潜り込ませたスパイとして売り払われないか?混沌とした祖国の情勢は知る由もなく経験則から言えばあり得る事態だろう。前にテイが身の振り方を考えろと言っていたが逼迫していないにしても考えさせられる。
「我々は今後どうなると思う?」
「今後?切り捨てられてひっそりと帰化するか・・・、或いはお前なら戻れと言われる可能性もある。私は下位の草臥れた間者で貴様は中位だ。その点を踏まえてもみすみす戦力を手放すとは思えない。しかし、それもまた微妙な線だ。現実、お前はこの場から離れる明確な理由がない。ある程度馴染んだ存在が理由もなく消えればさらに不信感が増す。よって、今の時点では現状維持しかない。」
「やはりそうなるか・・・、話は変わるがセーフスペース内の中国統合基地の建設はどうなっている?」
「ん?そこそこの出来上がりで建設中だ。ただ日本は各国の統合基地のシンボルにファーストの写真と言うか旗をプッシュし、ほとんどの国はそれを受け入れた。確かにあの旗は頭に残る。しかし、その分なんだか漠然と悪さをするなと言われているような気もする。これが祖国に渡されたものだ。」
真正面から撮られたモノだが不思議な印象を受ける。角度を変えようとも瞳が自身をとらえ互いに見つめ合う様に感じ、その中でも不徳や悪徳と言うモノのやる気を削ぐような・・・。
「美しいと思う。しかし、実際会っても思うがファーストは何人なのだろうか?改造されたと本人が語ったが国籍等は本人は語っていない。まぁ、日本人ではあるのだろうが、現在の外見からは分からないな。」
「さぁね。私は何人でもいいと思うよ?そこに有りて真実とする。陰日向に有りて華となす。祖国としても融和路線に切り替えようかと画策している節がある。当分はこのままおとなしくしていようじゃないか。」




