閑話 105 とある巻き込まれた帰還者の話@4 挿絵あり
「丁寧に扱う?崇め奉るとかか?」
ミミがその豊満なバストを揺らしながら胸を反る。俺の知っている宗教観とはまた全く違うのだろう。貰ったデバイスは歩きながらも使えると話されたが虚構と現実を片目ずつに宿して歩くのは中々難しいと思う。寧ろ何でこの未来人達は躓いたりしないのだろう?
尻尾の生えた人達・・・、総称は獣人で2024年頃から人と共に歩き出したらしい。昔は薬で産まれたと言う話だけどその薬はなくなってしまい、仮に探すなら大金を積むかゲートを旅するといいらしい。ただ、寿命の薬よりも発見される確率は低く、一説には取りつくしてしまったのではないかと言われているらしい。
「飯を奢ってくれればそれでいいよ。ごちそうは何物にも勝る報酬だし。」
「リリ、俺はミミと先に林に会ってくるから後は頼めるか?久々に生身で会いたい。」
「いいよ、報酬とかも受け取っとくしマスターと会うなら私と榊だけの方がスムーズだしね。ちょっと手続きしてくるから榊はあそこのベンチに座ってて。」
「分かった。ネットでもしながら待つよ。」
座ってからデバイスを起動して獣人に付いて検索。獣人はDNA的には人と数%の違いしかなく、逆に言えばその数%で自然には両者の間で子供は作れない。ただその数%を無くす方法もあるので、人と獣人の間でも子供は出来るし家族にもなれるそうだ。その他の驚きとすればサイボーグ的なモノだろうか?
身体の一部を機械化或いは全身を機械化した人も見られたが、それはもう趣味の話らしく普通の人間の身体もいくらでも再生出来るらしいが本人の意向で機械化してるのだとか。わざわざ機械化するメリットはない事もないらしいが、それで居続けるメリットは少ないらしい。
「ん?」
「おいこちらで見かけたか?」
「いや、多分もうここを出られたのだろう。本来はここに留まる必要もないし期日としても後数日はある。しかし、フェムが探せとうるさいからな・・・。」
「ドール国民だから下手に怒らせると高槻ファウンデーションから文句が来かねない。しかたない、そこそこ探すとしよう・・・。」
黒い服にサングラス。いや、もしかしたらスマートグラス?常識がダース単位で改変されているのでただのサングラスだろう物も怪しく見える。誰かを探している様だが本気で探すでもないのがゾロゾロと歩いて出ていく。今も人を探すと言うのは大変なんだろうか?と、言うかドール国民ってなに?人よりも人形が偉いのだろうか?
「鬼ごっこするにはやる気がなぁ〜。」
「!!えっ?誰?」
「段ボールウーマン。じゃあ行くから適当に頑張れよ〜。」
妙に頭に馴染む少女?の雲がかった声がしたと思えば、俺の横にはいつの間にか段ボール箱が・・・。正確には頭から身体の半分まで段ボールを被った人が座っていた。中でタバコでも吸っているのか持ち手の部分から紫煙が上がっている。煙たくないのだろうか?こんな未来っぽい所でも段ボールなんて言う慣れ親しんだものがあるのが嬉しい反面、それを被ってタバコを吸うのは怪しさしかない。
見えている足のと言うかスカートは黒色で何やら時代錯誤なレースに彩られていて、履いている靴もまたエナメル製とどこか気品が漂う様な感じはする。と、言うかこのギルドと言う場所に来て思ったが妙にゴシックドレスを着た女性と白髪の人の割合が多く感じる。全員がそうと言うわけではないがトレンドなんだろうか?
「頑張れってなにを?」
「生きる事、楽しむ事、別れをへて出会う事。人生のスパイス、それ即ちユーモアなり。戯言だよ。」
「?」
なんだか分からない事を言い残し、多分少女だろう人は段ボールから煙を出したままベンチから立ち上がり歩き出した。どうでもいいけど未来の煙草は臭わないらしい。そして、その奇妙な格好も誰も咎めない。どうも未来では必要以上に他人に干渉しないようだ。まぁ、外見一つとっても多種多様で今更そんな小さな事に口を出すなと言う事かな?ジョーンズも外見の事を言ったらキレてたし。いや、スキンヘッドにハゲは言い過ぎか・・・。
「榊行くよ〜って、ここに誰かいた?」
「誰かはいたけど誰かは分からない。段ボール被って顔は見えなかったしな。今あそこを・・・、消えた?」
「あ〜、榊は運がなかったかも。もしかしたらクロエちゃんだったかもしれない。」
「それってグランドマスターとか厳しいとか言ってた人じゃない?顔は分からなかったけど声とかスカートで女の子だと思ったけど?」
グランドマスターともなれば筋骨隆々の厳つい男か、細身でインテリの若い男か或いは歴戦の勇士とか?女性のマスターには会ったことないから除外してたけどこの感じならそれもあり得るのか?いや、そもそもリリが戦ってる時点で女性が弱いと言うことはないのか。
どうしても俺の常識の中では筋力的な問題で女性は魔法使いとか回復役、或いはサポーターと言う意識が強い。しかし、女性が戦って最前線にいては悪いという話はない。
「クロエちゃんは外見だけ言うなら14歳くらいだよ?って、引退期で写真外されてるのか・・・。惜しかったね、絶世の美少女を見逃して。」
「絶世の美少女?」
「そう、クロエちゃんは今も昔も綺麗だからね。さ、行こうか。許可はもらってきたし。」
リリに連れられて扉の前へ。エレベーター的な物かと思ったら似て非なる物だった。確かに運んでくれるけどセキュリティ的な問題か首から下げたドッグ・タグが指定した所にしか連れて行ってくれないらしい。確かにここがギルド本部と言うならここで何か悪さをしてもすぐに犯人は分かるし、今から会うマスター代理?的に人も弱くはないのだろう。
「ここだよ。降りて。」
「ここ?」
ほぼ待つことなく乗ったエレベーターは扉が開き、廊下を歩いて進むのかと思えば目の前には既に部屋が広がっている。正面のデスクは逆光になっていてシルエットしか見えないが、そこに座る人は小さく子供くらいか?何やら頭からコードが伸びているけどヘッドギアでも・・・。
「榊 真司。なるほど約1100年ほど前に行方不明者として届け出がある。当時の状況と資料を確認した限りではゲート事案に巻き込まれたと言う可能性は低く、仮にあるとすれば家出して約1年は発見されなかったと言う話になるが、それでもゲート設置以降も捜索嘆願が出され警察も捜索している。
そもそも当時の状況としては家で就寝後行方不明となり、足取りは一切掴めず周辺の監視カメラ等も解析したが姿は確認されず。また、カードの使用履歴はないと言うか本人がクレジットカードを作っていなかった点、顔写真等を使用して各都道府県警察と情報共有を行い商店での目撃情報を収集したが情報はゼロ。スィーパー誕生後に数少ない迷宮入りした事件の当事者として処理された、と。あぁ、気にせずこちらへどうぞ。」
話す声はどこか男性的でありながら少女の様でもある。いや、椅子から降りたらデスクの陰に隠れたから本当に少女と言うか子供?この世界では外見もまた意味がないのでそこに突っ込んでもダメなんだろうけど、どうなんだろう。
リリが踏み出すので俺もそれにならい一歩踏み出す。そうするとエレベーターの扉は閉まり継ぎ目も一切なくなったので、逃げ出すなら正面のガラスを壊すしかない。まぁ、特に逃げる必要はないと思うけど何があるかは分からない。一応、女神とも接触経験があるし奇跡の残り的なモノは俺の中にあるかもしれない。
「お久しぶりですフェムさん。」
「ええ、お久しぶりですリリ。今の名字は?結婚する度に相手方の名字を名乗ると決めていたはずですけど。」
「今は如月だよ!フェムさん・・・、古い仲だから橘さんの方がいい?ここって完璧防音室でしょ?」
「その性は捨てましたよ。何かと生きてるとバレると面倒ですからね。まぁ、既に肉体はなくドール国国民のフェム。或いは第1エンゲージドールとしか認識されていませんし、クロエも高槻ファウンデーションの超技術自立人形としか公表してません。まぁ、出来た当時から高性能と言うオーパーツではありましたけどね。一応確認だけど榊君は橘 亮二と言う名は知っているかい?知らないならここにいる私はフェムでリリもフェムと呼ぶ様に。下手に鑑定師に鑑定されて疑惑を持たれても面倒だ。ただでさえ死んだと公式発表したのに生きてると疑う人が多い。」
トコトコと歩いてくる少女・・・、銀糸の髪に赤い瞳。背丈は小さく大人の男性なら片手で持ち上げられてしまうくらいだろう。色々呼び名があったけどゴシックロリータ・・・、だと思うドレスを着ている。フェムと言うからにはクロエちゃんではないのは確かだけど、橘ってだれ?
そんな事を考えている間にいつの間にか机とソファーが出されそれに座る様に促される。座る時に飛び乗る辺りやはりフェムは小さいな。ただ、その小さい人形がマスター代理でいいのか?未来人的にはOKなんだろうけど、やはり常識に追いつけない俺ガイル・・・。ガン待ちすれば常識の方から歩み寄ってきてくれたりしない?
「初代本部長やらクロエちゃんが鍛えた人達は死んでも死なない不死身の本部長って言われてるからね。それでフェムさん的には榊君は?」
「本物と言うか本人。過去の経歴と本人の認識に齟齬はない。」
「えっと・・・、そんなに簡単に断言していいんですか?フェムさん。」
「かしこまらなくていいよ榊君。今の所私はただのクロエ所有の人形だから人権的なものはない。ほら、コレが証拠だ。まぁ、なくても藤君所の国民枠でかなり自由にしてるけどねっと、そう言っても君には理解できないか。」
右手で左腕を掴むとそのまま左腕が外れてしまった。中は空洞で血も肉もない。ただ、その指にはリリの様な黒い指輪がはめられている。ここに来るまでに大半の人が黒い指輪をはめていたけど、あの指輪はかなりメジャーなんだろう。寧ろ、そんなモノを量産出来ている時点で技術の進歩を感じる。俺にも買えるのだろうか?買えるならポーチよりも使いやすそうだし欲しいな。
「なら、榊は1000年前のご先祖様?」
「そうだけど・・・、さて榊君。私達ギルドは犯罪者でない限り色々な人をサポートする。そして、悪いが君については調べさせてもらったけど・・・。」
ちらりとフェムがリリを見る。調べたと言う事は俺の経歴や通っていた学校、家族の事だろう。1000年前にいたはずの両親は多分既にいない。知り合いもおらず頼る人もいない。だからフェムは先にサポートと言う言葉を・・・。
「話して大丈夫です。」
「そうか。君はアブダクション被害者で宇宙人に連れ去られ、実験施設内の清掃と言うか化け物退治をさせられていた。一部記憶封印と言うか君自身が望んで意図的に忘れている様なので、そこに私は言及しない。そもそも当時から宇宙人による連れ去り被害は散見されていて君はその中の1人だ。」
「は?えっ!宇宙人?」
「君の認識的に異世界転生だろうけど、言葉的には転移が正しい。そもそも君は君のままで別の場所に行きカビ?をたおしてまわった。本来転生と言うなら君はその場所への適応力を得る代わりに人の身体と言うあるのか無いのか分からないアドバンテージを失う事に・・・。」
「違う!そこじゃなくて宇宙人?女神ユラルタユーは!?あの世界での出来事は!」
「君が体験した事は事実だが?ふむ・・・、転送方式が単純な光速転送か。別方式ならゲート黎明期に帰ってこれたがなぜそれを選んだかは不明、身体的な改造は素体である人間ベースだからスィーパーには劣る。いや、これからスィーパーになれる分嬉しい誤算と言えば嬉しい誤算か。厳しい事を言うなら今の君は多少強い一般人で、常識と言う面ではアップデートされてない分遥かにモノを知らない。端的に言うと蘇った原始人、映画なら北京原人とかかな?」
「北京原人・・・。」
「フェムさんあけすけ無いけどそれって私聞いていいやつ?」
「いいよ。このまま保護観察身元保証人として君達に依頼を出す予定だったし。断るなら構わないが、その場合私に記憶処理される事になる。」
「うげ、アレってちょっと気持ち悪いんだよね・・・。期間は?」
「数カ月を予定しているし、その間はギルドとしてもバックアップするよ。寧ろ、本人の心の整理等を考えて地球へ来いと君達に依頼を出したんだ。必要だろう?死んだ両親の足跡を辿るにしても今の常識を学ぶにしても時間と言うモノが。」
「それは分かるんだけどねぇ・・・。榊をゲートに入れるのは?」
「ドッグ・タグの発行は私が許可するから大丈夫。まぁ、今を知った上で本人がスィーパーを選ぶ選ばないと言う点はある。」
「その・・・、俺の事はデータベースか何かで?」
「いや?鑑定させてもらった。だからこそ君が榊 真司であると断定したからね。あっ、鑑定って言うか職とかは聞いているかい?」
「いえ、ここに来るまで余り調べごとは・・・。」
なにから取りかかればいいのかは全くわからない。それに、今のふわふわした現実を受け入れるのは中々難しい。しかし、あの世界の事を・・・、カビと言う単語をフェムは理解して話した。それは俺以外の人が知らないはずの出来事で、フェムは人形であの世界にいないはずだけどその事を言い当てた。詐欺師と言うには余りに俺の真実を見抜き、かと言って全てを信じるには余りにも俺はモノを知らない。
「そうか、そうそう。君も外見と年齢が違う人種だ。別に少年の様に喋る必要はないさ。」
「あぁ、分かった。・・・、いや、俺は少年で止まった地球での時が歩き出しただけなんだ。なら、少年でいい・・・、です。」




