375話 ガサ入れ 挿絵あり
「ならば何時動く!このままここで潜んでいても国が傾けば我々も無用となるだろう?それとも逃げ出すのか?」
「私に愛国心がないと言ったが君もまた愛国心なき裏切り者か。」
「ふざけるな!私は祖国の理想として平等であり誰もが笑える世界へと導こうと!」
「ならば何故我が祖国が傾くと言う話になる?君の言う理想は誰もが願うものでとても尊いモノなのだろう?平等に飯が食えて平等に勉強が出来て、平等に笑える。優劣はなく同じ様に仕事をすれば同じ様な報酬が得られ、同じ様な家に住む。平等に裕福で平等に貧しく平等に産まれ平等に死ぬ。祖国が傾くと言う事は、その理想に誰も価値を見出さなくなったからだ。いいか?我々はここにいる。そしてこれからもここにいる。ここに居続ける事が最大の国への奉仕だ。『ここにいて対象を通じて情報を流せ。』そう言う任務を請け負ったのだろ?ならば全うしろ。」
「・・・、くっ!部屋で寝る。」
悔しいが言い返せない。理想を掲げた祖国が傾くと言ってしまった以上、テイの言葉に反論する余地がない。人々は、民衆は願っているはずなのだ・・・。誰もが飢えず平穏な日々が送れることを。過去の大戦から学び願っているはずなのだ幸福を!なのになぜ上手く行かない?
テイの言う理想は確かにとても尊い。なんの瑕疵もなく誰もが笑って過ごせる様な話じゃないか。それが未だに達成されず、寧ろ祖国や同じ様な思想を持つ国の方が今や窮地に立っている。確かに元を辿ればロシアのやらかしが一番まずい事態を引き起こす引き金だろう。しかし、祖国の人間もそれに手を貸していたから問題になっている。
国とて1つでは成り立たない。だから同盟国がある。しかし、足を引っ張られるならそれを解消し、国内で賄えばいいのではないか?それこそ今はゲートもある。食料に金に薬に鉱石と入って箱を回収出来れば何でも揃う様な場所だ。私も中位ならそこを進み何かを得た方が為になるのでは?
テイは地下で通信しているのか物音は聞こえない。しかし、私はあの男に縛られてここから動く事も出来ない。この国で私は彼の娘と言う立場があり、仮にこの国を勝手に出たとなれば失踪騒ぎになる。そうなれば彼らもスパイとバレるだろう。特に私の任務上対象を通じてファーストとは、それなりに顔見知りになっている。
その人物が失踪し・・・、いや?テイ達が活動拠点を変えるに留まる?長年この国に根を張ったスパイなら逃げ場も取り付く先もあるだろうし知っているだろう。・・・、だめだ。私にはなんの情報も回ってこない。衛星電話を使い直接連絡を取る?駄目だ、私とテイとは任務の内容が違う。テイ達はこの国に居続ける事が最優先で、私の様な後続のスパイをサポートしつつこの国の内情を流している。
だからこそ祖国とこの国の動きに敏感で、どのレベルで不味いか探れと言われれば彼等は探るだろうし、情報収集に必要なパイプやコネなんかも持つ。それに比べ私は・・・。一切なんのパイプもコネもない。
重い足取りで廊下を歩き言った様にベッドに入る。時枝 加奈子と言う仮面は外してしまっていいだろうか?いや、ここでは私は時枝 加奈子なのだ。気を抜くのは全てが終わってからにしよう。何時終わるとも分からない終わりの後で。
ピーンポーン・・・。
呼び鈴?この家に基本的に来客はない。誰かが来るにしてもそれは当然私かテイが招き入れる人物であって、誰かが訪ねて来る事などない。当然と言えば当然だが私にはこの国に友人と呼べるものなど今のクラスメイト達しかいない。時折テイの関係者が来るが、その人物は合鍵を持っているので鳴らす必要もない。
詰まりはこちらが知る以外の来門者。嫌な時期に呼び鈴が鳴る。部屋から顔を出すとテイが通り過ぎ、玄関へ向かいながらこちらへ顎をしゃくる。部屋に隠れていろと言うのだろう。一応、私の今の立場は病人となっている。ただ、聞き耳は立てさせてもらおう。そうでもしなければ何かの際に対処も出来ない。
「時枝 九郎さんで間違いありませんね?」
「え〜と・・・、どこだったかなぁ〜・・・。見た顔なんですけどこの歳になるとどうも人の顔を忘れて困る。昔はそんな事なかったんですけどね。どちら様でしたっけ?」
「見たのは多分ギルドでしょう。そこに勤める伊月っつう警官です。ほい警察手帳ね。横のは同じくギルドにいる柊と協力者の青山だ。ちびっとばかし話を聞かせてもらっても?」
「話?構いませんけど静かにお願いできますか?別に声を荒げる様な事はないでしょうが娘が今日はいるもんでね。」
「娘さんが?この時間なら普通は学校ですが・・・、どこか具合が?」
「あ〜・・・。」
「伊月さん多分女の子の・・・。」
「そうか・・・。いや、本人がいないとは言え野暮な事を聞いた。重い人は重いみたいですからね。ただ、本人次第ですが最後に顔でも見せてください。」
多分テイが柊の方を向いたのだろう。話の流れ的に私は月のもので休んでいる事に今なった。学校には私ではなくテイから連絡したので、多分熱が出た等の理由で休んだ事になっているのだろう。ただ、今時なら回復薬を飲めばその程度は解決出来る。休むには休むだけの理由が必要になるが、その理由と言う物を作るのにも今は苦労する。
考えてみれば私はテイと言う男がどの程度の手練れなのか全く知らない。それは普段から別行動をしていると言う事もあれば、祖国を出る時に私の任務にテイが干渉しないと言う話を聞いたから。確かに必要な物はこちらから要請すれば揃えてくれる。コスプレまがいの体操服だって、後から考えれば多少抜けた所のある無害さを出せる。
好意的に受け止めるか否か。それは私が決める事で結果の示す方向とは違う。なら、スパイとして学ぶ者ならいいのか?長期で潜入し今もなお見つからないスパイとしてなら。耳をすませば作り替えるよりは聞きやすいようにして会話を聞こう。
「どうぞ、粗茶ですが。あっ、海外のお茶もありますよ?本職ではなくなりましたが今も輸入雑貨のルートは残してるんでね。」
「どうも。聞きたいっていうのは各地を転々としてた事なんですけど、奥さんは?」
「早くに亡しまして。出産時にね・・・。」
「そうですか・・・。いや、悪い事を聞いた。ご仏壇があれば線香でも。」
「生憎とないんでお気持ちだけで。それで聞きたい話というのは?妻の死亡の話ですか?」
「奥さんの名前を聞いても?」
「幸枝です。幸せに木の枝と書きます。元々そこまで身体が丈夫ではなかったんですが、今みたいに回復薬なんてものがあれば妻も死なずに済んだんですかね・・・。」
「それは私ではわかりませんね。」
「この飾ってあるものも輸入品ですか?花瓶とか。」
「そうですよ青山さん。今見ているのはフランスのアンティーク。光沢のある青に金縁のシンメトリーの取っ手。大元は貴族の水差しとかなんですけど今だと水差しなんて使いませんからね。売るなら花瓶だと思って輸入してそのまま在庫として残った。買っていかれます?」
「俺の所は殆ど物もないからなぁ・・・。いや、クロエさんへのお土産!気にいるかなぁ〜、いくらです?」
「当時の売値・・・、帳簿を見ないと忘れましたが確か10万程度だったかな?それよりも高額になると覚える様にしますけど何せ昔は帳簿で管理してましたからね。金貨だと10枚、お得だと思いますよ?」
花瓶を置いたのかコツッと音がする。青山が歩き回っているのか静かな足音がしている。地下への入口は台所の地下収納、更にその下にあるがそちらを歩かれても大丈夫だろうか?青山は探索者だ。何か尻尾を掴めばそこから捜査され尽くす。
それに、妙にこの家は物が多い。バックストーリーを補強する為の備品だが、私の部屋にもアニメや漫画、アイドルのポスターなんかも貼ってある。私自身も手を加えたが、手を加えるならその作品を見て覚えろと言われた。なら、殺風景にしようかとすれば最低限の女子高生らしさは出さないと協力出来ないと・・・。
確かにこう言った捜索の手が伸びてくれば、書類上はそこにいる事になっていても過去のない私は薄っぺらい。頭の中で私のバックストーリーを再確認する。時枝 加奈子という人物は転校が多く友達は少ない。今回が最後の転校と言う事で友達作りに勤しみ青春や恋を謳歌する。
父との関係は良好、母はテイの言う様に出産時に死亡し私は写真ででしか顔をしらない。書類としてもそれで承認され、書面上は間違いなく時枝家はそう言った過去があり今がある。そう、書面では。
「なら買いましょう!見た感じドライフラワーが飾られてますけど水を入れてもいいですか?本当に花瓶にした時に水が流れたらまずい。」
「いいですよ、台所はこちらです。」
「すいません、私はお手洗い借りてもいいですか?」
「柊さん出て左です。青山さんはこっちね。」
人数が居る分1人を対応すれば他の人間に目が届かない。この隙に盗聴器でも設置される?テイに聞かされたが伊月と言う男は我々を疑っている。動いていないから大丈夫と言っていたが、こうして家に来たなら疑いは晴れていないのだろう。
ーside 司ー
斎藤に問題点を聞いて出来る所から始める、先ずは中野だな。ラボの人員は研究メインで荒事には向かないし、使えると言えば藤だが流石に対人戦闘の経験は少ないし、試合ではなく本当に殺しに来るかもしれない人と戦わせるのは大丈夫かと考える。俺だって殺人なんてしたくない。だからこそこうして逃げる先を作っているわけだが、それが間に合わないとも限らない。
「飛行ユニットは任せます。浦城さんはすいませんが空中から目視で周囲を確認してください。魔法を使っていますが破られないとも限らない。」
「そんなにファーストさんの魔法って簡単には破られないんじゃ?」
「そのはずです。ただ、スィーパーがスィーパーと戦うなら用心に越した事はない。選出戦の映像で見たと思いますが私は魔法職で格闘家を破った。しかし、状況が違えば勝敗は変わる。」
「了解です。全周囲警戒します。」
浦城がシンプルだったパワードスーツに追加装備を付けてロボテックスーツになる。言葉としては同じものを指しているが、意外と言えば人に近いものがパワードスーツでそこから大型化したり追加装備がついたりするとロボテックスーツとか?
少なくとも浦城はシンプルながらも神志那の様に両脇と両肩にも銃身を展開し、手にはスナイパーライフルの様な大型な物を持っている。そんな姿を見届け駐屯地司令室へ。中野に採掘家を数人借り、地中調査と共にどの程度の範囲ならスカスカに出来るかを調べてもらう。そしてその足で高槻の所へ。流石に社長抜きで話を進めて浮かせた後の事後承諾では怒られる。
「unknownが攻めてくるから警備的に必要に駆られてここを浮かせる。話はわかりました任せます。」
「高槻社長物わかりよすぎでは?」
「いえいえ中野指令。秋葉原の時も私は必要な事に躊躇しなかった。なら、今回もそれと一緒で安全な方に進む道に待ったはかけませんよ。」
「ありがとうございます。では準備に行きます。」
「待ってくださいクロエ、ソフィアが起きました。先にそちらに会って下さい。」




