484話 師匠
「魔術の授業風景も見てもらいたいですが、こうして話しているとなにやら根本が違う気もしてきますね。」
「仕方ないですよ。私と貴方は違う。だから結果が違うのは当然の事です。一つのイメージに縛られては絞め殺されてしまうので、そんな意見やイメージもあると考えるのが妥当でしょう。それこそイメージの否定を互いに行う方が非生産的です。」
「老いた身には厳しい言葉です。ですが、老いたからこそ自己を確立出来ているとも取れる。もしかすれば若返りとは確立した自己を成長させる為のロスタイムかもしれませんね。さてと、フィン。一旦レディから離れなさい。流石に英国紳士としてそこまでベタベタされるのは許しづらい。」
「ええと・・・、はい。」
「よろしい。ではエヴァに連絡して呼び寄せましょう。」
フィンが離れてマスクのチャックを開けてキセルを差し込みプカリ。俺は煙たくないが傍目から観るとマスクの中から煙が立ち上っている様に見えるので煙たく見えるかも。まぁ、それでも気にならない程度には煙も視界も使いこなせているとは思う。
さてとウチはフェリエットを呼ぶかな?青山とエヴァが一緒にいて外で飯食ってるはずだが、流石にそろそろ食い終わるだろう。顔合わせが済んで意見交換があれば行うが、なければそのままホテルに引き上げて休んでもいいし、場合によってはフィンと過ごさせてもいい。
護衛どうする問題も出て来そうだが、サイラス達がここに住んでなくて家に引き上げると言うなら連れ帰ればいいだけだしな。後は海外と日本の獣人とで気質が違うかどうかも分からない。まぁ、外で飯を食うか姿を見た感じ使う言語の違いこそあるが性格と言うか気質はそこまで違わない様にも思う。
「来たぞ。」
「貴女の青山が来ましたよクロエさん。そのマスクもお似合いです!やはり美貌と言うモノは隠して特定のだれかにだけ見せる方がいいですね!減るもんではないですが無闇矢鱈と惹きつければ何が寄ってくるか分かりませんし。」
「その寄ってこない方がいい奴の筆頭が当然の様に話すな。それで、下ではどうだった? 」
「パイは旨かったなぁ〜。キドニーパイも臭かったけど旨いのは旨かったなぁ〜。」
「口に合って何より、あのパイってゲートの馬を練り込んだりしてるから味は保証出来るモンになったんだよな。そうじゃなきゃ好んで食いたいもんじゃなかった。で、なんでファーストさんはコスプレしてんの?治癒師か調合師が2ndジョブとか?」
あっけらかんと言っているが自分の食指があんまり動かないものを持ってくるなよ・・・。まぁ、ゲートの馬や食材を使えばある程度味は保証出来る。その代わり臭み取りなんかはしないと臭いは残る。S料理人ならその辺りもどうにか出来るが、そもそもそれがそう言う料理だと認識していると、味は良くなったとしても限界がある。
まぁ、それでも風変わりな料理はいくらでも作れてしまうので最近では奇食愛好家なる人もいるとか。昔から昆虫食はゲテモノとかウジが食べたチーズは旨いとか言われているが、現物を見せられてウジの這うチーズを食べるかと聞かれるとハードルは高い。その代わり料理人が食べた事があれば再現できるので見た目も衛生面もかなりハードルは下がる。
確かチーズ名はカース・マルツゥだったかな?ウジを取り除かずそのまま食べる人もいる様だが、俺は流石にそこまで悪食にはなれない。寧ろ普通でいいよ普通で・・・。
「いえ?第2職は別のものです。それは国際会議で発表する事でもありますね。マスクのお礼に松田さんのGOサインが出ればフライング開示でも問題ないですが?」
「その情報ってかなり重要なんじゃありませんか?ミスター松田。私達英国の人間としては教えていただけるなら教えていただきたいですが。」
「采配と言うか本人としてはそこまで重要な事柄ではないと思ってるんでしょう。そもそも職に就いた後は変更も出来ませんし中位に至らなければ第2職も得られない。私達日本政府としても中位は可能性の源泉だと位置付けてます。ただ、それを秘匿するにしても公にするにしても弱点と呼べるものがあると思います?」
「弱点・・・。それは我々や英国内でなにか敵対行動や・・・。」
「それは深読みしすぎですよジャスパーさん。身近な話で言えばジャスパーさんがサイラス長官を倒すとした時に弱点を探るというのは自然な事ですが、そもそもイメージで事を成すスィーパーの弱点ってなんだと思います?要はそう言う事です。」
松田がしたり顔でジャスパーに話しているが、スィーパーの弱点ってほぼないんだよな。あるとすればイメージの否定からの崩壊だが、こと戦う事に関してはほぼない。ゲームの様に格闘家が遠距離攻撃出来ないと魔術師が接近戦したら弱いなんて事はない。それは既に日本で証明されて共通認識と言っても過言ではないだろう。
まぁ、そうは言っても個人のイメージなので何かしらの問題を抱える者も少なからずいる。だが、あるからと言ってそれを補わないなんでバカはおらず、逆に自身で定義した弱点以外はあまり効果がないと言い張る奴も講習会にはいたしな。要はトリガーなのだろう。
自分で自分がキレるポイントや弱いと思っているポイント、或いは欠点と言い換えてもいいかもしれない。それを理解して正面から見据えて行動をするのは確かに怖いのかもしれない。しかし、それに向き合わず目を逸らし続けて行けばどこかでそこを突かれた時に簡単に崩れてしまう。
だからこそ、弱点があると知るのは恥ずかしい事ではないしそれとどう付き合うかを決めるのは自分でしかない。俺の様に仮面をしてしまってもいいしね。そんな込み入った話しをする中フィンが歩き出してフェリエットの前に行く。特に何か思うところがあると言う様な重い足取りではなく、どこか散歩に行くと言う様な軽い足取りで。
「はじめましてフェリエット。俺はフィンです。」
「はじめましてだなぁ〜。私はフェリエット。下でもらったキドニーパイを食べるのかなぁ〜?」
「なら貰います。かなり指輪に入れてきましたね。」
「ほとんどは魚のパイはだなぁ〜。いっぱいあったけど他の奴は隠す場所がないし腐らせるなぁ〜。お前の指輪の中は本と武器かなぁ〜?」
「魔法の授業に使う教科書と武器。やっぱり魔法って難しい?な〜んも出来そうじゃないんだけど・・・。」
「出来ないと思うから出来ないなぁ〜。穴掘るのが好きなら掘った後の土は山になってるなぁ〜。その山を魔法でも整えて崩れない自分の好きな形の山にすればいいなぁ〜。」
「それって深く掘るのにも使える?後、戻すのにも。」
「元々同じ土だから好きに動かせばいいなぁ〜。何もなくても手で動かすイメージでもすれば動くなぁ〜。喉が渇いたから水を飲むなぁ〜。」
割と面倒見がいいと言うか、フェリエットは水球をゆっくりと作り出す。視界を変えているのでよく見えるが、周囲の水分を集め凝縮していく。ロンドンは雨が多いから水には事欠かない。そして、集まった水は純水だな。当然と言えば当然だが空気中にはホコリもあれば有害なものも微量だが含まれたりしている。
しかし、フェリエットのイメージはキレイで飲める水。川から引いてくるでもなく池から汲むでもなく、その場で集めて飲むと言うなら混じりっけのない水を作るしかない。そして、その混じりっ気のない水に不純物は不要。だからこそ、フェリエットが今作る水球は純水だし部屋の湿度は若干下がる。
「お前も飲むのかなぁ〜?」
「貰えるなら飲ませて欲しい。」
「なら口を開けるなぁ〜。」
フェリエットが飲み残った水はフィンの開けた口の中へシュート。パクンと食べる様に飲み口を袖で拭う。見た目の割になかなかワイルドだな。
「君は俺の師匠に成れる?」
「私よりもクロエの方が教えるなら上手いなぁ〜。」
「それでも、獣人の師匠は獣人であるべきだと思う。」
「・・・、いいの?かなぁ〜。」
フェリエットが俺を見るが色々考えた上での質問だろうな。人が魔法を教えた。獣人が獣人に魔法を教えた。多分コレは後世にまで受け継がれる話になるだろう。責任の所在やなんかではなく、獣人と言う種が人と並び立ち、その知性とイメージを他者へ伝えモノを教えるという工程を明確に踏んで行くと言う作業。
言わば反乱の火種を人が完全に獣人に手渡してしまったと言っても過言ではない。妖怪と言う職は魔術にも接近戦にも適性がある。それは裏を返せば人よりも優れていると取る人もあるだろうし、陰謀論者なら獣人が世界を乗っ取ると言い出すや奴も出てくるだろう。だが・・・。
「教えるといい。私が末永く見守ってあげる。」




