376話 本人の意思 挿絵あり
「ソフィアが目覚めた?思ったよりも早かったですね、ただ出来れば全てが終わった後がよかった。状態は?」
高槻が慌てていない感じ錯乱はないと思う。後はこちらの言う事に従ってくれるかどうかか。寝る前の感じからすれば大丈夫そうだが、逆を言えば寝たから記憶の整理が進んで断片的に色々思い出してるかも。松田達と連絡は取れるが煙を蒔いた以上、招かない限りはここには来れないので先に情報が貰えるなら貰いたいが、それは辛い記憶なので簡単には踏込んでいいものか・・・。
なんにせよ一度会ってからだな。憶測で話は出来てもそれは事実ではない。それに、辛いとは言えソフィアが自ら実験に参加したなら文句を言う理由もなくなる。身柄についても国民を返せと言われると、本人が亡命を言い出さない限り保護すると言う前提が崩れてしまう。う〜ん・・・、そもそもどこまで掴んでる?
ソフィアがモンスターのままの姿で保護されていると思っているならやりようはある。モンスターから人に戻るなんて現象は今回が初で、これから先もないはずだ。仮にそんな仄暗い実験をしたとしてわざわざ助けてと研究チームが駆け込んでくることはない。それこそそんな事をすれば叩き潰されると分かるはずだ。
「落ち着いていますよ。目覚めた当初は貴女の影を探して不安に思っていたようでしたが、莉菜さんが近くにいると分かって一応の安心感は得た様です。」
「それはよかった。何にせよ起きた事は喜ばしい。松田さん達には?」
「連絡済みですな。」
「分かりました、一旦私はソフィアの元に向かいますが、その間進められる事は斎藤さん達に任せます。」
問題点はあるが出来る事からこつこつと。UFOの事もあるし浮かせるノウハウ自体はあるはずなので、俺が知らない部分は任せた方がいいだろう。動きが速い以上は何かしらの方針があってここの事も少なからず探すアテもありそうだしな。
そんな事を思いながら小走りに走りソフィアの部屋へ。コンコンとノックをすると中から妻の声がする。ソフィアの声は聞こえないがまた寝たのだろうか?扉を開けるとベッドに座るソフィアとその横で林檎を剥く妻がいた。
「はいどうぞ。」
「アリィカット!」
「ありがとうね〜。その言い方だとプロレスかゲームの必殺技みたいよ〜。」
「アリィ〜カットゥ〜!」
「カットゥ〜じゃなくてガトゥー。だよ。ガトゥーショコラ。これのガトゥーでいい。日本語の練習?」
「そうって言うか、何となく聞いた言葉を話してるみたいな感じかしら?イントネーションとか違うからいまいち違うんだけどね。」
「そりゃあ仕方ない。知ってる日本語ってゲート関連だろうからね。後でタブレットと何か音楽かアニメを用意しよう。日常系のアニメなら覚えやすい。」
藤に言えばアニメのDVDかBD持ってるだろう。しかし日常系って今なんだろう?最近は転生モノが増えて日常系は少ない様に思う。古い作品で良ければ苺ましまろとかスケッチブックとか?NieA_7とかもいいな。灰羽も綺麗な作品だが外人が見るには少し表現が難しい様に思う。まぁ、その辺りは藤チョイスに任せるか。
「クロエ!クロエ!アリィ〜ガトゥー!」
どこか舌っ足らずに話すが外見だけ見ると大人っぽい。日本人基準なら20歳と言われても疑わしくないが、実年齢的にはどうだろう?白人系の男性は怖がるので簡単には通訳を連れてこれないし、先に藤を探すかどこかでタブレットを入手するか。
「ちょっと待っててタブレット探してくる。私は使わないけど今度から指輪に何個か入れておこうかな・・・。」
「タブレット?それなら私が持ってるわよ?託児所の子供達や獣人達が使うから指輪に入ってるわよ?」
「ならそれ1つ貸して。」
電波塔があるおかげてWi-Fiも使えるラボ。パスワードは外部に漏れないようにしているので多分ここから辿られる事はない。翻訳アプリを入れソフィアに扱い方を教える。そう言えば色々とハッキリさせないといけないのだが、妻の前で上手く出来るかな・・・。けっこう酷な事も聞かないといけないし手を抜く気はないがどうもこうね・・・。まずは当たり障りのない所から行くか。
「はい出来た。これで日本語の学習もロシア語と日本語の翻訳も出来る。検索は規制ワードとかあるからちょっと使いづらいけど我慢してね。」
「スパシーバ・・・、アリィガトゥー。」
「スパシーバ?」
「ロシア語のありがとう。なんとなくだけど日本語と日本語の対応が分かるのかな?と、ソフィア君の苗字・・・、ファミリーネームが知りたい。そして、どうしてゲートに入る事になったのかも。無理のない範囲で聞きたい。」
ゆっくりと翻訳アプリを通しながら話す。ロシア語で伝えてソフィアが過去の事を思い出し、急に嫌な事を思い出して暴れても妻には理由がわからない。人として理由の分からない言葉は怖いが、理由の分かる行動なら対処も心構えも出来る。
翻訳アプリを通して流れるロシア語をソフィアは聞き終わると、しばしの間目を閉じて思案する。特に怖がるような感じはないが首元を触るようにしているあたり、精神の方のチョーカーからも記憶を思い出そうとしているのかな?
「ソフィア=リドフ。ゲートには仕事があると入りました。」
「なるほど、仕事内容は?」
「特定年齢以下で職に就けるかです。それ以外も言われましたが今は思い出せません。」
「思い出せない・・・。司、これって・・・。」
「ずっと思い出せない訳じゃないと思う。頭にしろ心にしろかなりの負荷ががかかってたからね。それを思い出せるかはソフィア次第だけど・・・、1つだけはっきりさせなければならない事もある。これについては私は最大限にソフィアを尊重するけど君は・・・、国へ帰りたいかい?」
彼女の背景が分からない以上、その意思を尊重するしかない。亡命するならコチラとしては守ると言う前提が作りやすいし、松田や増田も自国の人間を守るために国として動ける。しかし、本人の意思が帰国を望むなら俺達は完全にお節介を焼いた事になる。
まぁ、人一人が助かったと言う結果は喜ばしいものだろうが、帰ればまた身体を弄くり回される可能性もある。あちらからすればモンスターと化した少女がまた、人と同じ様な少女として帰ってくるのだ。俺としては秘密がバレる可能性を考えると帰らずにここに残って欲しいが、それはあまりにも身勝手で恩着せがますぎる。
なので、いらない腹を探られるとしてもこの件についてはソフィアを尊重しよう。でなければ、異国でこの先暮らすにしてもまた強制された窮屈さがつきまとう。
「・・・、帰っても行く所はありません。この国?ゲート?に残れるのですか?」
「少なくとも君が・・・、ソフィアが亡命の意思を示すなら私を含め協力者は多い。ただ、亡命したとしても外を歩くのは少し先になる。ちょっとばかしゴタゴタしててね。」
スパイにしろゲート内セーフスペースの他国の兵士にしろ、ゴタゴタは多いしソフィアが亡命の意思を示したからと言って簡単に引くとは思えないが、大義名分は必要で他国民を攫ったと亡命者を守ったでは話が違う。
当然亡命したからと言ってここは治外法権のゲートない。取り返せないから力付くと言う流れは当然だろうが、裏を返せばゲートから出て外で保護下に置ければ話はまとまる。そう、外務省がやらかしたならそこに最大限に動いてもらえばいいしね。
「私はこの国に・・・、クロエの元に残ります。」




