486話 なんに使おう? 挿絵あり
「ダブルEXTRA・・・。」
「そんな事よりフェリエット先生の授業が始まりますよ。」
「見学するならささっ!どうぞこちらへ!」
青山がテーブルと椅子を出しパラソルを設置して椅子を引いてここに座れと示してくる。まぁ、立って見学した所でどうせ身長が低くて見えないし、そうでなくとも視えているので問題ない。俺が座るとコーヒーの準備をしつつ執事の様に脇に立つ。
サイラスははどうしようか迷った挙句フェリエットの方に向かいそれに松田もついて行く。機材と人を呼びに行ったエヴァが犬人を連れてきて講義するには間に合ったが、ジャスパーはまだ連絡をしているのか姿を見せない。しかし、魔術の講師としてサイラスがいるのにわざわざフェリエットの講義を撮影までする意味はあるのかな?
まぁ、国際会議後にデータを貰って配信に載せようかな?でも、そうするとフェリエットがソフィアの護衛として動きづらくなると考えると・・・。難しい判断と言えば難しい判断だな・・・。中露としてはソフィアは核爆弾に匹敵する不穏分子だが表立って動こうにも動きづらい。
拐うのは無理と言うか海外に連れて行こうにも拐った時点で緊急配備もかかれば、明確な敵対行動として国が批判される。なら、暗殺は?と言うとそれもまた厳しい。世界に向けてソフィアが誰の子としてあるのかは示されている。そんな中で暗殺なんてすれば自ずと疑いの目は中露・・・、中国側に向く。それこそどんなに言い募ろうとそれを避けるのは無理だろう。
まぁ、獣人憲章受諾の際に名も顔も出るので載せてしまって大丈夫か。ソフィアの方はイヤーカフスのお陰でいざと言う時は見守りも居場所の判断も出来るし、殺人目的の拉致でない限りは命の保証がある。
「何が懸念事項ですか?あるなら俺が取り除いてきますけど?」
「いや?この懸念事項は1人がどうこうしても取り除けるものじゃない。それに、何か動きがあるなら先に増田さんが動くさ。」
そう、俺では持て余すスパイは的確に運用出来るだろう元公安室長の増田に預け、今も見つからずにスパイとして動き情報を集めている。不気味なほど静かと言う話ではあったが、同時に国外にまで手が回らないと言う見解もある。ラボの飛行を目の当たりにしてから更にロケットの打ち上げ頻度は上がり、どこを本当に目指そうと言うのか、下手すれば4箇所ある発射場からどんどん打ち上げて衛星軌道上に大型宇宙ステーションを建設し一部はもう稼働しているとか。
う〜ん・・・。住むと言うだけならいいし、ラボが宇宙に行った時のアンチテーゼとして作っていると言うならまだいい。しかし、別の宇宙人を探してるらしいんだよなぁ・・・。ドックにいた宇宙人は多分ソーツと繋がりがある。でなければあんな所に別の宇宙人がいる理由はない。しかし、ソーツと繋がりがあったとしても俺達とはなんの関わりもない。友達の友達になにかをお願いしようとしても、その友達が動かないならどうしようもないし、そもそも俺とソーツは友達でもなんでもない。あくまでビジネスパートナー、或いは本社と子会社的な?
コーヒーをストローで飲みキセルをプカリ。今はフェリエットの講義に耳を傾けよう。何をもって間違いかは別として、フェリエットに魔法を教えたのは俺である。
「なら始めるなぁ〜。」
「お願いします。何からしたらいいですか?穴掘ります?」
「違うなぁ〜、コレを取ればいいなぁ〜。」
言うが早い。フィンの真横を水球がかっ飛んでいく。土から教えるかと思ったがどうやらスパルタ方式でやるらしい。まぁ、犬ってボール取ってくるの好きだし悪い方法ではない。威力はそこそこで普通の獣人なら追いつけないと言うか、フェリエット基準で職に就いて追い付けない速度と言うかランダムに動いている。
ただフィンも言われてすぐさま動き水球に追いすがりカーブする瞬間に手が触れたが、相手はボールではなく水。それを捕まえるとするなら風の魔術を使わないと攻略出来ないな。さて、どこまで頑張ってとこで弱音を吐くか。或いは体力の限り追い続けるだけになるのか?
フィンがサイラスに風の魔術を見せてもらったり、教えてもらっているなら取っ掛かりもあるだろうがどうだろう?職に就けると言うなら頭は・・・、少なくとも中学〜高校レベルの知識はあると思うが、そこに行き着かなければ知能と言う部分で職に就けると言う前提が崩れかねない。ある意味諸刃の剣だな・・・。
「今触れたのに!」
「適当な時間になったら数を増やして、その後は当てに行くなぁ〜。少し痛いから嫌なら防ぐといいなぁ〜。」
フェリエットは地面に座り込み両手を地に付ける。なにか考えがあるのだろうが傍目から観ると大人を翻弄する子供に見える。まぁ、フェリエット自身が魔術を使ったのはソフィアとの遊びから。なら、フェリエットとしても遊びの一部として考えているのだろう。やられる方はたまったものではないかもしれないが。
「フィン頑張れ〜!私も師匠からそれと似たような事を散々やらされたぞ〜。」
「静かにエヴァ。お前がやったのとフィンがやっているのは本質が違う。」
「本質?一緒だろ?捌いて受けて切って捕まえるって。」
「それはお前が剣士だからそうなるだけだ。魔術師が水を捕まえろと言われたら文字通り手で掴める形にしないと落第と言ってもいい。」
「火とか土とか雷でも?風と水はどうにか出来そうだけどさ。」
「当然。剣士や格闘家が直線とするなら魔術師は曲線。若しくは網目と言ってもいい。対応力や理解度、それをする為の知識にイメージを崩さないだけの精神的肉体的タフネス。お前はあっけらかんとしている様に見えて物事の本質をいち早く察知する能力に長けているから分かりづらいかもしれないが、自由であるという事は同時にそれを定義出来るだけの材料が必要になる。全く・・・、お前が魔術師を選んでいれば大成したかもしれないのに。」
「生憎と私は小難しく考えるよりも手が出るタイプでね。分かってるだろ爺さん。」
「ここでは師匠と呼べ。」
「まだ遅いなぁ〜、数を増やすなぁ〜。なんでそんなに遅いのかなぁ〜?どうしたら早くなるのかなぁ〜?かかった水は次から腐った水にでもするなぁ〜。」
「遅いってかなり全力!」
水球は増え形も玉からどんどん変化する。最初は手が触れた、しかし今はそれもない。触れようとすれば変形して手は空を切り反撃とばかりに鼻の頭に雨粒程の水が掛けられる。次から腐った水にでもするってどうする気かな?まぁ、地中から吸い上げるのだろう。
「全力で動く必要はないなぁ〜。楽に捕まえればいいなぁ〜。それとも身体が行かないと捕まえられないのかなぁ〜?私は身体一つじゃ水は掬えても掴むのは無理だなぁ〜。」
「それってヒント!?」
本能なのか相変わらずフィンは水を追っているがどんどん水球は増えている。今の所当てに行っていないがそろそろ狙い出すのかな?空間把握能力が高いのと回避出来るかは別問題なので面制圧をやり出すとフィンが魔術を使う以外無傷では避けきれないかな?ただ、こうして水球やら火球やらをたくさん出して遊ぶ魔術師は多いんだよな。特に魔術師:土は鉄を集めて剣を作って射出したり拳の形の岩が雪崩れの様に襲いかかったりとか。
逆にあんまりやらないのは地割れやらかな?周りの人の邪魔になるし、使うにしても相手の真下からピンポイントで棘をを出す方が多い。そうでなければ仲間を緊急回避させる為にボッシュートしたり何重にも壁を作ったりする。まぁ、壁は視界不良になって逆に不評だったりするのだが・・・。いくら分厚い壁を作ってもビームの集中砲火にはあんまり耐えられないんだよ・・・。
「ヒントはヒントだなぁ〜。でも、誰でも知ってるから多分ヒントでもなんでもないなぁ〜。早くどうにかしないと泥水で臭くなるなぁ〜。」
地面に落ちた水球はすぐさま濁った水球として浮かび上がる。ほのかに香る洗剤の香りはさっき捨てた洗濯水の物か。しかしまた、フェリエットは水球を出すのが上手くなったな。地球上で見れば水は豊富だ。それこそ70%は飲める飲めない関わらず水である。そして、目に見える水だけではなく曇も蒸気の塊なので水だし乾燥していない土にも水は含まれている。それに、生物としては水がないと生きていけないしね。
さてと、時間内にフィンが魔術を使えるかは別として俺もサイラスに尋ねられた設置魔術と言うか魔法陣を一つ作ってみるかな?多分サイラスの言う魔法陣とは誰でも使えて且つ、継続的に使用可能なモノでいいのかな?確かに俺が渡す魔法は誰かが使うとすれば数回から10数回程度で霧散する。だってタバコってそれくらい吸えば吸えなくなるし、吸い方の強弱でも回数は変わる。
なら回数を増やすだけなら一箱丸々吸っているとでも思えばいいのだろうが、1回喫煙所に行って一箱吸い上げる人なんて先ずいないし、チェーンスモーカーだとしても2〜3本程度だろう。実際俺が吸うにしても2本くらいまでだな。流石に3本目に火を付ける事はない。
「うっわくっさ!なにこれ!鼻が!」
「知らんなぁ〜。お前の所の庭にある物だからお前達しか知らないなぁ〜。どんどん顔や鼻を狙っていくなぁ〜。早くどうにかしないと鼻から抜けて口から出てくるなぁ〜。」
「見かけによらずスパルタですね。ミスター松田は知っていましたか?」
「いえ全く知りませんよジャスパーさん。しかし、彼女の師はクロエですよ?なら何があっても不思議ではないでしょう?講習会もスパルタ仕様で後続の本部長達にもスパルタな洗礼があったと聞いていますし。」
「選出戦の方々ですか、内容をお聞きしても?」
「なんでもゲート内で疑似スタンピードの対応を迫られた挙句、中層のモンスターを再現したモノと戦わせられたとか。」
「よく死人が出ませんでしたね・・・。」
「その匙加減を知ってるから誰も文句を言わないんですよ。もっともやる本人が何時も最前線でワンマンアーミーしてるんですけどね。」
「なぁなぁ松田さん。私もお願いしたらそのスパルタ訓練って受けれる?」
「それは本人に聞いてください。ただ、彼女は仲のいい方には甘いようですが・・・。」
いらん話は思考の外に置く。一服の煙と言う部分からイメージを変更するとして、どういった物がしっくりくるのか?渡すと言うなら販売したと考えて物品的な物だろうか?う〜ん・・・、不特定多数に使われたくないからせめて制約のあるものがいい。子供から大人まで・・・、子供は除外だな。せめてスィーパーが使うと考えた方が纏まりやすい。そうなると小難しい機械はダメだな。スィーパーになったはずなのに相変わらずセルフレジと仲良くなれない老人はいるし・・・。
そもそも大きさってどんな感じ?まずは内容から考えないとそこも定まらないか。それに販売だと料金を取る必要性も出てくるなぁ・・・。タダほど高いものはないと言うし、無料で使える=何もないのと変わらない。空気が有料かと問われれば宇宙や海底ならいくらでも出すだろう?ないと死ぬし。
ゲームとかなら魔力を込めるとかで話しは済むが、そもそも魔術師に魔力はないし消費するものもない。魔法の玉を大量生産して数珠でも作ったとしてもそれは魔法陣でも設置型のものでもないしなぁ〜。まぁ、用途だけ見れば使い道は幾らでもあるのだが・・・。
「どうぞ、次のコーヒーです!考え中なら飲ませましょうか?哺乳瓶とかもありますよ!」
「使うかバカ!自分で吸ってろ!」
・・・、悔しい!コイツとの会話で閃いたのがなんか悔しい!売り言葉に買い言葉か。そもそも魔法を玉にしているのは圧縮しているイメージなので形そのものは好きにしていい。それこそ魔法で糸が出来るのだから最初から魔法陣っぽい形にすればいい。そして言葉である。要は相手から言葉を売ってもらって魔法陣が買い取り事を成す。そうか・・・、魔法少女が呪文を唱えるのって売買契約だったんだな・・・。
急に夢も希望も金次第となってしまったが、物より思い出よりお金、プライスレスと言うキャッチコピーも・・・。いや、物より思い出だけだったか?何にせよカード会社のキャッチコピーだったので最終的には残高と話し合いになる。取り敢えずイメージは出来たし魔法陣も円に五芒星かダビデの星でいいかな?いや、五芒星はなしでダビデの星を採用だな。
六芒星なら残り1つの頂点を使用者の窓口とすれば特定のルートでしか循環せずに多少小難しそうな魔法でも、変な意味に取られたりおかしな解釈をされて不発なんて事もないだろう。後は使えば使うほど擦り減るのでそこそこ違和感のない大きさ、外周は新品のガムテープくらいあればいいかな?縦幅を厚く重ねれば魔法も色々と込められるし後は売り言葉と買い言葉を設定していけば・・・。
「嫌だ!臭いのは嫌だ!臭いが落ちないとのけ者にされる!」
「ならさっさと捕まえるなぁ〜。面白くなってきたからどんどんぶつけるなぁ〜。」
「だから嫌なんだよ!なんでそんなに顔を狙うんだよ!」
「お前が魔術を使わないのが悪いなぁ〜。魔術が使えればなんて事ない話だなぁ〜。嫌なら遠ざければいいなぁ〜。出来ないと言うから出来なくなるなぁ〜、嫌でもどうにかしないと・・・、どうしようもない事はどうしようもない。願っても思っても通じなければ意味はないなぁ〜。だからそれを法を破って形にするしかないんだなぁ〜。私はやめる気がないからなぁ〜。」
「クソ!性悪駄猫人!」
「毒づく元気があるならまだやれるなぁ〜。次もその次もその次の次も、やる事は一緒だなぁ〜。」
魔法陣と言うか魔法の杖になったがそれを作る横でフェリエットがフィンに猛攻を仕掛けてるな。泥水がどんどん当たり当初の捕まえるから今は嫌がらせをしているように見えるが、本人が魔術を使ったのと同じ状態を再現しているのだろう。
見ているサイラス達もそろそろ止めようかと考えている様だが、感覚としてはあと一歩かな?ただ、フェリエットとフィンでは魔術に対してのイメージに決定的な差がある。嫌がり遠ざける為に風で押し流そうとしても、こうも四方八方からやられてはイメージを作ろうにも作りづらい。
このままやっても確かに荒れ狂う嫌悪感で風の魔術は顕現するだろうが、その前に魔法を嫌われてもフェリエットと仲違いされても困る。杖はぼちぼちと良さそうだし・・・。
「こんなもんかな?」
若干ファンシーな気もするが量産する気もないし、いつ使うかも分からない物。う〜ん・・・、サイラスにやると言ったら松田がダメと言いそうだし、何より売り言葉を知らないと本当にファンシーな杖でしかない。まぁ、思いつきから形にしたので用途は後で考えるとしよう。
「それで完成ですか?お疲れ様です!肩揉みましょうか?」
「いや、いい。それよりもフェリエットが遊んでるからちょっと本筋に戻してくる。」
視界に映るだけで泥水は数十個か、やはり多いな。再現を目指すと言うなら個数ではなく放水だろうが、綺麗な水だと犬人的には嫌悪感も出ないから仕方ないと言えば仕方ないのだろうが、魔術を教えさせるにしても要検討事項だな。
「フェリエット、大きいの一つでいい。」
「なぁ〜。なら軽くて大きいのにするなぁ〜。」
「これで最後ですか?と、言うかそれなんです?」
「魔法の杖ですよ。魔法の杖。まぁ、こんな杖よりもフィン君の行く末を見ましょう。フィンくーん、霧雨は横に靡く。それこそ吐息で揺らぐ程に軽く鼻のいい君は雨の匂いを知っている。君はどうしたい?風で押し流してもいいし、家に入ってやり過ごしてもいい。なに、なにをしようとも誰も咎めない、ゆっくりと集中すればいいさ。」
フェリエットは宣言通り大きくギリギリ水の集まりと取れるだけの薄黒い水球を作る。いや、あれはもう霧と言ってもいいかもしれない。そしてフィンはその雲を見つめて立ち止まる。片膝をつくか真正面から見据えるか考えあぐねているのか、何度か姿勢を変えて行き最終的に片膝をついた。
風ではなく土でイメージを作ったか。ならそれもいいだろう。そもそもフィンと言う名の犬がどう生活していたか俺もフェリエットも知らない。それこそ人にペットとして飼われる為に育てられたのかもしれないし、野良から拾われたのかもしれない。室内犬か屋外犬かもしらない。
でも、その鼻も耳も外の音は聞いている。なら、それで捉えて自身が安心出来るモノに縋るのは当然の事だろう。フェリエットがゆっくりと広く霧を動かしフィンを飲み込もうとして行く。片膝をついたフィンはまだ動かない。多分まだ本人としては遠いのだろう。雨が降って逃げ込むにしてもまだ本人的には余裕がある距離。しかし、その雨は止まる事なくフィンへ向かう。
ボコッ!
フィンが片膝をついた地面が少しえぐれ周囲に土が盛り上がる。誰も声は出さない。それは確かにフィンが紡いだ魔法だ。ボコボコと土はえぐれて行き、フェリエットの動かす霧が到着する頃にはフィンは上半身を残し土の中へ。このまま終わりか?と思ったが、なるほど確かに彼は犬人だ。まるで犬が穴を掘り土を掻き出すかのように土が舞いフェリエットの霧雨をどんどん吸収していく。
「フィンは捉えるのに成功したなぁ〜。おめでとうだなぁ〜。」




