503話 情報交換 挿絵あり
「交換と言うと獣人の件がメインですか?」
「それもあるとも。先に言うが後ろの席にアライル局長が座り、ここは防音を徹底してある。不安なら更に対策をしてもらって構わない。今回の発表と憲章の声明でまた世界が荒れる。」
付与師による防音・・・、下限で音を小さくしているのかな?しかし、どんなに小さくとも集音されれば怖い所もある。同じ付与師なら集音出来ればそこから上限まで大きくする事も出来るだろうし。
タバコを吸っていいと言うのは、多分どこかで聞かれるかもしれない話を常に魔法で曖昧にされているかもしれないと言う心理的な罠を敷くためかな?まぁ、防音と言うか誤情報でも流させてもらおう。イメージはエニグマ。
極小音になっている音声を更に変換してデタラメな会話を作る。いや、デタラメな音か。『あ』と発した声が振動変換されて『ご』にも『ゲ』にも聞こえるそんな暗号文。正しい変換なんて用意してないので何をどう聞いてもドナルドダックが喋っている様に聞こえるかも。
「やはり指輪の中が見えると言うのは大きな反響となりそうですね。」
「それもあるのだが・・・。」
「クロエさん、事はそれだけではないんですよ。私にもポチがいる、クロエさんにはフェリエットさんがいる。しかし、パートナーのいないスィーパーはどう動くと思います?」
「パートナーのいないスィーパーがどう動くか?それは・・・、まさか人身売買?」
個体成長薬は緩やかに減少傾向で発見当初より既に発見確率は半数程度とされていて、このまま減少していけば最初に俺の所に持ち込まれた辺りでほぼ出土しなくなるのでは?と言われている。元々物議を醸し出した薬だったがそれがなくなってもまた、物議が産まれるとかね・・・。しかしそんな物議はどうでもいいとして、問題は持つ者と持たざる者のいざこざ。
獣人自体は既に相当数いる。それこそ一説には人類の1/3程度の人数がいるのではないかと言われている。しかし、その獣人は既にパートナーがおり、最近は野良の猫も犬も見なくなったし、たまに子猫が産まれますと言う話を聞いたかと思うと里親になりたいと申し出る人多数。むしろ、なんで販売とかオークションと言う形にしなかった!と何故か譲る側が怒られると言う珍場面も・・・。
飯代差し引いても獣人の秘密と言うか研究が進むにつれ、外見の良さ性格的な接しやすさ等も見えて来たし、金銭に執着が薄い分サボりはするものの飯の為ならそこそこ真面目に仕事する。それに、ボッチやらコミュ障の人にとっても獣人と言うのは助かる存在で、ちゃんとご飯やら生活を保証すれば獣人側からそこそこの距離感で接してくれる。
アニマルテラピーならぬ獣人テラピーと言うか、飯代稼ぐ為に外に出た人も多いと言う。実際、今まで仕事した事なくてもとりあえずゲートに入ってから考えると言う人は多いし、歳だからと外見を気にする人はさっさと若返りを探して第二の人生と言うか、やり直しを試みる人もいるし寄生状態だった子供には前回のテツを踏まない様に働かせようとか一緒にゲートに潜ろうとする人もいる様だ。
「スィーパーより弱い獣人ならない話ではない。しかし、事はもっと複雑で1人で多数の獣人をパートナーとする人もいる。それをずるいと取るのか、それとも早いもの勝ちで出遅れたと取るのか?それに、獣人の子はどうなのか?」
「複雑ですね・・・。薬がなくなれば今いる獣人を求めるかもしれないし、獣人の子が生まれればそれをまた取り合うのかもしれない。セカンドトリガーとでも言うんですかね、これ?」
「セカンド?ファーストはなんです?」
「それは邂逅です。出会わなければ問題はなかった。出会って受け入れたから火種が出来た。しかし、その火種がなければ人は進めなかった・・・。クソッ、強制的な異種族コミュニケーションか。」
悪態をついても始まらないが、試練と言うには酷だろう。ようやく戦争の火種も消えた所で新たな火種が燻る。獣人達の保護と言うか自由は獣人達のモノだがそれよりも多数の人が獣人を求める。それこそ職に就いた獣人が露見すれば躍起になる国は少なくない。それこそ入国管理にしても取り調べにしても隠している物がないと言うのは心強いし、犯罪者としても安全と思われた指輪の牙城が崩されるならたまったものではない。
飯で動く獣人だが未だにガチの犯罪・・・、例えば誰かに命令されて盗むとか誰かに危害を加えたと言う報告はない。それが日本だけなのか世界的になのかは分からないが、少なくともニュースにはなってない。たまにあるのは獣人化したばかりの犬猫人がスーパーとかで支払い前にお惣菜を食べてしまったくらいとか?
「そこまで見通すなら既に策が?」
「松田とは・・・、日本政府とは先に話した。米国としてはシェンゲン協定を拡大すると共に、ギルドを世界的な組織としつつ国連の非営利団体つまりはNGOとしてはどうかという話が出た。」
「ふむ・・・、松田さんはそれにOKと?」
「OKと言うか路線を考えるとそれが最適ではないかと。特にこれから先も様々な国から交渉の話やスタンピードの話は上がってきます。しかし、その都度話していては時間がいくらあっても足りない。スィーパーを管理する非営利団体を世界各国に置き、1週間と言う発生までの時間で最大限の動きを行いつつ、枠組みの外にある組織として対策を行う。無論、スィーパーの教育等はその国に任せますけどね。」
ギルドを世界的な組織に・・・、時代の流れというか激動と言うか・・・。ゲート内は国境もなくどこにでも行けるし割と平穏である。まぁ、広くて見えないとは言われればそれまでだが、スィーパーしかいない空間と言うのは、裏を返せば犯罪を犯した時に周り全員からリンチされる可能性がある空間である。
それこそ肩がぶつかってなにしてんじゃ!とイキったとしても謝れば許すし、場合によってはタトゥーピアスの厳つい兄ちゃんが『ゴメン、大丈夫だった?』なんて優しく声をかけてくれる。逆にそれで納得しないで口論が続くと人は集まってくるし、基地周辺で備品や建物を壊そうものなら出禁とかにされるらしい。
「ギルドマスターとして日本のギルドには話を流せますが、世界各国のギルドとか無理ですよ?流石に考え方も状況も知らないし手が回らない。」
「そう言いながらやろうと思えばやれるでしょう?種は割れていますが、そこは政府も噛んだ組織と言う事で窓口は外務省です。流石にやらかして散々叩いたので今は従順ですし、何よりシェンゲン協定拡大と言われればそこに動いてもらう事になりますからね。」
パスポートなしで往来出来るシェンゲン協定を拡大するとして、やはり相手は資本主義国と言うか対中露のチーム内とか?中国はずっと不満を垂れ流しているが台湾は日本に着いたのでコチラのチームでいいとして、大きい所で言えば米国、英国、ドイツ等々になってくる。ソーセージとジャガイモをたくさん輸出してくれそうだが、ドイツはかなり研究が進んでいると言うかパワードスーツ方面が盛んだとか。
「なら、下っ端の私が口を挟む所はないですね。生死の曖昧さから今度は国境の曖昧さへ。言語は日本語がどこでも通じる様になってきてますし、懸念事項を考えるならやはり獣人と職と宇宙開発ですか・・・。」
「ええ。それが大きいと言えば大きいですね。中露方面は日米チームに着く国々には丁寧な無視を日本は行うと話し、今回のギルド協定には設計図の買い取りについても盛り込む予定ですよ。流石に価格不明で写真集と交換だけでは問題もでてきますからね。」
「価値を言うなら写真集が上だろ?松田さん。設計図を使うにしても君の国の様にラボを運用したり、開発出来る人材を確保したりと下準備が必要だ。私もスタンフォードやMITの人材を使えばと思ってスカウトマンを派遣したり、獣人達を通わせたりしてみたが最終的にはそこら辺のギークや自由な獣人の方が打率はいいかもしれない。まぁ、指揮者や管理者としては向くんだけどどうにも自分の理論を優先してしまってね。」
「仕方ないですよ。自分が自信を持って進めた研究を後から来た人に掻っ攫われる可能性があるんですから。お勧めは学生サークルで自由にやらせる方がいいかもしれませんよ?ラボの中はそんな感じですし、年齢や功績て判断しませんから。」
「それでもプライドを捨てられないのが人間だよ。まぁ、ミス山口のおかげでブライドが木っ端微塵になった人間は多い様だけどね。」
「ラボから派遣された方ですね。話を聞く限りは問題のない人物だったと思いますが?」
「違いますよ松田さん。彼女はとてもおしゃべりなんです・・・。それこそもう、興味があれば電ノコ並みに口が回る。」
ジョージも苦笑しているが山口は米国で研究者をズタズタに切り裂いていらしい。彼女のいい点でもあり悪い点でもあるおしゃべりとは、知らない事を知ろうとして疑問を誰にでも投げつける所だろうか?無論悪気はない。知らないから知ろうとする。しかし、相手からすれば知っているから聞いてきていると思い中々知らないとも言いづらいだろうし、山口の補佐等に就くと言う事はそれだけ期待されているとも受け取れる。
つまり知らないとプライドが邪魔して素直に言えず、はぐらかせばはぐらかしたで矛盾があれば突き付けられる。残念な事にそこに悪意はなく、あるのは純粋に教えて欲しいと言う気持ちだけ。本人としても色々調べるし追い付け追い越せで切磋琢磨するのが理想なんだけどな・・・。
何にせよ回復薬製造緩和の話は高槻も了承し、山口が人選後ラボで研修を行い晴れて責任者になる様だ。今は飛行ユニットをいじくり回してるんじゃないかな?ラボに帰って来て斎藤と話して宇宙エレベーターの建設方式で議論したのは神志那から聞いているし、米国としても飛行ユニットは欲しい物の1つだろうし。
「確かに回る。しかし、その回転速度に追いつけなければ置いていかれる。それがいいのか悪いのかは私達では判断できず、残された本人と残した本人しか分からない。まぁ、残されてもやる気があれば追いつけるだろう?回復薬の製造には向かなくとも飛行ユニット方面では才能を見せた者もいると聞いている。」
「飛行ユニットで才能?操作方面ですか?それとも作成方面?」
「分類としては操作かな?リニアモーターカーを飛行ユニットを使い作れないかと動いている様だ。今時車もバイクも船も・・・、おおよそ乗り物と呼ばれる物はその存在意義を人の行動速度に奪われかかっている。しかし、うちは国土が広い。なら、速い乗り物を作るのも吝かではないだろう?それに、そのリニアをマスドライバー方式で宇宙へ上げてもいい。」
確かにラボ型宇宙エレベーターを作るのは飛行ユニットの数も合わさってかなり大変だが、マスドライバー方式でリニアモーターカーを射出?するのは悪い事ではない。元々形としても空気抵抗を考えて地面に押さえつける様な作りだが、それを押しのけて飛行ユニットで飛ぶならかなり高速で宇宙へ行ける?
問題は機密性とか空気摩擦になると思うが・・・、特定高度まで高速で残りをゆったり走り宇宙に出たらまた高速になるとか?ラボが大容量の輸送機ならリニアは少人数高速用として運用すればそこそこ価値はある。と、言うかSL型にして999とかネーミングしないかな?その際は分厚いコートと帽子かぶって車掌となろう。中身がないしちょうどいい人選だろう?
「さてと、情報交換はこれくらいですか?」
「あぁ、大きく言えばコレくらいだろう。細々したものは後で届けさせよう。まぁ、流れは止められないから明日の会議で出たとこ勝負と言う面があるのを忘れないで欲しい。本来ならこう言った大きい会議では事前に話をまとめ採決を行うのがメインだが、君の職の話や獣人の職の話を考えるに多分荒れる。」
「分かりました。松田さんとしても同じだと考えます?」
「ええ。荒れるでしょうね。」




