386話 どうしてくれようか! 挿絵あり
交渉とは妥協点の探り合いである。どこまで譲歩するのか?どこまでが自身の願いを押し通すのか?相手がいない事には始まらないが、その相手を挑発すればいいと言うものでもない。寧ろ、譲歩を引き出すと考えるなら丁寧に対応し懐柔する方を選ぶ。普通ならば、だ。
出会うまでは分からないが多分、偽物の息子を使ってからの呼び出し。これはどう考えてもこちらを挑発して引き金を引かせて戦を始めたいと言うポーズだろうか?
人質がいれば相手からの譲歩は引き出しやすい。その反面莫大な恨みを買い清算には途方もない時間がかかる。いわば脅しだ。ここで息子を使うと言う事は間接的にも俺の家族をどうこう出来ると言う事を暗示している。
「ファーストーーー!!!我々は交渉を望むーーー!!!」
「鉾持った相手がまともな交渉をすると思えと?」
「!」
「不快です。」
「ファースト我々は・・・。」
「正体不明の敵、それ以上でもそれ以下でもない。ここはゲート内ですよ?貴方がたを皆殺しにしても誰も咎めない。それを理解した上での行動ですよね?息子を置いて帰りなさい。そうでなくば貴方がたを今すぐ叩き潰してしまいそうだ。」
「先ずは話を!」
「埒が明きませんね。再度言いますが、鉾を持った相手・・・、人質を使う相手と交渉しろと?」
「それはそちらが姿を現さなかったからだ。我々のスタンスは交渉である。異星の者との交渉時に我が祖国への協力。ゲート内で発生した事象で我々に不利益になるものへの不問措置。貴女自身が望めば祖国として、ゲート外のあらゆる面で貴女やご家族を優遇する。黒江 司さん。」
握られた拳は怒りで力加減を無視したのか、爪が手のひらに食い込みしかし、排除して巻き戻ろうと肉が蠢く。ただ、食い込んで爪もまた巻き戻り結果として癒えない傷から不快感を伝えてくる。本名を呼ぶのは別にいい。ギルドで本部長として働く限り本名がバレるのは時間の問題で、ファーストと言うのが偽名だともすぐにバレただろう。
問題はそこではなく、そんな些細な事ではなく!人質を正当化し本名を呼ぶ事でコチラの背景は分かっていると暗に示し厚顔無恥にも交渉と言い張る事!彼等の中ではこの行いは正当なものであり、譲歩した中での話なのだろう・・・、彼等の中でわなぁ!
「・・・、私が現れなかった場合息子はどうなっていた?」
「どうも?我々は貴女がいると確証を持って呼びかけを行った。ご子息については確実性を増す為に、協力して貰ったと思ってもらっていい。」
「はっ!猿ぐつわして喋れない人間に対して言うに事欠いて協力体制があると?成る程、なら私と貴方がたが協力体制を取る場合、当然私も貴方がたを縛り上げていいんですね?」
「我々は祖国の使者として来た。貴女のその力を何処かに肩入れするのではなく、人類の為に平等に使いより良い発展した未来を共に求め誰もが健やかに暮らせる未来を創る為に・・・。」
「貴方がたの国に協力しろと?」
「そうだ。何かしらの遺恨が我々と貴女にはあるのかもしれない。だが、それは過去の事として水に流し、共に手を取り合った先で新たな未来を作る。貴女だって分かるはずだ、一個人が強大な力を持った先の未来は暗い。誰もが頭を垂れる様に下を向き、伸ばした手の先には壁がある。それは閉塞感だ。未来とは誰もが自由であり平和と言う安息をコスト無しに全員が持て分かち合えるものだと思っている。」
「その支配者層として貴方がたが立つと?」
「違う!我々も平等だ。誰も彼も優劣はない。その為に貴女と我々は手を取り合う必要がある。」
綺麗事である。目の前の奴は理想を話すが、話した内容は戦時下ならば・・・、そうでなくとも今でもユートピアやシャングリラと言って差し支えないもの。衣食住揃い病や飢えに苦しまず、大凡の脅威と呼べるものもない平和な世界。それはまるで幼い子供が漠然と平和と言うモノを考え出した時に導き出す答え。
だが、現実はそうはいかない。職には優劣はないが位はある。そうでなくとも年齢により職に就ける就けないもあれば、人は空だけを見て生きてはいない。同じものを食おうとも隣の奴の肉が大きければ不満を感じ、料理を取り分けるなら取り分ける奴は何故自分だけ働いてるのかと感じる。
この男の言う理想とは、誰とも関わらず狭い部屋で一人で過ごしているに等しい。そうすれば誰かと比べる事もなく比べられる事もない。心も穏やかで虚空を見れば、顔のない誰かが多分自身と同じ様に過ごしているはずだ。何せ平等なのだ。誰かが何かを得る事は許されないし、得たならば捨てなければならない。
それに過去を水に流すとは強者が弱者に対して使うか、対等な者が使う言葉だ。弱者が口にするそれは負けを認めた様なモノだろう。現時点で言うなら協力者と言う名の人質を取った彼等の方が遥に有利で既に彼等の言う平等はない。
「話すに値しません。平等を謳うなら私にも人質を頂けますか?それに個人で得た力は捨てられない。貴方の言う理想を叶えようとするなら私は邪魔者でしょう?何せ貴方がたにないモノを私は持っている。」
「ならば私が人質となろう。」
話していた奴が一歩前に出る。人質である以上殺される事はないと踏んだのか、それとも決裂したとしても連れ帰ってもらえればラッキーだと思ったのか?どちらにせよいらない。それ以前に釣り合わない。
猿ぐつわをされた息子の偽物は暴れる様な事もなく佇み、他にいる奴も動かない。いや、武術家だけはソワソワしてそうかな?頭からだいぶ怒りも抜けてきたが、それを忘れる必要もない。
「不釣り合いですね。貴方ごときが家族と釣り合うとでも?それに話の矛盾はどう言い繕おうと解決しない。不平等を体現している私は結局貴方がたの理想の邪魔でしょう?」
「大丈夫だ。貴女は我々とあり象徴となればいい。」
「それが既に不平等だと言っている。そもそも国に来れば優遇する?その時点で貴方がたの理想にヒビが入り、交渉の取りまとめも貴方がたが行うのでしょう?へそで茶を沸かす方が遥かに現実的だ。端的に言いましょう。・・・、息子を置いて帰れ。今なら見逃す。」
苛立ちは収まらないがこれ以上話したくもない。推定偽息子は一応確保したいが、偽物と断定出来れば適当に投げ捨てる。交渉も譲歩もなにも。本人達が出した矛盾を消せない限り話は通じないし、そもそもさっきの話を信じるなら誰がモンスターと戦い飯を用意する?
全員でゲートに殴り込みをかけるきか?悪いが俺はその集団には入りたくない。既に職は決まり位もあり、個の持てる能力は個人に依存する。わざわざ能力を下げて誰かと同等にして平均を出す?馬鹿げた話だ。強制されるのではなく自分の意志で戦いに赴く。そうでなければ誰が死のリスクを犯してまでゲートを進むと言うんだ?だがそんな個人の判断でさえ、こいつ等の話では不平等になる。
そもそも平等と言う事はリーダーがいない。誰かが誰かにお願いしたり指示するのは不平等だし、なによりされた側が指示に従う理由もない。対等とはそういうモノだろう?右へ倣えをしない代わりに全員が好きな方向を向く。その代わりそこから全員動かない。それを見た人は言うだろう自分勝手、と。話を考えればこいつ等はわざわざ俺に自分勝手にしていいと言いに来たのだろうか?
「我々も子供の使いではない。」
「当然でしょう?平等を口にする者が誰かの使いではいけない。自発的な行動でない限り、ここにいない誰かの代わりに来た貴方は不平等を被っている。貴方の行動は自発的且つ、貴方の意志によるものですか?貴方の後ろにいる大勢は貴方と同じだけのお金を貰っていますか?私と貴方がたが平等になるなら、貴方がたは全員国家予算と同等の賃金が受領出来ますか?」
「全ては国のものだ。個人でそれは認めない。」
「なら、私も何も認めません。何で命をかけて無償で奉仕しなきゃならないんですか。貴方の言う未来の為に私は犠牲になりたくもなければ、他人と同列になんてなれない。そもそも異星の者との交渉ってソーツと交渉しろと言う事でしょう?祭壇への到達は自身の足で赴かなければならない。その時点で歩む道程は私のものであり、歩んだ本人のもの。やはり話すに値しません。」
苛立ちを通り越して呆れて来た。人類には早すぎるって言葉があるが、彼の言う理想を実現するには何もかもが早すぎる。全てオートメーション化され仕事もなく、食事も規定量の栄養剤で見た目も変わらず、寝るも起きるもなんなら遊びや結婚、出産まで強制的に決められた世界。あぁ、出産は不平等か。試験管ベイビーだな。
遊びも駄目か。勝負をすれば勝敗がついて平等ではないし、勝った方が楽しんで負けた方が悔しがれば優劣が出る。麻雀大好きだろうに出来なくなるんだな・・・。ついでに言えばタバコも禁止だよな?長生きは不平等だから特定年齢で死ぬとして、それより早く死んでも駄目。言ってしまえば全てを管理された世界。アルファコンプレックスかな?アソコはバリバリの階級社会だが、そうなる前はコンピューター様の完全管理だし。
少なくとも俺はそんな面白みのない世界を生きたくない。平和な方がいいのは確かだが、個人の自由さえ奪われた世界はユートピアではなくディストピアだろう。プカリと一服。流石に頭が痛くなってきた。話が通じる通じない以前に考え方が違いすぎる。
「やりたくはないが奥方もか・・・!」
「それ以上口を開くな。ボルテージが下がったのにまた上げようとする。それは交渉ではなく脅しです。手を出してみろ?私の人質は貴方の国です。ゲート内の事を外でとやかく言うつもりはありません。その代わり、ゲート内の出来事を忘れる事もありません。」
「一人と国を同等とするのか!?」
「信無くば立たず、孔子の言葉ですが貴方がたに信頼はない。」
いい加減顔を拝ませてもらおうか。何処の誰と分からないと高をくくり国名も人種も不明だからと好き勝手言っているのだろうが、俺がどれだけ言葉を選んで話しているか。治まった腹がまたたってきた。赤峰は前に人を殺す覚悟があるかと俺に聞いた。そんな場面もあるだろうと。その言葉は忘れず心にしまったが、ここでこいつ等を殺した所で意味はない。
「ならばどうやれば!」
「先ずは顔を見せなさい。立ち止まり口を噤みなさい。そして目を逸らさず私を見なさい。」
「ーー!!」
「私もこんな事はしたくない。したくないが貴方がたは琴線に触れた。故に私は貴方がたのどうすればの問に答えよう。耳を傾け私は私の意志を声として届け、以後は行動を持って示せ。間諜達よ・・・。」
やる気はなかったが自己防衛はさせてもらおう。煙でパワードスーツを毟り取り、敵対心なんて持たせない。動きを封じ耳目を開けばスルリと言葉は入るだろう。理想を語ってもいい、夢を叫んでもいい。ただ、俺に構わないなら。
ただ、1人。項垂れる様に頭を下げるアジア系の兵士達の中で、武術家だけは効きが悪いようだな。する気のなかった人への扇動だ。撤退が得意ならその点に気づいたのだろう。どの道扇動されたなら適当に使い潰して、間諜として見つかれば自害でもしてもらうか、最後まで祖国とやらに敵対行動を取ってもらうだけだったし。
「何をした?」
「さぁ?魔法でも使ったんじゃないですか?私は魔法使いですからね。・・・、そこの息子を偽っている者。姿を正し首謀者に近づいて全ての情報を持ってきなさい。残りの者は自身の知る協力者の下へ赴き全ての情報を集めた上で待機。指示がなければあらゆる面で間者としてサボタージュしなさい。使者は飼い犬を送ります。」
「何をしたと聞いている!」
「答えたでしょう?魔法でも使ったのではないかと。あぁ、アレは中位ではなかったか。顔だけの変化とは言え良く似た体格の者を見つけた。さて、貴方は一手試合たかったのでしたね?」
「応とも!生きて80。拳の頂は未だ遠く・・・。」
構えらしい構えは取らず自然体でいる男。さて、間諜は出来たしいらないと言えばいらない。格闘戦をしたいなら素直に赤峰にでも挑めばいいのに何故異種格闘技戦にこだわるのか?そもそも最強とは何だ?生身で散弾銃を受けたり刃の通らない身体ならいいのか?
くだらない。誠にくだらない。この身体の強度は人と変わらず、違いは巻き戻るだけ。格闘技の心得もなければ人を殺す拳なぞ持ち合わせてはいない。拳の頂なんてものを目指すならそれは競い合う中でやればいいし、頂に立ったと言うならそれを認める人間がいる。
「どうぞどうぞ。私はそんなものを目指していません。勝手に拳王でも名乗っていればいいし邪魔なんできません。認めろと言うなら認めましょう。」
「それで納得しろと?遥か高みより見下ろす者のその言葉だけで!」
「なら、這いつくばって褒めれば納得しますか?他者に自己の評価を委ねた時点で、評価されたなら受け入れなければならないでしょう?貴方の言う最強が貴方を拳王と評価した。ここにあるのはそれだけの話です。」
「拳1つ交えぬ言葉になんの意味がある!?即使拳头破碎、拳を握る者成。」
国名が言語で判明するのはいいとして、相変わらず人の言う事を聞かない。通じない言葉でいきり立とうとも結局理解出来なければ思いは伝わらない。コイツだけこのまま返すのもなんか癪だし、かと言ってボコボコにして返すのもまた付きまとわれそうだし・・・。
(それ以前に貴女は扇動が下手すぎる。)
(いや、扇動が上手っていい事じゃないからな?)
(それにしても下手だよ。アレなんて他のよりも扇動しやすいのに。なんでこう・・・、変な所は力技でやり抜けようとするかな・・・。)
(いや、力技?)
(ゴミとは違い原生生物には意思がある。どうして同族の扱いが貴女は下手なのよ・・・。)
(下手って言われても・・・、そもそも他人だし外国人だし。)
(もう一度見せてあげましょうか?)
(そりゃぁ手本を見せてくれるならお願いしたい。)
魔女に扇動を見せてもらったのは一度きり。そこからイメージしてモンスターにも効くようになったがまだ下手らしい。う〜む・・・、ムカデとか中層のモンスターもかなり呼び込んで戦ってたんだけど?あれでもまだ下手なのかな?
「いい拳ね?先ずは中層へ行きなさい?その程度が出来ないなら私の前に立つ資格がない。弱すぎるのよ坊や。逃げ道を塞いであげる。」
「我が弱いと!」
パンッ!
「はい、おしまい。聞こえない耳である言葉を反芻なさい?」
いや、変わった後に言いたい事だけ言って両耳の鼓膜破るとか俺よりも力技なんじゃ・・・。ガッツリと三半規管にもダメージ入ったのかふらついてるし・・・。てか、耳に煙が残ってる?
(お見事!流石魔女。)
(いやいやいやいや!俺よりよっぽど力技!ガッツリ鼓膜破ってるじゃないか!)
(何を言ってるの?私の言葉がずっと反芻する様にしただけよ?目標を示す、褒美を示す、打開策を示す。そして最後に方向を固定する。貴女の扇動には魅力が足りないのよ、魅力が。)
(いや、まぁ。確かに何も提示はしてないが・・・。)
(光を穢されて怒るのは仕方ないけど冷静にね。君達の持つ怒りは確かに感情という部分では強いけど、制御できなければ意味がない。)




