489話 泥棒? 挿絵あり
ホテルで松田達と別れての魔法省へ。ジャスパーは松田達と共に動く様で俺達にはエヴァが付く。免許は持っていないのか相変わらず黒塗りの車での移動だが、乗り心地は良いので高級車なのだろう。ただ俺にしろフェリエットにしろ車は消耗品思考なので、いくら高級だろうと乗れればよかろう走ればよかろうと思ってしまう。まぁ、流石に座椅子のフカフカ具合は分かるが・・・。目を閉じているのでどうでもいいか。
「引き続き視察って話しだけど今日もそのマスクなのな。」
「授業を見るのに後ろが気になっても仕方ないですからね。それに子供達が勉強するのを邪魔しても悪い。サイラス長官に挨拶を済ませたら隠れておきますよ。」
「それって護衛としてOK出していいか迷う話しだな。流石に姿形がないものは守れない。」
「ないものはないから守る必要もないなぁ〜。必要なのは縄張りに入って来た敵をさっさと見つける事だなぁ〜。」
「ご尤も。フェリエットも今日の授業は受けんの?それともモルガンみたいに見学だけ?」
「興味があれば受けるなぁ〜。でも、フィンに何か聞かれたら多分そっちを優先するなぁ〜。師匠は親だからちゃんと見とかないと鳥に拐われて食われるなぁ〜。」
「溢れる大自然だな。流石にフィンが食われる事はないと思うけど失敗して生き埋めなら・・・。」
流石にサイラスの様にテレポートは出来ないだろうが生き埋めはあり得る。魔術の中で最も物理的な物を動かしたり操作したりするのが土になるのだが、初心者魔術失敗談第1位が土魔術師の生き埋めだったりする。他はライターの火を出そうとして線香花火になったり水を出そうとして地面からボコボコ溢れるとか?
雷も周囲の家電に漏電して一式買い替えと言う悲しみを背負ったと言う話もあるが、危険度を考えるとやはり土が1番危ないかな?1人で練習して生き埋めになってパニクったら脱出も出来ないだろうし、何かを作ったとしてもバランスが悪ければ崩壊して瓦礫に埋もれる事になる。
まぁ適性があるので人間ならそこまでの大事故はないのだが、獣人が魔術を使うとなるとその辺りも心配と言えば心配だな。イメージを付けさせるなら粘土で何かを作ったり土を操作して銅像作ったりでもいいだろうし、化学実験して土の成分分析させるなり手もある。ただ、総合的にイメージを作らせようとするなら何故か料理に行き着くと言う不思議も出てくる。
まぁ、料理自体がマルチタスクで複合的に出来上がる結果までをイメージしなければならないものだとするなら、魔法と似通った所があるので当然と言えば当然かな?フェリエットは一つまみの塩がどれくらいか最初イメージ出来なかったし。逆に今は飯にうるさくなったし調味料も自分でかけて調整する様になったので、成長したと言えば成長したのかな?
「流石に私の師匠か他の魔術師がその辺りは見てるだろ。貴重な職に就いた犬人だしさ。おっ!そろそろ到着だ。入るのは裏からだから多分師匠いないよ。」
ホテルから魔法省と言うかハイド・パークは近い。なんならバッキンガム宮殿も近い。観光地化して見学ツアーもあるしバッキンガム宮殿名物の近衛兵の交代も見に行こうと思えば見に行ける。ただ、スィーパーが増えた関係上、警備は厳重になってるかもな。
日本では防犯上武器を指輪にしまえとしているが、海外ならではと言うか腰から剣を下げたりガンホルダーに銃を収めたまま歩いている人もいる。武器らしい武器の人はいいが、俺みたいにキセルとか笛の人はどうなんだろう?武器を見ればある程度職も分かるし、スィーパー同士ならアホみたいな喧嘩にならないとか、即時対応出来るようにと言う自衛意識の表れなんだろう。
実際誰かが武器を抜けば周りがその人に武器を向ける。監視社会の様だが人目や監視カメラは馬鹿に出来ないし、武器を抜いた時点で周りの正当防衛は成立するだろう。日本でも正当防衛はかなり成立しやすくなったが、スィーパーが増える前はかなり難しかったな・・・。相手よりも必ず弱い状態で抵抗しないと成立しないと言う事は、ナイフ持ってやってくる相手に無手で対応しろって事だしな・・・。いや、今なら俺も正当防衛がかなり成立しやすい?外見だけなら少女だし。
「おはようございますクロエ。」
「師匠、ファーストは昨日から偽名でモルガンになった。だから呼ぶ時はモルガンな。」
「魔女でモルガン・・・、やっぱりお前はアーサーを目指すか。さし当たって私はマーリンかな?まだ程遠いが。先に授業カリキュラムを渡しておきましょう。教室は魔法省内となります。」
「では案内してもらいましょうか。フィンも授業を受けますか?それとも別メニューで?フェリエットは車内でフィンを育てたいと言ってましたけど。」
「教えを請えるならフィンはフェリエットさんに預けましょう。エヴァ、レッスン風景の撮影を頼む。場所は何処か用意した方が?」
「昨日と一緒でいいなぁ〜。顔と雰囲気で考えるなぁ〜。」
「分かりました、では何かあればエヴァを使ってください。モルガンはこのまま教室へ向かいますか?一応生徒には視察の件は伏せていますが。」
「ふむ・・・、場所を教えていただければこっそりと見ておきますよ。生徒でもない人間が教室の後ろで立って見ていると思ったら気も散るでしょうしね。」
「それは・・・、姿を隠して見ると?」
サイラスが困った様な顔をするが・・・、確かにそれは困るな。不可視の異物が意思を持って歩き回る可能性を考えるなら、生徒よりも目の届く範囲にいた方が安心出来る。なら、サイラスだけ気付ける様にしておこう。
「何かする気もないですが疑われても事です。人目はないですが長官室へ行きましょう。フェリエット、あまり無茶はするなよ?何かあればすぐに呼ぶ事。」
「分かったなぁ〜。じゃあエヴァ、さっさとフィンを連れてくるなぁ〜。」
「なら一緒に行こう、多分まだ宿舎にいるはずだし。」
エヴァとフェリエットが宿舎に向かい俺とサイラスは長官室へ。裏だからか人は少なくすれ違うのも職員だろう人。ただスーツの人もいればローブや私服の人もいるので、私服の人はこれからゲートに入るのだろう。そう言えばそのゲートを見ていないが作り的に地下にでもあるのかな?サイラスならスタンピードが発生しても地下を埋められるので、防犯的な作りとしては悪くないと思う。ただ、ゲート内で何かやらかして外に出て一目散に逃げる事も可能だな。まぁ、逃げたとしても法で裁けない状況が多数なので気にしていないと言われたらそれまでだが。
「さて、長官室で何かなされるつもりで?何かアーティファクトでも使われますか?」
「いえ?単純に姿隠しの魔法ですよ。獣人が産まれる前は匂いまで気にしませんでしたが、最近はそれまで気にして改良したんですよね。試されてみます?」
「ほう、魔法の実験なら大歓迎ですよ!何をすれば?」
「目を閉じて開く。それだけで十分です。適当な瞬きの瞬間を狙いますね。」
キセルを取り出しプカリと一服。ベールをイメージして作った魔法だが流石に布のベールでは匂いは防げない。一度フェリエットで実験したがなんとなくそこにいる様な匂いがすると言っていた。別に俺は臭くないと思うが、いい匂いがするとよく匂いを嗅がれるので多分何かが漂っている。
なのでそれを封じ込めるならと布のベールは辞めて雨合羽へ。多分ビニールなら匂いは漏れ出ないだろう?流石に真空パックではないが、コチラのイメージなら匂いはしないと言っていた。サイラスが瞬きをする一瞬を見抜き魔法発動。過大なエフェクトが出るわけでもない魔法は確かに発動し、多少の煙が周囲に残る。合羽を着るなら霧雨や霧は必要だしね。まぁ、この煙も他の人には見えないのだが・・・。
流石にこれ以上に隠れる魔法は今は使わない。それまで使えば疑心暗鬼になるだろうし、出来ると言う手札を晒しすぎてもそれが安心に繋がるとは限らない。しかし、ここにサイラス以外に1人隠れてる人がいるけどいいのかな?お付きの人と言うには不自然だが、流石に賊がいると言うのも今度は英国の威信に関わる。
物取り風でもないし急に来たから慌てて隠れたハウスキーパーとか?見た感じこの部屋で取れる物もないし多分そうだろう。或いは書類を運んで来た職員辺りだな。
「?・・・、本当に消えた?」
サイラスがキョロキョロしているので自身の口に指を当てて袖を引き部屋の外へ。中にいた女性の瞬きにも合わせたので、その人からも消えた様に見えただろう。サイラスは一瞬ビクッとしたが騒がず素直に従ってくれたので助かった。
「隠れ身の術・・・、袖を引かれるまで全く見えませんでした。」
「そう言う魔法ですからね。いると知らなければいないも一緒。元は花嫁のベールをイメージしてましたが、今は訳あって別のイメージが混ざってます。さて教室へ向かいましょうか、先導をお願いします。」
部屋の中の女性はまだ動かない。流石に指摘しないと不味いのかな?でも直接指摘するのもなぁ・・・。流石に愛人とか恋人と言われたら気まずくもなる。しかし、この人どこかで見た気もするんだよな。多く本を読むので他人のそら似が多いからイマイチ確証も持てないし、外人となると知り合いは少ないので更に幅は狭まる。う〜ん・・・、オブラートに包んで聴いてみようかな?
「女性の長官室への出入りは多いですか?」
「急にどうしました?職員の半数は女性なので多いと言えば多いですが。」
「いえ、とくには・・・。」
誰もいない事をいい事にサイラスの椅子に座って考え込みだした。まぁ・・・、賊じゃないな。流石に賊が悠長に椅子に座ったりしないだろうし身なりも悪くない。おっと、服を脱ぎだ!は?えっ!なんで!?1人ストリップが趣味じゃないよな?そんなエクストリームスポーツ聞いた事ない。それとも・・・、どっかの活動団体の抗議活動?女性の権利を叫ぶ時に海外だとトップレスになったり、芸術だと言えば裸でサイクリングも出来たりする摩訶不思議な所が海外である。
しかし、誰もいない所で活動しても意味はないし・・・。あっ、制服着だした。て事は生徒?ここの生徒って獣人は別としていい所の嬢ちゃん坊っちゃんプラスで一部のストリートチルドレンもいるらしいから、悪ガキがイタズラしに入ったとか?それならやはり警備はザルだが、そこは本人達で解決してもらおう。しかし、勉強するにしても少し年上過ぎる気もするが、やはり彫りの深い外人の年齢は分からない。でも、わざわざボストンバッグから制服出した所を見るとスィーパーじゃないよな?
指を見ても指輪は見当たらないが、その指輪をどこに付けるかは自由なので一概に指に着けている人ばかりとは言えない。しかし、ナニに着けた男の話は聞いたが女性はどこに?流石にそこまで小さくなるとは思えないしピアスにするにしても切開してからだよな?まぁ、着替えたら外に出たので本当に何がしたいか分からない。てか、あの部屋って防犯カメラとかってないのかな?
「あの部屋って防犯カメラとかあります?警備体制的に。」
「いえ?あの部屋は長官室といいつつやる事は書類整理ですからね。そもそも長官室に入れるのは特定の方のみ。それ以外は賊として処理されますが、クロエの執務室にはカメラが?」
「いえ、私の所も流石にカメラは設置してませんね。金庫になら多数のセキュリティを施してますけど。」
「金庫?ギルドの資金や利権関係の書類を保管されてるのですか?私の所もそう言った書類は多数ありますよ。指輪での保管が安全と言えば安全なのですが、どうしても手続きで必要な時があって金庫保管となっています。」
「ウチの金庫は出土品置き場ですよ。法律的に研究出来ないモノはギルドとして買い取っています。」
「なるほど、それなら多数のセキュリティは必要だ。英国としても日本のデータベースには助けられています。アレがなかったらと考えるとゾッとする。」
「がむしゃらに調査しましたからね・・・。」
主に橘が。缶詰刑事は出所して日本国内を飛びまわったり監査したり大変だと愚痴っていたが、最近は鑑定課にいた五十嵐を鍛えているとか。まぁ、鑑定術師が増えて悪い事はないし、弟子と言うわけではないが本部長の鍛えた中位が誕生してもおかしくない。猶予は有効に使ってこその備えだし、先を掃除出来る人間は多い方がいい。
「さてと着きましたがどこでご覧になられます?」
「1番後ろで立って聞いてますよ。気付かれないでしょうけど人前は苦手です。」
サイラスが扉を開いて中に入り俺も一緒に中へ。教室より講堂と言った方が良さそうな室内は若干暗く、生徒が増える事を想定しているのか段々教室となり中央を囲む様な半円型なので、どこか劇場を思わせる。
建物が広いと思ったが講堂もまた広いな。それに獣人と人間がグループ分けされずに互い違いに配置されているのもいい。メインは魔法の授業なんだろうが、獣人も職に就けばいずれ使える事を考えるとこうして互いに研鑽し合うと言うのが正解だろう。そんな生徒達を尻目にさっさと教室の1番後ろへ。サイラスがかなり小さく見えるが大丈夫かな?出入り口は前と中段と最奥の俺の横にあるが、前に出ようか迷う。それにさっき着替えていた女性は遅刻でもしたのか俺の横の扉の前で立ち止まってるし・・・。
「でははじめに。一部の生徒は知っていると思うが昨日、日本よりファースト氏が視察に来られている。しかし、それに気を取られる事なく真面目に話しを聞くように。・・・、ん?何かね?」
「本日はお見えになってないんですか?視察と言うならこの場も見ていただいた方がいいと思います。」
「それはご本人さんのお気持ち次第だ。私からはそうとしか言えないし、そもそもファースト氏は国際会議に出席する為に英国に来られている。彼女のファンが多いのは知っているが、先ほど言った通り気を散らさない様にしなさい、では、おさらいから行こう。魔術、或いは魔法はイメージの産物でありそれを現実に引き出す手法を持つのが魔術となると。例えばこう言う風に。」
サイラスが土塊を出し、それをゴーレムの様に形作り手を振らせる。その振った手が千切れたかと思えば鳥になって飛び回り、最後は崩れて土埃となってゴーレムに戻る。得意とするだけあってスムーズなものだ。
「さて、出来る人は自身の魔術特性に合わせて危なくない範囲で魔術を使ってみようか。出来る限りイメージは明確に待ち何をしたいのか、どうすれば出来るのかを念頭に置く事。過大過ぎて霧散すればいいが下手に成功すれば被害もでる。最初は両手の間に火を出したり風を吹かせる所からだ。獣人諸君はタブレットを出し理科から・・・。」
サイラスが講義を進める中、外にいた女性がこっそりと四つん這いで入ってくる。映画とかで見る光景で小さな教室ならすぐバレるだろうと叫びたくなるが、この広さなら中々バレないだろう。ただ、席は空いていないし女性は頭にスカーフを巻いているのだが、本当になんなんだろうか?
流石に不審としか思えないがここに来るまでにそこそこ人通りもあったし、流石に生徒名簿がないわけでもないだろう。なら、やはり生徒?後ろに行くまでに見た顔を考えると彼女くらいの年齢の生徒がいても違和感ないし。
そんな女性は俺の少し横で空気椅子を始めた。いや、確かに席は空いていないが講義中ずっと空気イスで済ませるつもりか?流石に獣人でもないただの女性にはかなり酷な話だと思うが・・・。
(意志を持て。)
おいおいおい!!マジで賊なの!?バカなの!?いや、そのキーワードを知っていると言う事は昨日あの場にいた人間か!?ただ、流石に試作品とはいえ持ち出して好きにしていいわけじゃないぞ!なに椅子にしてご満悦そうな顔してるんだよ!流石にここまでされると見過ごす訳にもいかないな。
「覆い隠せ静謐の霊廟。発した声は届かず共にある者のみが互を分かつ。祖は埋葬された者と副葬された者。故にこの場に2人、互いを知る事となるだろう。さて、買い言葉ロック。作成者権限により拘束せよ。」
「えっ!?なに!?」
「それはこちらのセリフです。今使っているモノは杖でしょう?流石に泥棒は見逃せません。」
「泥棒じゃないわよ。ちゃんと借りたから。」
「いや、私はその話をサイラスさんから聞いていません。借りたと言うなら名を教えてください。」
「・・・、メアリー。」
「メアリー?」
メアリーと名乗る女性のスカーフを外す。赤毛でボリュームのある髪で、意志が強そうだがどこかお茶目な感じもある。う〜ん・・・、どこかなぁ・・・。あれか?黄色くてバナナと叫ぶキャラクターの映画だったか?いや、それってヤバない?かなりヤバない?
「・・・、貴女は女王に会ったことはありますか?」
「私は女王に会ったことはないけれど、あそこのサイラスは会ったことがあるんですよ。」
いや、その言い回しってあの人の言い回しだよね・・・。




