閑話 92 指揮向上 挿絵あり
モンスターの話は尽きる事はなかったが、セーフスペースである事と45階層以降の運動量、更に寝ずに走り回った事や喋るモンスターとの戦闘を考えると酒も入れば眠くなる。洞窟を拠点とした時は誰も緊張の糸が切れなかった分、ここで寝れると言うのは素直にありがたい。私はこの先も体験しているがカオリも含めて連れてきたメンバーは誰も体験していない。
まぁ、その体験していないカオリはクロエから話を聞いているのでイメージは持てているだろうし、戦いぶりを見ても十分にやっていけるだろう。不安があるとすればドゥがどれほどゲートを探り当てられるかだな。5階層降りると口で言うのは簡単だが、前回のメンバーは精鋭中の精鋭と言っても過言ではなかった。それを考えると不安はある。
宮藤に連絡を取って50階層以降を旅する者の話を聞いてみたが、雄二は50階層以降を旅したがセーフスペースまではたどり着いておらず、卓はギルドの立ち上げで時間が取れていない。赤峰も同様でギルドに妻の身体に負担をかけたくないと進んでおらず、兵藤や清水小田はチームで潜るもののゲートの捜索で手を焼くと言う。変わったのは1人で旅する夏目か。
元々身体を作り変える事に長けた夏目は装備さえ揃えてしまえば長く居座る事が出来る。セーフスペースまで辿り着いていないと言うが54階層までは行ったそうだ。ただ、そこまで行って装備が尽きてしまったらしい。夏目の場合、食事も装備枠と言っていいので、どれだけズタボロにされたのだろうか?
なにかのきっかけでドゥが拡張に至れば夏目の様な事が出来るのかもしれないが、そればかりは高望みだろう。それを望むなら先ず私が手本として追跡者を俯瞰者かサイドアームに至らせなければならない。日本から報告があったが追跡者は分岐があるらしい。他は確認されていないが、この職だけなのだろうか?
どちらにせよ私は発見と追尾を多用するので俯瞰者ではなくサイドアームになるような気がする。まぁ、どれを多用したからと言ってどうなるかは誰も分からないのだが・・・。セーフスペースと言う事で焚き火を囲み雑魚寝。軍用ジープもあるがあれよりも地面の方が柔らかい。出発の予定を頭の中で組むが焦りすぎはよくない。病気や疲労は考慮しないにしても精神の方は考慮した方がいいだろう。出発前になにかやる気のでそうな事でもやろうか。私は昨晩カオリと話して複雑だがやる気は出た。そんな休息は誰かの起床で終わる。
「体調や身体に異常のある者は申し出でロ。後、回復薬の残数ハ?」
声を上げるが特に身体に異変のある者はいない。ただ、回復薬はそこそこの消費がありエナドリの方は長距離ランニングで底をついている者がいる。水分はディルが補給出来るが体力面ではエナドリの消費に目を瞑るしかない。むしろモンスターがいる前提の場所を走破しているので、消費推移としては許容範囲内だろう。
「補給はやはり厳しいでありますか?例えば日本の本部長達に運んできてもらうとか。」
「その点は日本側も考えたと聞いているガ?」
「問題はセーフスペースの広さと目印ですね。かなり大きな目印を掲げてそれを互いに共有する必要があるのと、私達の所に到着出来るだけの明確なイメージが必要ですね。特に目印は統合基地ほど大きければいいですけど、1mくらいの旗程度なら来るのが厳しくなりますし。」
「前線基地はどんどん作れって事か。」
「そうですね。基地作って電波塔建ててと言うのが今後の攻略の鍵ではないかと言われてます。まぁ、6階層セーフスペース以降で頑張ってはいますけどあまり進んでないのが現状ですね。」
「だだっ広いからなぁ〜ここは。俺でも端っこは見えやしねぇ。」
ハミングが見回すがゲート内で端に到達したと言う話は聞かない。バイトなら端を知っているのかもしれないが、端を見つけても今度は追い詰められるだけで、半円の範囲のモンスターを倒せばいいにしても追い詰められた事には変わりない。それに、カオリのエコーロケーションでも届かないと言うなら相当だろう。米国ら日本へ。ゲート内の広さを考えるなら地球よりも広いのかもしれない。
「ゲートの考察は学者に任せル。たダ、次に行く前に補給も兼ねてテンションを上げてやろウ。」
「補給を兼ねると言うと俺の出番か。」
「あァ、箱開けダ。全ての所有権は回収者に帰属するかラ、高額報酬が出たなら喜ベ。」
最初は誰からするのか?名乗り出たのはハミングで開けていけば鉱物に金貨に武器に薬と設計図は出ないが様々なものが出てくる。ディルまで開けたが今の所最高額は若返り22年か。高騰して数十万ドルから数百万ドルする薬で買うならセレブか政府となる。スィーパーとしても自身で飲んでもいいし、なにかの取引材料となるのですぐに売るよりも貯蓄に回す方が多い。
仮に売るスィーパーがいるとするなら引退を考えている者だろうか?米国でたまに聞く話で、年数の長い薬か短い物をまとめ売りして余生を過ごすとする者もある。事実、薬は確実にその効果をだし若返れるので買い手はいくらでもいる。
その上を狙うなら不死と不老だろうか?こちらは経過を見る以外に確かめるすべはないが、不死を飲んだ金持ちは銃で心臓を撃たれようと身体は動き、肌色が悪くなったからと輸血する映像もあった。映画撮影の一コマらしいが痛みはそのままなのですぐに直せと喚いていたが・・・。
この手の薬は国としても買い取りを推奨するかどうかで意見が割れている。そもそも誰に飲ませるのが正解なのか?発見者が飲むのが筋だがそれが権利を放棄した以上、残るハイエナが金を積んで買うか、それに見合う価値ある物を提示するしかない。だからオークションの入札は混沌とする。
発見者が欲しい物を指定すればいいが、それがない場合金貨から始まり不動産や油田の権利やガス田の採掘権。変わった所では入札者と結婚する権利などがある。まぁ、結婚する権利と言いつつ内容的には相手が死ぬまで隷属するする様な旨が書かれていたが、相手が若返りの薬を飲み続けた場合は永遠の奴隷となる事を理解しているのだろうか?
いくら養ってもらうとしても私はそんな人生御免だ。まぁ、昨晩カオリと話した限り、長く生きれば多少ツカサとそう言う関係になれる可能性もある。ツカサの妻、名を莉菜と言うが豪快と言うか愛が深いというか・・・。
本人の死後はツカサに誰かを愛して欲しいらしい。夫婦の話と言う事で詳細は分からないが、その話は互いに納得した上で既に奥方は若返りも飲む気はないと言う。なら、なぜカオリが知っているかと言えば莉菜本人に言われたらしい。いくらツカサに誰かを愛してと言っても不器用だから、立場があるからとなかなか踏み出さない。だから、仮にその時まで生きていたら言葉をかけてほしいし、信じられる人にならこの話は伝えていいと。
ならカオリがそれを私になぜ伝えるかと言えば、同じ様に始まる前から負けていた負け犬だったから。ただ、これを聞けば負け犬ではなく次の始まりを待つ事ができる。言わば互いが死なずに生きる目標を持てる約束だろう。選ぶのはツカサで生きた先でもどうなるか分からない不確定で脆くて愛おしい言葉だ。
「一攫千金たなハミング。その薬は売るのか?」
「あ〜、取り敢えず死蔵?死にたくないなら年食って飲みゃあいい。逆に人生が面倒になったら売って最後に豪遊でもいい。だから保留だ。」
「ギャンブルのツケで消えなきゃいいがな。」
「それならそん時だ。売った金でまた勝てばいいさ。」
「それより次は誰にする?」
「なら俺が出す。数は絞るがやってくれ。」
続くダレスが箱を出した手分けして開けていく。数は絞ったヤバいものモノもあったな。黄リンに高純度ウランにセシウム。補給のつもりが回復薬を逆に消費してしまった。まぁ、耐性のおかげで放射線はそこまで気にするものではないが飲めば不安は解消される。
「ほう・・・、これはこれは・・・。」
「何か気になるものが出たカ?」
「気になると言うか珍しい物の類いだな。クリスタルを使った武器ってのは極々少数確認されてる。そして、そのどれもが爆発的に攻撃力が高い。出たのは槍だがクリスタルを消費して貫通力も投擲速度も爆発的に上がるな。どうするダレス、お前さんが使えば一回こっきりのミサイルだが?」
「一回こっきりのミサイルか・・・。ならグリッドさんに渡す。」
「いいのか?」
「槍師なら使いこなせるだろ?それに、手元があれば何発でも撃てる。この先が過酷なら持っていて使って欲しい。」
「そうか・・・、ならありがたく使わせてもらおう。代わりに俺の箱から出たもので欲しいものがあれば持っていけ。」
「グリッドさんは体術師で槍師なんですね。なんだか珍しい組み合わせのような・・・。」
「望田さん的には不思議かもしれんが、俺はモンスターを倒したかったんだよ。あの砂漠で腕や足をやられ、治して歩いて至った時に何をおいても先ずはモンスターを倒すと考えた。なら、全てを貫くだけの鋭さはいるだろう?」
「なる程、その拳は穿つ槍でもあるんですね。」
「あぁ、槍自体はそこまで使わずに拳一辺倒だがね。ただ、中層のモンスターっていうヤツも次はこの拳で貫く!」
グリッドの握り込む拳に誰もが頷き士気が上がる。ツカサ同様安全路線を崩すつもりはないが、それでも確実に生き残れるとは限らない。なにせ私達はそう言う場所にこれから足を踏み入れるのだから。




